67 / 87
第十二章 揺れ動く心
第六十七話 時すでに遅し?
しおりを挟む
馬車に揺られ数時間。
トリジア王国王家の上質な座面だったとはいえ割と痛くなった腰を擦りながら、ギルバートは数日ぶりに王宮へと降り立った。
公務を終え、ようやく帰国に至ったのだ。
すると一人の執事が、ハリスに耳打ちをしている様子が目に入る。
何かあったのかと疑問に思う間も無く、ハリスは主に告げた。
「ルーサー様がいらっしゃっているそうです」
「え」
突然の親友の来訪。用件で思い当たることと言えば一つしかない。
ギルバートは早速、応接間で待っているらしい彼を自室へ呼ぶことにした。
「ひとまずお帰り、ギルバート」
「あ、ああ。ただいま」
何を言われるんだとやや不安げなギルバート。
しかしルーサーは、真剣な顔をしつつも落ち着いている。落ち着かなければやっていられないようなことが起きた可能性もあるが。
「帰国そうそうに来て悪い」
「いや、大丈夫」
最近は、数日に一度顔を出していたルーサー。
もはや会わない方が違和感を覚える境地に立っているような気がする。そんなことを思いながら、ギルバートは親友の向かい側に腰を下ろした。
「クラウス殿下との対面はどうだった?」
「上々だと思うよ。良い関係が築けそうだ」
一昨日の対面を思い返しながらそう答える。
ソル王国のクラウス殿下とは、実は二度目の対面だった。といっても一度目の対面は十二年前。当時十歳のクラウス殿下がトリジア王国にやって来た時に、軽く会話をした程度だ。
あの頃すでに彼がトリジア語で日常会話ができていたのは、今思えば相当外交官向きである。
十二年ぶりの再会という実質初対面とほぼ変わらない状況で、クラウス殿下は予想以上に好意的にギルバートを出迎えてくれた。
『久しぶりだね、ギルバート』
『お久しぶりです、クラウス殿下』
恭しく礼をすると、なぜか悲しそうな顔をされた。
『昔は可愛かったのに』
『え?』
困惑するギルバートをよそに、クラウス殿下は一人で過去を語り出した。「こっそり兄上と呼ばせていた」やら、「ちっこくて雛みたいだった」やら。
どうやら、彼の方が当時のことをよく覚えているらしい。
『ま、無理もないな。ギルバートは六歳だったし』
『はあ』
申し訳ありません、と謝ると、クラウス殿下はもっと悲しそうな顔を浮かべた。
『そういうのは良いから!堅苦しいのは止めよう!』
こんな人だったかなと過去の記憶を辿るが、何せほとんど覚えていないので分からない。
ギルバートは、目の前でぶんぶんと首を横に振る彼に従うことにした。
『しかしまあ、でかくなったな』
どこぞの親戚かと聞き間違えそうな声色で、そう口を開くクラウス殿下。
『俺が二十二ってことは、ギルバートは十八か』
『はい』
『それはそれは、立派な王太子になって……』
巣立っていく子供に感激する母のような台詞である。反応に困っていると、不意にクラウス殿下は言った。
『あ、そうそう。俺ももうすぐ立太子することになったんだ』
『そうなんですね。おめでとうございます』
『ありがと。次会う時にはクラウス王太子殿下になってるだろうけど、今後もよろしく』
『こちらこそ、よろしくお願いいたします』
恭しく頭を下げると再び悲痛な面持ちにさせてしまったが、ともかく対面は無事に終わった。
「なかなかに不思議な御方なんだな」
対面の様子を軽く話したギルバートに、ルーサーは苦笑する。
「まあでも、ある意味リゼ王女は興味を引かれるだろうな」
「確かに」
それどころか、あの感じだとリゼ王女が振り回されることになるかもしれない。想像したところで、ふとギルバートは大事なことを思い出した。
「そういえば、シャーロットのことで何か伝えにきたんじゃないのか?」
「……ああ、そうだよ」
ルーサーはソファに座り直した後、口を開いた。
「彼女、トンプソン伯爵子息と出かけたって」
一瞬、思考が停止した。
「……ん?」
「今頃二人で散策でもしてるかもな」
「え」
今。今?
