a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

文字の大きさ
53 / 89
【第二部】一章 仲間と平和と学園と

六、サンドウィッチと情緒

しおりを挟む
 外で過ごすにはまだ少し肌寒い季節だから、堂々と人払いがされたガゼボに近寄るモノ好きは全くいない。それでも「念のためだ」って目を細めてSPに指示していたのが第二王子としての危機管理なのか、ただの私情なのかは分からない。

 復学して三日目、三月の上旬。ブライトルは明日を最後にこの学園を去る。僕との婚約が大っぴらにされてからも彼の人気は大して変わらなかったようだ。昼休みの少ない時間に僕を呼びにきてくれたときも、学舎が違うこともあって辺りが騒然としたくらいだ。時間を取ってくれたのはありがたいと思うし、正直に嬉しいけれど別に無理して来なくてもよかった、と何故か捻くれたことを思ってしまった。

 石造りの椅子の上には見覚えのあるショール、肩にはフワフワのブランケット。さらに温かいミルクティーに、フライドフィッシュのサンドウィッチを差し出された。ポテトフライも添えてある。

「至れり尽くせりだな……」
「風邪でもひかれたら堪らないからな」
「そこまで弱っているつもりはないのだけどな?」
「相変わらず鈍いな。去る前に、牽制できるところはしておきたいって話さ」
「牽制?」
「聞いたぞ? 教室でもその綺麗な顔に笑顔を浮かべて、失神者を出したって?」

 ピクッとこめかみが引き攣ったのが分かった。確かに心当たりはある。バートンとダンの冗談の掛け合いが日本の漫才みたいだったからつい気が弛んだんだ。それで容易に動くほど柔らかい表情筋をしていないはずだからと油断したのは認めるけれど、失神者は言い過ぎだ。僕の名前を呟きながらよろけた拍子に転んで怪我をしただけだ。

「あんたこそ、相変わらず情報通だな。セカンダリのことでもすぐに伝わるのか?」
「誤魔化すなよ。俺は気が気じゃないんだ。お前はもっと自分の価値に自覚を持つべきだ」

 開きかけた口を閉じて、サンドウィッチに視線を落とす。

「それは、多少は理解した、つもりだ」
「エドマンド?」
「僕は随分整った容姿をしている、し……家柄もいい。あんたとの婚約が決まったのだから、何があるわけもない、なんて思えなくなっては、いる」

 握ったままになっていたサンドウィッチに口を付ける。新鮮な野菜から弾ける水分と、フライドフィッシュのサクサクの触感に中から溢れる魚の脂と微かな塩気、それらを包み込むタルタルソース。美味しい。こんなに美味しい物を学校で気軽に食べられることがすごいことなんだ、ということも分かっている。

「この三ヶ月、色々と今まで先延ばしにしていたこととか、見て見ぬふりをしていたことに向き合ってみた。時間もあったからな。ブライトル。あんたが言っていた言葉の意味も多少は理解したつもりだ」
「エドマンド?」
「だからこそ言うけどな。友人が面白いことをして、それが慣れた教室内で、笑うなって言うのは少し難しいんだ。僕だって、その後はセドリックを連れてすぐに教室を出たし、アンドリューに後のことを頼んだんだ」

 つまりこう言いたい。不可抗力だ、と。
 ブライトルが横に座ってジッと僕を見る。これでもダメなら素直に謝るしかないけど、別に悪いことをしたわけでもないのだから、やっぱり不満がある。負けまいと下からいっそ睨み上げていると、端正な顔が近づいてきて、額に柔らかいものが触れた。

「ぇ……」
「俺の器が小さかったな。お前がそこまで自覚しているなら、もういいさ。後はどれだけ見せつけられるかの問題だ」
「は……?」

 このタイミングでこんなことを、しかも人払いをしているとは言え学園の敷地内でしてくるとは思わなかった。視線がウロウロと定まらない。何か言いたいのに言えなくて、冷めかけたミルクティーに手を伸ばす。

「今のは、必要なのか……?」
「色々と自覚したのだろう?」
「そうは言っても、相手はトーカシア王国の第二王子だ。結局、本気で僕とどうにかなろうなんて誰も考えないのじゃないか?」

