女男の世界

キョウキョウ

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第7章 職業体験編

第46話 再会の洋菓子店

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 職場体験について説明を受けた次の週、学校の職業体験を担当している加藤先生と一緒に、希望を出して職場体験させてもらうことに決まった洋菓子店にやって来た。

 今の"僕"になってから初めて来る洋菓子店だ。商店街の一角にあるお店で、地元の人たちが利用しやすいよう入り口に仕切りがなくて、お店に入りやすくなっている。店内も広く、商品も見やすくディスプレイされた、親しみやすいデザインの理想的なお店だった。

 僕たちがお店に到着したとき、店内は無人で商品ケースの向こう側に販売員の姿はなく、閑散としていた。

「すみませーん!」

 引率してくれている加藤先生が、店の奥に向かって声をかける。すると、店の奥の方でドタバタと何かが倒れる音や、何かが机の上から落ちる音が聞こえてきた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 今すぐ行きますので!」

 音が止んで、奥から女性の返事が聞こえてきた。女性の声は焦っていて、かなり慌てた様子だった。その声を聞いた瞬間、僕の心臓が跳ね上がった。聞き覚えのある、懐かしい声だった。

「どうやら忙しいみたいだから、少し待とうか」
「はい」

 奥からの声を聞いて、先生は店の隅にあるイスに腰を下ろして待つ体制に入った。その横に僕も座って、初めて来たけれど記憶に残っている店内の様子を眺めることにした。

 "クローリス洋菓子店"

 甘いもの好きとして、僕の一番のお気に入りで通っていた洋菓子の美味しいお店で、ここのチョコレートケーキが絶品だったのを覚えている。まさか、転移する前の世界と同じように存在しているなんて思っていなくて、先週の職場体験の説明会で見つけた時には驚いた。

 商品ケースにディスプレイされているケーキを見ると、記憶している物と変わらない見た目のチョコレートケーキが置かれていた。久しぶりに食べたいなと思いつつ、他の商品にも目を向ける。

 スポンジを使ったケーキで、オーソドックスな見た目は馴染みのあるシンプルなもの。けれど、見るものが見ればわかる丁寧さで仕上げられていて、見た目だけでなくその味も美味しくて非常に気に入っていた。

 ケーキの味を思い出しては、ふと食べたくなる瞬間がやってくる。ここのケーキの味を知ってしまってからは何度もその瞬間が訪れて、気づいた時にはお店のファンになっているという魅力があった。

 ケーキ以外に、焼菓子、アイス、そして菓子パンも売っているので多くのファンが平日でも店に買いに来て、いつも賑わっていた店内の様子を覚えている。

「そういえば……」

 お店について回想している途中であることに気づいて、営業中の店内を見渡す。僕たちがお店に来た時にはお客さんはおらず、お店の中は無人だった。今も、僕と先生の二人だけ。その後も、お客がやって来る様子もない。

 店番をしないで店員が奥に引っ込んでいて、普段からお店にあまり客が来ていない可能性がある。つまり接客の必要が少なくて、奥に引っ込んでいるのだろうか。もしかしたら今は誰も来ないタイミングで、休憩を兼ねて店番を休んでいた可能性もあるけれど……。

「もしかして、繁盛していないのかな……」

 ポツリと小声で漏らしてしまう。転移前の記憶と同じような店構えに、味はわからない。でも、見た目は変わらない商品。今のところ、記憶と違っているところは客足だけだと思う。

 そんな風に店内を観察していると、店の奥からエプロンを身に着けた女性がやって来た。

「お待たせして申し訳ありません。この店を任されています神谷志織《かみやしおり》です」

 その女性の姿を目にした瞬間、僕の心は激しく動揺した。やっぱり、彼女だった。ちゃんと覚えている。転移前の世界で僕が恋をした、あの神谷さんが目の前にいる。

「お電話でお話しました加藤と申します。よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします!」

 奥から出てきた女性は商品をディスプレイしているケースを横切って、僕をチラッと見てから、そのまま視線を先生の方に戻して挨拶した。

 加藤先生が神谷さんに軽く頭を下げると、彼女は何度も繰り返し、深々と頭を下げていた。

 二人の様子を眺めながら、僕は転移する前の記憶について思い出していた。それは、お気に入りの店としてクローリス洋菓子店に通っていた頃の思い出。

 一番初めにクローリス洋菓子店を知ったのは、偶然近くを通りかかって目に入り、お店にふらっと立ち寄ったのが最初のきっかけ。そのケーキの見た目が気に入って、買って食べてみると、あまりの美味しさにびっくりしたのを覚えている。

 ケーキの美味しさに加えて、そのお店で売り子をしていた神谷さんという女性店員の笑顔にも惹かれて、何度も通った。

 週に一度ほど、ケーキが食べたくなった頃にお店に立ち寄って買って帰る。商品を選んでいる少しの間だけ神谷さんと会話をできるという動機もあって、お店に通う日々が続いた。

 買い物をしている間だけ、言葉は少なく短いながらも神谷さんと会話を重ねていくことで、本当に彼女を好きになっていってしまった僕。ちょっとずつ関係を築いて、親しくなれているという自信はあった。でも彼女に、好きだという気持ちを告白することはできなかった。

 断られたらどうしようという不安、そして断られた後には避けられてしまうのではないかと想像すると怖かった。彼女に断られてしまったら、気まずくなってしまってクローリス洋菓子店にも来られなくなるかもしれない──様々な理由を自分の中で積み重ねて、一歩を踏み出す勇気がなかった。

 結局、神谷さんはパティシエとしての修行をするために海外留学するため外国へと行ってしまい、告白もできないままそれきりの関係となってしまった。

 後悔していた。

 もしもあの時、僕が勇気を出して彼女に告白していたのなら未来は変わっていたのかもしれない。あの時、告白をする勇気が僕にあればもしかしたら――。

 そんな、懐かしい転移する前の記憶。今度は、あの時のような後悔をしたくない。そう思って、彼女との再会を迎えた。もちろん、彼女は覚えていないだろうけど。それが、少しだけ寂しい。

「彼が、職業体験の希望者ですか?」

 先生と会話していた神谷さんが、僕の方へ視線を向ける。神谷さんに少し不審そうな視線を向けられる。その視線の中には、厄介そう、というのも感じた。そんな目を向けられて、ちょっとだけショックを受ける。

 大事な初対面で、こうなってしまった。

 不審そうな目を向けられる理由については、わかっている。それは、パティシエという職業を志望するという男性が非常に少ないから。

 そもそも、料理や菓子作りをするような男性自体が非常に少ない。そんな状況で、僕が職業体験で洋菓子店を志願した。志願理由で語った、僕がパティシエという職業に憧れているなんて嘘なんじゃないのか。何か別の理由があって選んだのではないかと彼女は勘ぐっているのだろう。

 厄介そうな目をしているのは、僕の性別が男だから。男性の人口が少ない世界なので、僕の扱いに困っているのだろう。今後のスケジュールをどうするべきか考えて、面倒に思っているのかもしれない。

 彼女から向けられる負の視線だけで、自信がなくなって心が折れそうになってしまうけれど、記憶にある悔しい気持ちを思い出す。勇気がなくて何もできなかった頃の僕を。

 今度は違う。今度こそは、きちんと向き合いたい。

 そして、ニッコリと意識して笑顔を浮かべ神谷さんに笑いかける。なるべく印象が良くなるように、しっかり頭を下げて丁寧に挨拶する。言葉遣いにも気をつけて。

「初めまして、神谷さん。僕の名前は佐藤優です。よろしくお願いします」
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