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第12話 商人との約束
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王都の中心から少し離れた商業地区に、整然と立ち並ぶ商店の中でひときわ洗練された外観の建物があった。「トラーディング・アンクティワン」の看板を掲げたその建物は、白亜の石造りに金箔で縁取られた窓枠が施され、様々な高級品を扱う商会として評判が高い。道行く人々は思わず足を止め、その優美な佇まいに見惚れるほどであった。
私たちが扉を開けると、店内の洗練された調度品に囲まれた中で、数人のスタッフが忙しなく働いていた。私たちの姿を認めたスタッフの一人が、足早に近づいてきた。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
まるであらかじめ来訪を告げていたかのように、若い女性スタッフは丁寧に頭を下げると、何の質問もなく私たちを奥へと案内してくれた。螺旋状の階段を上り、絹の壁掛けで飾られた廊下を抜けると、壁に華麗な魔法の装飾が施された応接室へと通された。
待たされることもなく、扉が開いて一人の男性が入ってきた。整った容姿に品のある服装、そして常に微笑みを絶やさない表情——アンクティワンだ。
「ようこそ、お待ちしておりましたノエラ様」
彼は優雅な仕草で一礼すると、部屋で待機していたスタッフたちに何か小声で指示を出した。スタッフたちは次々と頭を下げて部屋から出ていく。そして扉が閉まると、部屋の中に居るのは仲間だけとなった。
「急に訪問して申し訳ないわね。お店、忙しいでしょう?」
私は少し申し訳なさそうに言ったが、アンクティワンは手をひらひらと振って否定した。
「いえいえ、そのようなこと! ノエラ様は、第一優先にするべき対象にございます。そのような心配はなさらないで下さい」
いつも通りの彼だ。得意の笑顔と、にこやかな挨拶。さわやかで、耳心地の良い声。ちょっと怪しさも感じるけれど、基本的には紳士的な振る舞い。今までに色々と支援してもらって、とてもお世話になっている人だ。
今回の計画を告げた時、躊躇なく協力を申し出てくれたのも彼だった。彼の協力がなければ、計画を決行することはできなかっただろう。
「とにかく、無事でよかったわ。アンクティワンは、記憶に異常はない?」
私は少し心配しながら尋ねた。これが最も確認したかったことだ。
「もちろん、しっかりと覚えておりますとも」
彼はにっこりと微笑み、優雅に手を胸に当てて自信満々に答えた。ちゃんと覚えてくれているようで安心した。
「よかった。それじゃあ、貴方の関係者で記憶に問題は起きていない? 大丈夫?」
「はい。そちらも大丈夫にございます。彼らは綺麗さっぱり、ノエラ様のことに関して忘れているのを確認済み。全て予定通り、順調に進んでおります」
アンクティワンは緑色の瞳を輝かせながら答えた。彼の笑顔に安堵の色が混じっているのを見て、私も少し胸をなでおろした。
「それなら、よかったわ」
確認しておきたかったことを尋ねてみたが、問題ないようで安心した。
魔法を発動すれば、人々の記憶から私たちに関する存在が消え去ってしまう。そんな予定だったが、アンクティワンについては少しだけ状況が違う。
商人である彼は、存在の記憶を消すと様々な問題が生じるだろう。商人を続けるのが難しくなる。また一から商人としてやり直すには、時間も手間もかかりすぎる。なので、彼については特別な処置を行った。
アンクティワンが存在した記憶は、人々の中から消さない。私たちに関する記憶も彼だけ例外にして残したまま商人を続けてもらい、協力者として動いてもらうことにしたのだ。
この効果の調整に、私は一番気を使った。対象の範囲を特別に変えて、ぶっつけ本番で効果を確認するしかなかった。古代魔法を再構成する際、最も複雑で、失敗する可能性が高かった箇所である。他のみんなは安全策を取って、記憶を消し去った。それが一番手っ取り早いから。
もしも失敗していたら、アンクティワンの協力が得られない。そうならないよう、かなり注意して準備した。
アンクティワンの記憶はそのまま変化なく。私たちに関する以前の記憶も消えずにいる。彼も、私の大事な仲間の一人として協力することを約束してくれた。
「用意した拠点は、問題なさそうですか?」
アンクティワンは、さりげなく話題を変えた。
「ええ。いい所を貸してもらえて、とても満足しているわ」
