聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ

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第32話 失われた記憶の告白

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 アレクシスと再会したとき、きっと話さなければならない時が来るという予感があった。過去のことを黙ったまま、一緒に協会を盛り上げる。そんな関係で、ずっと続くとは思っていなかった。心の奥で感じていた。

 彼から記憶の違和感について打ち明けられた今、その時が訪れたのだ。黙っておくこと、誤魔化すこともできただろう。だけど、それは彼に対して、そして自分自身に対しても誠実ではないと思った。

 私は深呼吸をして、覚悟を決めた。

「恐らく……その違和感の原因は私です」

 彼の表情が変わった。驚きと共に、何かを理解し始めたような顔。私は続けた。

「私が、王国民の記憶を消し去ったのです。記憶消去の魔法を使って。私の存在をすべて消しました。だから私は、あなたのことを覚えています。一方的に」
「記憶消去の魔法?」

 アレクシスの目が大きく見開かれた。でも、私は止まらなかった。一度話し始めたら、全て話さなければならない。

「かつて、私は聖女でした。王国の掟により、エリック王子と婚約していた。でも、ある日突然、公の場で一方的に婚約破棄を告げられました」

 これを話してしまったら、どう思われるのか。胸が苦しくなったが、私は続けた。窓から差し込む光が、テーブルの上の書類を照らしている。その光が遠くに感じられた。

「そのとき、私は記憶操作の魔法を使いました。神殿に残されていた古い資料を参考にして古代魔法を研究し、完成させたものです。私が聖女だったという記憶を消し、神殿から逃げ出しました。聖女の役目も全て捨てて」

 彼を置いて、私は神殿から仲間だけを連れて逃げ出したこと。アレクシスは黙って聞いていた。彼の表情からは、何を考えているのか読み取れない。怒っているのか、呆れているのか。

「自分だけが助かろうとしました。一握りの仲間だけを連れて、神殿から逃げ出したのです。あなたを巻き込みたくなかった。あなたには、神殿での立場があったから。だから、あなたの記憶から私の存在を消して……」

 私の声が震えた。真実を打ち明けたら、アレクシスに嫌われるかもしれない。でも、それは仕方のないこと。自分のやってきたことに責任を取る。

 心の底から溢れ出る罪悪感に堪えながら、私は最後まで話し切る。

「今回の件で、あなたが関わってしまったのは私のせいです。それでも、これから先は、受け入れた女神官たちの安全を確保することに全力を注ぎます。その役目からは逃げません。これは私のやるべきことだと考えています」

 巻き込んでしまったことの償い。アレクシスや女神官たちが神殿を出ることになったキッカケを作ってしまった。それは、彼の望んでいたこととは違うかもしれない。彼らの運命を、私の都合で変えてしまった。

 私は下を向いたまま、口を閉じる。今の話を聞いていた彼の反応を待った。だが、想像していた怒りや非難の言葉は返ってこなかった。

「なるほど、そういうことだったのか」

 アレクシスの声は、驚くほど軽やかだった。

「違和感の正体について理解できました。話してくれて、ありがとう。ノエラさん」

 予想していなかった感謝の言葉が聞こえて、私は顔を上げた。信じられない思いで彼を見つめる。

「……それだけですか? 私は、みんなの記憶を勝手に消して逃げ出し、黙っていたのに」
「それは、仕方なかったのでしょう」

 彼は穏やかに答えた。その目には非難の色はなく、むしろ理解の光があった。

「で、でも……」
「きっかけは、王子の婚約破棄です。彼の行いによって、君は覚悟を決めた。話を聞いていたら、誰でもそうするでしょうね。それを実現できる力があったから」

 彼は私を許してくれた。原因は王子にあると言ってくれた。心が軽くなる。でも、そう考えてもいいのだろうか。罪悪感が少し和らいで、でもまだ残っている。

「ノエラさんも知っている通り、私だって神殿から逃げ出してきた。彼らの行いに呆れて、そうした。もう耐えられないと思って。君と同じだ」

 彼は同じだと言ってくれた。自らの決断で、神殿を離れた。それは私と同じことだと。

「君は穏便に済ませようと、自分の力でどうにかしたんだね。それは、とても凄いことだと思う。私は、いろいろな人の力を借りた。君も手助けしくれた。私は君たちに感謝の気持ちしかない。そして、これからも君の助けが必要だ。助けてほしい」

 彼の言葉に、私の胸に温かいものが広がった。

「もちろん、助けます」

 私は迷わず答えた。これは絶対の約束。彼に対しても、自分に対しても。

「ありがとう。とても頼りにしている」

 彼と固い約束を交わした。そうして、過去の重い話はあっさりと終わった。それなのに、何か救われたような感覚があった。何か大事なものを取り戻したような気持ちだった。

 自分でも気づかぬまま背負っていたらしい罪悪感を、彼の理解と許しによって、ずっと軽くなった。

 これから先、私たちは過去に縛られることなく、新しい道を歩んでいける。迷いがなくなった。そう確信できた瞬間だった。
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