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2章、剣弩重来編
58、盲目ゆえによく視える
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ハルアーダとアキームが敗戦処理に追われている頃に前後し、ラドウィンもまた敗北の中にいた。
カインはラドウィンの再三の制止も聞かず、ハント領へと進軍したのだ。
ラドウィンは幾度も出兵を取りやめるよう伝えた。
ハントの兵はカセイ国と戦い続けている強兵であり、また、その兵を束ねるダルバやタハミアーネも一筋縄で行かぬ勇将なのだと理路整然と説明したが、無駄であった。
おまけに、カインばかりかグィーゼルを始めた将まで、ラドウィンを空気が読めぬ輩だと鬱陶しがったのである。
カイン軍はダラワーン湖を挟んで東西から北進してハントの領土を挟撃しようとしたのだ。
しかし、当初、カイン軍の西の進撃隊が敗走した。
カイン軍、西の進撃隊を率いるのはバルバッサであった。
カイン腹心のグィーゼルの、その右腕である。
しかし、ハントの西方防衛軍を率いるダルバによって無惨の討死を遂げた。
バルバッサ討死の報せが早いか遅いか、ダルバ率いる西方防衛軍が東へとやってきたのである。
敵軍の戦力はおよそ二倍。
しかも勇将ダルバまでいるのだ。
当然のようにカイン軍は大敗を喫した。
カイン軍が退けばハント軍が追撃に出る。
追撃を防ぐ殿軍をつとめたのはラドウィンだ。
ラドウィンは兵を率いて見事な伏兵でカイン軍の撤退を助けたのである。
だが、殿軍から何とか生還したラドウィンを待っていたのは、カインの激烈な憤怒であった。
カインはラドウィンがこの戦いに反対であったことを覚えていた。
そして、この大敗の原因はラドウィンの怠慢に違いないと憤ったのである。
バルバッサが死んだのもきっとラドウィンのせいだ。
「お前は、俺にハントと戦うことを諦めさせようと、わざと負けるよう仕向けたな」
もちろん、そのようなことがラドウィンにできる訳では無い。
ラドウィンはカイン軍本隊にいた。
バルバッサとは大きな湖を挟んで東西に別れていたのだ。
なぜ、バルバッサへと妨害ができようか?
ラドウィンの問いにカインは「ではやっていないという証拠を出せ」と喚いた。
これは前線基地であるオッゼの町の入り口での事だ。
「証拠がなければ、貴様がこのオッゼの町の門を罪人としてくぐることになるぞ」
そのようなことができるわけがなかった。
悪魔の証明である。
まず、罪人である証拠を示さねば、やってない証拠など提示のしようがないのだ。
ラドウィンは目をつぶって黙った。
観念したというべきか、諦念を抱いたというべきか。
とにかく、不毛な行為に疲れ、ただ黙ったのである。
カインはラドウィンが罪を認めたと考えた。
兵の一人にラドウィンを縛らせようと命じるのだ。
その時である。
近くの森から石が飛んできた。
その石は真っ直ぐと飛ぶ。
落ちることなく、目にも止まらぬ速さだ。
その石はラドウィンを縛ろうとする兵の腕へ見事に当たった。
肉にめり込み、骨を折る。
と、同時に「こっちだ! ラドウィンさん!」と森から声がしたのだ。
ラドウィンは反射的に森へと駆けた。
そして茂みに飛び込むと、二人の男がいた。
一人は『せむし』の男だ。
しかも盲目でもあるようで、目は白濁に染まり、手には杖をついていた。
三十かその辺りの年齢に思える。
痩せ細った手足に反し、顔は顎が大きくいかめしかった。
そしてもう一人は、ラドウィンも知る人物である。
それはシュラだ。
十年経って、整えられた少しだけの顎髭を蓄えている。
やや皺が刻まれ、かつての幼さを残す青年はもうない。
だが、人差し指と中指がくっついている彼の特徴を見間違えるはずがないのだ。
