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第14話 変わらない日々の修業
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アンクティワンとの話し合いを終えて、私たちは森の山荘へと戻ってきた。馬車が森の小道を進むにつれ、王都の喧騒から離れ、自然の静けさに包まれていく。車輪が転がる音に混じって、小鳥のさえずりや木々のざわめきが聞こえてきた。
拠点に着いた後、特に急ぐ用事もなかったので、今日はそれぞれ自由に過ごすことになった。
「私は冒険者ギルドに行って、任務の確認をしてくるわね」
ナディーヌが腰の剣を確認しながら言った。これから、また街へ戻るつもりなのかしら。もしかすると、私を護衛するためにわざわざ一緒に帰ってきた、ということ。
「私も一緒に行く?」
私が申し出ると、彼女は首を横に振って微笑んだ。
「一人で大丈夫よ。ノエラはゆっくり休んでいて」
冒険者の中には乱暴者も多いと聞くけれど、ナディーヌの実力があれば絡まれても問題ないだろう。彼女は王国騎士団の中でも、かなりの実力者だったのだから。
「私も、ちょっと確認したいことがある。別行動を取らせてもらおう」
ジャメルも個人的な用事があるらしく、すぐに拠点を出かけていった。何をするのか。詳しくは聞けなかったけれど、頭の良い彼のことだ。危なそうなら事前に相談してくれるはず。だから、あまり心配する必要はないと思う。
結局、拠点の山荘に残ったのは私とエミリーだけ。
「ノエラ、これから修業をしませんか?」
エミリーが目を輝かせながら提案してきた。
「そうね。時間もあるし、修行しましょうか」
私も同意した。神殿から離れて聖女や神官という立場を失っても、この能力を失うことはない。だが、磨かないと腕が錆びついていくことになる。せっかく鍛えたのに、何もせずに衰えさせるのはもったいない。
山荘の裏手にある広い草地に移動し、いつものように魔法の修業を始めた。柔らかな緑の絨毯のような草地には、朝露がまだ残っている。濡れた草の匂いが心地よく、森から吹く風が肌を撫でていく。
私は目を閉じ、深呼吸をしてから魔力を集中させ始めた。体の中心から徐々に魔力を広げていき、指先まで行き渡らせる。微かな青白い光が私の周囲に漂い始めた。その流れを繊細にコントロールしながら、複雑な魔法陣を構築していく。修業用に私が開発した高負荷魔法だ。
「ふぅ」
長時間の集中修業を終え、コントロールしていた魔力を解放した私は、その場に座り込んだ。汗が額を伝い、呼吸が少し乱れている。かなり疲労した。長時間集中した疲労感で、頭が少しくらくらする。ここまで集中しきったのは、久しぶりかもしれない。
「素晴らしいです、ノエラ様!」
エミリーが興奮気味に駆け寄ってきた。彼女の頬は紅潮し、目は尊敬の眼差しで輝いている。
「ノエラ様を見ていると、前より魔力の量が多くなったような気がします。それに、コントロールも美しくて滑らかですよ!」
「そう?」
私は少し驚いて尋ねた。横で観察していたエミリーが、結果を教えてくれる。そう言われると確かに彼女の言うように、いつもと比べて今日は調子が良かった。調子に乗って、ちょっと頑張りすぎちゃったぐらい。
昨晩、ぐっすり眠ったからかしら。聖女として過ごしていた頃なんて、仕事が忙しくて休める時間も減っていた。自覚なく、疲労がたまっていたのかもしれない。
ただ、数多くの仕事をこなすうちに実力が磨かれて、成長したような気もする。朝から晩まで休みなく働き、困難な症例の治癒に挑み、複雑な祝福の儀式を行ってきた。大変だった日々は、決して無駄ではなかったのだろう。何事も経験が大事ということね。
でも、一番大きいのは、聖女という立場じゃなくなったこと、なのかもしれない。
自分が考えていた以上に、私は精神的な重圧を背負っていた。王国の平和と民の幸福を一身に背負い、常に完璧であることを求められ、失敗は許されないという環境。それがなくなって、肩の荷が下りたのかもしれない。余裕が生まれて、精神的にも安定した。そんな実感がある。
とにかく私は、前よりも実力が伸びたということを理解した。皮肉なことに、聖女という枷から解放されたことで、かえって力が解き放たれたのかもしれない。
「それじゃあ次は、エミリーの番ね。貴女の今の実力を見せて」
私は立ち上がって、微笑んだ。草地に座り込んでいた体を起こし、服についた草の葉を払い落とす。それじゃあ今度は、貴女の番。
「はい! 見ていてください!」
彼女は張り切って、深呼吸を始めた。両手を前に出して、集中を始める。
今度はエミリーが魔力のコントロールを行う。私はその様子を注意深く観察して、必要に応じてアドバイスを送った。
「もう少し魔力の流れを緩やかに。急がなくていいから、丁寧にね」
「はい!」
時には手本を見せたりもした。彼女の真剣な眼差しが、かつての自分を思い出させてくれる。一緒に修行することで、私たちは確実に成長していく。
午後の日差しが森の木々の間から差し込み、草地に美しい光の模様を描いている。エミリーの額には汗が光り、それを気にせず集中を続けている。彼女の集中力の高さを物語っていた。
