没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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3章・明日への一歩

息子

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 ラムラッドは猛将ルーガが治める町であり、他の領主が治める領土に比べて王都に近い。

 なにせ猛将ルーガは義に厚い人物であり、王都の人達はルーガが裏切るなどと思いもしなかったため、王都を守る最終防衛ラインとして信頼していたのである。
 しかし、その義の厚さが裏目に出た。

 兄サリオンへの義に立ち、王都ラクマージへ攻め寄せる事になろうなどと誰が想像出来たであろうか。

 しかし、ルーガが王都へ攻めている間、ルーガへの後詰めは来なかった。
 実はこの反乱、一枚岩ではなかったのである。

 反乱参加者は、西方を護るガリエンド家当主のサリオンを始め、北方を護る鎮守公ノバーダ・ラクラロールや南方の諸侯達であった。
 しかし、北方のノバーダは外国のラジエンジ国との和平交渉に失敗し、ラジエンジ国に攻め込まれたため王都へ進軍出来なかったし、南方では諸侯が王都へ向かおうとしたのを王側へ付いていた南政婦キュレイン・オーカムが防いだ。

 そして、ルーガの後詰めとして王都へ向かっていたサリオンを攻撃したのは、西方諸侯の一つサーラル家。
 つまり、テュエルであった。

 まさに混乱である。
 サリオンと共に王都を滅ぼして高い地位へ付こうとする者。
 反乱を鎮圧し、王に認められようとする者。
 そして、この反乱に乗じて攻め込もうかと、虎視眈々と戦況を睨んでいる諸外国。

 マルダーク国内は混沌としていたのである。

 そのせいで、援軍が来なくなったルーガは王都の王直属近衛部隊を始め、王都に居る貴族達の私兵と戦わねばならなくなった。
 
 当初は、突然の反乱によって交戦準備の整っていない王都目前まで進軍したルーガであるが、そこで貴族達の私兵が討って出たのだ。
 一度目の交戦である。
 ルーガ軍八千に対して王都の私兵集団一万。

 ルーガ軍は数で負けているうえ、その私兵集団は貴族を護るため選りすぐりの手練れである。

 たちまちルーガ軍は敗走。
 しかし、私兵集団は各貴族の私兵が寄り集まっているだけなため、武功に焦り追撃の足取りが合わなかった。
 そこへルーガが精鋭百騎を引き連れて反転突撃。

 これに私兵集団は八人の将を討ち取られる大損害を被り、追撃の足を止めたのである。

 この際、ルーガは戟(ハルバード)を用いて敵将三名を討ち取り、敵兵を十名は殺害せしめる大戦果であった。
 もっとも、ルーガ自身精鋭百騎のうち、二十騎を失ってしまったのであるが。

 兵達は撤退の戦列へ戻ってきたルーガと八十人の騎兵を讃え、今こそ転身反撃の時だと言うも、ルーガは戦死した二十騎の意を汲めと怒鳴りつけてラムラッドへ撤退したのである。

 八千の兵達を逃がすため、ルーガ達は反転突撃し、そして二十騎の兵は死んだのだ。
 だのに撤退していた兵達が再び攻め込んでは何の意味もない。
 何のために二十騎は死んだのだとなろう。

 後詰めが来ないのは誤算であったが、冬までラムラッドに籠城すれば、降雪で敵も攻めては来れない。
 なので、二十騎の意思を汲むならば、ラムラッドで耐えるしかないとルーガは考えるのである。

 こうしてラムラッドへ撤退したルーガ軍へ、王都の追撃部隊が攻め込んできた。
 二度目の交戦である。

 急造チームであった先の一万人と違い、統制のとれた王都の正規兵二万人による攻城戦となった。

 大海の如く押し寄せる敵兵へ、ルーガ軍が城壁の上から矢を射かける。
 しかし、押し寄せる敵兵の密度は凄まじく、城壁の上にまで届くほど長い高梯子や、城門を粉砕する破城鎚の設置を許してしまったのである。
 するとルーガ軍は熱湯を降り注いだり、梯子から登る敵兵を長槍で突き落としたのだ。

 そのような事をしていると、今度は破城鎚が城門をドシンと叩いた。
 ルーガ軍がすかさずに鎚を引いている敵兵へ弓矢を射かけるが、その隙に今度は長梯子から敵兵が登ってくるのである。
 
 もはや城壁を破られるのも時間の問題か。

 しかし、突然、敵兵がざわめいた。
 なんと敵隊の横っ腹をルーガが騎兵を率いて突撃したのだ。

 実は、ルーガが幾人かの手勢を率いて、裏門よりラムラッドを出ると、城壁をグルッと回って敵部隊を攻撃したのである。

 これに敵兵は混乱し、恐慌状態となった。
 恐れと混乱に支配されたマルダーク二万の兵士はもはや戦う気力が失われている。
 結局、マルダーク兵は撤退する事となったのである。

 ルーガはこの混乱のさなかにも、敵将の首を一つ上げ、敵兵を五人殺していた。

 個人が上げる戦果としてはかなりのもので、誰しもがさすがはルーガ様と拍手喝采だ。
 マルダーク兵がどれだけの者であろうと、ルーガがいれば勝てるに違いないと民衆から末端の兵に至るまで思ったのである。
 しかし、そんなルーガの活躍を苦々しげに思う者も居た。

 それは誰であろうルーガの息子、ガラナイである。
 彼は先の交戦でルーガに付き従い、敵軍を横から突いていたのだ。
 これがガラナイの初陣である。
 そして、この初陣で上げた戦果は敵兵二人。
 ルーガには遠く及ばない。

 そればかりか、戦いの恐怖に失禁し、顔は涙や鼻水でグチャグチャだったのだ。

 ガラナイはそんな自分の姿が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないのである。
 そんなガラナイが戦いが終わって無事にラムラッドへ戻ると、ルーガは戦績を聞いた。
 ガラナイが二人だったと答えると「そうか」と言うのみであった。
 
 なんだ。
 何が「そうか」だ。
 期待外れか?

 昔からそうだ。
 俺は戦人の親父に遠く及ばない。
 ガキの頃の俺は親父の稽古に付いて行けなくて、結局逃げてしまった。
 そんな親父の稽古に一心不乱に食らい付くサニヤが羨ましくて憧れる程だったけど、俺は親父みたいになれないんだ。

 ガラナイはそんな苦い思いを抱きながら、皆からの賞賛を浴びるルーガの背を見ていた。

 それが二度目の交戦であった。

 そして三度目。
 三度目の交戦では、見張りが奇妙な物体を見つけた所から始まった。
 奇妙な物体とは、巨大なスプーンのような物がついた木の兵器である。

 恐らくは破城鎚のような攻城兵器であろうが、一体何なのか?

「王都の学者先生は奇妙な兵器を開発していると言うが、あれもその一つか?」

 ルーガはそう呟いた。

 王都では、頭の良い連中があまり役に立たない兵器ばかり研究しているとはもっぱらの噂なのである。
 
 その謎の新兵器は矢も届かないような遠方で止まり、敵兵が兵器の周りで何やら作業を始めた。

 城壁の上でその様子を眺めていると、騎士の一人が「うって出ますか?」と聞く。
 
「いや、敵軍の方が数の多い以上、下手な攻撃は墓穴を掘る」

 数とは力である。
 兵数が敵より一人多いと、敵へ与える損害は一人分よりも多くなると言われているのだ。
 そう言う事もあり、部隊というものは総大将を中心に全兵を並べる総力戦がこの世界の常識であり、分隊や小隊という概念が無いのである。

 なので、敵の方が数が多い場合には、防御に徹して機を窺うというのが定石であった。
 攻城三倍というように、防御側と攻撃側では防御側の方が有利なのだから、数の不利を覆すには防御以外に無いのである。
 
 なので迂闊に打って出る事はせず、城壁の上から敵軍を観察したのだ。

 敵軍は当初、その巨大なスプーンの先には無数の瓦礫が乗っける。
 一体何をするのかとルーガ達は見ていると、敵兵が斧で、スプーンを固定しているロープを切断した。

 スプーンの柄にあたる部分には巨大は岩が付いており、その岩の重さでスプーンが回転。
 スプーンに乗せられていた無数の瓦礫が、遠心力でラムラッドに向けて放たれたのである!

 投石機カタパルトである。

「伏せろ」とルーガ達が身を低くして城壁に隠れると、その無数の瓦礫はラムラッドの城壁に激しくぶつかり、力無く地面へ落ちた。
 城壁にはヒビ一つ入っていない。
 幾つかパラパラとしたチリが城壁内に入ってきたものの、人を殺傷せしめるものは城壁を越えては来なかった。

 なんだこの程度かとルーガ達が思うと、今度は巨石をスプーンの上へと乗せている。

 小さな瓦礫だったから良かったが、巨石の質量をぶつけられてはひとたまりもない。
 これはいよいよマズいぞとルーガ達は思うが、投石器カタパルトは無慈悲にも回転し、巨石をラムラッドへと投げ飛ばした。

 恐ろしい質量の岩が天を舞う。
 城壁にぶつかれば、いくら堅固な城といえども破砕は確実だ。

 もっとも、ぶつかればの話であるが。

 巨石は空中で失速し、そのまま地面へ落ちると鈍い音をたてて砕けちった。
 このような巨大な岩を投げるには、投石器カタパルトが少々力不足だったようだ。
 
 ルーガ軍は声を大にして「やはり戦場を知らぬ学者先生様の兵器は革新だなあ」と笑った。
 ルーガもフフフと笑い「あれならば打って出るまでも無し。防衛に専念せよ」と命じたのである。

 この調子なら降雪まで耐えられそうだ。
 冬になれば降雪で敵兵も行動不能に陥ろう。
 食糧の輸送も困難になるから、冬に入ったら敵軍も撤退せざる得まい。
 ゆえに降雪までの辛抱なのである。

 しかし、その余裕が油断だったと知るのは翌日の事であった。
 
 翌昼間、敵軍に動向は無いかを見張っていると、投石器カタパルトが作動し、巨大なスプーン部位を振るったのだ。
 またしても無駄な努力をとルーガ軍の誰もが思ったが、しかし、その物体は綺麗な放物線を描き、城壁を越え、ラムラッドの町中へと落下したのである。

 すると、戦争も忘れて日常の暮らしを始めていた人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。

 何かが落下した場所ではちょっとした恐慌状態となっている。

 ルーガが手勢を連れて城壁を降り、急ぎその場所へ行くとギョッとした。

 そこには何と、蛆虫が這いずり回る人と馬の腐乱した体の一部があるではないか。
 
 もはや何が何だか分からない肉塊に、なんとか人の形を留めている手足や顎が白い骨を覗かせながら飛び出ている。

 異様な臭気と無残な光景に、それを見た護衛騎士は兜の面甲を上げて吐いた程だ。
 
 しかし、ルーガは騎士達と違い、目をカッと見開いてその腐乱死体を見ると、ゆっくりとその死体へ近づいたのである。

 どうしたのであろうか?

 彼が見つめるは、恐らくは人の手であろう部分。
 その肉が崩れて原形をほとんど留めていない手から、何かを摘まみ取る。

 護衛騎士や周りの人々は一体何をしているのかと不気味に思うが、ルーガはそんな護衛騎士に摘まんだ物を見せた。

 指輪だ。
 それに護衛騎士の一人はハッとし、「エギルドの……」と呟く。

 エギルドとは数日前にルーガと共に敵軍へ反転突撃を敢行した騎兵の一人で、貴族を真似して作った、彼女とお揃いの指輪が自慢の男だ。

 つまり、この死体はルーガ軍の戦死した兵達である。

 ルーガ軍の兵をバラバラに切断し、わざわざ火に掛けて肉を焼いて腐らせて蛆を湧かせてから、投石器カタパルトで投げてきたのだ。

「馬の死体はただちに壁外へ捨てよ。人の死体は何か身分の分かる物品を見つけて壁外へ捨てよ」

 ルーガは静かな声で言う。
 本当は彼らの死体を棺に納めて、家族や一族の元へと返すか、あるいは国を上げて手篤く葬るべきであろう。

 ルーガだって本当はそうしたかった。
 八千の味方を助けるために散った英霊を、なんで壁外に投げ捨てねばならないのだ。
 しかし、捨てねばならない。
 今は戦争中で葬儀など出来ぬし、腐乱した物体は瘴気をばらまくと言われているので、早急に処理することが必要なのだ。

 ルーガは怒っていた。
 自分の配下へこのような残虐な仕打ちをして、なんで怒らずに居られようか。
 しかし、この怒りは、あの間欠泉のような怒りではなく、ふつふつと静かにくすぶる怒りである。
 一見すると平常通りのルーガに見えよう。

 人というものは怒りの臨界点を超えると、逆に冷静になってしまうのかも知れぬ。
 もっとも、その心はかつてない程の炎を蓄えていたのであるが。

 あの投石器カタパルトを何とかせねば。
 ルーガは思う。

 あの投石器カタパルトを何とかせねば、何度も何度も腐乱死体を投げ入れられてしまうだろう。
 兵の士気は下がり、民衆は混乱し、瘴気がばらまかれてしまう。
 しかし、何よりも、戦死した兵達の遺体をあたらに辱める敵の行為が許せぬ。

 ルーガは将兵を兵舎の作戦室に集めて軍議を開くと、投石器カタパルトを破壊するために打って出る事を伝えた。

 作戦は簡単だ。
 投石器カタパルトへ矢が届く位置まで弓兵部隊を前進させ、矢じりに油を染みこませた布を巻いた弓矢に火を付け、火矢にて投石器カタパルトを焼き払うというものである。

 当然、敵軍も投石器カタパルトへの接近を許すまいと迎撃に来るだろう。
 その敵軍から総員で弓兵部隊を守り、接近する必要があるのだ。

 正面からの総力戦。
 数で劣るルーガ軍はかなりの不利であるが、投石器カタパルトを破壊するためにはやらねばならぬ。

 そして、問題となるのは、先陣を切る騎兵突撃を指揮するのは誰かという所である。

 先陣を切る騎兵突撃は、迎撃の守りを固める敵陣を崩す攻撃の要であり、そして最も死傷者の多い場所だ。
 生きて帰ってくるだけでも戦功を得られる程なのである。

 今回、その騎兵突撃でいかに敵陣を崩せるかが重要となるのだが、しかし、数で上回る敵軍の陣形は厚く、突撃で崩しきれるか分からぬのだ。

 ゆえに能力的にはルーガが適任であろうが、今回のルーガは総指揮に回るから出来ない。
 
 いやはや誰が最も危険で最重要な所をやるべきかと言う時、すかさずに立ち上がって名乗り上げた者がいる。

「ガラナイ・ガリエンドにお任せください! 親父!」

 
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