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第十二章 揺れ動く心
第六十七話 答えを出すために
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「どうしましょう、ジェシカ様」
オルドリッジ公爵邸にて。ナタリーは焦りを含んだ声で狼狽えた。
「一旦落ち着いて。もうすぐルーサーが来るわ。彼に言ったら良い案が出るかもしれないし」
「は、はい」
ジェシカの言葉に、おとなしく椅子に座るナタリー。
ちょうどその時、邸の前に馬車が停まった。応対すべく、ジェシカが立ち上がる。侍女に聞かずとも、誰なのかは分かった。
「ルーサー、いらっしゃい。来てくれてありがとう」
「ああ。それで話というのは、フォード伯爵令嬢のことだよね」
部屋に迎え入れられたルーサーは、ジェシカの隣に腰を下ろしつつ尋ねた。口を開けば皮肉交じりだった二人の会話も、この事態には、なりを潜めている。
その場にいる三人が皆、いつになく緊迫した表情を浮かべていた。
「あの子、いよいよ本格的にトンプソン伯爵子息のことを意識し始めたかもしれないの」
「……そうか」
単刀直入に告げたジェシカ。ルーサーは、とうとうこの時が来てしまったかと頭を抱えた。
「俺が……いや、ギルバートに言ってもらった方が良いのか。それとも……」
俯いたまま対策を呟くルーサーに、ナタリーが口を開く。
「本当に、シャーロットは殿下のことを諦めるつもりなんでしょうか……」
希望の色が随分と薄らいでいるのは、この状況では仕方のないことだと、皆分かっていた。
こちらがいくらあの二人を引き合わせようとしても、当事者であるシャーロットの気持ちが揺らいでいる以上、上手くいく確率は下がる。強引に事を進めるわけにもいかず、慎重にならざるを得なかった。
「ところで彼女、今日はどうしてる?」
「王立図書館で調べものをしていると思うわ。たぶん建設事業のことだから、トンプソン伯爵子息も一緒にいるかも」
「……事業で関わるんだから、こっちがどうにかできることでも無いよな」
はあ、とため息をつく一同。
「こんな時にギルバートがいれば」
ルーサーは嘆いた。
実は今日、ギルバートは王太子としての公務で不在なのだ。
「ええと、ソル王国のクラウス殿下とお会いになるんでしたっけ」
ナタリーに問いかけられ、頷く。
クラウス殿下は数日前に留学先から帰国し、ソル王国で王族として外交に携わり始めたばかりだった。
トリジア王国はソル王国にとって、森を隔てた隣同士の国。今後の友好の証として、ソル王国側は最初にトリジア王国の王族と対面することにしたらしい。
クラウス殿下は次期国王の最有力候補だということで、トリジア王国の次期国王である王太子ギルバートに面会の打診が来たのだった。
対面場所はソル王国の王宮。そこに向かったギルバートは、数日後まで帰ってこられない。
「今の状況は俺からギルバートに伝えておく。その後どうするかは……あいつに委ねよう」
ルーサーの言葉に、ジェシカとナタリーは頷いた。
その日の夕方。
「ただいま~」
「お帰り、姉上」
シャーロットが王立図書館から戻ってくると、弟のウィルフレッドが出迎えてくれた。
「姉上、お仕事また忙しそうだね」
幼いながらに気遣わしげな視線を向けるウィルフレッド。
姉から、今日も建設事業のための勉強として情報収集をしてくると聞いていた。楽しそうに事業のことを話す姿は尊敬できるものの、以前体調を崩していることもあり心配だ。
「……ありがとう、でも大丈夫よ。トンプソン伯爵子息もいるし、助け合いながら頑張っていくわ」
シャーロットは、安心させられるようにそう告げる。
実際、トンプソン伯爵子息はとても気にかけてくれていた。王立図書館で多くの書物を運んでいる時には進んで代わりに運んでくれた上、負担があれば作業を分担しようと申し出てくれる。
「王太子殿下は?」
ふと、ウィルフレッドが尋ねた。シャーロットを見上げるその瞳は、つぶらで純粋だ。
「殿下は……」
思わず、言葉に詰まる。弟がどのような意図でその質問をしたのか、分からなかったからだ。
ウィルフレッドは、時々核心をつくようなことを聞いてくることがある。基本的におっとりしていても鋭い観察眼を持っているのは、父親とよく似ていた。将来の伯爵家当主としての側面が、すでに表れ始めているのだろう。
弟は、姉である自分の本心を見抜いているのではないか。シャーロットはそう思わざるを得ないのだ。
まだ十歳。されど十歳。純粋な少年の中に、大人びた何かが混ざっていた。
「……殿下は、公務に行っていらっしゃるの。ご不在の間、私達ができることをやらなきゃいけないわ」
