a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】一章 仲間と平和と学園と

五、ポタージュスープと進路

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 その日のランチは鴨肉のローストと根野菜のマリネ、バケット、カボチャのポタージュスープにデザートは林檎ゼリーだった。学園の食事がこれだけのラインナップになるのを見るのは、いつ以来だろうか。ついトレーに乗る皿の量に目を瞬かせた。

「うわー! 豪華だね!」
「お前のときよりマシなんじゃないか?」
「ダン……あんまり引っ張るなら、いい加減に怒るよ?」

 導かれるように分かれた人垣の中央を歩いて、混んでいるはずのレストランで堂々と席を確保して食事を開始した。そう言えば記憶が戻ってすぐ、余り演技をしなくなってからは食事前の『いただきます』をしないようにするのを留意した時期があったな、とスープを口に入れながらどうでもいいことを思い出した。

「お前、そんなことで大丈夫なのか? 軍ではイアンは上司だろう?」

 スープスプーンを置いてバケットを千切りながら、セドリックが呆れた声で言った。さっきの会話が続いていたらしい。僕はスープを飲み込んでから視線を前へ向ける。

「……どういうことだ?」
「エドマンド様はご存知なかったですね!」
「ダンは商家を継がず、軍部へ残ることにしたそうですよ」
「そうだったのか」
「びっくりだよね。そうだ、エドマンド。ダンに理由を聞いてくれない? 誰が聞いても教えてくれないんだ」
「そうは言ってもな。僕が聞いたところで言うような性格じゃないだろう」
「ははは! その通りだ!」

 悪びれもなく笑う辺り、この男は本当に肝が据わっていると思う。ニュドニアに貴族制度はないけれど、どうしても権力や地位、資金力などが根底でものを言うのだ。いくら資金力があっても商家の人間が、何もかも持っている僕等と付き合うのは本来なら気を遣うべきなのかもしれない。イアンは特別枠だし、僕もアンドリューたちも人に対して実力や人柄を重視するから気にしなかっただけだったのだな、と今さらながら気付いた。

「家の方は大丈夫なのか?」

 ダンは確か長男だったはずだ。世界的に見れば新興国に入るニュドニアは、長子が家督を継がないといけない、というような法律もルールも不文律もない。とは言っても彼が優秀なのは一目瞭然なので、オライリ家としても簡単に手放したりはしないだろう。

「エドマンド様、その辺りはさすがは一流の商家、といったところでしたよ」
「セドリック、何か聞いているのか?」
「いや、アンドリュー。情報収集の一旦だよ。……イアンほどじゃあないにせよ、僕たちも英雄の端くれだ。彼の生家はダンを広告塔にするつもりらしい」
「おいおい、その話、どこから聞いたんだよ」

 どこか引きつったような声がする。ダンが珍しく表情に出しているから、どうやら本当のことのようだ。

「これでも卒業後は財務部へ入るんだ。情報に疎いようじゃあ駄目だろう?」
「セドリックの場合は、少し執拗なところがあるよなぁ」
「どういう意味だ? バートン」

 アンドリューたちは、どうやらローテンションで僕の両隣を確保しているらしいから、今は斜め前、ダンの隣にいるセドリックを見る。軽く睨むような藤色の目には、どこかイタズラっぽい色が混ざっていて本気で怒っているわけじゃないのはすぐに分かる。フッと息を吐く。

「あ……」
「お」
「エドマンド様……」
「なんだ? どうした?」

 前の三人がジッと見つめてくる。すぐに、それぞれ全然違う表情を浮かべたから、結局なんなのか分からない。

「ううん。なんでもないよ!」
「お前も変わったよな、って話」
「エドマンド様……」

 何故か嬉しそうな目で見られて、セドリックに至っては目元を覆って感極まっている。

「まあ、そういうワケで、ターシャリ入学後からは、学業と軍部の訓練の両立なんだよ」
「ダンが部下だよ? 俺は正直気が重いよ……」
「イアンは師団長昇進だったか?」
「最年少の師団長様の誕生だからな」

 僕の確認の声に答えたのはダンだった。イアン本人は曖昧に笑っている。
 軍部――と言うよりお爺様――はイアンの功績を称えて、軍部での昇進を決定した。その内容が、新たな部隊の設立と、その隊の師団長への就任だ。本来ならイアンの希望を汲むべきなのだろうけど、ニュドニアが彼を軍部から解放することはあり得ない。家族と平穏に生きていく。それが、彼が最も望むものなのだろうに。

「若手だけの部隊になる予定なんだよな?」
「うん。俺は師団長って扱いだけど、実際に指示を出すのは副長なんだ。その人はベテランだから……」
「てっきり、ダンを副長に、って話が出るかと思ったけどなぁ」
「その話も出たんだよな? ダン」
「ああ、流石に荷が重いって断った」
「それでその形か。イアンは完全にお飾りか?」
「流石に気分が悪いね」

 僕の両サイドのアンドリューとバートンがイアンへ質問攻めする。これは本人たちの好奇心というより僕のために聞いてくれているのかもしれない。

「その辺も、なぁ。仕方ないんだけどね」
「イアン」
「ん? なに、エドマンド」

 イアンが食後の茶を口に含んで少し顔を顰める。セイダルとの交易は冷え切っている。今飲んでいるのはトーカシア経由の海外のものだそうだ。ニュドニアのものとも違う渋みがあるけど、僕は嫌いじゃない。一口飲んで改めて口を開いた。

「どう転んでも、お前がこの国の英雄であることは変わらない。小さいことを気にするだけ無駄だ」
「そうだな。イアン、いっそ尊大なくらいでもいいんじゃないか? 今や、お前は切り札だ。何をしても許されるさ」
「セドリック。それは言い過ぎだよ。それに、俺はそういうのは……」
「よっ! 英雄!」
「おいっ! ダンッ!」

 イアンのちょっと怒ったような声に全員が笑みを浮かべる。……僕も、例外じゃなく。


「次の授業は国外史だし、早めに戻って予習するわ」
「あ、俺も」

 全員が食事を終えたと同時に言い出したダンにイアンが続き、ならば、と全員で席を立った。返却コーナーの近くで「あ」と声を上げたのはイアンだった。

「カップ持ってくるの忘れた。取ってくる」
「出口で待ってるな」
「うん-!」

 早足でさっき座っていた場所へ向かうイアンに背中を向けて出口へ向かう。出入口の端に体を寄せてレストランを振り返ったときには、彼はこちらに向かって来ていた。

「ずいぶん早かったな」
「誰か片付けてくれたみたい」
「そうか」

 バートンが「ラッキーだったな」なんて軽口を叩いているのを、後ろから見ながら僕らは教室へと向かった。
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