「それはつまり、シャーロットが伯爵子息との婚約を本格的に考え始めたってことか……?」
「断定はできないが、可能性はかなり高いぞ」
ギルバートは青ざめた。
ルーサーを見ると、真顔でただ座っている。普段のように冗談を言わないあたり、相当まずい事態になっているらしい。
せっかくリゼ王女を遠ざける方法が見つかったというのに、シャーロットの気持ちがこちらに向いていなければこの解決策は意味を成さない。
まさかもう、遅かったのだろうか。
テーブルを見つめて動かないギルバートに、ルーサーは言った。
「まだ終わってないよ」
その言葉に、ギルバートの視線がゆっくりと上を向く。親友の顔に辿り着いたところで、その動きは止まった。
「これからどうするか、どうしたいか。決めるのはギルバートだ」
「どうしたいか……」
彼は、両手を組んで静かに考え込んだ。
トリジア王国王家の上質な座面だったとはいえ割と痛くなった腰を擦りながら、ギルバートは数日ぶりに王宮へと降り立った。
公務を終え、ようやく帰国に至ったのだ。
すると一人の執事が、ハリスに耳打ちをしている様子が目に入る。
何かあったのかと疑問に思う間も無く、ハリスは主に告げた。
「ルーサー様がいらっしゃっているそうです」
「え」
突然の親友の来訪。用件で思い当たることと言えば一つしかない。
ギルバートは早速、応接間で待っているらしい彼を自室へ呼ぶことにした。
「ひとまずお帰り、ギルバート」
「あ、ああ。ただいま」
何を言われるんだとやや不安げなギルバート。
しかしルーサーは、真剣な顔をしつつも落ち着いている。落ち着かなければやっていられないようなことが起きた可能性もあるが。
「帰国そうそうに来て悪い」
「いや、大丈夫」
最近は、数日に一度顔を出していたルーサー。
もはや会わない方が違和感を覚える境地に立っているような気がする。そんなことを思いながら、ギルバートは親友の向かい側に腰を下ろした。
「クラウス殿下との対面はどうだった?」
「上々だと思うよ。良い関係が築けそうだ」
一昨日の対面を思い返しながらそう答える。
ソル王国のクラウス殿下とは、実は二度目の対面だった。といっても一度目の対面は十二年前。当時十歳のクラウス殿下がトリジア王国にやって来た時に、軽く会話をした程度だ。
あの頃すでに彼がトリジア語で日常会話ができていたのは、今思えば相当外交官向きである。
十二年ぶりの再会という実質初対面とほぼ変わらない状況で、クラウス殿下は予想以上に好意的にギルバートを出迎えてくれた。
『久しぶりだね、ギルバート』
『お久しぶりです、クラウス殿下』
恭しく礼をすると、なぜか悲しそうな顔をされた。
『昔は可愛かったのに』
『え?』
困惑するギルバートをよそに、クラウス殿下は一人で過去を語り出した。「こっそり兄上と呼ばせていた」やら、「ちっこくて雛みたいだった」やら。
どうやら、彼の方が当時のことをよく覚えているらしい。
『ま、無理もないな。ギルバートは六歳だったし』
『はあ』
申し訳ありません、と謝ると、クラウス殿下はもっと悲しそうな顔を浮かべた。
『そういうのは良いから!堅苦しいのは止めよう!』
こんな人だったかなと過去の記憶を辿るが、何せほとんど覚えていないので分からない。
ギルバートは、目の前でぶんぶんと首を横に振る彼に従うことにした。
『しかしまあ、でかくなったな』
どこぞの親戚かと聞き間違えそうな声色で、そう口を開くクラウス殿下。
『俺が二十二ってことは、ギルバートは十八か』
『はい』
『それはそれは、立派な王太子になって……』
巣立っていく子供に感激する母のような台詞である。反応に困っていると、不意にクラウス殿下は言った。
『あ、そうそう。俺ももうすぐ立太子することになったんだ』
『そうなんですね。おめでとうございます』
『ありがと。次会う時にはクラウス王太子殿下になってるだろうけど、今後もよろしく』
『こちらこそ、よろしくお願いいたします』
恭しく頭を下げると再び悲痛な面持ちにさせてしまったが、ともかく対面は無事に終わった。
「なかなかに不思議な御方なんだな」
対面の様子を軽く話したギルバートに、ルーサーは苦笑する。
「まあでも、ある意味リゼ王女は興味を引かれるだろうな」
「確かに」
それどころか、あの感じだとリゼ王女が振り回されることになるかもしれない。想像したところで、ふとギルバートは大事なことを思い出した。
「そういえば、シャーロットのことで何か伝えにきたんじゃないのか?」
「……ああ、そうだよ」
ルーサーはソファに座り直した後、口を開いた。
「彼女、トンプソン伯爵子息と出かけたって」
一瞬、思考が停止した。
「……ん?」
「今頃二人で散策でもしてるかもな」
「え」
今。今?
「それはつまり、シャーロットが伯爵子息との婚約を本格的に考え始めたってことか……?」
「断定はできないが、可能性はかなり高いぞ」
ギルバートは青ざめた。
ルーサーを見ると、真顔でただ座っている。普段のように冗談を言わないあたり、相当まずい事態になっているらしい。
せっかくリゼ王女を遠ざける方法が見つかったというのに、シャーロットの気持ちがこちらに向いていなければこの解決策は意味を成さない。
まさかもう、遅かったのだろうか。
テーブルを見つめて動かないギルバートに、ルーサーは言った。
「まだ終わってないよ」
その言葉に、ギルバートの視線がゆっくりと上を向く。親友の顔に辿り着いたところで、その動きは止まった。
「これからどうするか、どうしたいか。決めるのはギルバートだ」
「どうしたいか……」
彼は、両手を組んで静かに考え込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
【完結】竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました
七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。
「お前は俺のものだろ?」
次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー!
※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。
※全60話程度で完結の予定です。
※いいね&お気に入り登録励みになります!
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる