42 / 50
第42話 お前の罪※ロデリック視点
しおりを挟む
公爵の書斎は、いつも以上に重苦しい空気に満ちていた。
机の上に置かれた、あの膨大な資料の数々。おそらく、セラフィナの物なのだろう。なんとなく見覚えがある。以前、婚約者だった頃、パーティーの準備で彼女から説明を受けた時に。
几帳面な文字で細かく書き込まれた、あの計画書。それを、イザベラが隠し持っていた。眼の前に出されて、彼女は焦った表情を浮かべている。震える唇、血の気の引いた顔。
その理由は、やはり。
俺は心の奥底で、予感していた。でも、実際に目の当たりにすると、かなり衝撃がある。胸が重く、息が詰まるような感覚。
イザベラを信じたいと思っていた。けれど、一縷の希望が完全に消えた。
彼女を疑っていた自分への罪悪感があった。けれど、疑念は正しかったのだ。いや、疑念どころか、真実だった。
信じていたのに。
君のことを、信じたかったのに。
セラフィナではなく、イザベラを選んでしまった。公開の場で婚約を破棄してまで、イザベラの味方になった。セラフィナを責め、傷つけた。
それなのに、俺の判断が、完全に間違っていたことに落胆する。いや、落胆という言葉では足りない。自分の愚かさに、絶望にも似た感情が湧き上がる。
疑念が膨らみ続けて、もう耐えられなくなった日のことを思い出す。
イザベラの運営するパーティーを見た時に、何かがおかしいと感じていた。前回はセラフィナのやり方と似ていると思った。
そして俺は、父の書斎を訪ねた。
「イザベラのことで、調べてほしいことがあります」
そう切り出した時、父は何も言わなかった。ただ、静かに頷いただけだった。
「事実が分かれば、報告する」
低く、重い声だった。
それから父は、当主として密かに調査を進めてくれていたようだ。
そして今、その結果が目の前にある。
証拠を取り出した父は感情を一切表に出さない。ただ事実だけを見ている。冷徹なまでに冷静な目で、イザベラに突きつける。
そして、俺に対しても——容赦がない雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。そんな視線が、時折俺にも向けられる。
俺は、イザベラの方を見た。
彼女は震えている。血の気が引いた顔で、資料を見つめている。唇が震え、目が泳いでいる。汗が額に浮かんでいる。
その姿を見て、俺の中で何かが弾けた。
「君の言っていたことは、嘘だった」
声が震えている。抑えきれない怒りが、喉から溢れ出す。裏切られたという思い、騙されていたという屈辱、そして何より、自分の愚かさへの怒りが混ざり合って、胸の中で渦巻いている。
「こんな物が出てくるなんて」
体をイザベラの方に向けて、俺は彼女を責める。一歩、また一歩と彼女に近づく。
「信じていたのに。君のことを、信じたかったのに」
本当に、信じたかったんだ。これは嘘じゃない。君の涙を、君の言葉を、君の全てを受け入れて。セラフィナを責めてまで、君の味方になったのに。
イザベラが顔を上げる。
「ち、違う! これは違うの!」
彼女は必死に首を振った。
「誤解よ。これは、お姉様のものだけど——」
「内容を模倣して、アイデアを盗んだんだろう」
彼女の言葉を遮り、言い放った。もう、彼女の言い訳を聞きたくなかった。どんな言葉も、もう信じられない。
「これは資料を参考にしただけで、模倣とか盗んだわけじゃない」
声が裏返っている。完全にパニックだ。額の汗が、頬を伝って落ちる。
「お姉様が、貸してくれたの」
「嘘をつくな」
イザベラの目を、じっと見つめる。やっぱり、信じられない。
「いえ、見せてくれただけで……その、参考にしても良いって……」
イザベラの言葉が、どんどん支離滅裂になっていく。明らかに嘘をついている。その場しのぎの言い訳を、必死に繋ぎ合わせている。
その言葉に、父からの補足が入る。
「アルトヴェール侯爵から、保管していた資料が無くなったという報告があった」
父の声は、相変わらず低く、重い。
「資料が無くなったのは、君が実家の屋敷に戻った、その後のことらしいが」
「つまり、その時に資料を持ち出したのか」
そう言うと、イザベラが一歩後ずさる。
「貸してくれたものなら、堂々と持っていればいい。隠していたのは、盗んだからだろう」
違うか? 違うというなら、説明してみろ。なぜ隠していたんだ。イザベラは何も言えなくなった。ただ、唇を震わせている。
「俺は君を守ろうとした」
胸の奥から、熱い感情が込み上げてくる。
「セラフィナを責めてまで、君の味方になった」
