伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

文字の大きさ
19 / 87
第四章 窮地と平穏

第十九話 提案されました

しおりを挟む
「シャーロット、調子はどうだ?」

 王太子の訪れからしばらく経った後。他の参加者との最後の挨拶を済ませた両親が、応接室にやって来た。

「少し落ち着いてきたわ。お父様お母様、心配してくれてありがとう」

 シャーロットの表情は、騒動の直後に見た時よりも、いくらか元気そうである。フォード伯爵夫妻はほっと胸を撫で下ろした。
 しかし、彼女の状況を考えると、まだ本調子ではないと思われる。しばらくは静養が必要になるかもしれない。

「トレス伯爵夫妻とナタリー嬢は、シャーロットの負担にならないようにと今日はお帰りになったよ。会いたそうにはしていたが」
「そうなのね。後でお礼の手紙を書くわ」

 ナタリーもトレス伯爵夫妻も自身を心配してくれていると思うと、シャーロットは感謝の念で胸が一杯になった。

 そしてそろそろ帰り支度をしようかという頃、伯爵夫人が口を開く。

「パーティーは終わったけれど……馬車に乗って帰るのは慌ただしいかしらね」

 娘の様子を見つつ、伯爵も頷き考え込む。ここからフォード伯爵家のタウンハウスまでは、馬車で約一時間。

 先程まで震えていたという娘には、落ち着いたとはいえまだ心理的な負担がかかっていることだろう。今から馬車に乗せて帰るには、些か憚られた。

「城下町で泊まる場所は──」

 彼らが相談し始めた時、王太子が口を開く。

「もしよろしければ、王宮に泊まることもできますよ」

 彼の口上に、夫妻は動きを止めた。互いに素早く視線を交わらせた後、伯爵が恐る恐る尋ねる。

「それは非常に有難いご提案ですが、よろしいのですか……?」

 王宮に泊まらせていただくなど、滅相もないことだ。一伯爵令嬢の娘に対しては、破格の待遇である。

 しかし、伯爵の問いに王太子は穏やかな笑みを浮かべた。

「ええ。父の許可は下りています」

 国王陛下も認めているとは、何とも幸甚な話である。有難い話過ぎるあまり、受け入れるのを躊躇ってしまいそうになるくらいだ。

 しかし、と伯爵は思った。
 王宮に宿泊できるならば、娘を一時間馬車に揺らせることはない。さらに、王宮専属女性医師がいると聞いているため、万が一娘に何かあった時でもひとまずは安心できる。

 伯爵夫妻は再びお互いの目を合わせ、頷き合った。

「それじゃあ……お言葉に甘えようか、シャーロット」
「えっ?」

 伯爵がシャーロットの同意を仰いだ。なぜか、王宮に泊まることが決定しそうな雰囲気になっている。

 シャーロットは皆の視線を浴び、危うく流されそうになったものの、はっとして言葉を返した。

「それはさすがに申し訳ありませんし、馬車で帰ることはできると思うので──」

 お気持ちだけ受け取っておきます、と王太子に告げようとしたが、伯爵夫人はそんな娘に不安げな表情で言った。

「もしかしたら、自分で思っているより疲れているのかもしれないわ。今日はゆっくりさせてもらいましょう?」
「え、ええと……」
「そうだな。王太子殿下の折角のご提案だ。泊まらせていただくことにしようか。私たちは先に帰るが」
「え、え?」
「そうね。私たちは帰るけど、シャーロットはここに泊まらせていただきなさい」

 なぜだろう。騒動を受けて娘の心配をしているためか不安げな表情をしているものの、両親の目から有無を言わさぬ圧を感じる。

「わ、分かったわ」

 従う以外の選択肢がないことを悟ったシャーロット。

 こうして、両親の言われるがままに、彼女だけ王宮に泊まることになった。

「では……お世話になります」

 この提案をしてくれた王太子に向かい、シャーロットは頭を下げる。

「殿下。この度はご提案いただき感謝いたします」
「娘を、どうぞよろしくお願いいたします」

 フォード伯爵夫妻も、恭しく最敬礼をした。

 帰り支度を済ませた彼らは、フローラが開けた扉を出ていく。最後に両親に小さく手を振られ、シャーロットもそれを返した。



「ねえ、どう思う?」

 応接室を退出して長い廊下を進み、王宮の玄関口を出て馬車に乗り込んだフォード伯爵夫妻。少しの沈黙の後、ふいに伯爵夫人は口を開き、夫に尋ねた。

「そうだなあ」

 何が、とは聞かなくとも分かる。伯爵は腕を組んで妻を見た。

「殿下は何か考えを持っていらっしゃるのだろうな」

 シャーロットを王宮に留めた理由。ただ親切心で提案したとも、何か意図があって提案したとも考えられる。

 しかし、伯爵夫妻は気にかかっていた。いくらシャーロットを案じてくれているとしても、些か手配が早過ぎはしないだろうかと。

 シャーロットがロールズ侯爵子息に迫られたあの騒動から、まだ二時間も経っていない。その間ですら、自由に動ける時間は少なかったはずだ。
 パーティー参加者との交流、そして最終挨拶などにより、国王陛下に宿泊の件を了承させることは困難だったのではと思われる。

 余程根回しをしていない限り。

「「……」」

 二人の脳裏に、ある可能性が浮かび上がった。

 三か月前、王太子殿下を突き飛ばした娘を不問にした事実。娘が、殿下から林檎のタルトを買ってもらったと話していたこと。時折極秘で娘宛に送られてくる異国の菓子類──。

 この三か月間のあらゆる事実や出来事が、一つの仮説を作り上げる材料になっていく。

 少しばかり沈黙した伯爵夫妻は、答えを出すことを止めた。いずれ明らかになることだ。

 どちらにしろ、国王陛下と王太子殿下に承認されているならば、宿泊の提案を断るのもどうかと思われた。その上シャーロットは、困惑はしていたようだが最終的に拒否はしなかった。本気で嫌がっている様子も無かった。

 だからこそ伯爵夫妻は、有り難く娘を王宮に預けることに決めたのだ。

「まあ、流れに身を任せてみるのも良いんじゃないか?」
「それもそうね」

 シャーロットの行き着く先が暗くないのであれば、そっと見守るに留めておこう。二人はそう結論付け、会議は幕を閉じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

【完結】竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました

七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。  「お前は俺のものだろ?」  次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー! ※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。 ※全60話程度で完結の予定です。 ※いいね&お気に入り登録励みになります!

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...