没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

文字の大きさ
58 / 111
5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟

双子

しおりを挟む
 ある日、カイエンはリーリルが作ってきた弁当を城の庭園で食べていた。

 弁当といってもバスケットにサンドウィッチが入れられているものである。
 
 だいぶ修復の進んだ庭は芝が綺麗に手入れされていた。
 その芝に腰掛けて、二人の息子と白い長い髪の妻と共にサンドウィッチを食べていた。

 通りがかりのメイドが見かねて、椅子とテーブルを用意するかと聞けば、芝生に腰掛けるのも心地が良いから気にしないでくれとカイエンは言う。

 メイドはチラリとリーリルを見た。
 その白い髪と肌があまりに透き通るような可憐さであるため、地べたに座らせるのを申し訳なく思うのである。

 が、リーリルはこう見えて村娘なため、地べたへ座るのに抵抗は無く。
 むしろ、彼女もこちらの方が良い。
 かつて、開拓村の河辺でサニヤと一緒に三人でサンドウィッチを食べた事を思い出すからだ。
 もっとも、今はサニヤが居ないが。

 とはいえ、カイエンはリーリル達へ既にサニヤが帰ってきている事は伝えている。

 サニヤが帰ってきたその日の晩には、リーリルと双子の子供達には伝えたのだ。

「実は、サニヤは帰ってきてるんだ」

 その言葉を聞いた彼女達の喜びようは忘れられないくらいであろう。

 ザインとラジートも、すぐ会いたいと笑顔で言ったものだ。
 しかし、カイエンは、サニヤがサーニアと言う偽名の元、サニヤの名は捨てた事を伝え、今はそっとしておくように命令した。

 リーリルはサニヤがその名を捨てた事を、まさかその人生や家族まで捨てたのでは無いかと不安に思うのであるが、そんなリーリルへカイエンは「僕達を捨てたなら、サニヤはわざわざこの国に帰って来ないさ」と言ったのである。

 そうだ。
 結局の所、サニヤはサーニアと言う存在になることによって過去の嫌なことから逃げはしたが、しかし、自分という存在そのものから逃げたわけでは無い。
 それは、また戻ってきたことからもよく分かる。

 彼女はまだ十四で成人では無い……が、子供とも言い切れぬ多感な時期であり、つまりは、自分を見直す猶予と言うものが必要なのだ。
 そして、それは己の力だけで行われる。
 こればかりは親が口を出す問題ではなく、子供自身が、自分の歩みの中で得てきた仲間や、経験や知識から解決する問題なのだ。

 なにせサニヤは今、人生で初めて、誰のせいにも出来ない問題に直面し、また、女としての自尊心を著しく傷つけられた。
 その上で、人生で初めて自分の最も信頼しているカイエンとリーリルに『頼りたくない』と思っている。
 
 この問題を乗り越えて初めて、人は本当の意味で大人になり、親の元を実(マコト)の意味で巣立つのかも知れない。

 だからこそ、カイエンは、今はサニヤをそっと見守る事にしたのだ。

 もっとも、ザインとラジートは納得出来ず、カイエンが意地悪で姉に会わせないのだと思っていた。
 だから、ますますカイエンの事を嫌ったのである。

 今日のピクニックだって、二人はリーリルを挟んでカイエンから離れた所に座っていた。
 
 この二人は本当にカイエンを嫌っている。
 カイエンは大概、日暮れ時に屋敷へ帰るのであるが、家に帰ってきても二人が挨拶をすることなんて決して無い。
 リーリルはそんな二人をいつも叱るのであるが、カイエンはそんな二人を許した。

 リーリルは正直、母として息子がそのような態度を取るのを許せ無かったのであるが、一方のカイエンは息子と一緒に居られるだけで嬉しかったので、ザインとラジートをそんな叱るなよと笑うのだ。

「あなたは優しすぎよ」

 なんてリーリルはぷりぷりと怒った。

 そして、今回も「お父様の休憩時間は少ししか無いのよ」と二人をカイエンの隣に座らせようとして、「やだ!」と断られたので、「もう! わがまま言わないの」と叱っている。

 かつて、サニヤの反抗期に右往左往するばかりのリーリルでは無く、しっかりと母親をしていた。
 そのリーリルの姿を見ると、カイエンはリーリルも成長したのだと思う。

 なにせカイエンとリーリルが体験したサニヤの反抗期は、根が深いものであったし、サニヤ自身もその反抗期に苦しんでいた泥沼の地獄であった。
 しかし、ザインとラジートはまさにただのわがままによる反抗なのだから、サニヤの反抗期を経験した身としてはずっとやりやすかったのである。

「あなたも、笑ってないでこの子たちと向き合いなさい」なんて、マーサを彷彿させるお母さんぶりに、カイエンもたじたじとなりながら「ご、ごめんよ」なんて謝った。

 すっかりお母さんが板に付いたリーリルであるが、彼女だってザインとラジートと、そしてカイエンが仲良くなれるように気を揉んでいるのだ。
 だのに、夫とはまっこと家庭のことを軽視しすぎであろう。
 仕事をテキパキと終わらせて早く家へ帰ってくれば、家族が満足などするものか。
 一緒に居られるだけで満足なんてのは、リーリルに言わせれば『カイエンは逃げている』のだ。