あの日のことが、鮮明に蘇る。パーティーの真っ最中、大勢の招待客の前で、セラフィナを責め立てた。彼女の冷静な表情。「今は招待した皆様への配慮が」と言った、あの正しい言葉。それを無視して、俺は婚約破棄を強行した。
「なのに、君は俺を騙していたのか」
がっかりだ。本当に、がっかりだ。こんなにも、人を信じて裏切られるというのは、こんなにも辛いものなのか。
「君は、そういう人間だったのか」
俺が知っているイザベラは、どこに行ってしまったのか。
可愛くて、素直で、俺に頼ってくれた——あの子は、最初から存在しなかった。ただ、俺を騙していただけだった。涙も、言葉も、全てが演技だった。
「私は……」
イザベラが口を開きかけて、しかし何も言えず、口を閉ざす。言い訳を探しているのか。それとも、もう諦めたのか。
「ロデリック」
その時、父がゆっくりと俺の名前を呼んだ。
「先程から、イザベラのことだけ責めているようだが。お前の罪が無くなったわけではない」
父の厳しい視線が、俺にも向けられる。
「え……?」
「こうなった責任は、お前にもあるだろう」
俺は、思わず父を見た。何を言っているんだ。俺の罪? 俺は、騙されていただけじゃないか。イザベラに、嘘をつかれて。
「ロデリック。お前も、この事態を招いた一人だ」
何を、言っているんだ。俺の責任? この事態を招いた一人? そんなはずない。俺は被害者のはずだ。イザベラに騙されて、セラフィナとの婚約関係を失って、ヴァンデルディング家の名誉まで傷つけられて。
机の上に置かれた、あの膨大な資料の数々。おそらく、セラフィナの物なのだろう。なんとなく見覚えがある。以前、婚約者だった頃、パーティーの準備で彼女から説明を受けた時に。
几帳面な文字で細かく書き込まれた、あの計画書。それを、イザベラが隠し持っていた。眼の前に出されて、彼女は焦った表情を浮かべている。震える唇、血の気の引いた顔。
その理由は、やはり。
俺は心の奥底で、予感していた。でも、実際に目の当たりにすると、かなり衝撃がある。胸が重く、息が詰まるような感覚。
イザベラを信じたいと思っていた。けれど、一縷の希望が完全に消えた。
彼女を疑っていた自分への罪悪感があった。けれど、疑念は正しかったのだ。いや、疑念どころか、真実だった。
信じていたのに。
君のことを、信じたかったのに。
セラフィナではなく、イザベラを選んでしまった。公開の場で婚約を破棄してまで、イザベラの味方になった。セラフィナを責め、傷つけた。
それなのに、俺の判断が、完全に間違っていたことに落胆する。いや、落胆という言葉では足りない。自分の愚かさに、絶望にも似た感情が湧き上がる。
疑念が膨らみ続けて、もう耐えられなくなった日のことを思い出す。
イザベラの運営するパーティーを見た時に、何かがおかしいと感じていた。前回はセラフィナのやり方と似ていると思った。
そして俺は、父の書斎を訪ねた。
「イザベラのことで、調べてほしいことがあります」
そう切り出した時、父は何も言わなかった。ただ、静かに頷いただけだった。
「事実が分かれば、報告する」
低く、重い声だった。
それから父は、当主として密かに調査を進めてくれていたようだ。
そして今、その結果が目の前にある。
証拠を取り出した父は感情を一切表に出さない。ただ事実だけを見ている。冷徹なまでに冷静な目で、イザベラに突きつける。
そして、俺に対しても——容赦がない雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。そんな視線が、時折俺にも向けられる。
俺は、イザベラの方を見た。
彼女は震えている。血の気が引いた顔で、資料を見つめている。唇が震え、目が泳いでいる。汗が額に浮かんでいる。
その姿を見て、俺の中で何かが弾けた。
「君の言っていたことは、嘘だった」
声が震えている。抑えきれない怒りが、喉から溢れ出す。裏切られたという思い、騙されていたという屈辱、そして何より、自分の愚かさへの怒りが混ざり合って、胸の中で渦巻いている。
「こんな物が出てくるなんて」
体をイザベラの方に向けて、俺は彼女を責める。一歩、また一歩と彼女に近づく。
「信じていたのに。君のことを、信じたかったのに」
本当に、信じたかったんだ。これは嘘じゃない。君の涙を、君の言葉を、君の全てを受け入れて。セラフィナを責めてまで、君の味方になったのに。
イザベラが顔を上げる。
「ち、違う! これは違うの!」
彼女は必死に首を振った。
「誤解よ。これは、お姉様のものだけど——」
「内容を模倣して、アイデアを盗んだんだろう」
彼女の言葉を遮り、言い放った。もう、彼女の言い訳を聞きたくなかった。どんな言葉も、もう信じられない。
「これは資料を参考にしただけで、模倣とか盗んだわけじゃない」
