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第03話「辺境への道と小さな絆」
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アシュフィールド侯爵邸を出発して、五日が過ぎた。
王都の喧騒はとうに遠ざかり、俺たちの周りには荒涼とした風景が広がっている。街道と呼ぶのもおこがましいような獣道を進むと、時折、痩せた土地を懸命に耕す農民の姿や、寂れた小さな村が見えるだけだ。北へ向かうにつれて、空気はどんどん冷たくなっていく。
旅は、決して楽なものではなかった。夜は野営が基本だ。
硬い地面の上で毛布にくるまり、満点の星空を見上げる。前世では考えられなかったアウトドア生活だが、不思議と不快ではなかった。むしろ、都会の喧騒から離れた静寂が、ささくれた心を癒してくれるようだった。
「リアム様、食事ができました」
焚き火の向こうから、ユリウスが声をかけてくる。彼が差し出してくれたのは、串に刺してこんがりと焼かれた兎の肉と、木の実が入ったスープだった。どちらも彼が道中で手際よく調達してくれたものだ。
「いつもすまないな。何から何まで」
「これが俺の役目ですから」
そう言って、ユリウスは俺の隣に静かに腰を下ろした。俺たちは無言で食事を始める。
ユリウスは元々口数が少ないが、俺も疲れている時は無理に話そうとは思わない。この沈黙が、不思議と心地よかった。彼はただそこにいるだけで、俺に安心感を与えてくれる。
食事を終え、焚き火の火を眺めながら、俺はぼんやりと考えていた。
アークライト領は、一体どんな場所なのだろう。父や兄が言うように、本当に魔物が闊歩する不毛の地なのだろうか。
(だとしても、やるしかないんだよな)
公務員時代、俺は地域活性化を担う部署にいたことがある。寂れた商店街や過疎化の進む村に足を運び、住民たちと膝を突き合わせて話し合い、いくつもの再生プロジェクトを成功させてきた。
もちろん、あの頃の知識がこの異世界でそのまま通用するとは思わない。だが、問題点を洗い出し、解決策を探り、地道に実行していくというプロセスは、どこであろうと変わらないはずだ。
「リアム様、何か考え事を?」
「ん? ああ、少しな。これからのことを」
俺がそう言うと、ユリウスは焚き火に薪をくべながら、ぽつりと言った。
「あなたがどのような道を歩まれようとも、俺はどこまでもお供します。ですから、どうか一人で抱え込まないでください」
その言葉は、まるで俺の心を見透かしているかのようだった。
俺はいつもそうだ。何でも一人で背負い込み、誰にも頼ろうとしない。それが当たり前だと思っていた。だが、彼は、俺を一人にはしないと言ってくれている。
「……ユリウス」
俺は彼の名前を呼んだ。彼は静かに顔を上げ、俺の次の言葉を待っている。
「ありがとう。お前がいてくれて、本当に良かった」
柄にもなく、素直な気持ちが口からこぼれた。
ユリウスは少しだけ驚いたように目を見開いたが、やがて、その口元に微かな、本当に微かな笑みが浮かんだ。俺は、彼が笑ったのを初めて見たかもしれない。
「もったいないお言葉です」
彼はそう言って、少しだけ俯いた。耳がほんのりと赤くなっているのを、焚き火の明かりが照らし出している。
その様子がなんだか意外で、俺は少しだけおかしくなった。
この旅路で、俺とユリウスの距離は確実に縮まっていた。主従という関係を超えた、もっと別の何か。まだ名前のない、温かい感情。
それは、これから始まる過酷な辺境生活における、何よりの支えになるだろうと、俺は確信していた。
さらに数日後、俺たちの目の前に、古びた木製の看板が姿を現した。
雨風に晒され、文字はほとんど消えかかっているが、かろうじてこう読み取れた。
『これより先、アークライト領』
ついに、着いたのだ。俺の新しい領地、俺の新しい人生が始まる場所に。