 双子のこの子供達にどう接して良いのか分からず、逃げているだけだ。
 
 カイエンは無意識であったが、リーリルの思った通りである。
 かつてサニヤの反抗的態度に、カイエンは傷付いた。
 それでも、カイエンはサニヤの赤子の頃から知っていたから何とか接することが出来たが、ザインとラジートとは八歳の彼らしかカイエンは知らぬ。
 ゆえにどう接して良いのか分からず、彼らの様子を観察するに留まっているのだ。

 が、それはザインとラジートも同じで、突如現れた『父』にどう接して良いのか分からずに拒絶してしまう。

 要するに、どこまでもこの父子は親子なのだ。
 
 しかし、これにリーリルは頭を抱えざる得ない。
 サニヤにはカイエンの意固地で頑固な所が、ザインとラジートにはカイエンの慎重で『ヘタレ』な所が……。
 なぜサニヤと言い、ザインとラジートと言い、カイエンの厄介な所ばかり引き継がれてしまうのだろう。

 そんなリーリルは何とか二人をカイエンの隣に座らせる事に成功した。

「あなた。話してください」

 この時を待ってたのでしょう?
 
 まったくもって、『押せ押せ状態』のリーリルにカイエンは頭が上がらぬものだ。
 かつて、裸で言い寄られ、欲望に負けてしまったように、カイエンは恐らくずっと、リーリルに負けているのだろう。

「あー……えっと……。その、やあ」

 突然の事にドキマギとしながら、カイエンはザインとラジートへ挨拶した。

 が、二人はムッツリした顔で睨みつけるばかりである。

 これにカイエンは困り、リーリルへ助けを求めて視線を送ったのであるが、彼女は少し怒ったような顔で「話しなさい」と口を動かすのだ。

 話せと言われたって、何を話せば良いのやら。
 悩んだカイエンは、二人がよく家で本を読んでいるのを思い出し、いつも何の本を読んでいるのか聞いた。

「僕はリグリー・オルベンの『テレンス』」
「僕はアデュー・リュース著作の『我が戦争』」

 呟くように言う本の名前。
 実を言うとカイエンは本を読まないタチなので、その本がまるで分からない。

 どんな本なのか聞くと、テレンスはフィクション小説で、貴族の息子である主人公テレンスが宗家の女の子に恋をして家を出る話である。

 一方の我が戦争はラングィン王国の騎士であった著者のアデューが体験したノンフィクション小説である。
 魔物退治の為に遠征し、暗黒の民と名乗る一族と出会い 彼らと共に魔物と戦い、そして仲間の大半を失って帰ってくると言う内容だ。

 が、その説明をザインとラジートから聞いたところで、カイエンは何と言えば良いのか分からず黙ってしまう。

 会話が途切れて気まずい空気が流れた。
 
 ふと、カイエンは二人と共通の話題があることに気付き、ザインとラジートへサニヤの事を聞く。
 共通の話題と言う点に置いて、サニヤの事があった。
 
 サニヤはいつも二人にどんな感じで、二人にだけはどんな態度を取るのか。
 それを知りたい。

 そして、ザインもラジートもサニヤの事が好きなので、サニヤの事になると多弁になるのである。

 お姉様は一緒にお風呂に入ってると角で背中を突き刺して来るとか、ソファーでゆっくりしてると蹴落としてくるとか。
 本を読みたいのに外へ連れ出して木登りさせたり、降りられなくなったのを見て意地悪に笑ってたり。

 それは……仲が良いのかと、カイエンは戸惑いながら話を聞いていた。
 が、ザインとラジートは随分と笑顔である。

「お姉様は優しいか?」と聞けば、「うん!」と初めて元気よく返事をした。

 聞いている限りでは優しそうには思えないが、しかし、カイエンに笑顔で返事をするくらにはサニヤの事が好きなのだろう。
 
「お姉様が意地悪してきたら、くすぐるかカエルを投げれば大人しくなるしね」
「ね」

 二人のそんな何気ない言葉。
 カエルと言ったのをカイエンが不思議そうに「カエルを投げるのか?」と聞くと、サニヤはカエルの両足を伸ばした姿が嫌いなのだと二人は言うのだ。

 まさか怒れ知らずなサニヤにそんな嫌いなものがあるなんてカイエンは知らなかった。
 そして、ザインとラジートはカイエンの知らないサニヤの姿を自分達は知っているのだと得意になり、お姉様が作った野菜は美味しいんだよ。とか、でも料理は不味いんだよとか、楽しそうに話すのである。

 実際、カイエンはサニヤが農業をやっていただなんて知らなかったし、料理の練習をしていたなんて知らなかった。
 
 カイエンの知らないサニヤの顔を知れて楽しかったし、あの二人が笑顔で話しをしてくれるのは嬉しい。

 しかし、楽しい時間はすぐ過ぎるもので、気付けば城の鐘が午後の時間を報せた。

 カイエンは午後から会議があるので、楽しい時間もここまでだ。
 会話を中断されたザインとラジートは不服そうな顔をしたので「今日の夕方に、続きを話してくれ」と二人の頭を撫でる。
 すると「やだ」なんて二人は頬を膨らませている。

 リーリルはクスクスと笑って「今日は楽しかったね」なんて笑うのであるが、二人とも声を揃えて「楽しくなかったもん」と言うのだ。
 まったくサニヤを思い起こさせるような態度が懐かしくて、カイエンは微笑みながら三人と別れて王城へ向かった。

 カツカツと靴の音を鳴らしながら歩く。
 その靴音は心なしか軽やかだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

騎士団の繕い係

あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...