33 / 41
第33話 聖女の見限り ※偽聖女エリーゼ視点
しおりを挟む
私の知らない間に、周囲の状況は急激に変わっていった。
数ヶ月前まで、私は神殿の最高権威だった。聖女として、皆から畏敬されていた。仕事着に身を包み、神殿内を歩けば誰もが頭を下げ、敬意を表していた。それが今や、私の言葉に耳を傾けようとしない。自分たちのことで精一杯らしい。みっともない。
振り返ってみれば、神殿の転落の始まりは王子から資金援助を受けたときだったのかもしれない。極秘の任務の依頼を受けたらしいけれど、私はその詳細を知らない。でも、王子から直接依頼されたということは大事な任務なのでしょう。
私も一緒に聞かせてほしかったけど、老賢者たちだけで勝手に話を進めた。
老賢者たちは浮かれていた。「これで神殿の影響力は復活する」と考えていたみたい。まだら髭の老賢者などは「この依頼を成功させれば、再び王家の信頼を得られるぞ」と、何度も何度も繰り返していた。
結局、その企みは大失敗に終わった。アレクシスという名前の、ちょっとだけ有名だった若い賢者。彼を慕う女神官たちが、彼と一緒に神殿から脱走したらしい。私はその時、エリック王子との大切なデートに集中していたから詳しいことは知らない。老賢者も勝手に進めていたから、知らないのも当然でしょ。でも、神殿の混乱ぶりは十分に想像できる。連中の顔が真っ青になっていたもの。
神殿から逃げ出した連中を連れ戻せと命令を出したらしいけど、それをできる人員がいなかった。脱走したのは実力者ばかり。彼女たちがいなくなったことで、神殿の機能は大きく削られてしまった。
人手不足は深刻だった。神殿に舞い込む依頼の処理能力が大幅に低下し、市民からの不満が爆発した。それでも老賢者たちは自分で何とかしようとせず、聖女である私に全てを押し付けてきた。あの老いぼれたち、自分で動こうとしないくせに。
「エリーゼ様、この依頼の処理もお願いできますか」
「エリーゼ様、こちらの祝福の儀式も」
「エリーゼ様、モンスターの討伐依頼も」
バカじゃないの? この前も思ったけど、聖女が全部やるなら、あなたたちは何のために存在するのよ。私が疲れ果てて倒れたらどうするつもり? そもそも私だって、全ての魔法を完璧に使いこなせるわけじゃないのに。実力者だとおだてて、どうにかしてもらおうと期待を向けるだけ。
「これ以上は無理。そんなの、依頼を引き受けた人たちで解決しなさいよ」
「で、ですが今までもなんとか解決してくれたのに。どうして今になって……!」
「無理なものは、無理よ。今だって無理してやってるでしょ。これ以上、私の負担を増やさないでよ」
これまで以上の働きを求められ、そんなの絶対に無理という量。しかも、もし失敗すれば私の責任にされる。そんなの絶対に嫌。これだけ働かせて、私の美貌に傷がついたり、苦労で顔にシワが増えたらどうするの? エリック王子に嫌われちゃうじゃない。
私は状況を王子に報告した。神殿が最悪な状況であることを包み隠さず話した。もちろん、私の苦労についても。
「王子様、神殿はもう崩壊寸前です。私一人では支えきれません。あの老賢者たちは何もしてくれないのに、私だけに無理な要求をしてきて……」
彼は深いため息をつき、神殿を見限ることを決めたようだった。顔に書いてある。「もう神殿の相手はしたくない」と。最近の彼は、私に対しても少し冷淡になっていた気がする。それが怖かった。
私には選択肢がなかった。神殿を離れて王宮で生活させてもらうことにした。嫌そうな表情を浮かべるエリック王子だけれど、なんとかすがりつく。ここで神殿と一緒に見捨てられたら、私は生きていけない。聖女という地位を失い、王妃の座も逃してしまったら、私はただの女神官になってしまう。絶対に嫌。
「王子様、私が神殿から離れても、聖女の務めは果たします。王宮から祝福を与えることだってできますわ。それに、あなたのそばにいれば、どんなことでも頑張れますもの」
王子の不満そうな表情に、私は必死で笑顔を作った。できるだけ可愛らしく、彼の心をつかむように。彼と一緒の立場を失わないよう、全力を尽くした。
その後、「癒しの協会」という、神殿の真似事のような組織が立ち上がったという噂を聞いた。市民からの評判はとても良いらしい。治癒や祝福の儀式を神殿より安く、しかも確実にこなしてくれるのだとか。
普通に考えたら、神殿に目をつけられて終わり。昔なら、異端として断罪されていただろう。対抗しようとしても絶対に勝つことはできないでしょう。でも今の状況なら、立場が逆転する可能性もありそう。それだけ、神殿の権威は失われている。
