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第四章 窮地と平穏
第十九話 提案されました
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「シャーロット、調子はどうだ?」
王太子の訪れからしばらく経った後。他の参加者との最後の挨拶を済ませた両親が、応接室にやって来た。
「少し落ち着いてきたわ。お父様お母様、心配してくれてありがとう」
シャーロットの表情は、騒動の直後に見た時よりも、いくらか元気そうである。フォード伯爵夫妻はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、彼女の状況を考えると、まだ本調子ではないと思われる。しばらくは静養が必要になるかもしれない。
「トレス伯爵夫妻とナタリー嬢は、シャーロットの負担にならないようにと今日はお帰りになったよ。会いたそうにはしていたが」
「そうなのね。後でお礼の手紙を書くわ」
ナタリーもトレス伯爵夫妻も自身を心配してくれていると思うと、シャーロットは感謝の念で胸が一杯になった。
そしてそろそろ帰り支度をしようかという頃、伯爵夫人が口を開く。
「パーティーは終わったけれど……馬車に乗って帰るのは慌ただしいかしらね」
娘の様子を見つつ、伯爵も頷き考え込む。ここからフォード伯爵家のタウンハウスまでは、馬車で約一時間。
先程まで震えていたという娘には、落ち着いたとはいえまだ心理的な負担がかかっていることだろう。今から馬車に乗せて帰るには、些か憚られた。
「城下町で泊まる場所は──」
彼らが相談し始めた時、王太子が口を開く。
「もしよろしければ、王宮に泊まることもできますよ」
彼の口上に、夫妻は動きを止めた。互いに素早く視線を交わらせた後、伯爵が恐る恐る尋ねる。
「それは非常に有難いご提案ですが、よろしいのですか……?」
王宮に泊まらせていただくなど、滅相もないことだ。一伯爵令嬢の娘に対しては、破格の待遇である。
しかし、伯爵の問いに王太子は穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ。父の許可は下りています」
国王陛下も認めているとは、何とも幸甚な話である。有難い話過ぎるあまり、受け入れるのを躊躇ってしまいそうになるくらいだ。
しかし、と伯爵は思った。
王宮に宿泊できるならば、娘を一時間馬車に揺らせることはない。さらに、王宮専属女性医師がいると聞いているため、万が一娘に何かあった時でもひとまずは安心できる。
伯爵夫妻は再びお互いの目を合わせ、頷き合った。
「それじゃあ……お言葉に甘えようか、シャーロット」
「えっ?」
伯爵がシャーロットの同意を仰いだ。なぜか、王宮に泊まることが決定しそうな雰囲気になっている。
シャーロットは皆の視線を浴び、危うく流されそうになったものの、はっとして言葉を返した。
「それはさすがに申し訳ありませんし、馬車で帰ることはできると思うので──」
お気持ちだけ受け取っておきます、と王太子に告げようとしたが、伯爵夫人はそんな娘に不安げな表情で言った。
「もしかしたら、自分で思っているより疲れているのかもしれないわ。今日はゆっくりさせてもらいましょう?」
「え、ええと……」
「そうだな。王太子殿下の折角のご提案だ。泊まらせていただくことにしようか。私たちは先に帰るが」
「え、え?」
「そうね。私たちは帰るけど、シャーロットはここに泊まらせていただきなさい」
なぜだろう。騒動を受けて娘の心配をしているためか不安げな表情をしているものの、両親の目から有無を言わさぬ圧を感じる。
「わ、分かったわ」
従う以外の選択肢がないことを悟ったシャーロット。
こうして、両親の言われるがままに、彼女だけ王宮に泊まることになった。
「では……お世話になります」
この提案をしてくれた王太子に向かい、シャーロットは頭を下げる。
「殿下。この度はご提案いただき感謝いたします」
「娘を、どうぞよろしくお願いいたします」
