没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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3章・明日への一歩

復活

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 ライが死に、リーリル達はラムラッドの町を出て、近くにあるルーガ領の小さな村へ越した。

 村の入り口にある水車が特徴的なだけの村だ。

 人口は少ないが人々は排他的な感じもしない大らかな場所である。
 リーリルはカイエンが赴任したての開拓村にも似た雰囲気に懐かしく思うが、一方のサニヤは開拓村より小さなつまらない村だと思う。

 とはいえ、サニヤは文句も言わず、大人しく村へと移り住んだのである。

 この村へ越してきたのはリーリル達を守る為だからだ。

 あの敵の女は死んでしまった為、どこの手の者か分からなかったが、恐らくは王都の者に違いない。
 ターミルの命を狙う者が居たとしたら、そもそも狙うならルーガや跡取りのガラナイを狙うはずだ。
 なので、狙われたのはターミルではなく、王都の王侯貴族がカイエンの家族であるリーリル達の命を狙ったと見るのが普通であろう。

 恐らくはリーリル達がルーガに匿われていると王都にバレてしまったのだと思うのが普通である。

 だから、極秘裏にリーリル達はその村へ向かわされた。

 表向きはルーガの依子騎士がその職を辞任し、親族を連れて村へと移り住んだという体である。

 その依子騎士とは、あのラーツェだ。
 彼女はちょうど、結婚して長期の休暇に入っていたのである。
 そのため、結婚を機に危険な仕事を辞めたと言う筋書きであった。

 ラーツェの旦那もまたルーガ麾下の新米騎士である。
 婚期を逃すまいとラーツェが必死に言いより、ついには折れて結婚までこぎ着けたのである。

 デズモグと言う若い男で、今年十八だ。
 丸顔のいかにも温和そうな男だ。
 
 彼もまた、ラーツェと共に危険な騎士に嫌気が差して、結婚を機に辞任したという体である。
 デズモグはあまりこの任務に乗り気では無かったが、ラーツェが「やるだろ?」と睨むので仕方なく協力した。

 彼はラーツェの尻に敷かれていたのだ。

 かくして、デズモグとラーツェ夫婦と一緒に移り住んできたラーツェの一族という形で、リーリル達はその小さな村へとやって来た。

 ラーツェの家はそれなりに大きな家であるが、あくまでも村人の一般的な家屋を出ない造りである。
 あまり立派な家を建ててはリーリル達が居るのだと喧伝するようなものゆえ仕方なかっただろう。

 一応、内部にはリーリル達へ別々の部屋が用意されては居たが。

 ザインとラジートは「狭い」とか「古い」とか言って少し不服そうにしていたが、サニヤは「贅沢言わない」と二人へ言うのであった。
 
 二人はつまらなそうにしながら「ねえお母様、お姉様。ライは?」と聞くのである。

 二人が不服なのは、狭いことでも古い事でもなんでも無く、ようするにライが居ない事なのだ。
 
 そして、リーリルもサニヤも、二人へライの死というものを伝えきれずにいたのである。
 本来なら、例えば虫の死に触れて、少しずつ生と死を理解していくものであるが、ずっとルーガの屋敷で育ったザインとラジートには、ライの死というものが初めて見る生命の終わりであった。

 幾つかの段階をすっ飛ばして触れた死を、この二人の小さな子供はイマイチ理解出来なかったのである。

 ライはもう居ない……彼らはそれを理解していた。
 しかし永久の別れでは無く、いつか帰ってくるに違いないと思っている。
 その度にリーリルが必死に二人へライの死を伝えるが、やはり二人ともイマイチ理解出来ず「じゃあいつ帰ってくるの?」と言うのであった。

 サニヤはそんな時、二人へライの死を説明しない。
 サニヤ自身が、やはりライの死を受け止める事が出来なかったので、もしかしたらひょっこり帰ってくるんじゃ無いのかという思いすらあったのである。
 ゆえに、ライの死を口に出して、二度と帰って来ないのだと認識してしまうのが怖かったのであった。

 だから遠巻きに見るだけなのである。

 こうして、ライの死とともに新しい生活は始まった。

 新しい生活と言っても殆ど変わり映えはしない生活……とはならなかった。
 何せ周りに居るのはラーツェとその旦那のデズモグだけなのだ。
 メイドのように世話ばかりしてくれる人は居ない。

 デズモグは外へ畑を耕したりだとかなんだとか、いわゆる普通の生活のための仕事をする必要があった。
 一方、ラーツェは大きなお腹をしていた。そう、新しい命をその身に宿していたのである。

 なので、日中にリーリル達を世話する人が居なかった。
 もっとも、ラーツェはリーリル達の世話をしようとしたが、それを許さなかったのはリーリルであった。

 掃除、炊事を私に任せなさいと命じ、洗濯のように外へ出ねば出来ない仕事を除いて家の一切をリーリルがやる。
 外に出ないと出来ない仕事をリーリルが出来ないのは、下手に目撃されて王都の連中に居場所を知られないためだ。

