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第7章 職業体験編
第48話 職業体験の初日
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職業体験に関する話し合いとスケジュールの確認が終わると、その日は解散となった。それから月日は進み、職業体験の初日を迎えていた。
前回は先生に同行してもらって洋菓子店へ訪れたけれど、今回からは仕事場へ一人で向かうことになっていた。
先生に連れ添ってもらって行った時は学校から向かったけれど、今回は自宅から直接向かうことに。と言っても、クローリス洋菓子店は自宅に一番近い駅から電車に乗って、学園に向かう方向とは反対側に二駅ほど進んだ所から徒歩5分の場所にあるので、自宅から学園に登校するよりも早い時間で到着できる。通うのも楽そうだ。
朝の通勤電車の中で、僕は緊張していた。転移前の世界で告白できなかった後悔を乗り越えるためにも、今度こそは神谷さんと良い関係を築きたい。でも、前回の彼女の冷たい態度を思い出すと、不安が募った。
「おはようございます!」
「……おはよう」
店の裏口から入ると、パティシエ姿の神谷さんが立っていたので元気よく挨拶する。まだ警戒されているのか拒絶するような雰囲気があって、神谷さんは僕に目もくれずに返事だけする。
更衣室に案内されると、割り当てられたロッカーを指差して言った。
「荷物とかはココに置いておいて、後は中に置いてある服に着替えて」
「はい、わかりました」
神谷さんはそれだけ言うと、すぐに更衣室から出て行った。彼女の態度に、3ヶ月の職業体験は無事に終了できるかどうか不安になって気分が落ち込んでくる。
落ち込んでしまった気分を振り払うように、ロッカーを開けてみる。中には、今回のために用意してもらった真っ白なコックコートが掛けてあった。すぐに手に取って着替える。首元に真っ赤なスカーフも巻いて、見た目もバッチリに着替え終わる。
パティシエが仕事をするときに着る服装だ。憧れがあったけれど、結局身に着けることがなかった服装。でも今は、体験学習という機会ではあるけれど着ることができる状況に、テンションが上がっていく。
鏡に映る自分を見て、少しだけ自信が湧いてきた。この格好なら、きっと神谷さんにも認めてもらえるはずだ。
***
「準備できました」
「……次はこっち」
着替えを終えて、休憩室を出たところで立っていた神谷さん。どうやら僕が着替えている間、ずっと待ってくれていたようだ。着替えにそんなに時間は掛けてないつもりだけれど、待たせてしまい申し訳ない気持ちになって急いで謝る。それでも、何の反応も見せずに今度は調理室へとずんずんと歩いて行ってしまう神谷さん。
ここまで徹底的に受け入れないという態度をされると、もしかして気づかない間に彼女に対して何かやってしまったのではないかと不安になる。けれども、神谷さんと出会ったのは、先生を交えた職業体験の最終確認をした時が初めてのはずだ。
最初の出会いから無愛想に対応されたし、他に思い当たるような原因がない。
僕には神谷さんと出会って話したという記憶はあるけれど、それは今の世界に来る前の記憶だし関係ないだろう。じゃあ、一体何が原因だろう。
モヤモヤした気持ちのまま、神谷さんの後について調理室へ入っていく。
職業体験は朝から夕方まで一日行われる予定となっている。そして今日はまず、お菓子作りについて僕が神谷さんの手伝いができるかどうか力量をチェックすることになっていた。
クローリス洋菓子店に出す商品の仕込みは、早朝から神谷さんが行っている。今から行う仕上げについて、僕が体験でお手伝いできるのか見てくれるらしい。
事前に先生から神谷さんには僕の情報である、料理部に所属していて一通りの料理や菓子作りはできることを伝えてもらっている。だが神谷さんは、僕が料理やお菓子作りができることについて疑いがあるようで、今回の手伝いにおいて自分の目で見て判断しようという考えらしい。
確かに今時の男子は料理ができないというのが一般的らしくて、学園の料理部に所属している部員ですら僕が入部する前は誰一人料理ができていなかったことを思い出すと、神谷さんの信じられないという気持ちは理解できる。お菓子作りに興味を持つ男子なんて珍しいんだろうな。
「それじゃあ、これ。やってみて」
「わかりました」
今朝焼き上げたというスポンジケーキと、泡立て終えている生クリームが僕の目の前に置かれる。そして、ケーキのスポンジに生クリームを下塗りするようにと僕に指示を出した。
転移前の世界で培った技術と、この世界でも続けてきた料理部での経験が活かされる。パレットナイフを使って、まずは薄く全体に生クリームを伸ばし、その後厚めに塗り重ねる。表面を滑らかに整えながら、均等な厚さになるように集中して、丁寧に仕上げていく。
「へぇ。すごく手馴れているのね。びっくりしたわ」
「ありがとうございます」
しばらく観察していた神谷さんは僕の作業の手際を見て、初めて本心からの言葉を聞かせてくれた。そのことを嬉しく感じて、さらに気合を入れて作業を続けていく。
最初に指示された作業が全て完了して、なんとか手伝いとして戦力になれることを神谷さんに示すことができたと思う。
「じゃあ、これはできる?」
「やってみます」
それから僕の力量を認めてくれたのか、神谷さんは先に指示したことよりも少しだけ難易度の高い作業の手伝いを指示してきた。と言っても、僕にとってはそれほど難しく感じることもない作業だったので、黙々と神谷さんの指示に従って丁寧に仕上げを手伝っていく。
次第に神谷さんの表情も和らいできて、時折僕の手元を見て小さく頷く姿が見えた。きっと、僕の技術を認めてくれているのだろう。
次々に出される指示を順調に終わらせていく。結局、作業が終わるだろうと予定していた時間よりも一時間早くに、すべて終えることができた。
「これから、お店を開ける準備をするから。手伝ってくれる?」
「はい。任せてください」
それから仕上げた商品をケースに陳列していき、店を開ける準備まで整った。開店時間の午前十時までには、まだ一時間程の余裕があった。神谷さんの指示に従って、黙々と動き続ける。
「あなたのこと、疑ってた。ごめんなさい」
朝の準備を終えて店が開店できるようになった頃、神谷さんが僕に申し訳なさそうに謝ってきた。
「いえいえ、全然気にしてませんよ!」
神谷さんの本当に申し訳ないという顔を見ていると、とてつもない罪悪感にかられてしまう。そんな顔をしてほしくないと思いながら、気にしていないことをアピールする。だけど、神谷さんの表情は暗いまま。
「本当にごめんなさい。私、昔にちょっとあって男の人に対して苦手意識が強くて……。でも、あなたは少し違っているみたい。さっき手伝ってもらった時に見せてくれた手際とか表情とか見ていたら、私の苦手な男の人とは全然違うみたい」
どうやら神谷さんは過去に何かあって、男性に強い不信感を抱いて、警戒していたようだ。男性である僕に対して、壁を作って接していた。
けれど僕が先ほど手伝いをしていた時の手つきを見て、そして今までの僕の行動を振り返って丁寧に接していたことを思い出してくれて、そんな人物につっけんどんな態度をしてしまったことを謝られてしまった。
「大丈夫です、わかってもらえただけで十分です。これから3ヶ月、よろしくお願いしますね」
「ありがとう。改めて、これからよろしくね」
神谷さんの表情が、初めて本当に和らいだ。転移前の世界で見た、あの優しい笑顔に近づいたような気がして、僕の心も軽くなった。
あんな態度だった原因が判明してホッとする。どうやら転移前の記憶にある神谷さんと同じように、本当にお菓子作りが大好きなようだ。そんなお菓子作りを通して、僕のことを理解してもらえたことが嬉しかった。神谷さんとの心の距離を少しだけ縮めることができた。