ラドウィンは、なぜシュラがここにいるのかと驚いたが、再会の喜びを分かち合うことはまだできなかった。
なにせカインの兵らが追ってきていたからだ。
「逃げましょう」
シュラの先導のもとラドウィンは逃げた。
「しかし、どこへ?」
ラドウィンが聞くと、シュラは「サバルト教団が使っていたアジトがあります」と答えた。
シュラは逃げながら落ちている石を拾うと、後方から寄せる追っ手へ投石を行う。
あるいは、『せむし』の男が振り向きもせずに杖で後方の兵を叩き倒した。
ラドウィンが『せむし』の男に驚く。
目が見えないばかりか、背後の敵をよく攻撃できるものである。
すると、彼はへっへっと笑う。
「あたしゃぁ生まれながら目が見えませんでな。前も後ろもありませんのですよ」
この『せむし』とシュラは追撃の兵を散々に打ち倒すので、とうとうカイン兵らは追撃を断念したのである。
こうして、シュラは森の中の丘へとたどり着くとその丘にある扉を示した。
サバルト教団が潜伏していたアジトだった場所だ。
丘の麓に隠された入り口があるこの場所は地下貯蔵庫で、入り口からすぐに階段となっていた。
元々はダラフ族という南方部族の使っていた古い貯蔵庫である。
主に酒の蔵として使われていたようで、空の貯蔵所内には酒の匂いだけが当時のままであった。
倒れていた古びた椅子をラドウィンは立たせると腰掛ける。
大きく軋む椅子にもたれて、ようやくラドウィンはシュラと再会を喜んだ。
「シュラ。まさか君とここで会えるとは思わなかったよ」
シュラも同じようにラドウィンと再会を喜び、「私もです。てっきり死んだものかと」と言うのだ。
モンタアナでは、落ちたラドウィンらの馬車は既に見つかっていた。
死体は見つからなかったが、キルムが「ラドウィンらは野犬に襲われて死体は森へ運ばれたのだ」と人々へ説明したのだ。
実際、そう考えるのが妥当な有様であった。
シュラもそうだろうと思っていた。
ところが、である。
シュラはサバルト教団との繋がりをキルムに評価され、諜報部隊を任されると、ラドウィンの存在をまことしやかに聞いたのだ。
真実を探ろうと自ら、こうしてルルム地方へと足を運んだところ果たしてラドウィンがいるのだからたまげた。
「驚きましたよ。十年経って男らしくなったとはいえ、変わりない」
シュラがそういうので、ラドウィンも彼の大人らしくなった姿を褒めた。
昔はまだ青年で、どこか頼りなかったが今では諜報を任されるほどになったというのだから立派なものである。
「しかし、」
ラドウィンは話題を変えた。
「なぜ、今また僕を探すというのかね? 十年もキルムは上手くやっているではないか。僕の助けなどいらないだろう?」
ラドウィンはシュラが自分を探していると言われて違和感がある。
まさか思い出話に花を咲かせようなんて言うわけではあるまい。
シュラがラドウィンを探す理由など一つ、武将として雇おうとでも言うところか。
そして、ラドウィンのその考えは概ね正しかった。
だが、少し違う点としては、またかつてのようにラドウィンが大将となって欲しいというのがシュラの願いだったのだ。
だから、シュラは「ラドウィン様、再び我らの主となっていただきたい」と頼み込むので、ラドウィンは苦笑してしまう。
もうラドウィンは剣を捨てたのだ。
十年、新しい居場所で生きている。
もうモンタアナは忘れたのだ。
それに、十年もあればカルチュアは領主として認められているのだ。
今さら、村を追放されたラドウィンが戻っても争いの火種にしかならない。
「僕は私利私欲で町の財に着服した悪人だと思われているし、実際、村の金に手をつけようとも思っていたのだ。戻る資格なんてない」
シュラは椅子からいきり立ち「あれはミルランス様とお腹のお子様を助けるためではないですか! それに、ラドウィン様は今まで自分が貰うべき報酬でさえ貰ってはいなかった!」と義憤にかられるような声音を出した。
