伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十二章 揺れ動く心

第六十七話 時すでに遅し?

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 馬車に揺られ数時間。

 トリジア王国王家の上質な座面だったとはいえ割と痛くなった腰を擦りながら、ギルバートは数日ぶりに王宮へと降り立った。
 公務を終え、ようやく帰国に至ったのだ。

 すると一人の執事が、ハリスに耳打ちをしている様子が目に入る。

 何かあったのかと疑問に思う間も無く、ハリスは主に告げた。

「ルーサー様がいらっしゃっているそうです」
「え」

 突然の親友の来訪。用件で思い当たることと言えば一つしかない。
 ギルバートは早速、応接間で待っているらしい彼を自室へ呼ぶことにした。

「ひとまずお帰り、ギルバート」
「あ、ああ。ただいま」

 何を言われるんだとやや不安げなギルバート。

 しかしルーサーは、真剣な顔をしつつも落ち着いている。落ち着かなければやっていられないようなことが起きた可能性もあるが。

「帰国そうそうに来て悪い」
「いや、大丈夫」

 最近は、数日に一度顔を出していたルーサー。
 もはや会わない方が違和感を覚える境地に立っているような気がする。そんなことを思いながら、ギルバートは親友の向かい側に腰を下ろした。

「クラウス殿下との対面はどうだった?」
「上々だと思うよ。良い関係が築けそうだ」

 一昨日の対面を思い返しながらそう答える。

 ソル王国のクラウス殿下とは、実は二度目の対面だった。といっても一度目の対面は十二年前。当時十歳のクラウス殿下がトリジア王国にやって来た時に、軽く会話をした程度だ。

 あの頃すでに彼がトリジア語で日常会話ができていたのは、今思えば相当外交官向きである。

 十二年ぶりの再会という実質初対面とほぼ変わらない状況で、クラウス殿下は予想以上に好意的にギルバートを出迎えてくれた。

『久しぶりだね、ギルバート』
『お久しぶりです、クラウス殿下』

 恭しく礼をすると、なぜか悲しそうな顔をされた。

『昔は可愛かったのに』
『え?』

 困惑するギルバートをよそに、クラウス殿下は一人で過去を語り出した。「こっそり兄上と呼ばせていた」やら、「ちっこくて雛みたいだった」やら。

 どうやら、彼の方が当時のことをよく覚えているらしい。

『ま、無理もないな。ギルバートは六歳だったし』
『はあ』

 申し訳ありません、と謝ると、クラウス殿下はもっと悲しそうな顔を浮かべた。

『そういうのは良いから!堅苦しいのは止めよう!』

 こんな人だったかなと過去の記憶を辿るが、何せほとんど覚えていないので分からない。
 ギルバートは、目の前でぶんぶんと首を横に振る彼に従うことにした。

『しかしまあ、でかくなったな』

 どこぞの親戚かと聞き間違えそうな声色で、そう口を開くクラウス殿下。

『俺が二十二ってことは、ギルバートは十八か』
『はい』
『それはそれは、立派な王太子になって……』

 巣立っていく子供に感激する母のような台詞である。反応に困っていると、不意にクラウス殿下は言った。

『あ、そうそう。俺ももうすぐ立太子することになったんだ』
『そうなんですね。おめでとうございます』
『ありがと。次会う時にはクラウス王太子殿下になってるだろうけど、今後もよろしく』
『こちらこそ、よろしくお願いいたします』

 恭しく頭を下げると再び悲痛な面持ちにさせてしまったが、ともかく対面は無事に終わった。

「なかなかに不思議な御方なんだな」

 対面の様子を軽く話したギルバートに、ルーサーは苦笑する。

「まあでも、ある意味リゼ王女は興味を引かれるだろうな」
「確かに」

 それどころか、あの感じだとリゼ王女が振り回されることになるかもしれない。想像したところで、ふとギルバートは大事なことを思い出した。

「そういえば、シャーロットのことで何か伝えにきたんじゃないのか?」
「……ああ、そうだよ」

 ルーサーはソファに座り直した後、口を開いた。

「彼女、トンプソン伯爵子息と出かけたって」

 一瞬、思考が停止した。

「……ん?」
「今頃二人で散策でもしてるかもな」
「え」

 今。今?

「それはつまり、シャーロットが伯爵子息との婚約を本格的に考え始めたってことか……?」
「断定はできないが、可能性はかなり高いぞ」

 ギルバートは青ざめた。

 ルーサーを見ると、真顔でただ座っている。普段のように冗談を言わないあたり、相当まずい事態になっているらしい。

 せっかくリゼ王女を遠ざける方法が見つかったというのに、シャーロットの気持ちがこちらに向いていなければこの解決策は意味を成さない。

 まさかもう、遅かったのだろうか。

 テーブルを見つめて動かないギルバートに、ルーサーは言った。

「まだ終わってないよ」

 その言葉に、ギルバートの視線がゆっくりと上を向く。親友の顔に辿り着いたところで、その動きは止まった。

「これからどうするか、どうしたいか。決めるのはギルバートだ」
「どうしたいか……」

 彼は、両手を組んで静かに考え込んだ。
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