捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん

文字の大きさ
9 / 16

第8話「招かれざる客と過去の影」

しおりを挟む
 城内の空気が、微かにざわついていた。
 私がザルドリス様から贈られた「天蚕」の布で、彼の新しいローブを縫い上げている時のことだ。
 針を通すたびに、虹色の光が波紋のように広がる美しい布地。
 これを着た魔王様は、さぞかし素敵だろうと想像して、自然と口元が緩んでしまう。
「リノ様」
 部屋の入り口で、ギルが低い声をかけた。
 いつもの冷静な彼にしては珍しく、その岩の仮面のような表情に焦りの色が浮かんでいる。
「どうしたの、ギル? そんなに慌てて」
「……お客様です。いや、招かれざる客と言うべきでしょうか」
 ギルは言い淀みながら、窓の外を指差した。
「人間界からの侵入者です。結界の一部が突破されました」
 侵入者。
 その言葉に、私の指先が止まった。
「勇者一行……と名乗っています」
 心臓が、早鐘を打った。
 勇者。
 その響きに、私は嫌な記憶を呼び起こさずにはいられなかった。
 私が生贄として選ばれる前、村に立ち寄った冒険者たちの顔が脳裏をよぎる。
 彼らは私を見て、「オメガか、足手まといだな」と嘲笑った。
 まさか、彼らが来たのだろうか。
「魔王様は?」
「主様は現在、城の地下深層にある魔力炉の調整に向かわれております。戻られるまで、少し時間がかかるかと」
 タイミングが悪い。
 ザルドリス様が不在の隙を突いてくるとは、なんと卑劣な。
「城の防衛システムはどうなっているの?」
「作動させていますが、相手はなかなかの手練れです。正面突破されるのも時間の問題かと……」
 ギルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、遠くで爆発音が響いた。
 ズズズン、と城全体が揺れる。
 私の作ったクッションタワーが崩れ落ちた。
「……許せない」
 恐怖よりも先に、怒りが湧いてきた。
 この城は、私が丹精込めて作り上げた、世界で一番快適な「巣」なのだ。
 床の一枚、カーテンの一枚に至るまで、私の愛情とこだわりが詰まっている。
 それを土足で踏み荒らすなんて。
「リノ様、ここへ。安全な隠し部屋へご案内します」
 ギルが私を庇うように前に出た。
 しかし、私は首を横に振った。
「ううん、ギル。逃げないよ」
「しかし!」
「ここは私の家だもの。勝手に入ってくる泥棒に、一言文句を言ってやらないと気が済まない」
 私の瞳に宿った決意を見て、ギルは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに恭しく頭を下げた。
「……承知いたしました。我々魔王軍、リノ様の手足となりてお守りします」
 その時、廊下の向こうから騒がしい足音が近づいてきた。
「おいおい、なんだこの城は!」
 聞き覚えのある、神経に障る甲高い男の声。
「床がフカフカしてて歩きにくいんだよ! 罠か!?」
「いや、ただのラグみたいだぜ? しかも妙にいい匂いがしやがる」
 間違いない。
 かつて私をゴミのように扱った、勇者アルヴィンとその取り巻きたちだ。
 彼らは大扉を蹴破り、私のいる広間へと踏み込んできた。
「魔王ザルドリス! 出てこい! 正義の勇者アルヴィン様が成敗してくれ……ん?」
 剣を抜き放ち、見得を切ったアルヴィンが、部屋の中央にいる私を見て固まった。
「……なんだ、お前」
 アルヴィンは目を細めた。
「どこかで見た顔だな……ああ、そうだ。あの時の生贄のオメガか!」
 彼は下品な笑みを浮かべた。
「生きてたのかよ。てっきり魔王の腹の中で消化されたかと思ってたぜ」
「……お久しぶりです、アルヴィンさん」
 私は震える声を抑え、努めて冷静に返した。
「何の用ですか。ここは土足厳禁ですよ」
「はあ? 何言ってんだこの虫けらが」
 アルヴィンは不快そうに顔をしかめ、泥のついたブーツで、私が昨日張り替えたばかりの純白のムートンラグを踏みにじった。
 グリグリと、わざと汚れを擦り付けるように。
「俺たちは魔王を殺しに来たんだ。邪魔するなら、お前もここで殺すぞ?」
 その光景を見て、私の中で何かが切れた。
 私のラグが。
 最高の手触りを追求するために、三日三晩かけてなめしたムートンが。
 汚された。
「……ギル」
 私は低い声で呼んだ。
「はい」
「お客様にお帰りいただいて」
「喜んで」
 ギルが指を鳴らすと、天井の梁に隠れていたガーゴイルたちが一斉に飛び降りた。
 しかし、アルヴィンたちは動じない。
「はん、雑魚が! やっちまえ!」
 勇者一行と魔物たちの乱闘が始まった。
 魔法が飛び交い、剣戟の音が響き渡る。
 私は部屋の隅で、その様子を見つめていた。
 ただ守られているだけじゃ嫌だ。
 私も戦う。この「巣」を守るために、私なりのやり方で。
 私はポケットから、大量の「特製ビーズ」を取り出した。
 それは、クッションの中身に使おうと思って失敗した、摩擦係数がゼロに近いツルツルの素材だ。
「みんな、足元に気をつけて!」
 私は叫ぶと同時に、そのビーズを床にぶちまけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった

近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。 それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。 初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

処理中です...