こうして、朝のうちから色々とありながらもクローリス洋菓子店の開店時間である午前十時に差し掛かったので、神谷さんは正面の扉を開いてお店をオープンさせた。
今日という日が、僕にとって新しいスタートの日になりそうな予感がしていた。
前回は先生に同行してもらって洋菓子店へ訪れたけれど、今回からは仕事場へ一人で向かうことになっていた。
先生に連れ添ってもらって行った時は学校から向かったけれど、今回は自宅から直接向かうことに。と言っても、クローリス洋菓子店は自宅に一番近い駅から電車に乗って、学園に向かう方向とは反対側に二駅ほど進んだ所から徒歩5分の場所にあるので、自宅から学園に登校するよりも早い時間で到着できる。通うのも楽そうだ。
朝の通勤電車の中で、僕は緊張していた。転移前の世界で告白できなかった後悔を乗り越えるためにも、今度こそは神谷さんと良い関係を築きたい。でも、前回の彼女の冷たい態度を思い出すと、不安が募った。
「おはようございます!」
「……おはよう」
店の裏口から入ると、パティシエ姿の神谷さんが立っていたので元気よく挨拶する。まだ警戒されているのか拒絶するような雰囲気があって、神谷さんは僕に目もくれずに返事だけする。
更衣室に案内されると、割り当てられたロッカーを指差して言った。
「荷物とかはココに置いておいて、後は中に置いてある服に着替えて」
「はい、わかりました」
神谷さんはそれだけ言うと、すぐに更衣室から出て行った。彼女の態度に、3ヶ月の職業体験は無事に終了できるかどうか不安になって気分が落ち込んでくる。
落ち込んでしまった気分を振り払うように、ロッカーを開けてみる。中には、今回のために用意してもらった真っ白なコックコートが掛けてあった。すぐに手に取って着替える。首元に真っ赤なスカーフも巻いて、見た目もバッチリに着替え終わる。
パティシエが仕事をするときに着る服装だ。憧れがあったけれど、結局身に着けることがなかった服装。でも今は、体験学習という機会ではあるけれど着ることができる状況に、テンションが上がっていく。
鏡に映る自分を見て、少しだけ自信が湧いてきた。この格好なら、きっと神谷さんにも認めてもらえるはずだ。
***
「準備できました」
「……次はこっち」
着替えを終えて、休憩室を出たところで立っていた神谷さん。どうやら僕が着替えている間、ずっと待ってくれていたようだ。着替えにそんなに時間は掛けてないつもりだけれど、待たせてしまい申し訳ない気持ちになって急いで謝る。それでも、何の反応も見せずに今度は調理室へとずんずんと歩いて行ってしまう神谷さん。
ここまで徹底的に受け入れないという態度をされると、もしかして気づかない間に彼女に対して何かやってしまったのではないかと不安になる。けれども、神谷さんと出会ったのは、先生を交えた職業体験の最終確認をした時が初めてのはずだ。
最初の出会いから無愛想に対応されたし、他に思い当たるような原因がない。
僕には神谷さんと出会って話したという記憶はあるけれど、それは今の世界に来る前の記憶だし関係ないだろう。じゃあ、一体何が原因だろう。
モヤモヤした気持ちのまま、神谷さんの後について調理室へ入っていく。
職業体験は朝から夕方まで一日行われる予定となっている。そして今日はまず、お菓子作りについて僕が神谷さんの手伝いができるかどうか力量をチェックすることになっていた。
クローリス洋菓子店に出す商品の仕込みは、早朝から神谷さんが行っている。今から行う仕上げについて、僕が体験でお手伝いできるのか見てくれるらしい。
事前に先生から神谷さんには僕の情報である、料理部に所属していて一通りの料理や菓子作りはできることを伝えてもらっている。だが神谷さんは、僕が料理やお菓子作りができることについて疑いがあるようで、今回の手伝いにおいて自分の目で見て判断しようという考えらしい。
確かに今時の男子は料理ができないというのが一般的らしくて、学園の料理部に所属している部員ですら僕が入部する前は誰一人料理ができていなかったことを思い出すと、神谷さんの信じられないという気持ちは理解できる。お菓子作りに興味を持つ男子なんて珍しいんだろうな。