フォード伯爵夫妻も、恭しく最敬礼をした。
帰り支度を済ませた彼らは、フローラが開けた扉を出ていく。最後に両親に小さく手を振られ、シャーロットもそれを返した。
「ねえ、どう思う?」
応接室を退出して長い廊下を進み、王宮の玄関口を出て馬車に乗り込んだフォード伯爵夫妻。少しの沈黙の後、ふいに伯爵夫人は口を開き、夫に尋ねた。
「そうだなあ」
何が、とは聞かなくとも分かる。伯爵は腕を組んで妻を見た。
「殿下は何か考えを持っていらっしゃるのだろうな」
シャーロットを王宮に留めた理由。ただ親切心で提案したとも、何か意図があって提案したとも考えられる。
しかし、伯爵夫妻は気にかかっていた。いくらシャーロットを案じてくれているとしても、些か手配が早過ぎはしないだろうかと。
シャーロットがロールズ侯爵子息に迫られたあの騒動から、まだ二時間も経っていない。その間ですら、自由に動ける時間は少なかったはずだ。
パーティー参加者との交流、そして最終挨拶などにより、国王陛下に宿泊の件を了承させることは困難だったのではと思われる。
余程根回しをしていない限り。
「「……」」
二人の脳裏に、ある可能性が浮かび上がった。
三か月前、王太子殿下を突き飛ばした娘を不問にした事実。娘が、殿下から林檎のタルトを買ってもらったと話していたこと。時折極秘で娘宛に送られてくる異国の菓子類──。
この三か月間のあらゆる事実や出来事が、一つの仮説を作り上げる材料になっていく。
少しばかり沈黙した伯爵夫妻は、答えを出すことを止めた。いずれ明らかになることだ。
どちらにしろ、国王陛下と王太子殿下に承認されているならば、宿泊の提案を断るのもどうかと思われた。その上シャーロットは、困惑はしていたようだが最終的に拒否はしなかった。本気で嫌がっている様子も無かった。
だからこそ伯爵夫妻は、有り難く娘を王宮に預けることに決めたのだ。
「まあ、流れに身を任せてみるのも良いんじゃないか?」
「それもそうね」
シャーロットの行き着く先が暗くないのであれば、そっと見守るに留めておこう。二人はそう結論付け、会議は幕を閉じたのだった。
王太子の訪れからしばらく経った後。他の参加者との最後の挨拶を済ませた両親が、応接室にやって来た。
「少し落ち着いてきたわ。お父様お母様、心配してくれてありがとう」
シャーロットの表情は、騒動の直後に見た時よりも、いくらか元気そうである。フォード伯爵夫妻はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、彼女の状況を考えると、まだ本調子ではないと思われる。しばらくは静養が必要になるかもしれない。
「トレス伯爵夫妻とナタリー嬢は、シャーロットの負担にならないようにと今日はお帰りになったよ。会いたそうにはしていたが」
「そうなのね。後でお礼の手紙を書くわ」
ナタリーもトレス伯爵夫妻も自身を心配してくれていると思うと、シャーロットは感謝の念で胸が一杯になった。
そしてそろそろ帰り支度をしようかという頃、伯爵夫人が口を開く。
「パーティーは終わったけれど……馬車に乗って帰るのは慌ただしいかしらね」
娘の様子を見つつ、伯爵も頷き考え込む。ここからフォード伯爵家のタウンハウスまでは、馬車で約一時間。
先程まで震えていたという娘には、落ち着いたとはいえまだ心理的な負担がかかっていることだろう。今から馬車に乗せて帰るには、些か憚られた。
「城下町で泊まる場所は──」
彼らが相談し始めた時、王太子が口を開く。
「もしよろしければ、王宮に泊まることもできますよ」
彼の口上に、夫妻は動きを止めた。互いに素早く視線を交わらせた後、伯爵が恐る恐る尋ねる。
「それは非常に有難いご提案ですが、よろしいのですか……?」
王宮に泊まらせていただくなど、滅相もないことだ。一伯爵令嬢の娘に対しては、破格の待遇である。
しかし、伯爵の問いに王太子は穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ。父の許可は下りています」