「だが、人々に信用はされまい」と首を振って否定しようとしたラドウィンの言葉を「ラドウィン様ならできます!」とシュラが遮った。
「ラドウィン様は皇帝の血を引いているではありませんか!」
シュラのこの発言にラドウィンが目を丸くしたのは想像にがたくない話だ。
なぜ知っているのかと問うと、「調べました」と気分を落ち着かせたシュラは答えた。
「あなたが皇帝の血を引いていると知っているのは、俺っちとキルム、それからそこのザスグィンだけです」
ザスグィンと呼ばれた『せむし』はラドウィンに手を振る。
「あたしゃこんな姿でしょう? 好きなところに、乞食として入れるんでさぁ」と、彼は言った。
カセイ国内に潜り込み、盲人でせむしの体を利用してそこら中で話を集めたのである。
「普通の人ってなぁ、あたしらを見ると愚かで憐れな存在だと思うもんですよ。でも、諜報にかけちゃ凡人どもより遥かな高みにあたしゃ立ってますよ」
この『せむし』のザスグィンは杖術の達人だ。
ザスグィンは元サバルト教団で、あのトルムトの乱にも参加していた。
それ以前の幼い頃はサイリーン教の信徒である。
サイリーン教は帝国で最も普及している宗教だ。
愛と平和を第一とする教えで、槍剣を人殺しの道具だと忌避する傾向にあるのだ。
そこでサイリーン教の信徒ではしばしば鉄球や杖を使って戦う者がいた。
ザスグィンの父はサイリーン教の敬虔な信徒で、杖術の達人だったのだ。
ザスグィンは父の技を見事に受け継いでおり、また、耳だけで目を越えるほど周囲を見渡した。
彼にとってせむしである事と盲目であることは一切のハンディキャップにならない。
むしろ、入りたい時に入国できない健常者や、自分以下にしか物を見られない健常者を不便にすら思っていた。
そんな彼だからこそ、ラドウィンが皇帝の血を引いているという情報を知れたのだ。
「そして、今も、あたしの耳はよく『視えてますよ』」
ザスグィンが天井の向こうへ、わざとらしく顔を向けた。
この地下貯蔵庫の近くにカイン兵が迫っていることを意味しているとラドウィンにも分かる。
「困ったな。僕はカインと敵対するつもりはなかったのだが」
ラドウィンとしても、カインと敵対するのは不本意であった。
カインと敵対して何より困るのは、ミルランスの身柄だ。
カインがその気になれば、アンターヤ村へ兵を派遣してミルランスをさらうなど容易である。
シュラはラドウィンからそう聞くと、確かにその通りだと頷いた。
しかし、ここからアンターヤへ向かうにはカイン領を突っ切るしかないので難しい。
「ラドウィン様。俺っちとともにハントの領土へ逃げましょう。ハントはキルムと同盟なんで、俺っちが口利きすれば庇護してもらえまさぁ。で、奥方様の方は――」
シュラは「ザスグィン」とその名を呼んだ。
待ってましたとばかりにザスグィンが立ち上がる。
せむしで盲目のザスグィンなら、カイン領を乞食に扮して通り抜けられる。
それに、背を向けて戦ったから、その顔もまだカインらに把握されてはいないので都合が良かった。
シュラはラドウィンを連れて、地下貯蔵庫の秘密の通路へと向かう。
かつて、サバルト教団の信徒が反乱の折に使用した秘密の出口だ。
一方、ザスグィンはそのまま出口へと向かった。
シュラと別れたザスグィンは杖をカツンカツンと床に当てながら歩いていく。
扉を開けると、顔に陽光の当たる熱を感じた。
すぐ近く、五歩離れたところで鎧の擦れる音が聞こえる。
「こいつか? 報告通り、杖を持っているが」
兵がそう言うが、「見てみろ。目が見えないから杖をついているのだ。走ったりできやせん」と別の兵士が言うのだ。
ザスグィンは笑いだしそうになった。
その杖を持っているというのは、明らかにザスグィン自身のことだからだ。
