a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】一章 仲間と平和と学園と

四、A/B/Cから始まって

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 復学を翌々日に控えて、僕はアンドリューたちを自宅へ招いていた。こちらから呼ばなくとも見舞いと授業の内容を伝えるために頻繁に訪ねてきてくれていたけれど、今日は改まって客として、だ。
 応接室で紅茶と焼きたてのクッキーを前に、三人は居ずまいを正している。そう言えば、こうして形式ばって来てもらうのは初めてのことだ。いつからか当然のように友人として過ごしていた。僕は紅茶で喉を潤して、曲がってもいない背筋を伸ばした。

「来てくれてありがとう」
「いえ、伺う予定でしたので構いませんが……」
「まずは、休学の間、来てくれたこと礼を言う。お陰で楽しく過ごすことができた。ありがとう」
「そんなっ……! 勿体ないお言葉です!」
「そう言ってくれると分かっていて口にするのだから、僕も意地が悪いのかもしれないな」

 滅多に言わない僕の礼にアンドリューが言葉を濁し、バートンが焦ったように謙遜する。どうしても言葉の端々が苦くなってしまったことに、三人が視線を交わして困惑を露わにしてセドリックが代表して口を開いた。

「それで、エドマンド様。今日は一体どうされたのですか?」
「うん……」

 目を伏せた。言いよどむくらいにはこの三人に話すのを躊躇っていることに気付かされる。きっと悲しむ。彼らはターシャリを卒業したらそれぞれの分野に進んで権力を得て、出来る限り側で僕を支えようと考えてくれていたはずだから。そして、僕自身それを当然だと思っていたから。

 ふぅ、と息を吐く。こんなのはきっと、今迄からしたら『らしくない』んだろう。彼らが僕の変化をどのように受け取っているのかは分からないけれど、それでも今は僕を『僕』として信じ、側にいてくれる。自然と口の端上向いた。

「僕はターシャリへ上がる前にトーカシア国へ行き、そのままあちらの学園に通う。将来的にはブライトル殿下と婚姻する予定だ」


 噂と言うのは本当にどこから流れるのか分かったものじゃない。復学した初日に浴びせられた視線は驚愕に慄き、悲嘆に暮れていた。

「全く、どこから漏れたんだ」
「あ、エドマンドおはよう! ブライトル殿下とのこと、もう噂になってるよ!」

 教室に入るとイアンがさっそく声をかけてきた。ここまでの短い間に視線の理由は察しが付いていた。遠巻きにする生徒たちが口々に「トーカシア」や「ブライトル殿下」と呟いていたので考えるまでもない。
 近しい人たち以外にはまだ伝えるつもりがなかっただけに何とも居心地がよくない。ただでさえアンドリューたちが落ち込み過ぎてどうすればいいのか分からなくなっているのに。

 一昨日、僕の宣言を受けた反応は正に三者三様だった。
 目を丸々と見開いて「トーカシア? ブライトル殿下? 婚姻?」と繰り返すアンドリュー。
 本気で涙ぐんで「嘘だって言ってくださいぃ」と縋りつきそうになるバートン。
 一言も発さず、一切動かずに瞬きだけを繰り返すセドリック。

 これ以上の情報を受け取るのは不可能だろうと判断して、誰か一人でも立ち直るのをしばらく待ってみた。意外にも、一番最初に現実を受け止めたのはバートンだった。滲んだ涙を指で拭って深く深呼吸して言った。

「…………僕たちは、軍部総帥になったエドマンド様を支えられる人間になるため、頑張ってきました」
「……知っている」
「外政と警備と財務から、お役に立てれば、と思っていました」
「……ああ」
「エドマンド様は、ブライトル殿下のことを……?」
「っ、添い遂げたいと思っている」
「……そうですか」

 一瞬だけ言葉に詰まってしまった。気恥ずかしいのはどうしようもない。
 バートンが静かに微笑む。三人の中で一番お喋りな男が温かな声で一つずつ確認してゆく。いつからか両隣の二人も静かに彼を見ていた。

「たくさん質問してすみません。――これで最後です。エドマンド様が、ご自身で決めたのですね?」
「ああ。僕が、僕の意思で」
「それは……よかったです」
「バートン……」
「確かに、エドマンド様のお役に立つのが僕たちの目標でした。でも、それ以上に貴方には幸せになって欲しい。自分で選んだ道を歩んで欲しい。ずっと、そう思っていました」

 アンドリューとセドリックが同意するように頷いて僕を見た。
 

 あの日はそのまま平和に終わったのだけれど、いざ今日会ってみれば三人揃って僕をまともに見ることもできない状態だった。「視界に入れてしまうと、どうしても涙が溢れてしまいそうです……!」とのことだった。時間が空いて悲しみが増大したのかもしれない。
 その上に学園中が僕にしつこいくらいの視線を送ってくる。左手で鼻筋を揉みこむ。どうしろと言うのか。

「エドマンド、大丈夫?」
「僕の今の味方はイアンだけだな……」
「あ、はは……」

 イアンはトーカシア国への短期留学が決定しているから今回のことも先に伝えられている。まだしばらくは一緒に過ごせるのが分かっているだけに、寂しいとかの感情は余りないようだ。

「人気者は大変だな」
「ダン……。君は変わらないな」
「お前の人生だしな。一生会えないわけでもない」
「ダンは考え方が大きいよね」
「今は助かるよ」

 さすが大商人の息子は見方が違う。アンドリューたちはともかく、他はこのくらいが普通であるべきなのに。予想外のところで自分の人気ぶりを実感させられてしまった。深くため息をつく。

「今のエドマンドにできることもないだろうしなぁ。精々ほとぼりが冷めるの待つしかないんじゃないか?」
「はぁ、それしかないだろうな。アンドリューたちの様子だけ気にかけておくことにする」
「そうだな。それに、人気者と言えば国民的英雄がここにはいるしな」
「その言い方やめてって言ってるだろー……」

 イアンが力なく肩を落とす。彼が復学してすぐの頃の人気ぶりはものすごいものだったらしい。基本的に僕を中心に動く屋敷の中でさえイアンの名前を聞かない日はなかったくらいだ。僕は実際に見ていないので全てを肌で感じることはなかったけれど、未だに衰えない熱視線で嫌でも察しが付く。

「そうだな。イアンに比べればまだマシだな」
「エドマンドまで! 酷いよ!」

 情けない顔をした英雄をダンが笑い、僕はゆったりと目を細めた。
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