私たちが昨日から利用している拠点も、彼に事前に用意してもらったもの。森の中の山荘は、ちょうど良い広さで、生活必需品も全て揃えられていた。調理器具から寝具まで、細かな配慮が行き届いていた。やはり、彼の協力なくして計画を決行することはできなかっただろう。
「そうでございますか。では、こちらが新しく用意した身分証にございます。ご活用くださいませ」
アンクティワンは、テーブルの上に置かれた革製のケースを開けた。その中には、数枚の公式な印章が押された身分証明書が美しく並べられていた。
「ここまでしてくれて、本当にありがとう」
「いえ、お気になさらず。私とあなた達は大事なビジネスパートナーなのですから」
彼はそう言って、私に向かってウインクをした。その仕草には、どこか計算された魅力があった。
「そう言ってくれて、本当に助かるわ」
差し出された書類を受け取る。存在の記憶を消してしまった私たちは、新しい身分が必要だった。それがこれ。私とナディーヌ、エミリーとジャメル。この4人の新たな人生を証明する書類だ。記憶が失われた中で、新しく存在を証明してくれるもの。
ケースの中には他にも何枚かの証書が入っていた。私はその一枚を手に取った。
「これも用意してくれたのね」
「ノエラ様には必要だと思い至りまして、用意させてもらいました」
それは、冒険者であることを証明するギルドカード。それを、アンクティワンが用意してくれたらしい。四枚のカードにはそれぞれ私たちの名前が記されていた。
新しく住む場所と新しい身分。アンクティワンは、本当に頼りになる。頼りになりすぎるから甘えすぎないように、気をつけないといけないぐらいだ。
この恩は、いつかちゃんと返さないと。
「貴方からの依頼は優先的に引き受けるようにするから、これからもよろしくね」
私は誠実な気持ちを込めて、彼と約束した。
「えぇ。ぜひとも、ご贔屓に」
アンクティワンは満足そうに微笑んだ。彼から紹介される依頼は、優先して引き受けると約束する。それは、私たちにとっても都合がいいからだ。
ここまで予定通り。これから私たちは、王国の冒険者になる。冒険者の活動をして生活費を稼ぐ予定だった。
今までにも何度か神殿を通さずにアンクティワンの依頼を引き受けて、報酬を受け取ったことがあった。彼は色々と配慮してくれて、とても助かる依頼主だ。信用している。これからも仲良くしていきたい相手である。
「商人」と「冒険者」という新たな関係の中で、私たちの新しい生活が始まる。
私たちが扉を開けると、店内の洗練された調度品に囲まれた中で、数人のスタッフが忙しなく働いていた。私たちの姿を認めたスタッフの一人が、足早に近づいてきた。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
まるであらかじめ来訪を告げていたかのように、若い女性スタッフは丁寧に頭を下げると、何の質問もなく私たちを奥へと案内してくれた。螺旋状の階段を上り、絹の壁掛けで飾られた廊下を抜けると、壁に華麗な魔法の装飾が施された応接室へと通された。
待たされることもなく、扉が開いて一人の男性が入ってきた。整った容姿に品のある服装、そして常に微笑みを絶やさない表情——アンクティワンだ。
「ようこそ、お待ちしておりましたノエラ様」
彼は優雅な仕草で一礼すると、部屋で待機していたスタッフたちに何か小声で指示を出した。スタッフたちは次々と頭を下げて部屋から出ていく。そして扉が閉まると、部屋の中に居るのは仲間だけとなった。
「急に訪問して申し訳ないわね。お店、忙しいでしょう?」
私は少し申し訳なさそうに言ったが、アンクティワンは手をひらひらと振って否定した。
「いえいえ、そのようなこと! ノエラ様は、第一優先にするべき対象にございます。そのような心配はなさらないで下さい」
いつも通りの彼だ。得意の笑顔と、にこやかな挨拶。さわやかで、耳心地の良い声。ちょっと怪しさも感じるけれど、基本的には紳士的な振る舞い。今までに色々と支援してもらって、とてもお世話になっている人だ。
今回の計画を告げた時、躊躇なく協力を申し出てくれたのも彼だった。彼の協力がなければ、計画を決行することはできなかっただろう。
「とにかく、無事でよかったわ。アンクティワンは、記憶に異常はない?」
私は少し心配しながら尋ねた。これが最も確認したかったことだ。
「もちろん、しっかりと覚えておりますとも」
彼はにっこりと微笑み、優雅に手を胸に当てて自信満々に答えた。ちゃんと覚えてくれているようで安心した。