「どうしましたかね? この場所を勝手に使っちまったのを怒ってるんですかい? 許しておくんなせぇ。あたしは見ての通り、背中は折れ曲がってますし目が見えんでね、盗賊に狙われてしまうもんですから安全な寝床が必要だったんでさぁ」
兵士は「いや、いや、気にするな。今は使われてない倉庫だからな」とザスグィンに気にしないよう伝えた上で、「誰か他に地下貯蔵庫に居なかったか?」と聞いた。
「さあ? 見ての通り見えませんからねぇ。足音はしませんでしたが?」
ザスグィンはとぼけたのである。
兵はザスグィンに詰問するのを諦めると、地下貯蔵庫を無視してラドウィンらを探しにどこかへ向かうのだった。
ザスグィンはこうして、堂々と追っ手の兵士をすり抜けてアンターヤを目指すのである。
カインはラドウィンの再三の制止も聞かず、ハント領へと進軍したのだ。
ラドウィンは幾度も出兵を取りやめるよう伝えた。
ハントの兵はカセイ国と戦い続けている強兵であり、また、その兵を束ねるダルバやタハミアーネも一筋縄で行かぬ勇将なのだと理路整然と説明したが、無駄であった。
おまけに、カインばかりかグィーゼルを始めた将まで、ラドウィンを空気が読めぬ輩だと鬱陶しがったのである。
カイン軍はダラワーン湖を挟んで東西から北進してハントの領土を挟撃しようとしたのだ。
しかし、当初、カイン軍の西の進撃隊が敗走した。
カイン軍、西の進撃隊を率いるのはバルバッサであった。
カイン腹心のグィーゼルの、その右腕である。
しかし、ハントの西方防衛軍を率いるダルバによって無惨の討死を遂げた。
バルバッサ討死の報せが早いか遅いか、ダルバ率いる西方防衛軍が東へとやってきたのである。
敵軍の戦力はおよそ二倍。
しかも勇将ダルバまでいるのだ。
当然のようにカイン軍は大敗を喫した。
カイン軍が退けばハント軍が追撃に出る。
追撃を防ぐ殿軍をつとめたのはラドウィンだ。
ラドウィンは兵を率いて見事な伏兵でカイン軍の撤退を助けたのである。
だが、殿軍から何とか生還したラドウィンを待っていたのは、カインの激烈な憤怒であった。
カインはラドウィンがこの戦いに反対であったことを覚えていた。
そして、この大敗の原因はラドウィンの怠慢に違いないと憤ったのである。
バルバッサが死んだのもきっとラドウィンのせいだ。
「お前は、俺にハントと戦うことを諦めさせようと、わざと負けるよう仕向けたな」
もちろん、そのようなことがラドウィンにできる訳では無い。
ラドウィンはカイン軍本隊にいた。
バルバッサとは大きな湖を挟んで東西に別れていたのだ。
なぜ、バルバッサへと妨害ができようか?
ラドウィンの問いにカインは「ではやっていないという証拠を出せ」と喚いた。
これは前線基地であるオッゼの町の入り口での事だ。
「証拠がなければ、貴様がこのオッゼの町の門を罪人としてくぐることになるぞ」
そのようなことができるわけがなかった。
悪魔の証明である。
まず、罪人である証拠を示さねば、やってない証拠など提示のしようがないのだ。
ラドウィンは目をつぶって黙った。
観念したというべきか、諦念を抱いたというべきか。
とにかく、不毛な行為に疲れ、ただ黙ったのである。
カインはラドウィンが罪を認めたと考えた。
兵の一人にラドウィンを縛らせようと命じるのだ。
その時である。
近くの森から石が飛んできた。
その石は真っ直ぐと飛ぶ。
落ちることなく、目にも止まらぬ速さだ。
その石はラドウィンを縛ろうとする兵の腕へ見事に当たった。
肉にめり込み、骨を折る。
と、同時に「こっちだ! ラドウィンさん!」と森から声がしたのだ。
ラドウィンは反射的に森へと駆けた。
そして茂みに飛び込むと、二人の男がいた。
一人は『せむし』の男だ。
しかも盲目でもあるようで、目は白濁に染まり、手には杖をついていた。
三十かその辺りの年齢に思える。