俺はごくりと唾を飲み込み、看板の先へと視線を向けた。そこに広がっていたのは、想像をはるかに超える、絶望的な光景だった。
王都の喧騒はとうに遠ざかり、俺たちの周りには荒涼とした風景が広がっている。街道と呼ぶのもおこがましいような獣道を進むと、時折、痩せた土地を懸命に耕す農民の姿や、寂れた小さな村が見えるだけだ。北へ向かうにつれて、空気はどんどん冷たくなっていく。
旅は、決して楽なものではなかった。夜は野営が基本だ。
硬い地面の上で毛布にくるまり、満点の星空を見上げる。前世では考えられなかったアウトドア生活だが、不思議と不快ではなかった。むしろ、都会の喧騒から離れた静寂が、ささくれた心を癒してくれるようだった。
「リアム様、食事ができました」
焚き火の向こうから、ユリウスが声をかけてくる。彼が差し出してくれたのは、串に刺してこんがりと焼かれた兎の肉と、木の実が入ったスープだった。どちらも彼が道中で手際よく調達してくれたものだ。
「いつもすまないな。何から何まで」
「これが俺の役目ですから」
そう言って、ユリウスは俺の隣に静かに腰を下ろした。俺たちは無言で食事を始める。
ユリウスは元々口数が少ないが、俺も疲れている時は無理に話そうとは思わない。この沈黙が、不思議と心地よかった。彼はただそこにいるだけで、俺に安心感を与えてくれる。
食事を終え、焚き火の火を眺めながら、俺はぼんやりと考えていた。
アークライト領は、一体どんな場所なのだろう。父や兄が言うように、本当に魔物が闊歩する不毛の地なのだろうか。
(だとしても、やるしかないんだよな)
公務員時代、俺は地域活性化を担う部署にいたことがある。寂れた商店街や過疎化の進む村に足を運び、住民たちと膝を突き合わせて話し合い、いくつもの再生プロジェクトを成功させてきた。
もちろん、あの頃の知識がこの異世界でそのまま通用するとは思わない。だが、問題点を洗い出し、解決策を探り、地道に実行していくというプロセスは、どこであろうと変わらないはずだ。
「リアム様、何か考え事を?」
「ん? ああ、少しな。これからのことを」
俺がそう言うと、ユリウスは焚き火に薪をくべながら、ぽつりと言った。
「あなたがどのような道を歩まれようとも、俺はどこまでもお供します。ですから、どうか一人で抱え込まないでください」
その言葉は、まるで俺の心を見透かしているかのようだった。
俺はいつもそうだ。何でも一人で背負い込み、誰にも頼ろうとしない。それが当たり前だと思っていた。だが、彼は、俺を一人にはしないと言ってくれている。
「……ユリウス」
俺は彼の名前を呼んだ。彼は静かに顔を上げ、俺の次の言葉を待っている。
「ありがとう。お前がいてくれて、本当に良かった」
柄にもなく、素直な気持ちが口からこぼれた。
ユリウスは少しだけ驚いたように目を見開いたが、やがて、その口元に微かな、本当に微かな笑みが浮かんだ。俺は、彼が笑ったのを初めて見たかもしれない。
「もったいないお言葉です」
彼はそう言って、少しだけ俯いた。耳がほんのりと赤くなっているのを、焚き火の明かりが照らし出している。
その様子がなんだか意外で、俺は少しだけおかしくなった。
この旅路で、俺とユリウスの距離は確実に縮まっていた。主従という関係を超えた、もっと別の何か。まだ名前のない、温かい感情。
それは、これから始まる過酷な辺境生活における、何よりの支えになるだろうと、俺は確信していた。
さらに数日後、俺たちの目の前に、古びた木製の看板が姿を現した。
雨風に晒され、文字はほとんど消えかかっているが、かろうじてこう読み取れた。
『これより先、アークライト領』
ついに、着いたのだ。俺の新しい領地、俺の新しい人生が始まる場所に。
俺はごくりと唾を飲み込み、看板の先へと視線を向けた。そこに広がっていたのは、想像をはるかに超える、絶望的な光景だった。
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