「それじゃあ、これ。やってみて」
「わかりました」
今朝焼き上げたというスポンジケーキと、泡立て終えている生クリームが僕の目の前に置かれる。そして、ケーキのスポンジに生クリームを下塗りするようにと僕に指示を出した。
転移前の世界で培った技術と、この世界でも続けてきた料理部での経験が活かされる。パレットナイフを使って、まずは薄く全体に生クリームを伸ばし、その後厚めに塗り重ねる。表面を滑らかに整えながら、均等な厚さになるように集中して、丁寧に仕上げていく。
「へぇ。すごく手馴れているのね。びっくりしたわ」
「ありがとうございます」
しばらく観察していた神谷さんは僕の作業の手際を見て、初めて本心からの言葉を聞かせてくれた。そのことを嬉しく感じて、さらに気合を入れて作業を続けていく。
最初に指示された作業が全て完了して、なんとか手伝いとして戦力になれることを神谷さんに示すことができたと思う。
「じゃあ、これはできる?」
「やってみます」
それから僕の力量を認めてくれたのか、神谷さんは先に指示したことよりも少しだけ難易度の高い作業の手伝いを指示してきた。と言っても、僕にとってはそれほど難しく感じることもない作業だったので、黙々と神谷さんの指示に従って丁寧に仕上げを手伝っていく。
次第に神谷さんの表情も和らいできて、時折僕の手元を見て小さく頷く姿が見えた。きっと、僕の技術を認めてくれているのだろう。
次々に出される指示を順調に終わらせていく。結局、作業が終わるだろうと予定していた時間よりも一時間早くに、すべて終えることができた。
「これから、お店を開ける準備をするから。手伝ってくれる?」
「はい。任せてください」
それから仕上げた商品をケースに陳列していき、店を開ける準備まで整った。開店時間の午前十時までには、まだ一時間程の余裕があった。神谷さんの指示に従って、黙々と動き続ける。
「あなたのこと、疑ってた。ごめんなさい」
朝の準備を終えて店が開店できるようになった頃、神谷さんが僕に申し訳なさそうに謝ってきた。
「いえいえ、全然気にしてませんよ!」
神谷さんの本当に申し訳ないという顔を見ていると、とてつもない罪悪感にかられてしまう。そんな顔をしてほしくないと思いながら、気にしていないことをアピールする。だけど、神谷さんの表情は暗いまま。
「本当にごめんなさい。私、昔にちょっとあって男の人に対して苦手意識が強くて……。でも、あなたは少し違っているみたい。さっき手伝ってもらった時に見せてくれた手際とか表情とか見ていたら、私の苦手な男の人とは全然違うみたい」
どうやら神谷さんは過去に何かあって、男性に強い不信感を抱いて、警戒していたようだ。男性である僕に対して、壁を作って接していた。
けれど僕が先ほど手伝いをしていた時の手つきを見て、そして今までの僕の行動を振り返って丁寧に接していたことを思い出してくれて、そんな人物につっけんどんな態度をしてしまったことを謝られてしまった。
「大丈夫です、わかってもらえただけで十分です。これから3ヶ月、よろしくお願いしますね」
「ありがとう。改めて、これからよろしくね」
神谷さんの表情が、初めて本当に和らいだ。転移前の世界で見た、あの優しい笑顔に近づいたような気がして、僕の心も軽くなった。
あんな態度だった原因が判明してホッとする。どうやら転移前の記憶にある神谷さんと同じように、本当にお菓子作りが大好きなようだ。そんなお菓子作りを通して、僕のことを理解してもらえたことが嬉しかった。神谷さんとの心の距離を少しだけ縮めることができた。
こうして、朝のうちから色々とありながらもクローリス洋菓子店の開店時間である午前十時に差し掛かったので、神谷さんは正面の扉を開いてお店をオープンさせた。
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