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第13話 賭けてみる ※商人アンクティワン視点
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商談のために神殿を訪れるようになって数年が経った頃に、初めて聖女ノエラ様の存在を知った。
それは、ある老賢者との定例会議の帰り際だった。神殿の回廊には香が焚かれ、夕暮れの光が美しいステンドグラスを通して差し込んでいた。
「聖女様が祝福をかけた品物だから、通常の倍の価格でも買い手がつくぞ」
老賢者たちは得意げにそんな話をして、黄金に輝く聖遺物を差し出してきた。その語り口、タイミング、提示した価格などを見て、商人の勘が働く。嫌な予感がした。探りを入れる。
「とても良い品のようですな。それを用意してもらうには、どれほどの手間と費用が必要なのでございましょう?」
「金を出してくれるのなら、求める分すぐに用意させるぞ」
老賢者が持ってきたのは、言った通り良い品のように見える。魔力が込められた宝玉や、祝福された聖水など。こんなものをすぐに用意できるなんて思えないが。その聖女様に無理をさせるつもりなのか。
「なるほど。聖女様は、どのくらいの報酬を受け取っているのでございますか?」
私が何気なく尋ねると、老賢者たちは顔を見合わせて薄ら笑いを浮かべた。
「聖女の務めは神に仕える身。俗世の金銭など必要ないのだよ」
なるほど、そういうことか。私は内心で舌打ちをした。働かせるだけ働かせて、報酬は自分が受け取るつもりのようだ。
その聖女様に愛想を尽かされたらどうするつもりなのか。商人の常識として、優秀な取引相手は大切にするもの。身内の従業員は、もっと大事にするべき。神殿の連中は、その基本を理解していないのだろう。
私は決断した。強引に、ノエラ様との関係を築こう。強欲な老賢者たちを間に挟まず、彼女と直接取引できるようにする。
最初は些細な理由をつけて、直接お会いする機会を作った。「祝福の品物についてご相談したい」「新しい取引の提案がある」——様々な口実を考えては、彼女との接点を増やしていった。神殿付きの商人という立場を最大限に活用して、老賢者たちを説得しながら彼女との面会を重ねた。
直接会って話すうちに、私の直感は確信に変わった。あの方は、特別だ。
商人として見ても、彼女は非常にありがたい存在だった。祝福の力は確かに本物で、彼女が関わった商品は驚くほどの価値を生む。依頼した仕事は完璧にこなしてくれる。だが、それ以上に、人間として彼女を尊敬せずにはいられなかった。
どれほど過酷な状況でも、彼女は民を思いやり、誠実に務めを果たしていた。朝から晩まで休みなく働かされ、その成果を老賢者たちに搾取されても、決して文句一つ言わない。その姿勢には、心から敬服した。
ノエラ様のような人が上に立ってほしい——そう思うようになった私は、密かに彼女を支援し始めた。表向きは神殿を通さなければならない取引でも、裏では必ず彼女個人への報酬を用意した。
金貨や宝石だけでなく、魔法の書物や希少な薬草など、彼女が喜ぶものを贈った。彼女を神殿のトップに押し上げる計画も、少しずつ進めていた。
しかし、ある日、彼女から密かな連絡があった。
「アンクティワンさん、相談があるのですが」
いつもとは違う、真剣な表情だった。私は即座に仕事を全てキャンセルし、彼女との面会を最優先にした。私の商館の奥の密室で、人目を避けて話を聞いた。
彼女から聞かされた話は、私の予想を超えるものだった。とうとう老賢者の連中が愛想を尽かされたのだ。当然だろう。彼女は神殿を出る決意をしていた。
私は即座に決断した。あんな場所に居続けたらいけない。彼女を神殿のトップに押し上げる計画は破棄しよう。別の場所で彼女には活躍してもらいたい。それは商人としての自分にも利益がある。
「ノエラ様、ぜひ協力させてください」
彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「協力してくれると、とても助かります」
計画の詳細を教えてもらった。古代魔法を改良した記憶操作の魔法——失敗する可能性もあるという。通常の手段をお願いすれば、商人としての実績を失うことになる。どちらかを諦めないといけない。通常の手段か、可能性の低い手段か。
普通の商人なら、そんなリスクの高い賭けには乗らないだろう。多くの者が、確実な利益を選ぶはず。だが、私は違う。
「面白い提案ですね。私は、賭けに参加させていただきます」
商人として、ここで成功させてやる。そういう強い気持ちで、ノエラ様の魔法に挑んだ。彼女が私に施した特別な魔法調整——記憶を残したまま、周囲の認識から保護するという複雑な術式。失敗すれば、その他大勢の人たちと同じように私も記憶を失うことになる。彼女との関係は終わりを迎える。
しかし、成功すれば今の立場を保持したまま彼女との関係が続く。
結果として、私は賭けに勝った。
魔法は完璧に成功し、私はノエラ様たちの記憶を保持したまま、通常通りの商売を続けることができた。周りの人々の記憶から彼女たちの存在が消えても、ちゃんと私は覚えている。この特別な立場を、決して無駄にはしない。
私は考える。商売というものは、結局は人と人との信頼関係だ。金銭だけを追い求める者は、いずれ大切なものを失う。神殿の老賢者たちがその良い例だ。
一方、誠実さと才能を持つ者は、どんな状況でも必ず道が開ける。ノエラ様は間違いなくそういう人物だろう。彼女を信頼して投資すれば、必ず大きなリターンとなって返ってくるだろう。
「さて、次はどんな依頼を用意しましょうか」