痩せ細った手足に反し、顔は顎が大きくいかめしかった。
そしてもう一人は、ラドウィンも知る人物である。
それはシュラだ。
十年経って、整えられた少しだけの顎髭を蓄えている。
やや皺が刻まれ、かつての幼さを残す青年はもうない。
だが、人差し指と中指がくっついている彼の特徴を見間違えるはずがないのだ。
ラドウィンは、なぜシュラがここにいるのかと驚いたが、再会の喜びを分かち合うことはまだできなかった。
なにせカインの兵らが追ってきていたからだ。
「逃げましょう」
シュラの先導のもとラドウィンは逃げた。
「しかし、どこへ?」
ラドウィンが聞くと、シュラは「サバルト教団が使っていたアジトがあります」と答えた。
シュラは逃げながら落ちている石を拾うと、後方から寄せる追っ手へ投石を行う。
あるいは、『せむし』の男が振り向きもせずに杖で後方の兵を叩き倒した。
ラドウィンが『せむし』の男に驚く。
目が見えないばかりか、背後の敵をよく攻撃できるものである。
すると、彼はへっへっと笑う。
「あたしゃぁ生まれながら目が見えませんでな。前も後ろもありませんのですよ」
この『せむし』とシュラは追撃の兵を散々に打ち倒すので、とうとうカイン兵らは追撃を断念したのである。
こうして、シュラは森の中の丘へとたどり着くとその丘にある扉を示した。
サバルト教団が潜伏していたアジトだった場所だ。
丘の麓に隠された入り口があるこの場所は地下貯蔵庫で、入り口からすぐに階段となっていた。
元々はダラフ族という南方部族の使っていた古い貯蔵庫である。
主に酒の蔵として使われていたようで、空の貯蔵所内には酒の匂いだけが当時のままであった。
倒れていた古びた椅子をラドウィンは立たせると腰掛ける。
大きく軋む椅子にもたれて、ようやくラドウィンはシュラと再会を喜んだ。
「シュラ。まさか君とここで会えるとは思わなかったよ」
シュラも同じようにラドウィンと再会を喜び、「私もです。てっきり死んだものかと」と言うのだ。
モンタアナでは、落ちたラドウィンらの馬車は既に見つかっていた。
死体は見つからなかったが、キルムが「ラドウィンらは野犬に襲われて死体は森へ運ばれたのだ」と人々へ説明したのだ。
実際、そう考えるのが妥当な有様であった。
シュラもそうだろうと思っていた。
ところが、である。
シュラはサバルト教団との繋がりをキルムに評価され、諜報部隊を任されると、ラドウィンの存在をまことしやかに聞いたのだ。
真実を探ろうと自ら、こうしてルルム地方へと足を運んだところ果たしてラドウィンがいるのだからたまげた。
「驚きましたよ。十年経って男らしくなったとはいえ、変わりない」
シュラがそういうので、ラドウィンも彼の大人らしくなった姿を褒めた。
昔はまだ青年で、どこか頼りなかったが今では諜報を任されるほどになったというのだから立派なものである。
「しかし、」
ラドウィンは話題を変えた。
「なぜ、今また僕を探すというのかね? 十年もキルムは上手くやっているではないか。僕の助けなどいらないだろう?」
ラドウィンはシュラが自分を探していると言われて違和感がある。
まさか思い出話に花を咲かせようなんて言うわけではあるまい。
シュラがラドウィンを探す理由など一つ、武将として雇おうとでも言うところか。
そして、ラドウィンのその考えは概ね正しかった。
だが、少し違う点としては、またかつてのようにラドウィンが大将となって欲しいというのがシュラの願いだったのだ。
だから、シュラは「ラドウィン様、再び我らの主となっていただきたい」と頼み込むので、ラドウィンは苦笑してしまう。
もうラドウィンは剣を捨てたのだ。
十年、新しい居場所で生きている。
もうモンタアナは忘れたのだ。
それに、十年もあればカルチュアは領主として認められているのだ。
