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第9話 昨晩、何が起きたのか
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人々の記憶から、自分たちの存在を消し去る——そのための計画を立てて、準備してきた。けれど、これは決して最初から実行するつもりだった手段ではなく、あくまでも最終手段だった。計画を実行しない可能性も十分にあったのだ。万が一の場合に向けて用意しておいた、いわば保険のようなもの。
朝食を済ませた後、私たちは山荘の居間に集まった。窓から差し込む朝の光が、木製のテーブルを温かく照らしている。部屋の隅に飾られた季節の花々からは、かすかな香りが漂っていた。エミリーが淹れてくれた芳ばしい紅茶の香りが部屋中に満ちる中で、私は昨晩のパーティーで何が起きたのかを改めて説明し始めた。
「本来の予定では、正当な手順を経て聖女の座は明け渡すつもりだった」
テーブルに両手を置き、私は静かに言葉を紡いだ。手元の紅茶から立ち上る湯気が、私の視界をほんの少しだけ曇らせる。
「彼が望むのであれば、私はすぐに婚約破棄も受け入れるつもりでした。話し合いによって穏便に済ませる方法もあったはず」
そう語りながら、パーティー会場でのエリック王子の見下すような眼差しを思い出す。光り輝く金箔の装飾が施された広間で、彼が皆の前で私を辱めるように言い放った言葉の一つ一つが、私の記憶の中にだけ残っている。
「だけど、エリック王子の言葉を聞いて計画を実行に移す決心がついたんです」
ナディーヌが眉をひそめながら、じっと私の話に耳を傾けている。エミリーは緊張した面持ちで紅茶のおかわりを用意しながら、時折小さくうなずいている。ジャメルは静かに紅茶を啜りながら考え込むような表情を浮かべていた。白髪交じりの髭に手をやる仕草は、彼が深く思案している時の癖。
「私は、聖女の地位なんかに価値を見出してはいなかったから」
正直に告白する。
「むしろ喜んでその立場なんて放棄したかったんです。言葉には出さなかったけれど、いつでも放棄する意思があることをエリック王子にアピールしてきたつもりでした。でも彼は、何も気付いていなかったみたいで」
私からは言い出せない。気付いてもらって、お互いに良い方法を模索できれば一番良かった。ナディーヌが鼻を鳴らして不満げな表情を見せた。
「やはり、あの王子はダメでしたか」
そう言ってナディーヌは、呆れたようにため息をついた。彼女も、こうなる未来を予想していたみたい。王子に対する評価は私以上に低いらしい。
「急にパーティー会場に連れ出されて、婚約破棄を告げられるなんて予想外でした。まるで見世物のようにして、私が悪いと仕立て上げて」
どうして、あんな事をしたのか。今も理解は出来ない。エリック王子は、とにかく私との関係を終わらせたかったのか。
「あんな方法を取るなら、私だって強引な手段をとらせてもらうしかなかった」
最後に確認として、私はエリック王子に問いかけたのだ。本当に本気なのかと。彼の答えは、もちろん本気だという冷たいものだった。「お前なんか、これまで一度も愛したことはない」とさえ言われた。もし別の答えが返ってきていたら。あの瞬間に私は考え直していたかもしれない。最後の一歩を踏み出さなかったかもしれない。
「でも、あんな言い方をされたから。私も、覚悟を決めて計画を実行しました」
一瞬の沈黙が部屋を支配した後、エミリーが身を乗り出して興奮気味に尋ねた。彼女の瞳が好奇心で輝いている。
「ノエラ様! 本当に古代の魔法を使われたのですね。凄いです!」
彼女は王子のことなど眼中にないようで、発動した魔法の方に純粋な興味を示している。いつものような、尊敬の眼差しで私を見つめてくる。その純粋さが、私の心をほっとさせた。
「ふふっ」
彼女の明るい反応に、少しだけ心が軽くなる。そして、続けて話す。
「私は必要とされていなかった。それなら私も、自由にさせてもらうことにしたの」
すべてを話し終えた。これで、昨晩の出来事をみんなにも共有できた。
「さて。それで、この後は予定通りに行動しますか?」
話を聞き終えた後も、ジャメルはいつもの冷静さを保っていた。彼の深い皺の刻まれた瞳には、心配と期待が混ざり合っている。今後のことについて、改めて話し合う必要があると感じているようだ。私も同意見だった。
「そうですね。予定通りに行動するため、まずはアンクティワンに会いに行きましょう」
「了解しました」
ナディーヌがきっぱりと答え、立ち上がった。彼女の動作には躊躇いがなく、決断力があふれている。騎士としての誇りを感じさせる凛とした立ち居振る舞い。
ここには居ない、残り1人の私たちの仲間。商人のアンクティワンに会いに行かなければならない。彼も無事だろうか。おそらく大丈夫なはずだけど、計画は成功しているはず。
だけど、失敗の可能性もあった。その可能性が一番高いのがアンクティワン。彼の求めた効果は少し特殊だったから。
