10 / 16
第9話「蹂躙される聖域」
しおりを挟む
「うわっ!?」
「なんだこれ、滑るぞ!?」
私の撒いた特製ビーズは見事に効果を発揮した。
床一面に広がった微細な粒に足を取られ、勇者一行の動きが止まる。
重たい鎧を着込んだ戦士が、派手に転倒して床に頭を打ち付けた。
魔法使いが体勢を崩し、詠唱を失敗して自身の杖を焦がす。
「今だ、ギル!」
私の合図で、ガーゴイルたちが空から襲いかかる。
石の爪が鎧を引っ掻き、翼が突風を巻き起こす。
戦況は、圧倒的にこちらに有利に見えた。
しかし、相手は腐っても勇者だった。
「小賢しい真似を……!」
アルヴィンが怒号を上げ、剣を床に突き刺した。
「聖なる炎よ、浄化せよ!」
彼の剣から眩い光と炎が噴き出した。
その熱風が、私の撒いたビーズを一瞬で溶かし、さらに周囲の可燃物――つまり、私が作ったカーテンやクッションに引火した。
「あっ……!」
私の悲鳴がかき消される。
炎は生き物のように広がり、自慢のインテリアを舐め尽くしていく。
お気に入りのタペストリーが黒く縮れ、灰になって崩れ落ちる。
ふかふかのソファが、無惨な骨組みだけを晒していく。
「やめて……!」
私は思わず駆け出そうとしたが、ギルに腕を掴まれた。
「いけません、リノ様! 火力が強すぎます!」
「でも、私の……みんなの場所が!」
涙が溢れて止まらない。
ただ快適に過ごしたかっただけなのに。
魔王様と、みんなと、静かに暮らしたかっただけなのに。
アルヴィンは炎の中で高笑いをしている。
「見ろよ、よく燃えるゴミ屋敷だ! 魔王の城がこんなファンシーな内装だとはな、笑わせるぜ!」
彼は燃え盛るクッションを蹴り飛ばした。
その火の粉が、私の足元まで飛んでくる。
「おいオメガ、魔王はどこだ? 言えば命だけは助けてやるぞ。俺の現地妻にしてやってもいい」
アルヴィンが、ねっとりとした視線で私を見た。
その目には、私を一人の人間としてではなく、ただの道具や欲望の対象として見る色が浮かんでいた。
かつて村で感じた、あの視線だ。
寒気がした。
炎の熱さとは裏腹に、背筋が凍りつくような恐怖。
「……断る」
私は精一杯の虚勢を張った。
「魔王様は、あなたなんかよりずっと強くて、ずっと優しい。あなたの妻になるくらいなら、ここで焼け死んだ方がマシだ!」
「……あ?」
アルヴィンの顔から笑みが消えた。
「生意気な口を利くなよ、底辺が」
彼は一瞬で距離を詰め、私の首を掴み上げた。
「ぐっ……!」
足が宙に浮く。
呼吸ができない。
「リノ様!」
ギルが助けに入ろうとしたが、勇者パーティの魔法使いが放った拘束魔法によって、壁に縫い付けられてしまった。
「放せ……!」
私は必死にアルヴィンの腕を引っ掻いたが、鍛え上げられた筋肉には爪も立たない。
「死ね」
アルヴィンが剣を振り上げた。
その刃が、冷たい光を放って私に迫る。
死ぬ。
そう思った瞬間だった。
「――誰が、死ぬだと?」
空間そのものが凍りつくような、絶対零度の声が響いた。
次の瞬間、世界が反転したような衝撃が走った。
アルヴィンの体が、見えない巨人の手で弾き飛ばされたように、部屋の反対側の壁まで吹き飛んだのだ。
「がはっ!?」
壁にめり込み、血を吐くアルヴィン。
私の体は床に落ちる前に、誰かの腕の中に優しく受け止められた。
懐かしい、雨と森の香り。
「……魔王、さま……」
見上げると、そこにはザルドリス様がいた。
しかし、その表情は私が知っている「眠そうな魔王様」ではなかった。
瞳は深紅に輝き、全身から漆黒のオーラを立ち昇らせている。
そのオーラは、燃え盛っていた聖なる炎を、一瞬にして黒い霧で塗りつぶし、鎮火させてしまった。
「……よくも」
ザルドリス様が、低くつぶやく。
「よくも、私の城を。私の部下を。そして……」
彼の手が、私の首に残った赤い手形に触れた。
その指先が、怒りで微かに震えている。
「私の番(つがい)になるべき存在に、触れたな」
空気が軋む。
魔王の怒りが、物理的な圧力となって勇者一行を押し潰そうとしていた。
「ひっ……!」
勇者の仲間たちが、恐怖で腰を抜かす。
格が違う。
今のザルドリス様は、まさしく「魔王」そのものだった。
「リノ、目を閉じていろ」
ザルドリス様は、私を宝物のように抱き直すと、耳元で囁いた。
「少しだけ、掃除をする」
その声は甘く、しかし残酷な響きを含んでいた。
私は彼の胸に顔を埋め、震える体を預けた。
もう大丈夫だ。
彼が来てくれたから。
「なんだこれ、滑るぞ!?」
私の撒いた特製ビーズは見事に効果を発揮した。