 ラーツェはさすがに困ったのであるが、しかし、リーリルとしては身重な人を働かせる訳にはいかなかったし、久しぶりの家事は楽しくて楽しくて仕方なかった。

 なので、リーリルは屋敷に居たときより、むしろ生き生きと毎日を暮らすようになっていたのである。
 と、するも、その一方では窓から憂鬱そうに外を眺めて溜息をつく事も多くなった。

 何せこの村は開拓村に似ている。
 かつての生まれ育った村を思い出し、望郷に馳せてしまうのだ。
 そして、あの小さな頃のように野山へ行きたいなぁとか、虫や猫を追いかけ回したいなぁとか、思うのである。

 もしもまだあの村に住んでいたら、今頃サニヤは勝手に森に入って、私はサニヤの事を叱ってたかしら。なんて想像していたのであった。

 一方、そのサニヤも、この村へ来て変化がある。

 稽古を付けてくれていたルーガと離れ離れになった上に、口やかましいガラナイとも離れたので暇になってしまったのだ。

「いやいや。何考えてるのよ。別にあんな奴ら居なくなってせいせいしたっての」と、自分の考えを否定する。

 なんにせよ、彼女はめっきりやることが無くなってしまった。
 いや、ルーガやガラナイが居たとしても、何もやらなかったかも知れない。

 なぜならば、ライが死んでからサニヤの胸の中にはぽっかりと大きな穴が空いてしまったのだ。

 空虚で憂鬱な気分。
 あるいは無為で消沈とした気分。

 何もやる事が無く、何もしたいと思えなかった。
 この村へ来ても、ライが死んだ喪失感は全く癒えず、何もする気が起きなかったのである。

 サニヤの落ち込みようは誰もが心配するほどだ。
 今までのサニヤは苛烈な性格で、どんなに傷付き、落ち込み、悩んでも、むしろ激烈な怒りへ変化させるような子だったのに、今のサニヤはぼうっとして、上の空というのがまさしくな状況なのである。

 食事の時も、いつもは風か嵐かの早食いなのに、今ではもそもそと食べて、食べ終わるとフラフラと自室へ戻ったし、ザインとラジートが話しかけても生返事ばかりで殆ど反応しない。

 しまいには双子の弟達も呆れて「もーいいや」と話を切り上げてしうのであった。

 ラーツェも一度、慰めようとしたが彼女は口下手である。
 サニヤの前に立ったまま黙りこくってしまったのだ。

「ラーツェ。赤ちゃん居るんだから座りなよ」

 サニヤはそう言ってラーツェをベッドに座らせたものの、互いに言葉が無い。

 ラーツェは自分が身重で無ければ、サニヤを稽古に誘って、体を動かす事で話をすることが出来たと思う。
 しかし、今はそれが叶わない。
 ついには一言も喋る事無く「失礼しました」と部屋を出て行くのだ。

 ラーツェが出て行くと、サニヤはベッドへ倒れて溜息をつくのである。

 この胸の穴は誰にも埋められないのだろう。
 サニヤはそう思うのだ。

 そんなある日、リーリルがサニヤの部屋へやって来た。

 その日もサニヤはベッドでゴロゴロとしながらやる気の無い日を送っている時である。

「サニヤ。散歩に行かない?」

 サニヤの寝るベッドへ腰掛けて、リーリルはそう言った。

「隠れて無くて良いの?」とサニヤが聞くと、リーリルは口の前で指を立てて「ナイショでね」と言う。

「でも、危ないよ。敵が居るかも知れないし……」
「その時はサニヤが守ってくれるでしょ?」

 サニヤはリーリルの気楽さに溜息が出た。
 が、結局、二人で村の中を歩いた。

 リーリルはボロボロのローブを目深にし、サニヤは顔や手足に包帯を巻いて姿を隠す。

 そして、村の各所を流れる清らかな小川沿いを歩くと、リーリルは「あら、村には居なかった魚ね」とか「焼いたらおいしいかな?」とかサニヤへ話しながら指さす。
 
 一方のサニヤはリーリルが楽しそうに話し 掛けても、「そうだね」とか「ふぅん」などの生返事ばかりで会話にならなかった。
 それでもリーリルはずっと、「白百合があるね」と言ったり「あそこに猫が居るわよ」と指さし続けた。

 そのまましばらく歩き、時にはすれ違う人と挨拶していく。
 村の人達も挨拶を返すものの、はて? 一体どこの家の人だったか? と言う顔をした。

 そんな人達の顔を思い出して「あの人達の顔、見た?」と言いながら、クスクスと意地悪そうに笑うのである。

 リーリルは久しぶりに外を出歩いて、本当に楽しそうであった。
 そもそもリーリルは本来体を動かす方が好きなのに、いったいどれだけの間、体を動かす事もできずに室内へ閉じこめられていた事か。

 だから、軽やかなずっと歩き続けて、腰掛けるのに頃合な岩を見つけると休憩したのは、村を殆ど一周した時であった。

「久しぶりにこんな歩いたなぁ」なんて、袖で額の汗を拭っていた。

 そんな心底楽しそうにするリーリルを見ていたサニヤが、「お母様」とようやく口を開く。

「んー?」とリーリルが反応すると、「なんでそんな楽しそうにできるの?」とサニヤが言った。

「だって、お母様はライを助けるために死にかけた事もあるんだよね? 私よりもライと仲良かったのに、ライが死んで、なんでそんなに楽しそうにできるのさ」

 サニヤにそう言われたリーリルは微笑んだままサニヤを見返す。

「例えば、サニヤが私を助けて死んじゃったとします。それで、私がずっと、ずっと、ずぅーっと、サニヤが死んじゃったって泣き続けたら、サニヤは嬉しい?」

 サニヤはその質問を意地悪だと思う。
 なぜならば、「嬉しい訳ないじゃん」、だからである。

「そうだよね。嬉しくないよね。私だってそうだし、カイエンもそう。そして、もしかしたらライもそうかも知れない。
 サニヤが塞ぎ込んでたら、きっとライはサニヤの事を心配するよ。そして、あなたを励まそうと顔を舐める。
 いつもそうだったでしょう? ライはサニヤや私達に悲しんで貰うために死んだわけじゃ無いのよ。私はそう思うわ」

 リーリルは相変わらず微笑んでいる。
 穏やかな口調で、優しい眼をして。

 しかし、その心の中に、本当は悲しみの雨が降っている事がサニヤは分かった。
 その上で、リーリルは前へ進もうとしているのだと言うことも、サニヤは感じたのである。

 多分、サニヤより辛いのはリーリルであろう。
 ライとはサニヤより長い付き合いだったし、愛着もあった。
 それに、ライが死んだのはリーリルのせいといっても良い。

 だから、サニヤ以上に苦しんでいるし、悲しんでいるだろう。
 だが、それにかまけて立ち止まりはしないのだ。

「休憩終わり! 行こっか」

 リーリルは歩き出した。

 そして、散歩を終えて屋敷に戻ったサニヤは、いつものようにベッドへ倒れ込む。

 サニヤは思う。
 自分自身は立ち止まってばかりだと。
 ライの死を悲しんでばかりだと。
 
 チャリっとチェーンに繋がれた指輪を首から出す。

 指輪にはガラナイの名が彫られていた。

 これはラムラッドを出る際にガラナイから貰ったもので、将来の愛の誓いらしい。

 もちろんそんなものを身に付けたく無いのであるが、せっかくの命の恩人からの贈り物だから、鎖に通して嫌々首に提げているのだ。
 と、サニヤ自身は思っているが、実際の所、身を挺して助けてくれたガラナイの贈り物にまんざらでも無かったが。

 その指輪を見ると、ガラナイの言葉を思い出した。

――いつ死ぬか分からないから、後悔だけはしたくないんだ――

 なぜサニヤを口説くのか聞かれた時に、ガラナイが答えた言葉である。

 リーリルの言葉と、ガラナイの言葉。
 リーリルは死んだ命の為にも前へ進み、ガラナイは自分自身の死を受け入れて前へ進む。

 サニヤは感情のまま、気の向くまま生きてきたのだから、そんな哲学なんて無い。

 だけど、その結果、今、立ち止まってしまっている。
 果たしてそれで良いのか。

 サニヤは考えた。

 すると、家の玄関からデズモグの「ただいまぁ」と言う声が聞こえる。

 サニヤはベッドからパッと起き上がると、訓練用の木剣を二振り持ち玄関へ向かった。

「お帰り、デズモグ」
「ラーツェ。無事だった?」

 玄関で互いに抱きしめあっているラーツェとデズモグ。

 そんな二人へサニヤはズンズンと近づくので、二人とも訝しんだようにサニヤを見た。

「サニヤ様? 何かありましたか?」

 ラーツェがそう聞くも、サニヤは木剣をデズモグの前へグイッと差し出し「あんた、一応は騎士なんでしょ? 稽古つけてよ」と言うのだ。

 デズモグは少し困ったようだ。
 サニヤは主ルーガから任された大切な人。
 怪我などさせたら一大事だと思うのだ。

 しかし、ラーツェは「デズモグ。受けてやれ」とクククと笑う。
 ラーツェはサニヤがようやく立ち直りだしたのだと気付いたのだ。

 デズモグがラーツェが言うならと木剣を受け取り、サニヤと共に外へ出る。

「えっと……始めても良いのでしょうか?」とデズモグが構えると、「ええ。お願いね」とサニヤも構える。

 互いに構えて稽古が始まった。
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