と言っても数日後には戻ってくるみたいだけれどね、とシャーロットは微笑む。
「そうなんだね」
ウィルフレッドはそれ以上、踏み込んでこなかった。そしてその代わりに、新たな核心に迫ってきた。
「トンプソン伯爵子息と、何かあったの?」
「……!」
はっと息をのむシャーロット。再び弟を見つめる。純粋な顔の中には、やはり真実を見抜く不思議な何かが宿っていた。
「……彼、私が婚約解消したことを感じ取ったみたいなの」
シャーロットはぽつりと呟く。
もっともパトリックは、リゼ王女からの極秘任務を悟られないようにするべく「庭園でのフォード伯爵令嬢の様子で何となく分かった」という体にしていたのだが、シャーロットはそれを知らない。
「それで……」
彼女は言葉を続ける。
「彼から、もっと仲を深める機会が欲しいと言われたわ」
ウィルフレッドは姉の話を、黙って聞いていた。
「それで今度、一緒に劇場でも行きませんかって誘われたの」
嬉しいとも迷惑とも取れない表情。
そこでウィルフレッドは口を開いた。
「姉上、迷ってる?」
「……そうね」
夕日に照らされた彼女は、眉根を下げて笑っている。
「整理がつかないの」
窓の外を眺めながら、そう話した。
「次に行かなきゃって、分かってはいるのよ」
自分はすでに婚約解消をした身だ。新たな出会いを探しに行く段階に立っている。だからせっかく男性恐怖症が克服できた今、思う存分婚活に勤しむことができる。
そんな時にやって来た、トンプソン伯爵子息からのデートの誘い。この機会を活かさぬ手は無かった。無い、はずだった。
「でも、なかなか踏み出せない。良い人だとは思うんだけど」
ウィルフレッドは、姉の心にあの人の姿が残っていることを悟った。
「それならさ、姉上。こういうのはどう?」
まだ自分には、恋愛のいろはは分からない。それでもウィルフレッドは考えた。姉の幸せを、応援するために。
「劇場、行ってみようよ」
「え?」
「行ってみたら、何か答えが出るかもしれないよ」
迷っている。それはすなわち、判断するための材料が出揃っていないことを意味する。
今の姉に必要なのはきっと、確信を得ることだ。トンプソン伯爵子息と一緒に過ごす時間を増やせば、彼に惹かれるかどうかが分かるはず。そして同時に、あの人を諦められるかどうかも、そこで明らかになるだろう。
「答え、か」
シャーロットは反芻した。
「分かった。行ってみる」
ウィルフレッドに背中を押された彼女は、ひとまず誘いに乗ることに決めた。
自分の本当の気持ちを、確かめるために。
オルドリッジ公爵邸にて。ナタリーは焦りを含んだ声で狼狽えた。
「一旦落ち着いて。もうすぐルーサーが来るわ。彼に言ったら良い案が出るかもしれないし」
「は、はい」
ジェシカの言葉に、おとなしく椅子に座るナタリー。
ちょうどその時、邸の前に馬車が停まった。応対すべく、ジェシカが立ち上がる。侍女に聞かずとも、誰なのかは分かった。
「ルーサー、いらっしゃい。来てくれてありがとう」
「ああ。それで話というのは、フォード伯爵令嬢のことだよね」
部屋に迎え入れられたルーサーは、ジェシカの隣に腰を下ろしつつ尋ねた。口を開けば皮肉交じりだった二人の会話も、この事態には、なりを潜めている。
その場にいる三人が皆、いつになく緊迫した表情を浮かべていた。
「あの子、いよいよ本格的にトンプソン伯爵子息のことを意識し始めたかもしれないの」
「……そうか」
単刀直入に告げたジェシカ。ルーサーは、とうとうこの時が来てしまったかと頭を抱えた。
「俺が……いや、ギルバートに言ってもらった方が良いのか。それとも……」
俯いたまま対策を呟くルーサーに、ナタリーが口を開く。
「本当に、シャーロットは殿下のことを諦めるつもりなんでしょうか……」
希望の色が随分と薄らいでいるのは、この状況では仕方のないことだと、皆分かっていた。
こちらがいくらあの二人を引き合わせようとしても、当事者であるシャーロットの気持ちが揺らいでいる以上、上手くいく確率は下がる。強引に事を進めるわけにもいかず、慎重にならざるを得なかった。
「ところで彼女、今日はどうしてる?」
「王立図書館で調べものをしていると思うわ。たぶん建設事業のことだから、トンプソン伯爵子息も一緒にいるかも」
「……事業で関わるんだから、こっちがどうにかできることでも無いよな」
はあ、とため息をつく一同。
「こんな時にギルバートがいれば」
ルーサーは嘆いた。
実は今日、ギルバートは王太子としての公務で不在なのだ。
「ええと、ソル王国のクラウス殿下とお会いになるんでしたっけ」
ナタリーに問いかけられ、頷く。
クラウス殿下は数日前に留学先から帰国し、ソル王国で王族として外交に携わり始めたばかりだった。