国王陛下も認めているとは、何とも幸甚な話である。有難い話過ぎるあまり、受け入れるのを躊躇ってしまいそうになるくらいだ。
しかし、と伯爵は思った。
王宮に宿泊できるならば、娘を一時間馬車に揺らせることはない。さらに、王宮専属女性医師がいると聞いているため、万が一娘に何かあった時でもひとまずは安心できる。
伯爵夫妻は再びお互いの目を合わせ、頷き合った。
「それじゃあ……お言葉に甘えようか、シャーロット」
「えっ?」
伯爵がシャーロットの同意を仰いだ。なぜか、王宮に泊まることが決定しそうな雰囲気になっている。
シャーロットは皆の視線を浴び、危うく流されそうになったものの、はっとして言葉を返した。
「それはさすがに申し訳ありませんし、馬車で帰ることはできると思うので──」
お気持ちだけ受け取っておきます、と王太子に告げようとしたが、伯爵夫人はそんな娘に不安げな表情で言った。
「もしかしたら、自分で思っているより疲れているのかもしれないわ。今日はゆっくりさせてもらいましょう?」
「え、ええと……」
「そうだな。王太子殿下の折角のご提案だ。泊まらせていただくことにしようか。私たちは先に帰るが」
「え、え?」
「そうね。私たちは帰るけど、シャーロットはここに泊まらせていただきなさい」
なぜだろう。騒動を受けて娘の心配をしているためか不安げな表情をしているものの、両親の目から有無を言わさぬ圧を感じる。
「わ、分かったわ」
従う以外の選択肢がないことを悟ったシャーロット。
こうして、両親の言われるがままに、彼女だけ王宮に泊まることになった。
「では……お世話になります」
この提案をしてくれた王太子に向かい、シャーロットは頭を下げる。
「殿下。この度はご提案いただき感謝いたします」
「娘を、どうぞよろしくお願いいたします」
フォード伯爵夫妻も、恭しく最敬礼をした。
帰り支度を済ませた彼らは、フローラが開けた扉を出ていく。最後に両親に小さく手を振られ、シャーロットもそれを返した。
「ねえ、どう思う?」
応接室を退出して長い廊下を進み、王宮の玄関口を出て馬車に乗り込んだフォード伯爵夫妻。少しの沈黙の後、ふいに伯爵夫人は口を開き、夫に尋ねた。
「そうだなあ」
何が、とは聞かなくとも分かる。伯爵は腕を組んで妻を見た。
「殿下は何か考えを持っていらっしゃるのだろうな」
シャーロットを王宮に留めた理由。ただ親切心で提案したとも、何か意図があって提案したとも考えられる。
しかし、伯爵夫妻は気にかかっていた。いくらシャーロットを案じてくれているとしても、些か手配が早過ぎはしないだろうかと。
シャーロットがロールズ侯爵子息に迫られたあの騒動から、まだ二時間も経っていない。その間ですら、自由に動ける時間は少なかったはずだ。
パーティー参加者との交流、そして最終挨拶などにより、国王陛下に宿泊の件を了承させることは困難だったのではと思われる。
余程根回しをしていない限り。
「「……」」
二人の脳裏に、ある可能性が浮かび上がった。
三か月前、王太子殿下を突き飛ばした娘を不問にした事実。娘が、殿下から林檎のタルトを買ってもらったと話していたこと。時折極秘で娘宛に送られてくる異国の菓子類──。
この三か月間のあらゆる事実や出来事が、一つの仮説を作り上げる材料になっていく。
少しばかり沈黙した伯爵夫妻は、答えを出すことを止めた。いずれ明らかになることだ。
どちらにしろ、国王陛下と王太子殿下に承認されているならば、宿泊の提案を断るのもどうかと思われた。その上シャーロットは、困惑はしていたようだが最終的に拒否はしなかった。本気で嫌がっている様子も無かった。
だからこそ伯爵夫妻は、有り難く娘を王宮に預けることに決めたのだ。
「まあ、流れに身を任せてみるのも良いんじゃないか?」
「それもそうね」
シャーロットの行き着く先が暗くないのであれば、そっと見守るに留めておこう。二人はそう結論付け、会議は幕を閉じたのだった。
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