彼らを侮って放置していたら危ないかもしれない。そう思っていたら、神殿の連中は何も動こうとしなかった。どんどん協会の影響力が大きくなっていき、あっという間に神殿の存在感は薄れてしまった。今やもう、市民の味方は協会だけ。神殿は忌み嫌われる存在になってしまった。
「神殿は、もうダメなのね」
今の神殿の状況を見て、私は確信した。早く離れるべき。そもそも神殿に愛着なんてなかったのだから。私が欲しかったのは、神殿が持つ権威だけ。それが今や地に落ちてしまった以上、もう価値はない。
私は決心した。もう聖女という看板にしがみつくのは止めよう。それより、王妃になることを目指すべきだ。王子に近づき、彼の心を掴まなければ。
神殿の没落と共に「聖女」の価値も下がってしまった今、私に残された道はそれしかない。もう聖女の立場なんか捨てて、素直に欲望に従おう。
私、エリーゼは王妃になるのよ。
数ヶ月前まで、私は神殿の最高権威だった。聖女として、皆から畏敬されていた。仕事着に身を包み、神殿内を歩けば誰もが頭を下げ、敬意を表していた。それが今や、私の言葉に耳を傾けようとしない。自分たちのことで精一杯らしい。みっともない。
振り返ってみれば、神殿の転落の始まりは王子から資金援助を受けたときだったのかもしれない。極秘の任務の依頼を受けたらしいけれど、私はその詳細を知らない。でも、王子から直接依頼されたということは大事な任務なのでしょう。
私も一緒に聞かせてほしかったけど、老賢者たちだけで勝手に話を進めた。
老賢者たちは浮かれていた。「これで神殿の影響力は復活する」と考えていたみたい。まだら髭の老賢者などは「この依頼を成功させれば、再び王家の信頼を得られるぞ」と、何度も何度も繰り返していた。
結局、その企みは大失敗に終わった。アレクシスという名前の、ちょっとだけ有名だった若い賢者。彼を慕う女神官たちが、彼と一緒に神殿から脱走したらしい。私はその時、エリック王子との大切なデートに集中していたから詳しいことは知らない。老賢者も勝手に進めていたから、知らないのも当然でしょ。でも、神殿の混乱ぶりは十分に想像できる。連中の顔が真っ青になっていたもの。
神殿から逃げ出した連中を連れ戻せと命令を出したらしいけど、それをできる人員がいなかった。脱走したのは実力者ばかり。彼女たちがいなくなったことで、神殿の機能は大きく削られてしまった。
人手不足は深刻だった。神殿に舞い込む依頼の処理能力が大幅に低下し、市民からの不満が爆発した。それでも老賢者たちは自分で何とかしようとせず、聖女である私に全てを押し付けてきた。あの老いぼれたち、自分で動こうとしないくせに。
「エリーゼ様、この依頼の処理もお願いできますか」
「エリーゼ様、こちらの祝福の儀式も」
「エリーゼ様、モンスターの討伐依頼も」
バカじゃないの? この前も思ったけど、聖女が全部やるなら、あなたたちは何のために存在するのよ。私が疲れ果てて倒れたらどうするつもり? そもそも私だって、全ての魔法を完璧に使いこなせるわけじゃないのに。実力者だとおだてて、どうにかしてもらおうと期待を向けるだけ。
「これ以上は無理。そんなの、依頼を引き受けた人たちで解決しなさいよ」
「で、ですが今までもなんとか解決してくれたのに。どうして今になって……!」
「無理なものは、無理よ。今だって無理してやってるでしょ。これ以上、私の負担を増やさないでよ」
これまで以上の働きを求められ、そんなの絶対に無理という量。しかも、もし失敗すれば私の責任にされる。そんなの絶対に嫌。これだけ働かせて、私の美貌に傷がついたり、苦労で顔にシワが増えたらどうするの? エリック王子に嫌われちゃうじゃない。
私は状況を王子に報告した。神殿が最悪な状況であることを包み隠さず話した。もちろん、私の苦労についても。
「王子様、神殿はもう崩壊寸前です。私一人では支えきれません。あの老賢者たちは何もしてくれないのに、私だけに無理な要求をしてきて……」
彼は深いため息をつき、神殿を見限ることを決めたようだった。顔に書いてある。「もう神殿の相手はしたくない」と。最近の彼は、私に対しても少し冷淡になっていた気がする。それが怖かった。
私には選択肢がなかった。神殿を離れて王宮で生活させてもらうことにした。嫌そうな表情を浮かべるエリック王子だけれど、なんとかすがりつく。ここで神殿と一緒に見捨てられたら、私は生きていけない。聖女という地位を失い、王妃の座も逃してしまったら、私はただの女神官になってしまう。絶対に嫌。
「王子様、私が神殿から離れても、聖女の務めは果たします。王宮から祝福を与えることだってできますわ。それに、あなたのそばにいれば、どんなことでも頑張れますもの」
王子の不満そうな表情に、私は必死で笑顔を作った。できるだけ可愛らしく、彼の心をつかむように。彼と一緒の立場を失わないよう、全力を尽くした。