声が裏返っている。完全にパニックだ。額の汗が、頬を伝って落ちる。
「お姉様が、貸してくれたの」
「嘘をつくな」
イザベラの目を、じっと見つめる。やっぱり、信じられない。
「いえ、見せてくれただけで……その、参考にしても良いって……」
イザベラの言葉が、どんどん支離滅裂になっていく。明らかに嘘をついている。その場しのぎの言い訳を、必死に繋ぎ合わせている。
その言葉に、父からの補足が入る。
「アルトヴェール侯爵から、保管していた資料が無くなったという報告があった」
父の声は、相変わらず低く、重い。
「資料が無くなったのは、君が実家の屋敷に戻った、その後のことらしいが」
「つまり、その時に資料を持ち出したのか」
そう言うと、イザベラが一歩後ずさる。
「貸してくれたものなら、堂々と持っていればいい。隠していたのは、盗んだからだろう」
違うか? 違うというなら、説明してみろ。なぜ隠していたんだ。イザベラは何も言えなくなった。ただ、唇を震わせている。
「俺は君を守ろうとした」
胸の奥から、熱い感情が込み上げてくる。
「セラフィナを責めてまで、君の味方になった」
あの日のことが、鮮明に蘇る。パーティーの真っ最中、大勢の招待客の前で、セラフィナを責め立てた。彼女の冷静な表情。「今は招待した皆様への配慮が」と言った、あの正しい言葉。それを無視して、俺は婚約破棄を強行した。
「なのに、君は俺を騙していたのか」
がっかりだ。本当に、がっかりだ。こんなにも、人を信じて裏切られるというのは、こんなにも辛いものなのか。
「君は、そういう人間だったのか」
俺が知っているイザベラは、どこに行ってしまったのか。
可愛くて、素直で、俺に頼ってくれた——あの子は、最初から存在しなかった。ただ、俺を騙していただけだった。涙も、言葉も、全てが演技だった。
「私は……」
イザベラが口を開きかけて、しかし何も言えず、口を閉ざす。言い訳を探しているのか。それとも、もう諦めたのか。
「ロデリック」
その時、父がゆっくりと俺の名前を呼んだ。
「先程から、イザベラのことだけ責めているようだが。お前の罪が無くなったわけではない」
父の厳しい視線が、俺にも向けられる。
「え……?」
「こうなった責任は、お前にもあるだろう」
俺は、思わず父を見た。何を言っているんだ。俺の罪? 俺は、騙されていただけじゃないか。イザベラに、嘘をつかれて。
「ロデリック。お前も、この事態を招いた一人だ」
何を、言っているんだ。俺の責任? この事態を招いた一人? そんなはずない。俺は被害者のはずだ。イザベラに騙されて、セラフィナとの婚約関係を失って、ヴァンデルディング家の名誉まで傷つけられて。
1,699
あなたにおすすめの小説
〖完結〗残念ですが、お義姉様はこの侯爵家を継ぐことは出来ません。
藍川みいな
恋愛
五年間婚約していたジョゼフ様に、学園の中庭に呼び出され婚約破棄を告げられた。その隣でなぜか私に怯える義姉のバーバラの姿があった。
バーバラは私にいじめられたと嘘をつき、婚約者を奪った。
五年も婚約していたのに、私ではなく、バーバラの嘘を信じた婚約者。学園の生徒達も彼女の嘘を信じ、親友だと思っていた人にまで裏切られた。
バーバラの目的は、ワイヤット侯爵家を継ぐことのようだ。
だが、彼女には絶対に継ぐことは出来ない。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
感想の返信が出来ず、申し訳ありません。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
妹ばかり見ている婚約者はもういりません
水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。
自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。
そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。
さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。
◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐
◆小説家になろうにも投稿しています
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!
パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる