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第02話「唯一の騎士、唯一の味方」
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追放宣告の翌朝、俺は最低限の荷物をまとめた粗末な鞄一つを手に、屋敷の裏口に立っていた。
朝日が昇り始めたばかりで、空気はまだひんやりとしている。見送りに来る者など、誰もいない。期待すらしていなかったが、ここまであからさまな仕打ちには乾いた笑いしか出なかった。
「リアム様、準備が整いました」
背後から静かな声がした。振り返ると、そこには旅支度を整えたユリウスが、馬を二頭引き連れて立っていた。
一頭は俺が乗るためのもので、もう一頭には旅に必要な物資が積み込まれている。どれもこれも、彼が昨夜のうちに自腹を切って用意してくれたものだろう。この家が俺に旅費など出すはずもないのだから。
「すまないな、ユリウス。お前の金を使わせてしまって」
「お気になさらないでください。俺の全ては、リアム様のためにあります」
淡々と告げられる言葉には、嘘や誇張が一切感じられない。
彼の忠誠は、時として俺を戸惑わせるほどに純粋で、そして重い。
「……ありがとう」
素直な感謝が口をついて出た。ユリウスは何も言わず、ただ俺が馬に乗りやすいようにと、そっと手を差し伸べてくれる。
その無骨で、剣だこのできた手に、俺は自分の手を重ねた。ひんやりとしているが、確かな温もりが伝わってくる。
俺たちが奴隷市場で出会ったのは、一年前のことだ。
貴族の嗜みとして、仕方なく足を運んだその場所で、俺は隅の檻に入れられた彼を見つけた。他の奴隷たちが媚びを売ったり、怯えたりする中で、彼だけが全てを諦めたような虚ろな目で宙を見つめていた。その瞳が、前世で心をすり減らし、全てに無気力になっていた頃の自分に重なった。
「こいつを貰う」
気づけば、俺はそう口にしていた。有り金のほとんどをはたいて彼を買い、解放しようとした。だが、彼はそれを拒んだ。
『行く当ても、生きる意味もありません。どうか、あなたのそばに置いてください』
そう言って頭を下げた彼に、俺は「ユリウス」という名を与え、護衛騎士としてそばに置くことにした。
それ以来、彼は影のように俺に付き従い、何度も俺の心を守ってくれた。屋敷の者たちからの嫌がらせをさりげなく防いだり、俺が一人でふさぎ込んでいる時には、何も言わずにただ隣に座っていてくれたり。彼の存在は、この息苦しい世界での俺の唯一の救いだった。
「行こうか、ユリウス」
「はっ」
馬に跨り、俺たちは静かにアシュフィールド侯爵邸を後にした。振り返ることはしなかった。未練など、ひとかけらも無い。
王都の街並みを抜け、街道を北へと進む。しばらくは石畳の整備された道が続いていたが、やがて道は土くれへと変わり、周囲の景色も寂しくなっていく。アークライト領は、ここから馬車で一週間以上かかる北の果てだ。
道中、野盗に襲われることも一度や二度ではなかった。
「ひゃっはー! 獲物だぜ! 馬と荷物を置いていきな!」
いかにもなテンプレ台詞を吐く小汚い男たちに取り囲まれた時、俺は内心で「ああ、やっぱりか」と冷静に状況を分析していた。元公務員の悲しい性である。
だが、俺が何か考えるより先に、隣のユリウスが動いた。
彼は音もなく馬から降り立つと、腰の剣を抜き放つ。その動きには一切の無駄がない。
「リアム様は、お下がりください」
彼の背中が、やけに大きく見えた。野盗たちが下品な笑いを浮かべながら襲い掛かる。
しかし、次の瞬間には、彼らは面白いように斬り伏せられていた。ユリウスの剣技は、まるで流れる水か、舞い散る吹雪のようだった。美しく、そして恐ろしいほどに正確無比。あっという間に野盗たちは武器を捨て、命乞いをしながら逃げ去っていった。
「怪我は?」
「ありません。リアム様こそ」
剣についた血を払いながら、ユリウスが静かに振り返る。その空色の瞳は、今しがた人を斬ったとは思えないほど澄み切っていた。
俺は彼がただの元奴隷ではないと、漠然と感じてはいた。この剣技は、そこらの騎士隊長など足元にも及ばない。だが、彼が話さない限り、俺も聞くつもりはなかった。誰にだって、触れられたくない過去の一つや二つはある。
「俺は大丈夫だ。……すごいな、お前は」
「……あなたを守るためだけに、この剣はあります」
彼はそう言って、静かに剣を鞘に納めた。その横顔にどんな感情が浮かんでいるのか、俺にはまだ読み取ることができない。
ただ、確かなことが一つだけあった。
