6 / 24
第5話「心を溶かす温もり」
しおりを挟む
「救う、だと? 我を侮辱するか、人間」
レイルは鼻で笑った。彼の目に宿るのは、憐れみと、そして諦観。
これまで幾度となく彼の前に現れては、その力を求め、あるいは討伐しようとしてきた人間たちと同じように、カイルもまた戯言を口にしているとしか思えなかった。
しかし、カイルは怯まなかった。
「侮辱なんてしていません。俺は本気です」
彼は立ち上がると、無謀にもレイルのそばに留まることを決めた。
その日から、カイルの奇妙な城での生活が始まった。
まずカイルが取り掛かったのは、食事の準備だった。追放される際に持たされたわずかな食料と、城の厨房に残されていた保存食を使い、彼は温かいスープを作った。
公爵令息として育てられたが、家庭教師から護身術の一環として野営の知識も学んでいたのが幸いした。
出来上がったスープを椀に入れ、玉座に座るレイルの元へ運ぶ。
「……くだらんことを。我に食事は不要だ」
レイルは顔を背け、受け取ろうとしない。
「それでも、温かいものを口にすれば、少しは痛みが和らぐかもしれません。それに、俺が食べたいんです。一人で食べるのは、寂しいから」
そう言って、カイルはレイルの隣の床に腰を下ろし、自分の分のスープを静かにすすり始めた。
カイルの言葉に、レイルはわずかに目を見開く。永い時の中で、誰かと食事を共にすることなど考えたこともなかった。
拒絶されても、カイルは諦めなかった。毎日三度、彼は温かい食事を用意し、レイルの傍らでそれを口にした。
数日が経った頃、カイルが少し席を外した隙に、玉座の脇に置かれたスープの椀が空になっていることに気づいた。カイルは何も言わず、ただ嬉しくて、そっと微笑んだ。
食事の世話だけではない。カイルは呪いの痛みを少しでも和らげようと、城の中を必死に探索し始めた。
昼間は、魔物が比較的おとなしくなる時間帯を狙って森へ出て、薬草を摘んでくる。夜は、埃をかぶった城の書庫で、呪いや魔法に関する古文書を読み漁った。
ボロボロの服のまま、顔や手を泥で汚しながら、自分のために奔走するカイルの姿を、レイルは玉座から黙って見つめていた。
最初は、すぐに諦めて逃げ出すか、あるいは自分に何か見返りを求めてくるだろうと思っていた。だが、カイルは何も求めない。ただひたすらに、献身的にレイルのために動き回っている。
ある夜、カイルは薬草を煎じた布を手に、レイルの前に跪いた。
「失礼します。気休めかもしれませんが……」
そう言って、呪いの紋様が浮かぶレイルの額に、温かい布をそっと当てる。その瞬間、レイルの肩が小さく震えた。
「……やめろ」
「でも……」
「やめろと言っている!」
レイルはカイルの手を荒々しく振り払った。その瞳には、怒りだけでなく、戸惑いや怯えのような色が浮かんでいた。
優しくされることに、慣れていなかったのだ。温もりに触れることが、怖かった。いつか失われるのなら、初めから欲しくない。そうやって永い間、心を閉ざしてきた。
しかし、カイルは振り払われても、悲しそうな顔で微笑むだけだった。
「すみません。でも、明日もやりますから」
その真っ直ぐな瞳に、レイルの心の壁が、ほんの少しだけ、音を立てて軋んだ気がした。
レイルは鼻で笑った。彼の目に宿るのは、憐れみと、そして諦観。
これまで幾度となく彼の前に現れては、その力を求め、あるいは討伐しようとしてきた人間たちと同じように、カイルもまた戯言を口にしているとしか思えなかった。
しかし、カイルは怯まなかった。
「侮辱なんてしていません。俺は本気です」
彼は立ち上がると、無謀にもレイルのそばに留まることを決めた。
その日から、カイルの奇妙な城での生活が始まった。
まずカイルが取り掛かったのは、食事の準備だった。追放される際に持たされたわずかな食料と、城の厨房に残されていた保存食を使い、彼は温かいスープを作った。
公爵令息として育てられたが、家庭教師から護身術の一環として野営の知識も学んでいたのが幸いした。
出来上がったスープを椀に入れ、玉座に座るレイルの元へ運ぶ。
「……くだらんことを。我に食事は不要だ」
レイルは顔を背け、受け取ろうとしない。
「それでも、温かいものを口にすれば、少しは痛みが和らぐかもしれません。それに、俺が食べたいんです。一人で食べるのは、寂しいから」
そう言って、カイルはレイルの隣の床に腰を下ろし、自分の分のスープを静かにすすり始めた。
カイルの言葉に、レイルはわずかに目を見開く。永い時の中で、誰かと食事を共にすることなど考えたこともなかった。
拒絶されても、カイルは諦めなかった。毎日三度、彼は温かい食事を用意し、レイルの傍らでそれを口にした。
数日が経った頃、カイルが少し席を外した隙に、玉座の脇に置かれたスープの椀が空になっていることに気づいた。カイルは何も言わず、ただ嬉しくて、そっと微笑んだ。
食事の世話だけではない。カイルは呪いの痛みを少しでも和らげようと、城の中を必死に探索し始めた。
昼間は、魔物が比較的おとなしくなる時間帯を狙って森へ出て、薬草を摘んでくる。夜は、埃をかぶった城の書庫で、呪いや魔法に関する古文書を読み漁った。
ボロボロの服のまま、顔や手を泥で汚しながら、自分のために奔走するカイルの姿を、レイルは玉座から黙って見つめていた。
最初は、すぐに諦めて逃げ出すか、あるいは自分に何か見返りを求めてくるだろうと思っていた。だが、カイルは何も求めない。ただひたすらに、献身的にレイルのために動き回っている。
ある夜、カイルは薬草を煎じた布を手に、レイルの前に跪いた。
「失礼します。気休めかもしれませんが……」
そう言って、呪いの紋様が浮かぶレイルの額に、温かい布をそっと当てる。その瞬間、レイルの肩が小さく震えた。
「……やめろ」
「でも……」
「やめろと言っている!」
レイルはカイルの手を荒々しく振り払った。その瞳には、怒りだけでなく、戸惑いや怯えのような色が浮かんでいた。
優しくされることに、慣れていなかったのだ。温もりに触れることが、怖かった。いつか失われるのなら、初めから欲しくない。そうやって永い間、心を閉ざしてきた。
しかし、カイルは振り払われても、悲しそうな顔で微笑むだけだった。
「すみません。でも、明日もやりますから」
その真っ直ぐな瞳に、レイルの心の壁が、ほんの少しだけ、音を立てて軋んだ気がした。
109
あなたにおすすめの小説
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
大工のおっさん、王様の側室になる
くろねこや
BL
庶民のオレが王様の側室に?!
そんなのアリかよ?!
オレ男だけど?!
王妃様に殺されちまう!
※『横書き』方向に設定してお読みください。
※異母兄を『義兄』と表記してしまっておりました。『兄』に修正しました。(1/18・22:50)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる