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第8話「招かれざる客と過去の影」
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城内の空気が、微かにざわついていた。
私がザルドリス様から贈られた「天蚕」の布で、彼の新しいローブを縫い上げている時のことだ。
針を通すたびに、虹色の光が波紋のように広がる美しい布地。
これを着た魔王様は、さぞかし素敵だろうと想像して、自然と口元が緩んでしまう。
「リノ様」
部屋の入り口で、ギルが低い声をかけた。
いつもの冷静な彼にしては珍しく、その岩の仮面のような表情に焦りの色が浮かんでいる。
「どうしたの、ギル? そんなに慌てて」
「……お客様です。いや、招かれざる客と言うべきでしょうか」
ギルは言い淀みながら、窓の外を指差した。
「人間界からの侵入者です。結界の一部が突破されました」
侵入者。
その言葉に、私の指先が止まった。
「勇者一行……と名乗っています」
心臓が、早鐘を打った。
勇者。
その響きに、私は嫌な記憶を呼び起こさずにはいられなかった。
私が生贄として選ばれる前、村に立ち寄った冒険者たちの顔が脳裏をよぎる。
彼らは私を見て、「オメガか、足手まといだな」と嘲笑った。
まさか、彼らが来たのだろうか。
「魔王様は?」
「主様は現在、城の地下深層にある魔力炉の調整に向かわれております。戻られるまで、少し時間がかかるかと」
タイミングが悪い。
ザルドリス様が不在の隙を突いてくるとは、なんと卑劣な。
「城の防衛システムはどうなっているの?」
「作動させていますが、相手はなかなかの手練れです。正面突破されるのも時間の問題かと……」
ギルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、遠くで爆発音が響いた。
ズズズン、と城全体が揺れる。
私の作ったクッションタワーが崩れ落ちた。
「……許せない」
恐怖よりも先に、怒りが湧いてきた。
この城は、私が丹精込めて作り上げた、世界で一番快適な「巣」なのだ。
床の一枚、カーテンの一枚に至るまで、私の愛情とこだわりが詰まっている。
それを土足で踏み荒らすなんて。
「リノ様、ここへ。安全な隠し部屋へご案内します」
ギルが私を庇うように前に出た。
しかし、私は首を横に振った。
「ううん、ギル。逃げないよ」
「しかし!」
「ここは私の家だもの。勝手に入ってくる泥棒に、一言文句を言ってやらないと気が済まない」
私の瞳に宿った決意を見て、ギルは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに恭しく頭を下げた。
「……承知いたしました。我々魔王軍、リノ様の手足となりてお守りします」
その時、廊下の向こうから騒がしい足音が近づいてきた。
「おいおい、なんだこの城は!」
聞き覚えのある、神経に障る甲高い男の声。
「床がフカフカしてて歩きにくいんだよ! 罠か!?」
「いや、ただのラグみたいだぜ? しかも妙にいい匂いがしやがる」
間違いない。
かつて私をゴミのように扱った、勇者アルヴィンとその取り巻きたちだ。
彼らは大扉を蹴破り、私のいる広間へと踏み込んできた。
「魔王ザルドリス! 出てこい! 正義の勇者アルヴィン様が成敗してくれ……ん?」
剣を抜き放ち、見得を切ったアルヴィンが、部屋の中央にいる私を見て固まった。
「……なんだ、お前」
アルヴィンは目を細めた。
「どこかで見た顔だな……ああ、そうだ。あの時の生贄のオメガか!」
彼は下品な笑みを浮かべた。
「生きてたのかよ。てっきり魔王の腹の中で消化されたかと思ってたぜ」
「……お久しぶりです、アルヴィンさん」
私は震える声を抑え、努めて冷静に返した。
「何の用ですか。ここは土足厳禁ですよ」
「はあ? 何言ってんだこの虫けらが」
アルヴィンは不快そうに顔をしかめ、泥のついたブーツで、私が昨日張り替えたばかりの純白のムートンラグを踏みにじった。
グリグリと、わざと汚れを擦り付けるように。
「俺たちは魔王を殺しに来たんだ。邪魔するなら、お前もここで殺すぞ?」
その光景を見て、私の中で何かが切れた。
私のラグが。
最高の手触りを追求するために、三日三晩かけてなめしたムートンが。
汚された。
「……ギル」
私は低い声で呼んだ。
「はい」
「お客様にお帰りいただいて」
「喜んで」
ギルが指を鳴らすと、天井の梁に隠れていたガーゴイルたちが一斉に飛び降りた。
しかし、アルヴィンたちは動じない。
「はん、雑魚が! やっちまえ!」
勇者一行と魔物たちの乱闘が始まった。
魔法が飛び交い、剣戟の音が響き渡る。
私は部屋の隅で、その様子を見つめていた。
ただ守られているだけじゃ嫌だ。
私も戦う。この「巣」を守るために、私なりのやり方で。
私はポケットから、大量の「特製ビーズ」を取り出した。
それは、クッションの中身に使おうと思って失敗した、摩擦係数がゼロに近いツルツルの素材だ。