 疑問詞が続いて顔を見合わせる。一拍空いて、ブライトルが笑い出した。僕も眉毛を下げる。まだ大声を出して笑うことは中々できない。でも、それもきっと時間の問題なのだろう。

「ふふ、当然、俺がしたいからしている、というのも多分にある。が、念には念を入れておきたいからな」
「まだ僕を心配するのか?」

 そう言うと、ブライトルの手が僕の前髪を掬って、ゆっくりと手放していった。サラサラと眉毛の上に振ってくるアッシュゴールドの髪越し見えた二つのトーカシアブルーが、温かくて、熱くて、ほんの少し何か……? 次の瞬間、ドッと心音が大きくなった。あれ……? あれ、ちょっと待ってくれ。

「ブライトル……?」
「なんだ?」
「まさか、嫉妬している、のか……?」

 無理矢理婚約して、結婚すらもぎ取った男が、よく知りもしない他人に一々嫉妬を? そんな僕の疑問に答えるようにブライトルの瞳が丸まった。そして、決してよくない三日月型に細くなっていく。

「今頃気付いたのか? まだまだ先は長いな? エドマンド?」

 したり顔で小首を傾げられると、品よくカットされた長めのシルバーの髪がしっとりとブライトルの頬に掛かる。その真っ青な両目の奥には『面白い』と浮かんでいる。こんなとき、この人は僕を珍獣か何かだと思っているのじゃないかと感じる。

「取り繕わないのはどうかと思う」
「本当のことだからな。嬉しいだろう?」
「うれ……?」

 言っている意味が解読できない。嫉妬されて喜ぶってどういうことだ。ジッと見つめていたら、仕方ないって風に肩を落とされた。

「本当に、まだまだ先は長いようだ」
「少なくとも、今の言葉が誉め言葉じゃないということは理解した」
「まあ、時間はいっぱいある。ゆっくりいこうじゃないか。……ところで」

 分かりやすく話の方向を変えられる。仕方なく促すように瞬きを増やした。

「夏の思い出作りの件、泊りがけでダンの別荘に行くのはどうだ?」
「ダンの……。いくつか持っていたな。どれだ? と言うか、何でダンのなんだ?」
「一番南の外れにあるヤツは、近くに大きな湖と林もあると聞いた。泳ぐのもいいし、釣りもいい。長期休暇には持ってこいだろう?」
「ああ、あそこか。確かに人も少ないし、いいかもしれないな。……その様子だと、もう準備を進めているのか?」
「ご名答。後はお前の返事待ちだった」

 自分の口が珍しく分かりやすくも真一文字になったのが分かった。この男は、また勝手に。

「……ブライトル」
「なんだ?」
「僕は優秀か?」
「は?」
「答えろ、僕はあんたから見て優秀か?」
「それはもちろん。お前以上に優秀で、綺麗な人間を俺は知らないよ」

 余計な言葉が追加されたけど、敢えて拾わずに「そうか」と返した。いい機会だ。いつか言おう、言おうと思っていたんだ。

「あんたは僕を婿にするため暗躍したのだと思っていたのだけれど、違ったか?」
「勿論、合っているさ。お前を一生隣に縛り付けるために奔走したんだ」
「言い方が気になるが、とにかく。だったら、一言くらい僕に言って欲しい。気付いたら何もかも決まってしまっているのは、なんか、嫌だ……」

 最後の方が途切れ途切れになってしまったのは、許して欲しい。素直に伝えるってことに慣れていないんだ。逸らしてしまった視線をそっと戻してブライトルを見る。

「感心したような顔をするな」
「いや、そりゃあそうだろう。自分一人で何もかも抱え込んでいたのに、逆に頼って欲しいってことだろう? 成長が素直に嬉しいよ」
「……あんた、僕をなんだと思っているんだ」
「ん? 頑張り屋の俺の女神だな」

 女神と言う単語の意味が分からな過ぎて、久しぶりに僕は宇宙を見つめる猫のイメージを思い浮かべた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

処理中です...