この無口で謎多き護衛騎士がいれば、少なくとも道中で野垂れ死ぬことはないだろう。そして、彼の存在が、これからの過酷な未来に立ち向かうための、俺の唯一の希望の光だった。
朝日が昇り始めたばかりで、空気はまだひんやりとしている。見送りに来る者など、誰もいない。期待すらしていなかったが、ここまであからさまな仕打ちには乾いた笑いしか出なかった。
「リアム様、準備が整いました」
背後から静かな声がした。振り返ると、そこには旅支度を整えたユリウスが、馬を二頭引き連れて立っていた。
一頭は俺が乗るためのもので、もう一頭には旅に必要な物資が積み込まれている。どれもこれも、彼が昨夜のうちに自腹を切って用意してくれたものだろう。この家が俺に旅費など出すはずもないのだから。
「すまないな、ユリウス。お前の金を使わせてしまって」
「お気になさらないでください。俺の全ては、リアム様のためにあります」
淡々と告げられる言葉には、嘘や誇張が一切感じられない。
彼の忠誠は、時として俺を戸惑わせるほどに純粋で、そして重い。
「……ありがとう」
素直な感謝が口をついて出た。ユリウスは何も言わず、ただ俺が馬に乗りやすいようにと、そっと手を差し伸べてくれる。
その無骨で、剣だこのできた手に、俺は自分の手を重ねた。ひんやりとしているが、確かな温もりが伝わってくる。
俺たちが奴隷市場で出会ったのは、一年前のことだ。
貴族の嗜みとして、仕方なく足を運んだその場所で、俺は隅の檻に入れられた彼を見つけた。他の奴隷たちが媚びを売ったり、怯えたりする中で、彼だけが全てを諦めたような虚ろな目で宙を見つめていた。その瞳が、前世で心をすり減らし、全てに無気力になっていた頃の自分に重なった。
「こいつを貰う」
気づけば、俺はそう口にしていた。有り金のほとんどをはたいて彼を買い、解放しようとした。だが、彼はそれを拒んだ。
『行く当ても、生きる意味もありません。どうか、あなたのそばに置いてください』
そう言って頭を下げた彼に、俺は「ユリウス」という名を与え、護衛騎士としてそばに置くことにした。
それ以来、彼は影のように俺に付き従い、何度も俺の心を守ってくれた。屋敷の者たちからの嫌がらせをさりげなく防いだり、俺が一人でふさぎ込んでいる時には、何も言わずにただ隣に座っていてくれたり。彼の存在は、この息苦しい世界での俺の唯一の救いだった。
「行こうか、ユリウス」
「はっ」
馬に跨り、俺たちは静かにアシュフィールド侯爵邸を後にした。振り返ることはしなかった。未練など、ひとかけらも無い。
王都の街並みを抜け、街道を北へと進む。しばらくは石畳の整備された道が続いていたが、やがて道は土くれへと変わり、周囲の景色も寂しくなっていく。アークライト領は、ここから馬車で一週間以上かかる北の果てだ。
道中、野盗に襲われることも一度や二度ではなかった。
「ひゃっはー! 獲物だぜ! 馬と荷物を置いていきな!」
いかにもなテンプレ台詞を吐く小汚い男たちに取り囲まれた時、俺は内心で「ああ、やっぱりか」と冷静に状況を分析していた。元公務員の悲しい性である。
だが、俺が何か考えるより先に、隣のユリウスが動いた。
彼は音もなく馬から降り立つと、腰の剣を抜き放つ。その動きには一切の無駄がない。
「リアム様は、お下がりください」
彼の背中が、やけに大きく見えた。野盗たちが下品な笑いを浮かべながら襲い掛かる。
しかし、次の瞬間には、彼らは面白いように斬り伏せられていた。ユリウスの剣技は、まるで流れる水か、舞い散る吹雪のようだった。美しく、そして恐ろしいほどに正確無比。あっという間に野盗たちは武器を捨て、命乞いをしながら逃げ去っていった。
「怪我は?」
「ありません。リアム様こそ」
剣についた血を払いながら、ユリウスが静かに振り返る。その空色の瞳は、今しがた人を斬ったとは思えないほど澄み切っていた。
俺は彼がただの元奴隷ではないと、漠然と感じてはいた。この剣技は、そこらの騎士隊長など足元にも及ばない。だが、彼が話さない限り、俺も聞くつもりはなかった。誰にだって、触れられたくない過去の一つや二つはある。
「俺は大丈夫だ。……すごいな、お前は」
「……あなたを守るためだけに、この剣はあります」
彼はそう言って、静かに剣を鞘に納めた。その横顔にどんな感情が浮かんでいるのか、俺にはまだ読み取ることができない。
ただ、確かなことが一つだけあった。
この無口で謎多き護衛騎士がいれば、少なくとも道中で野垂れ死ぬことはないだろう。そして、彼の存在が、これからの過酷な未来に立ち向かうための、俺の唯一の希望の光だった。
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