その後、「癒しの協会」という、神殿の真似事のような組織が立ち上がったという噂を聞いた。市民からの評判はとても良いらしい。治癒や祝福の儀式を神殿より安く、しかも確実にこなしてくれるのだとか。
普通に考えたら、神殿に目をつけられて終わり。昔なら、異端として断罪されていただろう。対抗しようとしても絶対に勝つことはできないでしょう。でも今の状況なら、立場が逆転する可能性もありそう。それだけ、神殿の権威は失われている。
彼らを侮って放置していたら危ないかもしれない。そう思っていたら、神殿の連中は何も動こうとしなかった。どんどん協会の影響力が大きくなっていき、あっという間に神殿の存在感は薄れてしまった。今やもう、市民の味方は協会だけ。神殿は忌み嫌われる存在になってしまった。
「神殿は、もうダメなのね」
今の神殿の状況を見て、私は確信した。早く離れるべき。そもそも神殿に愛着なんてなかったのだから。私が欲しかったのは、神殿が持つ権威だけ。それが今や地に落ちてしまった以上、もう価値はない。
私は決心した。もう聖女という看板にしがみつくのは止めよう。それより、王妃になることを目指すべきだ。王子に近づき、彼の心を掴まなければ。
神殿の没落と共に「聖女」の価値も下がってしまった今、私に残された道はそれしかない。もう聖女の立場なんか捨てて、素直に欲望に従おう。
私、エリーゼは王妃になるのよ。
871
あなたにおすすめの小説
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
※全6話完結です。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
婚約破棄が私を笑顔にした
夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」
学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。
そこに聖女であるアメリアがやってくる。
フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。
彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。
短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。
木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。
彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。
そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。
彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。
しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。
だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。
婚約破棄は喜んで
nanahi
恋愛
「お前はもう美しくない。婚約破棄だ」
他の女を愛するあなたは私にそう言い放った。あなたの国を守るため、聖なる力を搾り取られ、みじめに痩せ細った私に。
え!いいんですか?喜んで私は去ります。子爵令嬢さん、厄災の件、あとはよろしく。
公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に
ゆっこ
恋愛
王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。
私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。
「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」
唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。
婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。
「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」
ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる