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第10話 対等な仲間になる一歩
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「あと、それから」
準備のため立ち上がった仲間たちに向かって、私は声をかけた。アンクティワンに会いに行く前に、どうしても伝えておきたいことがあった。
「なんでしょうか?」
ナディーヌが振り返る。その真剣な眼差しは、いつもと変わらない。張り切って準備するために出ていこうとしていた彼女たちを呼び止めると、みんなが椅子に座り直して、話を聞く態勢になってくれた。
「これから私は、普通の一般市民になりました。なので、呼び捨てで構いませんし、私に対して敬語も必要ありません。もちろん、外では絶対に聖女とは呼ばないように気を付けてください」
そう。これからは、今までのように聖女として振る舞う必要はないのだ。口調とか呼び方を改める必要がある。仲間として普通に呼び合い、普通の言葉で会話をする。これは徹底しておかないと。面倒なことが起こらないように。
それに何より、私が彼らと心の距離を縮めたいという気持ちもあった。
提案を聞いた三人の表情は、それぞれ違っていた。エミリーは少し困ったような、ナディーヌは納得したという表情。そしてジャメルは、明らかに戸惑いの色を浮かべていた。
「う、むぅ……。いや、しかしな。神殿から離れたとはいえ、呼び捨てや敬語なしの話し方というのは失礼ではありませんか?」
ジャメルが眉をひそめながら、困ったような表情を見せた。長年の習慣を一度に変えるのは、彼にとっては難しいことなのだろう。でも、様付けや敬語で話されると距離を感じてしまう。
それに、その話し方を続けたら思わず『聖女』という呼び方が出てしまうかもしれない。ここは、思い切って変えていく必要があると私は感じていた。
私が答える前に、ナディーヌが立ち上がり、まっすぐに私の目を見た。
「わかった、ノエラ。これから、よろしく」
彼女の口から自分の名前がそのまま呼ばれるのを聞いて、話し方も変わって、胸がちょっと躍った。今までは「ノエラ様」と呼ばれていたのに、急に「ノエラ」と呼ばれると、とても親しみを感じる。
「うん。よろしくね、ナディーヌ」
意外とナディーヌは、すんなりと受け入れてくれた。いつも厳格な彼女だからこそ、一度決めたらきっぱりと従ってくれるのかもしれない。その割り切り方は、とても好ましい。
一方、エミリーは椅子に座ったまま、少し困ったように両手を膝の上で握りしめていた。
「ちょっと難しいかもしれないです。ノエラ様は、私の師匠でもありますから」
彼女の正直な気持ちを否定するつもりはない。確かに、師弟関係は簡単に変えられるものではないだろう。そして彼女が変わらず、私を師として慕ってくれているのを感じるのは嬉しかった。彼女の純粋な尊敬の眼差しは、いつも私の力になっていた。
「うーん。そうね。とりあえず話し方だけ、もう少し砕けた感じで」
段階的に変えていくのも一つの方法だと思った。無理に変えさせるよりも、自然な形で変わっていくのが一番だろう。エミリーの表情が明るくなる。
「わかりました! 頑張ってみます!」
エミリーは、すぐに変えるのは難しいようだ。時間をかけて、ゆっくり慣れていけばいい。彼女の笑顔を見ていると、こちらまで温かい気持ちになる。
最後に残ったジャメルは、どうやら最も抵抗を感じているようだった。長年の習慣というものは、簡単には変えられないものなのだろう。彼は口の中で何かをつぶやきながら、ようやく顔を上げた。
「あー、えっと。……ノエラ」
彼の口からそんなふうに呼ばれたのは初めてかもしれない。なんだか不思議な感覚だった。耳慣れない響きに、少しくすぐったいような気持ちになる。
「はい、ジャメルさん」
「……む」
ジャメルが私の名前を呼んだ後、彼は少し赤面したように見えた。この中では一番慣れていないのが、よくわかった。長年、敬意を込めて接してくれていた彼にとって、この変化は大きいのだろう。彼から初めての呼ばれ方をされて、私も少し恥ずかしさを感じる。顔が赤くなっていないかしら。
「ジャメルさん。これから、よろしくお願いします」
私はさん付けで呼ぶことにした。年上の男性と会話するのって、これで合っているのかしら。年上の方として敬う話し方。まだよくわからない。今まで聖女として振る舞うことはあっても、一般の女性として年上の方と話す機会がなかったから。
「……こちらこそ、よろしく頼む。ノエラ」
照れくさそうに言ったジャメルの表情に、思わず微笑んでしまう。年齢を重ねた彼の顔に、照れが浮かぶのが新鮮だった。まだまだ、私も慣れないことばかり。早く慣れるように、頑張らないと。
私たちの間に流れる空気が、少しずつ変わってきているのを感じる。聖女と護衛騎士、聖女と弟子、聖女と老賢者だった関係から、対等な仲間へと変わっていく。その過程には戸惑いもあるけれど、確かに一歩前進している。
でも不思議と、この慣れない会話の中にこそ、新しい自分の姿があるような気がした。聖女ではなく、ただのノエラとして生きていくための一歩。
準備のため立ち上がった仲間たちに向かって、私は声をかけた。アンクティワンに会いに行く前に、どうしても伝えておきたいことがあった。
「なんでしょうか?」
ナディーヌが振り返る。その真剣な眼差しは、いつもと変わらない。張り切って準備するために出ていこうとしていた彼女たちを呼び止めると、みんなが椅子に座り直して、話を聞く態勢になってくれた。
「これから私は、普通の一般市民になりました。なので、呼び捨てで構いませんし、私に対して敬語も必要ありません。もちろん、外では絶対に聖女とは呼ばないように気を付けてください」
そう。これからは、今までのように聖女として振る舞う必要はないのだ。口調とか呼び方を改める必要がある。仲間として普通に呼び合い、普通の言葉で会話をする。これは徹底しておかないと。面倒なことが起こらないように。
それに何より、私が彼らと心の距離を縮めたいという気持ちもあった。
提案を聞いた三人の表情は、それぞれ違っていた。エミリーは少し困ったような、ナディーヌは納得したという表情。そしてジャメルは、明らかに戸惑いの色を浮かべていた。
「う、むぅ……。いや、しかしな。神殿から離れたとはいえ、呼び捨てや敬語なしの話し方というのは失礼ではありませんか?」
ジャメルが眉をひそめながら、困ったような表情を見せた。長年の習慣を一度に変えるのは、彼にとっては難しいことなのだろう。でも、様付けや敬語で話されると距離を感じてしまう。
それに、その話し方を続けたら思わず『聖女』という呼び方が出てしまうかもしれない。ここは、思い切って変えていく必要があると私は感じていた。
私が答える前に、ナディーヌが立ち上がり、まっすぐに私の目を見た。
「わかった、ノエラ。これから、よろしく」
彼女の口から自分の名前がそのまま呼ばれるのを聞いて、話し方も変わって、胸がちょっと躍った。今までは「ノエラ様」と呼ばれていたのに、急に「ノエラ」と呼ばれると、とても親しみを感じる。
「うん。よろしくね、ナディーヌ」
意外とナディーヌは、すんなりと受け入れてくれた。いつも厳格な彼女だからこそ、一度決めたらきっぱりと従ってくれるのかもしれない。その割り切り方は、とても好ましい。
一方、エミリーは椅子に座ったまま、少し困ったように両手を膝の上で握りしめていた。
「ちょっと難しいかもしれないです。ノエラ様は、私の師匠でもありますから」
彼女の正直な気持ちを否定するつもりはない。確かに、師弟関係は簡単に変えられるものではないだろう。そして彼女が変わらず、私を師として慕ってくれているのを感じるのは嬉しかった。彼女の純粋な尊敬の眼差しは、いつも私の力になっていた。
「うーん。そうね。とりあえず話し方だけ、もう少し砕けた感じで」
段階的に変えていくのも一つの方法だと思った。無理に変えさせるよりも、自然な形で変わっていくのが一番だろう。エミリーの表情が明るくなる。
「わかりました! 頑張ってみます!」
エミリーは、すぐに変えるのは難しいようだ。時間をかけて、ゆっくり慣れていけばいい。彼女の笑顔を見ていると、こちらまで温かい気持ちになる。
最後に残ったジャメルは、どうやら最も抵抗を感じているようだった。長年の習慣というものは、簡単には変えられないものなのだろう。彼は口の中で何かをつぶやきながら、ようやく顔を上げた。
「あー、えっと。……ノエラ」
彼の口からそんなふうに呼ばれたのは初めてかもしれない。なんだか不思議な感覚だった。耳慣れない響きに、少しくすぐったいような気持ちになる。
「はい、ジャメルさん」
「……む」
ジャメルが私の名前を呼んだ後、彼は少し赤面したように見えた。この中では一番慣れていないのが、よくわかった。長年、敬意を込めて接してくれていた彼にとって、この変化は大きいのだろう。彼から初めての呼ばれ方をされて、私も少し恥ずかしさを感じる。顔が赤くなっていないかしら。
「ジャメルさん。これから、よろしくお願いします」
私はさん付けで呼ぶことにした。年上の男性と会話するのって、これで合っているのかしら。年上の方として敬う話し方。まだよくわからない。今まで聖女として振る舞うことはあっても、一般の女性として年上の方と話す機会がなかったから。
「……こちらこそ、よろしく頼む。ノエラ」
照れくさそうに言ったジャメルの表情に、思わず微笑んでしまう。年齢を重ねた彼の顔に、照れが浮かぶのが新鮮だった。まだまだ、私も慣れないことばかり。早く慣れるように、頑張らないと。
私たちの間に流れる空気が、少しずつ変わってきているのを感じる。聖女と護衛騎士、聖女と弟子、聖女と老賢者だった関係から、対等な仲間へと変わっていく。その過程には戸惑いもあるけれど、確かに一歩前進している。
でも不思議と、この慣れない会話の中にこそ、新しい自分の姿があるような気がした。聖女ではなく、ただのノエラとして生きていくための一歩。
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