「みんな、足元に気をつけて!」
私は叫ぶと同時に、そのビーズを床にぶちまけた。
私がザルドリス様から贈られた「天蚕」の布で、彼の新しいローブを縫い上げている時のことだ。
針を通すたびに、虹色の光が波紋のように広がる美しい布地。
これを着た魔王様は、さぞかし素敵だろうと想像して、自然と口元が緩んでしまう。
「リノ様」
部屋の入り口で、ギルが低い声をかけた。
いつもの冷静な彼にしては珍しく、その岩の仮面のような表情に焦りの色が浮かんでいる。
「どうしたの、ギル? そんなに慌てて」
「……お客様です。いや、招かれざる客と言うべきでしょうか」
ギルは言い淀みながら、窓の外を指差した。
「人間界からの侵入者です。結界の一部が突破されました」
侵入者。
その言葉に、私の指先が止まった。
「勇者一行……と名乗っています」
心臓が、早鐘を打った。
勇者。
その響きに、私は嫌な記憶を呼び起こさずにはいられなかった。
私が生贄として選ばれる前、村に立ち寄った冒険者たちの顔が脳裏をよぎる。
彼らは私を見て、「オメガか、足手まといだな」と嘲笑った。
まさか、彼らが来たのだろうか。
「魔王様は?」
「主様は現在、城の地下深層にある魔力炉の調整に向かわれております。戻られるまで、少し時間がかかるかと」
タイミングが悪い。
ザルドリス様が不在の隙を突いてくるとは、なんと卑劣な。
「城の防衛システムはどうなっているの?」
「作動させていますが、相手はなかなかの手練れです。正面突破されるのも時間の問題かと……」
ギルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、遠くで爆発音が響いた。
ズズズン、と城全体が揺れる。
私の作ったクッションタワーが崩れ落ちた。
「……許せない」
恐怖よりも先に、怒りが湧いてきた。
この城は、私が丹精込めて作り上げた、世界で一番快適な「巣」なのだ。
床の一枚、カーテンの一枚に至るまで、私の愛情とこだわりが詰まっている。
それを土足で踏み荒らすなんて。
「リノ様、ここへ。安全な隠し部屋へご案内します」
ギルが私を庇うように前に出た。
しかし、私は首を横に振った。
「ううん、ギル。逃げないよ」
「しかし!」
「ここは私の家だもの。勝手に入ってくる泥棒に、一言文句を言ってやらないと気が済まない」
私の瞳に宿った決意を見て、ギルは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに恭しく頭を下げた。
「……承知いたしました。我々魔王軍、リノ様の手足となりてお守りします」
その時、廊下の向こうから騒がしい足音が近づいてきた。
「おいおい、なんだこの城は!」
聞き覚えのある、神経に障る甲高い男の声。
「床がフカフカしてて歩きにくいんだよ! 罠か!?」
「いや、ただのラグみたいだぜ? しかも妙にいい匂いがしやがる」
間違いない。
かつて私をゴミのように扱った、勇者アルヴィンとその取り巻きたちだ。
彼らは大扉を蹴破り、私のいる広間へと踏み込んできた。
「魔王ザルドリス! 出てこい! 正義の勇者アルヴィン様が成敗してくれ……ん?」
剣を抜き放ち、見得を切ったアルヴィンが、部屋の中央にいる私を見て固まった。
「……なんだ、お前」
アルヴィンは目を細めた。
「どこかで見た顔だな……ああ、そうだ。あの時の生贄のオメガか!」
彼は下品な笑みを浮かべた。
「生きてたのかよ。てっきり魔王の腹の中で消化されたかと思ってたぜ」
「……お久しぶりです、アルヴィンさん」
私は震える声を抑え、努めて冷静に返した。
「何の用ですか。ここは土足厳禁ですよ」
「はあ? 何言ってんだこの虫けらが」
アルヴィンは不快そうに顔をしかめ、泥のついたブーツで、私が昨日張り替えたばかりの純白のムートンラグを踏みにじった。
グリグリと、わざと汚れを擦り付けるように。
「俺たちは魔王を殺しに来たんだ。邪魔するなら、お前もここで殺すぞ?」
その光景を見て、私の中で何かが切れた。
私のラグが。
最高の手触りを追求するために、三日三晩かけてなめしたムートンが。
汚された。
「……ギル」
私は低い声で呼んだ。
「はい」
「お客様にお帰りいただいて」
「喜んで」
ギルが指を鳴らすと、天井の梁に隠れていたガーゴイルたちが一斉に飛び降りた。
しかし、アルヴィンたちは動じない。
「はん、雑魚が! やっちまえ!」
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魔法が飛び交い、剣戟の音が響き渡る。
私は部屋の隅で、その様子を見つめていた。
ただ守られているだけじゃ嫌だ。
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私はポケットから、大量の「特製ビーズ」を取り出した。
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