やっぱり少し心配。自分の目で見て確かめないと安心できない。急いで会いに行きましょう。彼には、馬の手配や山荘の準備など、本当に色々とお世話になっているのだから。
「準備をしましょう」
私はそう言って立ち上がり、仲間たちに微笑みかける。窓の外には明るい朝の光が溢れていた。
朝食を済ませた後、私たちは山荘の居間に集まった。窓から差し込む朝の光が、木製のテーブルを温かく照らしている。部屋の隅に飾られた季節の花々からは、かすかな香りが漂っていた。エミリーが淹れてくれた芳ばしい紅茶の香りが部屋中に満ちる中で、私は昨晩のパーティーで何が起きたのかを改めて説明し始めた。
「本来の予定では、正当な手順を経て聖女の座は明け渡すつもりだった」
テーブルに両手を置き、私は静かに言葉を紡いだ。手元の紅茶から立ち上る湯気が、私の視界をほんの少しだけ曇らせる。
「彼が望むのであれば、私はすぐに婚約破棄も受け入れるつもりでした。話し合いによって穏便に済ませる方法もあったはず」
そう語りながら、パーティー会場でのエリック王子の見下すような眼差しを思い出す。光り輝く金箔の装飾が施された広間で、彼が皆の前で私を辱めるように言い放った言葉の一つ一つが、私の記憶の中にだけ残っている。
「だけど、エリック王子の言葉を聞いて計画を実行に移す決心がついたんです」
ナディーヌが眉をひそめながら、じっと私の話に耳を傾けている。エミリーは緊張した面持ちで紅茶のおかわりを用意しながら、時折小さくうなずいている。ジャメルは静かに紅茶を啜りながら考え込むような表情を浮かべていた。白髪交じりの髭に手をやる仕草は、彼が深く思案している時の癖。
「私は、聖女の地位なんかに価値を見出してはいなかったから」
正直に告白する。
「むしろ喜んでその立場なんて放棄したかったんです。言葉には出さなかったけれど、いつでも放棄する意思があることをエリック王子にアピールしてきたつもりでした。でも彼は、何も気付いていなかったみたいで」
私からは言い出せない。気付いてもらって、お互いに良い方法を模索できれば一番良かった。ナディーヌが鼻を鳴らして不満げな表情を見せた。
「やはり、あの王子はダメでしたか」
そう言ってナディーヌは、呆れたようにため息をついた。彼女も、こうなる未来を予想していたみたい。王子に対する評価は私以上に低いらしい。
「急にパーティー会場に連れ出されて、婚約破棄を告げられるなんて予想外でした。まるで見世物のようにして、私が悪いと仕立て上げて」
どうして、あんな事をしたのか。今も理解は出来ない。エリック王子は、とにかく私との関係を終わらせたかったのか。
「あんな方法を取るなら、私だって強引な手段をとらせてもらうしかなかった」
最後に確認として、私はエリック王子に問いかけたのだ。本当に本気なのかと。彼の答えは、もちろん本気だという冷たいものだった。「お前なんか、これまで一度も愛したことはない」とさえ言われた。もし別の答えが返ってきていたら。あの瞬間に私は考え直していたかもしれない。最後の一歩を踏み出さなかったかもしれない。
「でも、あんな言い方をされたから。私も、覚悟を決めて計画を実行しました」
一瞬の沈黙が部屋を支配した後、エミリーが身を乗り出して興奮気味に尋ねた。彼女の瞳が好奇心で輝いている。
「ノエラ様! 本当に古代の魔法を使われたのですね。凄いです!」
彼女は王子のことなど眼中にないようで、発動した魔法の方に純粋な興味を示している。いつものような、尊敬の眼差しで私を見つめてくる。その純粋さが、私の心をほっとさせた。
「ふふっ」
彼女の明るい反応に、少しだけ心が軽くなる。そして、続けて話す。
「私は必要とされていなかった。それなら私も、自由にさせてもらうことにしたの」
すべてを話し終えた。これで、昨晩の出来事をみんなにも共有できた。
「さて。それで、この後は予定通りに行動しますか?」
話を聞き終えた後も、ジャメルはいつもの冷静さを保っていた。彼の深い皺の刻まれた瞳には、心配と期待が混ざり合っている。今後のことについて、改めて話し合う必要があると感じているようだ。私も同意見だった。
「そうですね。予定通りに行動するため、まずはアンクティワンに会いに行きましょう」
「了解しました」
ナディーヌがきっぱりと答え、立ち上がった。彼女の動作には躊躇いがなく、決断力があふれている。騎士としての誇りを感じさせる凛とした立ち居振る舞い。
ここには居ない、残り1人の私たちの仲間。商人のアンクティワンに会いに行かなければならない。彼も無事だろうか。おそらく大丈夫なはずだけど、計画は成功しているはず。
だけど、失敗の可能性もあった。その可能性が一番高いのがアンクティワン。彼の求めた効果は少し特殊だったから。
やっぱり少し心配。自分の目で見て確かめないと安心できない。急いで会いに行きましょう。彼には、馬の手配や山荘の準備など、本当に色々とお世話になっているのだから。
「準備をしましょう」
私はそう言って立ち上がり、仲間たちに微笑みかける。窓の外には明るい朝の光が溢れていた。
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