エミリーが一緒に来てくれて、本当に良かったと心から思った。一人だけでは、この修行も出来なかっただろう。教える立場になることで、自分自身も多くを学ぶことができる。これから先も、彼女と一緒に成長していきたいと思う。
風が吹き抜け、草原の草が波のように揺れている。この穏やかだけど厳しい修行の時間が、私たちの新しい日常の一部になっていく。
拠点に着いた後、特に急ぐ用事もなかったので、今日はそれぞれ自由に過ごすことになった。
「私は冒険者ギルドに行って、任務の確認をしてくるわね」
ナディーヌが腰の剣を確認しながら言った。これから、また街へ戻るつもりなのかしら。もしかすると、私を護衛するためにわざわざ一緒に帰ってきた、ということ。
「私も一緒に行く?」
私が申し出ると、彼女は首を横に振って微笑んだ。
「一人で大丈夫よ。ノエラはゆっくり休んでいて」
冒険者の中には乱暴者も多いと聞くけれど、ナディーヌの実力があれば絡まれても問題ないだろう。彼女は王国騎士団の中でも、かなりの実力者だったのだから。
「私も、ちょっと確認したいことがある。別行動を取らせてもらおう」
ジャメルも個人的な用事があるらしく、すぐに拠点を出かけていった。何をするのか。詳しくは聞けなかったけれど、頭の良い彼のことだ。危なそうなら事前に相談してくれるはず。だから、あまり心配する必要はないと思う。
結局、拠点の山荘に残ったのは私とエミリーだけ。
「ノエラ、これから修業をしませんか?」
エミリーが目を輝かせながら提案してきた。
「そうね。時間もあるし、修行しましょうか」
私も同意した。神殿から離れて聖女や神官という立場を失っても、この能力を失うことはない。だが、磨かないと腕が錆びついていくことになる。せっかく鍛えたのに、何もせずに衰えさせるのはもったいない。
山荘の裏手にある広い草地に移動し、いつものように魔法の修業を始めた。柔らかな緑の絨毯のような草地には、朝露がまだ残っている。濡れた草の匂いが心地よく、森から吹く風が肌を撫でていく。
私は目を閉じ、深呼吸をしてから魔力を集中させ始めた。体の中心から徐々に魔力を広げていき、指先まで行き渡らせる。微かな青白い光が私の周囲に漂い始めた。その流れを繊細にコントロールしながら、複雑な魔法陣を構築していく。修業用に私が開発した高負荷魔法だ。
「ふぅ」
長時間の集中修業を終え、コントロールしていた魔力を解放した私は、その場に座り込んだ。汗が額を伝い、呼吸が少し乱れている。かなり疲労した。長時間集中した疲労感で、頭が少しくらくらする。ここまで集中しきったのは、久しぶりかもしれない。
「素晴らしいです、ノエラ様!」
エミリーが興奮気味に駆け寄ってきた。彼女の頬は紅潮し、目は尊敬の眼差しで輝いている。
「ノエラ様を見ていると、前より魔力の量が多くなったような気がします。それに、コントロールも美しくて滑らかですよ!」
「そう?」
私は少し驚いて尋ねた。横で観察していたエミリーが、結果を教えてくれる。そう言われると確かに彼女の言うように、いつもと比べて今日は調子が良かった。調子に乗って、ちょっと頑張りすぎちゃったぐらい。
昨晩、ぐっすり眠ったからかしら。聖女として過ごしていた頃なんて、仕事が忙しくて休める時間も減っていた。自覚なく、疲労がたまっていたのかもしれない。
ただ、数多くの仕事をこなすうちに実力が磨かれて、成長したような気もする。朝から晩まで休みなく働き、困難な症例の治癒に挑み、複雑な祝福の儀式を行ってきた。大変だった日々は、決して無駄ではなかったのだろう。何事も経験が大事ということね。
でも、一番大きいのは、聖女という立場じゃなくなったこと、なのかもしれない。
自分が考えていた以上に、私は精神的な重圧を背負っていた。王国の平和と民の幸福を一身に背負い、常に完璧であることを求められ、失敗は許されないという環境。それがなくなって、肩の荷が下りたのかもしれない。余裕が生まれて、精神的にも安定した。そんな実感がある。
とにかく私は、前よりも実力が伸びたということを理解した。皮肉なことに、聖女という枷から解放されたことで、かえって力が解き放たれたのかもしれない。
「それじゃあ次は、エミリーの番ね。貴女の今の実力を見せて」
私は立ち上がって、微笑んだ。草地に座り込んでいた体を起こし、服についた草の葉を払い落とす。それじゃあ今度は、貴女の番。
「はい! 見ていてください!」
彼女は張り切って、深呼吸を始めた。両手を前に出して、集中を始める。
今度はエミリーが魔力のコントロールを行う。私はその様子を注意深く観察して、必要に応じてアドバイスを送った。
「もう少し魔力の流れを緩やかに。急がなくていいから、丁寧にね」
「はい!」
時には手本を見せたりもした。彼女の真剣な眼差しが、かつての自分を思い出させてくれる。一緒に修行することで、私たちは確実に成長していく。
午後の日差しが森の木々の間から差し込み、草地に美しい光の模様を描いている。エミリーの額には汗が光り、それを気にせず集中を続けている。彼女の集中力の高さを物語っていた。
エミリーが一緒に来てくれて、本当に良かったと心から思った。一人だけでは、この修行も出来なかっただろう。教える立場になることで、自分自身も多くを学ぶことができる。これから先も、彼女と一緒に成長していきたいと思う。
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