トリジア王国はソル王国にとって、森を隔てた隣同士の国。今後の友好の証として、ソル王国側は最初にトリジア王国の王族と対面することにしたらしい。
クラウス殿下は次期国王の最有力候補だということで、トリジア王国の次期国王である王太子ギルバートに面会の打診が来たのだった。
対面場所はソル王国の王宮。そこに向かったギルバートは、数日後まで帰ってこられない。
「今の状況は俺からギルバートに伝えておく。その後どうするかは……あいつに委ねよう」
ルーサーの言葉に、ジェシカとナタリーは頷いた。
その日の夕方。
「ただいま~」
「お帰り、姉上」
シャーロットが王立図書館から戻ってくると、弟のウィルフレッドが出迎えてくれた。
「姉上、お仕事また忙しそうだね」
幼いながらに気遣わしげな視線を向けるウィルフレッド。
姉から、今日も建設事業のための勉強として情報収集をしてくると聞いていた。楽しそうに事業のことを話す姿は尊敬できるものの、以前体調を崩していることもあり心配だ。
「……ありがとう、でも大丈夫よ。トンプソン伯爵子息もいるし、助け合いながら頑張っていくわ」
シャーロットは、安心させられるようにそう告げる。
実際、トンプソン伯爵子息はとても気にかけてくれていた。王立図書館で多くの書物を運んでいる時には進んで代わりに運んでくれた上、負担があれば作業を分担しようと申し出てくれる。
「王太子殿下は?」
ふと、ウィルフレッドが尋ねた。シャーロットを見上げるその瞳は、つぶらで純粋だ。
「殿下は……」
思わず、言葉に詰まる。弟がどのような意図でその質問をしたのか、分からなかったからだ。
ウィルフレッドは、時々核心をつくようなことを聞いてくることがある。基本的におっとりしていても鋭い観察眼を持っているのは、父親とよく似ていた。将来の伯爵家当主としての側面が、すでに表れ始めているのだろう。
弟は、姉である自分の本心を見抜いているのではないか。シャーロットはそう思わざるを得ないのだ。
まだ十歳。されど十歳。純粋な少年の中に、大人びた何かが混ざっていた。
「……殿下は、公務に行っていらっしゃるの。ご不在の間、私達ができることをやらなきゃいけないわ」
と言っても数日後には戻ってくるみたいだけれどね、とシャーロットは微笑む。
「そうなんだね」
ウィルフレッドはそれ以上、踏み込んでこなかった。そしてその代わりに、新たな核心に迫ってきた。
「トンプソン伯爵子息と、何かあったの?」
「……!」
はっと息をのむシャーロット。再び弟を見つめる。純粋な顔の中には、やはり真実を見抜く不思議な何かが宿っていた。
「……彼、私が婚約解消したことを感じ取ったみたいなの」
シャーロットはぽつりと呟く。
もっともパトリックは、リゼ王女からの極秘任務を悟られないようにするべく「庭園でのフォード伯爵令嬢の様子で何となく分かった」という体にしていたのだが、シャーロットはそれを知らない。
「それで……」
彼女は言葉を続ける。
「彼から、もっと仲を深める機会が欲しいと言われたわ」
ウィルフレッドは姉の話を、黙って聞いていた。
「それで今度、一緒に劇場でも行きませんかって誘われたの」
嬉しいとも迷惑とも取れない表情。
そこでウィルフレッドは口を開いた。
「姉上、迷ってる?」
「……そうね」
夕日に照らされた彼女は、眉根を下げて笑っている。
「整理がつかないの」
窓の外を眺めながら、そう話した。
「次に行かなきゃって、分かってはいるのよ」
自分はすでに婚約解消をした身だ。新たな出会いを探しに行く段階に立っている。だからせっかく男性恐怖症が克服できた今、思う存分婚活に勤しむことができる。
そんな時にやって来た、トンプソン伯爵子息からのデートの誘い。この機会を活かさぬ手は無かった。無い、はずだった。
「でも、なかなか踏み出せない。良い人だとは思うんだけど」
ウィルフレッドは、姉の心にあの人の姿が残っていることを悟った。
「それならさ、姉上。こういうのはどう?」
まだ自分には、恋愛のいろはは分からない。それでもウィルフレッドは考えた。姉の幸せを、応援するために。
「劇場、行ってみようよ」
「え?」
「行ってみたら、何か答えが出るかもしれないよ」
迷っている。それはすなわち、判断するための材料が出揃っていないことを意味する。
今の姉に必要なのはきっと、確信を得ることだ。トンプソン伯爵子息と一緒に過ごす時間を増やせば、彼に惹かれるかどうかが分かるはず。そして同時に、あの人を諦められるかどうかも、そこで明らかになるだろう。
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