床一面に広がった微細な粒に足を取られ、勇者一行の動きが止まる。
重たい鎧を着込んだ戦士が、派手に転倒して床に頭を打ち付けた。
魔法使いが体勢を崩し、詠唱を失敗して自身の杖を焦がす。
「今だ、ギル!」
私の合図で、ガーゴイルたちが空から襲いかかる。
石の爪が鎧を引っ掻き、翼が突風を巻き起こす。
戦況は、圧倒的にこちらに有利に見えた。
しかし、相手は腐っても勇者だった。
「小賢しい真似を……!」
アルヴィンが怒号を上げ、剣を床に突き刺した。
「聖なる炎よ、浄化せよ!」
彼の剣から眩い光と炎が噴き出した。
その熱風が、私の撒いたビーズを一瞬で溶かし、さらに周囲の可燃物――つまり、私が作ったカーテンやクッションに引火した。
「あっ……!」
私の悲鳴がかき消される。
炎は生き物のように広がり、自慢のインテリアを舐め尽くしていく。
お気に入りのタペストリーが黒く縮れ、灰になって崩れ落ちる。
ふかふかのソファが、無惨な骨組みだけを晒していく。
「やめて……!」
私は思わず駆け出そうとしたが、ギルに腕を掴まれた。
「いけません、リノ様! 火力が強すぎます!」
「でも、私の……みんなの場所が!」
涙が溢れて止まらない。
ただ快適に過ごしたかっただけなのに。
魔王様と、みんなと、静かに暮らしたかっただけなのに。
アルヴィンは炎の中で高笑いをしている。
「見ろよ、よく燃えるゴミ屋敷だ! 魔王の城がこんなファンシーな内装だとはな、笑わせるぜ!」
彼は燃え盛るクッションを蹴り飛ばした。
その火の粉が、私の足元まで飛んでくる。
「おいオメガ、魔王はどこだ? 言えば命だけは助けてやるぞ。俺の現地妻にしてやってもいい」
アルヴィンが、ねっとりとした視線で私を見た。
その目には、私を一人の人間としてではなく、ただの道具や欲望の対象として見る色が浮かんでいた。
かつて村で感じた、あの視線だ。
寒気がした。
炎の熱さとは裏腹に、背筋が凍りつくような恐怖。
「……断る」
私は精一杯の虚勢を張った。
「魔王様は、あなたなんかよりずっと強くて、ずっと優しい。あなたの妻になるくらいなら、ここで焼け死んだ方がマシだ!」
「……あ?」
アルヴィンの顔から笑みが消えた。
「生意気な口を利くなよ、底辺が」
彼は一瞬で距離を詰め、私の首を掴み上げた。
「ぐっ……!」
足が宙に浮く。
呼吸ができない。
「リノ様!」
ギルが助けに入ろうとしたが、勇者パーティの魔法使いが放った拘束魔法によって、壁に縫い付けられてしまった。
「放せ……!」
私は必死にアルヴィンの腕を引っ掻いたが、鍛え上げられた筋肉には爪も立たない。
「死ね」
アルヴィンが剣を振り上げた。
その刃が、冷たい光を放って私に迫る。
死ぬ。
そう思った瞬間だった。
「――誰が、死ぬだと?」
空間そのものが凍りつくような、絶対零度の声が響いた。
次の瞬間、世界が反転したような衝撃が走った。
アルヴィンの体が、見えない巨人の手で弾き飛ばされたように、部屋の反対側の壁まで吹き飛んだのだ。
「がはっ!?」
壁にめり込み、血を吐くアルヴィン。
私の体は床に落ちる前に、誰かの腕の中に優しく受け止められた。
懐かしい、雨と森の香り。
「……魔王、さま……」
見上げると、そこにはザルドリス様がいた。
しかし、その表情は私が知っている「眠そうな魔王様」ではなかった。
瞳は深紅に輝き、全身から漆黒のオーラを立ち昇らせている。
そのオーラは、燃え盛っていた聖なる炎を、一瞬にして黒い霧で塗りつぶし、鎮火させてしまった。
「……よくも」
ザルドリス様が、低くつぶやく。
「よくも、私の城を。私の部下を。そして……」
彼の手が、私の首に残った赤い手形に触れた。
その指先が、怒りで微かに震えている。
「私の番(つがい)になるべき存在に、触れたな」
空気が軋む。
魔王の怒りが、物理的な圧力となって勇者一行を押し潰そうとしていた。
「ひっ……!」
勇者の仲間たちが、恐怖で腰を抜かす。
格が違う。
今のザルドリス様は、まさしく「魔王」そのものだった。
「リノ、目を閉じていろ」
ザルドリス様は、私を宝物のように抱き直すと、耳元で囁いた。
「少しだけ、掃除をする」
その声は甘く、しかし残酷な響きを含んでいた。
私は彼の胸に顔を埋め、震える体を預けた。
もう大丈夫だ。
彼が来てくれたから。
26
あなたにおすすめの小説
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
義務ですもの。
あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる