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3章・明日への一歩
姉弟
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一年間、サニヤは毎日デズモグに稽古を付けて貰った。
とはいえ、このデズモグ、あまり強い男では無い。
見た目からして、丸顔の柔和で少しばかり気の抜けた顔付きの、あまり好戦的でない男なのである。
ラーツェの尻に敷かれるのも納得であった。
なので、ルーガに稽古を付けて貰っていたサニヤの方がデズモグより強く、もはやどっちが稽古をつけて貰っているやらと言う状態であったが。
それでも、デズモグは様々な戦闘技術を持っていた。
例えば農馬を使って馬上戦闘の訓練をすれば、サニヤよりもデズモグの方が技術的に上である。
そう言うことであり、サニヤはデズモグから技術を教わる為にも稽古を付けて貰うのだ。
また、サニヤは明るさ取り戻した。
いや取り戻したと言うのは語弊があろう。
なにせ今までよりずっと明るくなったのだからだ。
例えば一日の内、昼前まではデズモグと共に畑へ行き、村人達と共に畑を耕した。
元々はデズモグの仕事をさっさと終わらせ、稽古を沢山付けて貰おうと思って手伝い始めたのであるが、今では村人とぎこちないながら話をしたり、笑ったりしながら畑仕事をするのだ。
当然、サニヤは姿を隠すため、顔や手足に包帯を巻いて姿を隠していたので、初めの内は村人たちも恐がったものであるが、不器用ながら一生懸命に畑を耕し、土へ鍬を入れる姿に村人たちも打ち解けていったのである。
最近ではザインとラジートを連れて畑に訪れると、彼らに畑仕事を手伝わせもした。
「腰痛いよぉ」
「家帰って本読みたいー」
二人して泣き言を言うので、サニヤは「男の子でしょ。泣き言言わない」と笑うのである。
何年間も猛将ルーガに鍛えられた足腰だ。
そんなサニヤに男の子でしょと言われるザインとラジートも少々可哀想ではある。
ともすれば、サニヤは村の誰よりも盛んに畑を耕すし、誰よりも多量に収穫するのだ。
一年前に種まきから初め、桶を持って川を行き来し、時には作物を食い荒らすイノシシを弓矢で仕留めたし、葉を食い荒らす虫を一日中取り続けた事もあった。
その末の収穫なのだ。
嬉しくて当然だろう。
「おばちゃん、私が運ぶよ。家はどこ?」
中年の女性では運ぶのも辛かろう野菜をたくさん入れた箱を、ヒョイと持ったりして、村人たちの手伝いもしたのである。
若キャベツ、アスパラガス、ブロッコリー花、セリ等々の春野菜が沢山の収穫であった。
こうして収穫を終え、サニヤはデズモグ、ザインとラジートを連れて家へと帰る。
家へ戻ると、赤子を抱いたラーツェが出迎えた。
この村に来て一年。
十月十日はとうに過ぎているのだから、出産していて当然だ。
リーリルと二人三脚でこの赤子を育てている。
「サニヤ様。お風呂の準備が出来ています」
出迎えてきたラーツェはそう言った。
そう、小川が幾つか流れるこの村では風呂の文化があるのだ。
「ありがとう。ラーツェ」とサニヤは言うと「ほら、ザイン、ラジート。行くわよ」と六歳の弟を連れて風呂場へと向かう。
サニヤは日に二度、風呂へ入った。
主に、昼前の畑仕事後に一度。
稽古終わりの夕刻に二度目。
サニヤは風呂が好きだ。
泥や汗を流してサッパリするのは気持ちが良い。
脱衣場でポイポイと服を脱ぐと「二人とも早くしなさい」なんて、真っ先に風呂場へと行くのである。
一方、ザインとラジートは「お姉様。片付けないと駄目だよ」とサニヤの服と、自分達の服を畳んでから風呂場へ向かった。
サニヤがパパッと体に香油を塗ると、その浅黒い肌が香油でテラテラと光る。
筋肉で引き締まった体は香油のテカリで凹凸がハッキリと分かった。
猫科の動物を彷彿とさせるしなやかな筋肉であるが、まだまだ子供の体付きである。
しかし、成長期の体は、胸は膨らんできたし、背も高くなってきてる。
サニヤは自分の体を見て、早く大人になりたいなと思う。
大人になって体に肉が付けば筋肉も付きやすくなるし、背が伸びれば戦いやすくなると思うのだ。
そんな事を考えていると、ザインとラジートがまだ来ないのに気付き「二人とも早く。油が乾く前に肌掻きをしてよ」と急かした。
肌掻きとは、鋼鉄製のフック状の器具である。
いわゆる真子の手のような形状をしたそれで香油を塗った肌を掻く事により、体の汚れを落とすのだ。
しかし、この肌掻きでは背中などを掻けなかった。
肌掻きをやらせる為だけにザインとラジートを風呂場へと同行させているのである。
「もー。お姉様の服を畳んでたから遅れてるんだよ」
「文句言わない」
風呂場へ入ってきた二人へ有無を言わせず、肌掻きを渡して体中を掻かせた。
スリスリと肌の上を鋼鉄の爪が掻いていと、えも言えぬ心地良さで、思わず気の抜けた声が出た。
特に背中なんかは汗で微妙な痒みもあったのだから、堪らなく気持ちいい。
そうこうしてるうちに全身掻き終わるので、「ありがと」と湯を体に掛けた後、風呂の中へと入る。
滑らかに加工されたグラニートという岩で出来た浴槽だ。
ここらでは採掘出来ず、わざわざ山岳の町から行商人に頼んで買ってきた物である。
そのグラニートに張った湯が全身を包み込み、体の緊張を癒やした。
体の芯に溜まった疲労が湯へと溶け出す。
胸部が湯に圧迫されると同時に全身がリラックスして、幸せそうな溜息が出た。
気持ちいい……。
ほっと一息つくと、互いに肌掻きをしている弟を浴槽に肘を置いて見る。
サニヤは姉の特権とも言うべきか、二人に肌掻きをさせるばかりで、二人の肌掻きをしたことが無い。
もっとも、二人がいつも互いに肌掻きをしているというのもあるが。
そんな仲良い二人の弟を見ると微笑ましくなってくる。
サニヤの幼少期は反抗と孤独だけがあった。
優しく包み込む両親を穢れて汚いと感じて拒絶し、そんな自分自身でさえも嫌悪したのである。
そんなサニヤが唯一心開いていたライが死んで、他人に心を開き始めたというのだから皮肉だ。
だけど、この二人は違う。
双子同士仲むつまじく、決して孤独じゃない。
そんな二人を見ているだけで、サニヤの愚かな過去が精算されるような気持ちであった。
さて、サニヤが見ていた二人は肌掻きを終え、掛け湯をすると、「それじゃあ先に上がってるね」と出て行こうとした。
「駄目。湯船につかりなさい」
サニヤが言うと「えー」と不服そうな顔を二人してする。
ザインとラジートはこう見えてもせっかちな所があって、湯船に浸かってる時間があるなら本を読んだり勉強をしていたいと思うのだ。
しかし、せっかくの風呂なのにゆっくり入らないのも勿体ないし、そもそも肌掻きだけでは体の汚れを落としきれないのである。
なので、「文句言わない」とサニヤが有無を言わせないと、二人とも渋々とした様子で風呂へと入るのである。
無理矢理に風呂へ入れられた二人はつまらなそうに湯船に浸かっている。
暇で暇で仕方ないのか、キョロキョロと周囲を見渡していた。
そして、「なんでお風呂ってずっとあったかいの?」と聞いてきたり、「なんで野菜って別々の時期に取る奴があるの?」とか疑問に思う事をサニヤへ聞きだした。
「外にある箱に火をくべると暖かくなるの」
「なんで?」
なんでと聞かれてもサニヤは答えようが無い。
ただ、浴室の外壁に隣接した箱型の部分に水を入れて火をくべ、ふいごで空気を送ると、温かい湯がグラニートの浴槽へ流れ込んでくるのだという事しか分からないのだ。
実際には、蒸気圧とサイフォンの原理を用いて、箱型の部分に水がある限り温かい湯を浴槽へ供給できるシステムなのである。
もっとも、この技術は大工間の、いわゆる同職ギルドでのみ知られている技術であり、一般公開されてはいなかったので、サニヤが知らないのも無理は無い話だったが。
「じゃあ野菜は?」と、ラジートが野菜の採れる期間の違うことを聞けば「そ、そのほうが美味しいから」とサニヤは答えた。
すると「どうして?」と聞き返すのだ。
最近、ザインとラジートはこのどうして攻撃を覚えて、良くリーリルやラーツェにどうしてどうしてと聞いていた。
その魔の手がサニヤにも及んでしまったのである。
リーリルなんかは、このどうして攻撃をのらりくらりと「どうしてかな? 一緒に考えよっか」とかわすし、ラーツェは素直に「分かりません」と答えたのであるが、サニヤははてさて困ってしまった。
何と言っても、サニヤは結構見栄っ張りの負けず嫌いだ。
分からないとは答えたく無いのであるが、リーリルのように柔軟な返事を用意出来ないのである。
だから「なんでも」と言うのがやっとであった。
二人は納得いかない顔を見合わせると、今度はサニヤの頭をじっと見始めた。
いや、頭ではなく、額の角を見ている。
「な、なによ?」とサニヤが狼狽えた。
角はカイエンとリーリルの子供では無い事を示す要素の一つであり、サニヤのコンプレックスの一つだ。
ザインとラジートは弟だから、角を隠していないが、それでもコンプレックスをまじまじ見られるのは良い気分がしない。
「なんでお姉様は角が生えてるの?」
「それに肌の色も違うよね」
ああ。
ついにその質問が来てしまった。
無邪気とは時として悪魔だ。
サニヤのコンプレックスへ無遠慮にズケズケと入ってくるのだから。
もちろん二人に悪意は無い。
サニヤの回答にワクワクとした顔で待っているくらいだ。
つまり単純な好奇心なのである。
だけどサニヤは黙ったまま、眉を寄せて口をキュッと結んでいた。
なんで自分に角が生えてて、肌が浅黒いのかなんてサニヤは知らないし、むしろ自分自身が知りたいくらいである。
サニヤが黙っていると、ザインとラジートは「触ってみて良い?」と聞く。
そんな質問をされたことが今まで無いので、サニヤは戸惑った。
いや、そもそも角を他人に見せたことが殆ど無かったから、触ってみて良いかなどと聞かれた事が無いのであるが。
とはいえ、別に拒絶する事でも無いので「じゃあ触れば」と頭を前に出すと、ザインとラジートはその角を触り始めた。
二人して「硬い硬い」と言いながら、角を撫でたりする。
「魔物って角が生えてるんだよね? お姉様みたいな感じなのかな?」
ザインとラジートはこの歳まで魔物を見たことが無い。
普通どのような集落でも、月に一度は魔物の襲撃というものはあり、多いときは一週間に二、三回の襲撃もあるほどであるが、どういうわけかサニヤ達が移り住むと魔物の襲撃が無いのだ。
開拓村でもあの大洪水以来魔物は現れなかったし、ラムラッドでもルーガが不思議がるほど現れなかった。
そして、この村でも一年間、魔物が現れてない。
なので、ザインとラジートは、本やリーリル達のお話で魔物を知っているだけであり、実際には魔物の容姿に関してイマイチ、ピンと来ていなかったのである。
なので、随分と好奇心が刺激されるのか、ザインとラジートはへー。と言いながらベタベタとサニヤの角を触り続けた。
「あんたらちょっと触りすぎ」
「だって、何だか不思議なんだもん」
頭骨が変形した硬い角には、額の皮が突っ張りながら覆っている。
その感触が不思議なのか、ザインとラジートはずっとさわり続けるのであった。
そして、あんまり自分でも触ったことが無かったのでサニヤは知らなかったが、その角には感覚が無かった。
とはいえ骨と皮の振動が根元へ伝わる事で触られていると言うことは分かったが。
しかし、これほどに感覚無ければ、何かにぶつけても痛くは無いであろう。
なので、サニヤは何となくラジートへ角を突き刺してみた。
ドスッとラジートの肩へ角がぶつかると「痛い」とラジートが言う。
「何するの?」と突然の事に目を白黒させてラジートが言うと「何となく」とサニヤは答えて、今度はザインへ角を突き刺してみる。
「やめてよぉ」と言いながら身をよじった直後には、背中へ角がぶつかった。
サニヤが頭を振ってグリグリとするので「痛い痛い!」とザインは叫んだ。
その二人の様子がおかしくておかしくて、サニヤはアハハと笑うと、もう一度二人へ角をグリグリと押し付けるのであった。
一年前まではあり得ない光景だったが、しかし、今では弟をコンプレックスだった角でいじめるくらいには、サニヤは明るくなっていたのである。
とはいえ、このデズモグ、あまり強い男では無い。
見た目からして、丸顔の柔和で少しばかり気の抜けた顔付きの、あまり好戦的でない男なのである。
ラーツェの尻に敷かれるのも納得であった。
なので、ルーガに稽古を付けて貰っていたサニヤの方がデズモグより強く、もはやどっちが稽古をつけて貰っているやらと言う状態であったが。
それでも、デズモグは様々な戦闘技術を持っていた。
例えば農馬を使って馬上戦闘の訓練をすれば、サニヤよりもデズモグの方が技術的に上である。
そう言うことであり、サニヤはデズモグから技術を教わる為にも稽古を付けて貰うのだ。
また、サニヤは明るさ取り戻した。
いや取り戻したと言うのは語弊があろう。
なにせ今までよりずっと明るくなったのだからだ。
例えば一日の内、昼前まではデズモグと共に畑へ行き、村人達と共に畑を耕した。
元々はデズモグの仕事をさっさと終わらせ、稽古を沢山付けて貰おうと思って手伝い始めたのであるが、今では村人とぎこちないながら話をしたり、笑ったりしながら畑仕事をするのだ。
当然、サニヤは姿を隠すため、顔や手足に包帯を巻いて姿を隠していたので、初めの内は村人たちも恐がったものであるが、不器用ながら一生懸命に畑を耕し、土へ鍬を入れる姿に村人たちも打ち解けていったのである。
最近ではザインとラジートを連れて畑に訪れると、彼らに畑仕事を手伝わせもした。
「腰痛いよぉ」
「家帰って本読みたいー」
二人して泣き言を言うので、サニヤは「男の子でしょ。泣き言言わない」と笑うのである。
何年間も猛将ルーガに鍛えられた足腰だ。
そんなサニヤに男の子でしょと言われるザインとラジートも少々可哀想ではある。
ともすれば、サニヤは村の誰よりも盛んに畑を耕すし、誰よりも多量に収穫するのだ。
一年前に種まきから初め、桶を持って川を行き来し、時には作物を食い荒らすイノシシを弓矢で仕留めたし、葉を食い荒らす虫を一日中取り続けた事もあった。
その末の収穫なのだ。
嬉しくて当然だろう。
「おばちゃん、私が運ぶよ。家はどこ?」
中年の女性では運ぶのも辛かろう野菜をたくさん入れた箱を、ヒョイと持ったりして、村人たちの手伝いもしたのである。
若キャベツ、アスパラガス、ブロッコリー花、セリ等々の春野菜が沢山の収穫であった。
こうして収穫を終え、サニヤはデズモグ、ザインとラジートを連れて家へと帰る。
家へ戻ると、赤子を抱いたラーツェが出迎えた。
この村に来て一年。
十月十日はとうに過ぎているのだから、出産していて当然だ。
リーリルと二人三脚でこの赤子を育てている。
「サニヤ様。お風呂の準備が出来ています」
出迎えてきたラーツェはそう言った。
そう、小川が幾つか流れるこの村では風呂の文化があるのだ。
「ありがとう。ラーツェ」とサニヤは言うと「ほら、ザイン、ラジート。行くわよ」と六歳の弟を連れて風呂場へと向かう。
サニヤは日に二度、風呂へ入った。
主に、昼前の畑仕事後に一度。
稽古終わりの夕刻に二度目。
サニヤは風呂が好きだ。
泥や汗を流してサッパリするのは気持ちが良い。
脱衣場でポイポイと服を脱ぐと「二人とも早くしなさい」なんて、真っ先に風呂場へと行くのである。
一方、ザインとラジートは「お姉様。片付けないと駄目だよ」とサニヤの服と、自分達の服を畳んでから風呂場へ向かった。
サニヤがパパッと体に香油を塗ると、その浅黒い肌が香油でテラテラと光る。
筋肉で引き締まった体は香油のテカリで凹凸がハッキリと分かった。
猫科の動物を彷彿とさせるしなやかな筋肉であるが、まだまだ子供の体付きである。
しかし、成長期の体は、胸は膨らんできたし、背も高くなってきてる。
サニヤは自分の体を見て、早く大人になりたいなと思う。
大人になって体に肉が付けば筋肉も付きやすくなるし、背が伸びれば戦いやすくなると思うのだ。
そんな事を考えていると、ザインとラジートがまだ来ないのに気付き「二人とも早く。油が乾く前に肌掻きをしてよ」と急かした。
肌掻きとは、鋼鉄製のフック状の器具である。