「よかった。それじゃあ、貴方の関係者で記憶に問題は起きていない? 大丈夫?」
「はい。そちらも大丈夫にございます。彼らは綺麗さっぱり、ノエラ様のことに関して忘れているのを確認済み。全て予定通り、順調に進んでおります」
アンクティワンは緑色の瞳を輝かせながら答えた。彼の笑顔に安堵の色が混じっているのを見て、私も少し胸をなでおろした。
「それなら、よかったわ」
確認しておきたかったことを尋ねてみたが、問題ないようで安心した。
魔法を発動すれば、人々の記憶から私たちに関する存在が消え去ってしまう。そんな予定だったが、アンクティワンについては少しだけ状況が違う。
商人である彼は、存在の記憶を消すと様々な問題が生じるだろう。商人を続けるのが難しくなる。また一から商人としてやり直すには、時間も手間もかかりすぎる。なので、彼については特別な処置を行った。
アンクティワンが存在した記憶は、人々の中から消さない。私たちに関する記憶も彼だけ例外にして残したまま商人を続けてもらい、協力者として動いてもらうことにしたのだ。
この効果の調整に、私は一番気を使った。対象の範囲を特別に変えて、ぶっつけ本番で効果を確認するしかなかった。古代魔法を再構成する際、最も複雑で、失敗する可能性が高かった箇所である。他のみんなは安全策を取って、記憶を消し去った。それが一番手っ取り早いから。
もしも失敗していたら、アンクティワンの協力が得られない。そうならないよう、かなり注意して準備した。
アンクティワンの記憶はそのまま変化なく。私たちに関する以前の記憶も消えずにいる。彼も、私の大事な仲間の一人として協力することを約束してくれた。
「用意した拠点は、問題なさそうですか?」
アンクティワンは、さりげなく話題を変えた。
「ええ。いい所を貸してもらえて、とても満足しているわ」
私たちが昨日から利用している拠点も、彼に事前に用意してもらったもの。森の中の山荘は、ちょうど良い広さで、生活必需品も全て揃えられていた。調理器具から寝具まで、細かな配慮が行き届いていた。やはり、彼の協力なくして計画を決行することはできなかっただろう。
「そうでございますか。では、こちらが新しく用意した身分証にございます。ご活用くださいませ」
アンクティワンは、テーブルの上に置かれた革製のケースを開けた。その中には、数枚の公式な印章が押された身分証明書が美しく並べられていた。
「ここまでしてくれて、本当にありがとう」
「いえ、お気になさらず。私とあなた達は大事なビジネスパートナーなのですから」
彼はそう言って、私に向かってウインクをした。その仕草には、どこか計算された魅力があった。
「そう言ってくれて、本当に助かるわ」
差し出された書類を受け取る。存在の記憶を消してしまった私たちは、新しい身分が必要だった。それがこれ。私とナディーヌ、エミリーとジャメル。この4人の新たな人生を証明する書類だ。記憶が失われた中で、新しく存在を証明してくれるもの。
ケースの中には他にも何枚かの証書が入っていた。私はその一枚を手に取った。
「これも用意してくれたのね」
「ノエラ様には必要だと思い至りまして、用意させてもらいました」
それは、冒険者であることを証明するギルドカード。それを、アンクティワンが用意してくれたらしい。四枚のカードにはそれぞれ私たちの名前が記されていた。
新しく住む場所と新しい身分。アンクティワンは、本当に頼りになる。頼りになりすぎるから甘えすぎないように、気をつけないといけないぐらいだ。
この恩は、いつかちゃんと返さないと。
「貴方からの依頼は優先的に引き受けるようにするから、これからもよろしくね」
私は誠実な気持ちを込めて、彼と約束した。
「えぇ。ぜひとも、ご贔屓に」
アンクティワンは満足そうに微笑んだ。彼から紹介される依頼は、優先して引き受けると約束する。それは、私たちにとっても都合がいいからだ。
ここまで予定通り。これから私たちは、王国の冒険者になる。冒険者の活動をして生活費を稼ぐ予定だった。
今までにも何度か神殿を通さずにアンクティワンの依頼を引き受けて、報酬を受け取ったことがあった。彼は色々と配慮してくれて、とても助かる依頼主だ。信用している。これからも仲良くしていきたい相手である。
「商人」と「冒険者」という新たな関係の中で、私たちの新しい生活が始まる。
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