私は笑みを浮かべながら、手帳を開いた。彼女の新たな人生を、できる限り支援していこう。それが、商人である私なりの恩返しであり、同時に最高のビジネスチャンスでもあるのだから。
それは、ある老賢者との定例会議の帰り際だった。神殿の回廊には香が焚かれ、夕暮れの光が美しいステンドグラスを通して差し込んでいた。
「聖女様が祝福をかけた品物だから、通常の倍の価格でも買い手がつくぞ」
老賢者たちは得意げにそんな話をして、黄金に輝く聖遺物を差し出してきた。その語り口、タイミング、提示した価格などを見て、商人の勘が働く。嫌な予感がした。探りを入れる。
「とても良い品のようですな。それを用意してもらうには、どれほどの手間と費用が必要なのでございましょう?」
「金を出してくれるのなら、求める分すぐに用意させるぞ」
老賢者が持ってきたのは、言った通り良い品のように見える。魔力が込められた宝玉や、祝福された聖水など。こんなものをすぐに用意できるなんて思えないが。その聖女様に無理をさせるつもりなのか。
「なるほど。聖女様は、どのくらいの報酬を受け取っているのでございますか?」
私が何気なく尋ねると、老賢者たちは顔を見合わせて薄ら笑いを浮かべた。
「聖女の務めは神に仕える身。俗世の金銭など必要ないのだよ」
なるほど、そういうことか。私は内心で舌打ちをした。働かせるだけ働かせて、報酬は自分が受け取るつもりのようだ。
その聖女様に愛想を尽かされたらどうするつもりなのか。商人の常識として、優秀な取引相手は大切にするもの。身内の従業員は、もっと大事にするべき。神殿の連中は、その基本を理解していないのだろう。
私は決断した。強引に、ノエラ様との関係を築こう。強欲な老賢者たちを間に挟まず、彼女と直接取引できるようにする。
最初は些細な理由をつけて、直接お会いする機会を作った。「祝福の品物についてご相談したい」「新しい取引の提案がある」——様々な口実を考えては、彼女との接点を増やしていった。神殿付きの商人という立場を最大限に活用して、老賢者たちを説得しながら彼女との面会を重ねた。
直接会って話すうちに、私の直感は確信に変わった。あの方は、特別だ。
商人として見ても、彼女は非常にありがたい存在だった。祝福の力は確かに本物で、彼女が関わった商品は驚くほどの価値を生む。依頼した仕事は完璧にこなしてくれる。だが、それ以上に、人間として彼女を尊敬せずにはいられなかった。
どれほど過酷な状況でも、彼女は民を思いやり、誠実に務めを果たしていた。朝から晩まで休みなく働かされ、その成果を老賢者たちに搾取されても、決して文句一つ言わない。その姿勢には、心から敬服した。
ノエラ様のような人が上に立ってほしい——そう思うようになった私は、密かに彼女を支援し始めた。表向きは神殿を通さなければならない取引でも、裏では必ず彼女個人への報酬を用意した。
金貨や宝石だけでなく、魔法の書物や希少な薬草など、彼女が喜ぶものを贈った。彼女を神殿のトップに押し上げる計画も、少しずつ進めていた。
しかし、ある日、彼女から密かな連絡があった。
「アンクティワンさん、相談があるのですが」
いつもとは違う、真剣な表情だった。私は即座に仕事を全てキャンセルし、彼女との面会を最優先にした。私の商館の奥の密室で、人目を避けて話を聞いた。
彼女から聞かされた話は、私の予想を超えるものだった。とうとう老賢者の連中が愛想を尽かされたのだ。当然だろう。彼女は神殿を出る決意をしていた。
私は即座に決断した。あんな場所に居続けたらいけない。彼女を神殿のトップに押し上げる計画は破棄しよう。別の場所で彼女には活躍してもらいたい。それは商人としての自分にも利益がある。
「ノエラ様、ぜひ協力させてください」
彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「協力してくれると、とても助かります」
計画の詳細を教えてもらった。古代魔法を改良した記憶操作の魔法——失敗する可能性もあるという。通常の手段をお願いすれば、商人としての実績を失うことになる。どちらかを諦めないといけない。通常の手段か、可能性の低い手段か。
普通の商人なら、そんなリスクの高い賭けには乗らないだろう。多くの者が、確実な利益を選ぶはず。だが、私は違う。
「面白い提案ですね。私は、賭けに参加させていただきます」
商人として、ここで成功させてやる。そういう強い気持ちで、ノエラ様の魔法に挑んだ。彼女が私に施した特別な魔法調整——記憶を残したまま、周囲の認識から保護するという複雑な術式。失敗すれば、その他大勢の人たちと同じように私も記憶を失うことになる。彼女との関係は終わりを迎える。
しかし、成功すれば今の立場を保持したまま彼女との関係が続く。
結果として、私は賭けに勝った。
魔法は完璧に成功し、私はノエラ様たちの記憶を保持したまま、通常通りの商売を続けることができた。周りの人々の記憶から彼女たちの存在が消えても、ちゃんと私は覚えている。この特別な立場を、決して無駄にはしない。
私は考える。商売というものは、結局は人と人との信頼関係だ。金銭だけを追い求める者は、いずれ大切なものを失う。神殿の老賢者たちがその良い例だ。
一方、誠実さと才能を持つ者は、どんな状況でも必ず道が開ける。ノエラ様は間違いなくそういう人物だろう。彼女を信頼して投資すれば、必ず大きなリターンとなって返ってくるだろう。
「さて、次はどんな依頼を用意しましょうか」
私は笑みを浮かべながら、手帳を開いた。彼女の新たな人生を、できる限り支援していこう。それが、商人である私なりの恩返しであり、同時に最高のビジネスチャンスでもあるのだから。
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