いわゆる真子の手のような形状をしたそれで香油を塗った肌を掻く事により、体の汚れを落とすのだ。
しかし、この肌掻きでは背中などを掻けなかった。
肌掻きをやらせる為だけにザインとラジートを風呂場へと同行させているのである。
「もー。お姉様の服を畳んでたから遅れてるんだよ」
「文句言わない」
風呂場へ入ってきた二人へ有無を言わせず、肌掻きを渡して体中を掻かせた。
スリスリと肌の上を鋼鉄の爪が掻いていと、えも言えぬ心地良さで、思わず気の抜けた声が出た。
特に背中なんかは汗で微妙な痒みもあったのだから、堪らなく気持ちいい。
そうこうしてるうちに全身掻き終わるので、「ありがと」と湯を体に掛けた後、風呂の中へと入る。
滑らかに加工されたグラニートという岩で出来た浴槽だ。
ここらでは採掘出来ず、わざわざ山岳の町から行商人に頼んで買ってきた物である。
そのグラニートに張った湯が全身を包み込み、体の緊張を癒やした。
体の芯に溜まった疲労が湯へと溶け出す。
胸部が湯に圧迫されると同時に全身がリラックスして、幸せそうな溜息が出た。
気持ちいい……。
ほっと一息つくと、互いに肌掻きをしている弟を浴槽に肘を置いて見る。
サニヤは姉の特権とも言うべきか、二人に肌掻きをさせるばかりで、二人の肌掻きをしたことが無い。
もっとも、二人がいつも互いに肌掻きをしているというのもあるが。
そんな仲良い二人の弟を見ると微笑ましくなってくる。
サニヤの幼少期は反抗と孤独だけがあった。
優しく包み込む両親を穢れて汚いと感じて拒絶し、そんな自分自身でさえも嫌悪したのである。
そんなサニヤが唯一心開いていたライが死んで、他人に心を開き始めたというのだから皮肉だ。
だけど、この二人は違う。
双子同士仲むつまじく、決して孤独じゃない。
そんな二人を見ているだけで、サニヤの愚かな過去が精算されるような気持ちであった。
さて、サニヤが見ていた二人は肌掻きを終え、掛け湯をすると、「それじゃあ先に上がってるね」と出て行こうとした。
「駄目。湯船につかりなさい」
サニヤが言うと「えー」と不服そうな顔を二人してする。
ザインとラジートはこう見えてもせっかちな所があって、湯船に浸かってる時間があるなら本を読んだり勉強をしていたいと思うのだ。
しかし、せっかくの風呂なのにゆっくり入らないのも勿体ないし、そもそも肌掻きだけでは体の汚れを落としきれないのである。
なので、「文句言わない」とサニヤが有無を言わせないと、二人とも渋々とした様子で風呂へと入るのである。
無理矢理に風呂へ入れられた二人はつまらなそうに湯船に浸かっている。
暇で暇で仕方ないのか、キョロキョロと周囲を見渡していた。
そして、「なんでお風呂ってずっとあったかいの?」と聞いてきたり、「なんで野菜って別々の時期に取る奴があるの?」とか疑問に思う事をサニヤへ聞きだした。
「外にある箱に火をくべると暖かくなるの」
「なんで?」
なんでと聞かれてもサニヤは答えようが無い。
ただ、浴室の外壁に隣接した箱型の部分に水を入れて火をくべ、ふいごで空気を送ると、温かい湯がグラニートの浴槽へ流れ込んでくるのだという事しか分からないのだ。
実際には、蒸気圧とサイフォンの原理を用いて、箱型の部分に水がある限り温かい湯を浴槽へ供給できるシステムなのである。
もっとも、この技術は大工間の、いわゆる同職ギルドでのみ知られている技術であり、一般公開されてはいなかったので、サニヤが知らないのも無理は無い話だったが。
「じゃあ野菜は?」と、ラジートが野菜の採れる期間の違うことを聞けば「そ、そのほうが美味しいから」とサニヤは答えた。
すると「どうして?」と聞き返すのだ。
最近、ザインとラジートはこのどうして攻撃を覚えて、良くリーリルやラーツェにどうしてどうしてと聞いていた。
その魔の手がサニヤにも及んでしまったのである。
リーリルなんかは、このどうして攻撃をのらりくらりと「どうしてかな? 一緒に考えよっか」とかわすし、ラーツェは素直に「分かりません」と答えたのであるが、サニヤははてさて困ってしまった。
何と言っても、サニヤは結構見栄っ張りの負けず嫌いだ。
分からないとは答えたく無いのであるが、リーリルのように柔軟な返事を用意出来ないのである。
だから「なんでも」と言うのがやっとであった。
二人は納得いかない顔を見合わせると、今度はサニヤの頭をじっと見始めた。
いや、頭ではなく、額の角を見ている。
「な、なによ?」とサニヤが狼狽えた。
角はカイエンとリーリルの子供では無い事を示す要素の一つであり、サニヤのコンプレックスの一つだ。
ザインとラジートは弟だから、角を隠していないが、それでもコンプレックスをまじまじ見られるのは良い気分がしない。
「なんでお姉様は角が生えてるの?」
「それに肌の色も違うよね」
ああ。
ついにその質問が来てしまった。
無邪気とは時として悪魔だ。
サニヤのコンプレックスへ無遠慮にズケズケと入ってくるのだから。
もちろん二人に悪意は無い。
サニヤの回答にワクワクとした顔で待っているくらいだ。
つまり単純な好奇心なのである。
だけどサニヤは黙ったまま、眉を寄せて口をキュッと結んでいた。
なんで自分に角が生えてて、肌が浅黒いのかなんてサニヤは知らないし、むしろ自分自身が知りたいくらいである。
サニヤが黙っていると、ザインとラジートは「触ってみて良い?」と聞く。
そんな質問をされたことが今まで無いので、サニヤは戸惑った。
いや、そもそも角を他人に見せたことが殆ど無かったから、触ってみて良いかなどと聞かれた事が無いのであるが。
とはいえ、別に拒絶する事でも無いので「じゃあ触れば」と頭を前に出すと、ザインとラジートはその角を触り始めた。
二人して「硬い硬い」と言いながら、角を撫でたりする。
「魔物って角が生えてるんだよね? お姉様みたいな感じなのかな?」
ザインとラジートはこの歳まで魔物を見たことが無い。
普通どのような集落でも、月に一度は魔物の襲撃というものはあり、多いときは一週間に二、三回の襲撃もあるほどであるが、どういうわけかサニヤ達が移り住むと魔物の襲撃が無いのだ。
開拓村でもあの大洪水以来魔物は現れなかったし、ラムラッドでもルーガが不思議がるほど現れなかった。
そして、この村でも一年間、魔物が現れてない。
なので、ザインとラジートは、本やリーリル達のお話で魔物を知っているだけであり、実際には魔物の容姿に関してイマイチ、ピンと来ていなかったのである。
なので、随分と好奇心が刺激されるのか、ザインとラジートはへー。と言いながらベタベタとサニヤの角を触り続けた。
「あんたらちょっと触りすぎ」
「だって、何だか不思議なんだもん」
頭骨が変形した硬い角には、額の皮が突っ張りながら覆っている。
その感触が不思議なのか、ザインとラジートはずっとさわり続けるのであった。
そして、あんまり自分でも触ったことが無かったのでサニヤは知らなかったが、その角には感覚が無かった。
とはいえ骨と皮の振動が根元へ伝わる事で触られていると言うことは分かったが。
しかし、これほどに感覚無ければ、何かにぶつけても痛くは無いであろう。
なので、サニヤは何となくラジートへ角を突き刺してみた。
ドスッとラジートの肩へ角がぶつかると「痛い」とラジートが言う。
「何するの?」と突然の事に目を白黒させてラジートが言うと「何となく」とサニヤは答えて、今度はザインへ角を突き刺してみる。
「やめてよぉ」と言いながら身をよじった直後には、背中へ角がぶつかった。
サニヤが頭を振ってグリグリとするので「痛い痛い!」とザインは叫んだ。
その二人の様子がおかしくておかしくて、サニヤはアハハと笑うと、もう一度二人へ角をグリグリと押し付けるのであった。
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魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
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