女男の世界

キョウキョウ

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第7章 職業体験編

第47話 思い出のケーキ

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 下げていた頭を上げると、神谷さんと視線が交差する。彼女の表情を伺った。

 最初の印象を良くしようと心がけて、丁寧に挨拶してみたものの、神谷さんの表情は特に変化がなかった。僕の方をじっと見つめたまま、反応がない。

「あ、あの?」

 返事がないことに耐え切れず、僕の方から声をかけてみると、ようやく挨拶を返してくれた。

「神谷です。よろしくおねがいします」

 言葉遣いは丁寧だけれど、低いトーンでどこかトゲトゲしい。僕のイメージと違いすぎる態度に、世界が違うために見た目は同じでも性格が全然違っているのかもしれない、ということに思い至る。

 転移前と比べた今の母親や、友人である圭一の変わりようを思い出して、目の前の神谷さんが僕の記憶にある人と同じだとは思わない方が良いかもしれないと思った。でも、どこか心の奥で期待している自分がいることも否定できなかった。彼女の本質は変わらず、そのままかもしれないと。

 そんなふうに考えている間に、神谷さんが再び先生の方へ身体を向けた。

「奥に座って話せる場所があります。案内しますのでついてきてください」

 神谷さんに案内されて、僕と先生は店の奥へと進む。職場体験の内容について、それから今後の予定について三人で話し合いをすることになった。



 カウンターの向こう側、店の奥に入っていくと、そこに木製のテーブルとイスが並べられていて、小さな冷蔵庫以外には特に目につくものはない、少し殺風景な部屋に案内された。

 この部屋は、お店の人が使う休憩室か事務室なのだろう。

「どうぞ、そちらに座って下さい」

 僕と先生は神谷さんに促され並んでイスに座ると、神谷さんは部屋の隅に置いてある冷蔵庫から二枚のお皿を取り出してきた。お皿の上に苺のショートケーキが乗っていて、それを神谷さんが僕達の目の前に置いてくれた。お店の商品だ。

 お皿の上にケーキが置かれて、ケーキフォークも添えられていてすぐに食べられるような状態になっていた。僕たちが来る前に、すぐ出して食べられるように用意してくれていたのだろう。

 さらに神谷さんは、紅茶を用意してくれた。部屋の中にふんわりと心が温かくなるような紅茶葉の香りが漂う。白いカップに入れられた紅茶は、オレンジ色よりも少し濃く、見た目も綺麗だった。

「お店で出しているケーキです。食べてみてください」
「ありがとうございます」

 僕と先生のお礼を言う声が揃う。そして、先生がすぐにケーキに手を伸ばしたので、僕も同じようにケーキを食べてみる。

 久しぶりに食べるクローリス洋菓子店のケーキに、内心かなりテンションを上げながらケーキフォークを手に取り、ケーキの先端部分を一口サイズにフォークで切り分け口に運ぶ。

 まろやかで甘いのに不思議としつこくないクレームシャンティに、きめ細やかでふわっふわのスポンジがよく絡み合っている。スポンジとスポンジの間にサンドされた、苺と生クリームの層も非常にいい味をしている。久しぶりに食べたからだろうか、記憶にある味の何倍も美味しいように感じた。

「とても美味しいです!」

 ケーキの味に感動して、僕の口から無意識のうちに感想の声が出ていた。それから再びケーキフォークを動かし、じっくりと味わう。うん、美味しい。

 その瞬間、神谷さんの表情がほんの少しだけ和らいだような気がした。僕の心からの称賛に、彼女も少し嬉しそうに見える。

 あっという間にケーキを食べ終えてしまっていた。ケーキの味は変わっていなくて、むしろさらに美味しくなっているように思えた。表にお客さんが来ていないのを見て、見た目は変わっていないのに味が落ちていたらどうしようという不安があった。けれど、そんな不安は杞憂だった。

 この美味しいケーキを家に持ち帰り、家族の皆で食べようと心に留めておく。皆が嬉しそうに、そして美味しそうに食べる姿を想像すると僕の心はワクワクしていた。



 世界と時間を超えて久々にクローリス洋菓子店のケーキを堪能できて、既にだいぶ満足してしまった。まだ本題に入っていないことを思い出して気持ちを切り替える。

 先生もケーキを食べ終わり、ここに来た目的である職場体験についての話し合いがようやくスタートした。

 話し合いは先生と神谷さんの二人が中心となって進められ、僕は傍らで話を聞いていた。二人は事前に何度か話し合っていたのだろう、今回の話し合いは最終確認に加えて僕に今後について説明するのが目的のようだった。

 3ヶ月行われる職業体験について、学校のカリキュラムに合わせて神谷さんが計画したスケジュールを先生と僕に向けて説明してくれる。そして、先生が注意事項等を神谷さんに向けて説明する。最後に、今回の授業の目的などを説明してくれた。

 説明の中で、神谷さんが職場体験の内容を非常に丁寧に考えてくれていることがわかった。基本的な接客から始まり、材料の管理、簡単な調理補助、そして最終的には実際に菓子作りまで挑戦させてもらえるという充実したプログラムだった。

 説明を聞き終えて、やっぱり男子である僕はかなり優遇されているなあと感じる。

 学園側の教師としては受験に必須なので、仕事の一つとして考えているのかもしれないが、わざわざ事前に準備を進めてくれた先生、そして職場体験できる場所の提供やいろいろと考えて計画を立ててくれた神谷さん、二人がたくさんの時間を費やして準備を進めてくれたのだろうということが今回の説明でもわかった。そう考えると、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 これは僕も、3か月間ちゃんと学ばないと。せっかく用意してくれた授業だから、無駄にはしない。僕はもう一度、職場体験に積極的に参加しようと気を引き締めて、神谷さんに気持ちを言葉で伝える。

「これから3ヶ月間、どうぞよろしくお願いします。僕は、本当にパティシエという仕事に興味があるんです。神谷さんから色々なことを学ばせていただきたいと思っています!」
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