今さら、村を追放されたラドウィンが戻っても争いの火種にしかならない。
「僕は私利私欲で町の財に着服した悪人だと思われているし、実際、村の金に手をつけようとも思っていたのだ。戻る資格なんてない」
シュラは椅子からいきり立ち「あれはミルランス様とお腹のお子様を助けるためではないですか! それに、ラドウィン様は今まで自分が貰うべき報酬でさえ貰ってはいなかった!」と義憤にかられるような声音を出した。
「だが、人々に信用はされまい」と首を振って否定しようとしたラドウィンの言葉を「ラドウィン様ならできます!」とシュラが遮った。
「ラドウィン様は皇帝の血を引いているではありませんか!」
シュラのこの発言にラドウィンが目を丸くしたのは想像にがたくない話だ。
なぜ知っているのかと問うと、「調べました」と気分を落ち着かせたシュラは答えた。
「あなたが皇帝の血を引いていると知っているのは、俺っちとキルム、それからそこのザスグィンだけです」
ザスグィンと呼ばれた『せむし』はラドウィンに手を振る。
「あたしゃこんな姿でしょう? 好きなところに、乞食として入れるんでさぁ」と、彼は言った。
カセイ国内に潜り込み、盲人でせむしの体を利用してそこら中で話を集めたのである。
「普通の人ってなぁ、あたしらを見ると愚かで憐れな存在だと思うもんですよ。でも、諜報にかけちゃ凡人どもより遥かな高みにあたしゃ立ってますよ」
この『せむし』のザスグィンは杖術の達人だ。
ザスグィンは元サバルト教団で、あのトルムトの乱にも参加していた。
それ以前の幼い頃はサイリーン教の信徒である。
サイリーン教は帝国で最も普及している宗教だ。
愛と平和を第一とする教えで、槍剣を人殺しの道具だと忌避する傾向にあるのだ。
そこでサイリーン教の信徒ではしばしば鉄球や杖を使って戦う者がいた。
ザスグィンの父はサイリーン教の敬虔な信徒で、杖術の達人だったのだ。
ザスグィンは父の技を見事に受け継いでおり、また、耳だけで目を越えるほど周囲を見渡した。
彼にとってせむしである事と盲目であることは一切のハンディキャップにならない。
むしろ、入りたい時に入国できない健常者や、自分以下にしか物を見られない健常者を不便にすら思っていた。
そんな彼だからこそ、ラドウィンが皇帝の血を引いているという情報を知れたのだ。
「そして、今も、あたしの耳はよく『視えてますよ』」
ザスグィンが天井の向こうへ、わざとらしく顔を向けた。
この地下貯蔵庫の近くにカイン兵が迫っていることを意味しているとラドウィンにも分かる。
「困ったな。僕はカインと敵対するつもりはなかったのだが」
ラドウィンとしても、カインと敵対するのは不本意であった。
カインと敵対して何より困るのは、ミルランスの身柄だ。
カインがその気になれば、アンターヤ村へ兵を派遣してミルランスをさらうなど容易である。
シュラはラドウィンからそう聞くと、確かにその通りだと頷いた。
しかし、ここからアンターヤへ向かうにはカイン領を突っ切るしかないので難しい。
「ラドウィン様。俺っちとともにハントの領土へ逃げましょう。ハントはキルムと同盟なんで、俺っちが口利きすれば庇護してもらえまさぁ。で、奥方様の方は――」
シュラは「ザスグィン」とその名を呼んだ。
待ってましたとばかりにザスグィンが立ち上がる。
せむしで盲目のザスグィンなら、カイン領を乞食に扮して通り抜けられる。
それに、背を向けて戦ったから、その顔もまだカインらに把握されてはいないので都合が良かった。
シュラはラドウィンを連れて、地下貯蔵庫の秘密の通路へと向かう。
かつて、サバルト教団の信徒が反乱の折に使用した秘密の出口だ。
一方、ザスグィンはそのまま出口へと向かった。
シュラと別れたザスグィンは杖をカツンカツンと床に当てながら歩いていく。
扉を開けると、顔に陽光の当たる熱を感じた。
すぐ近く、五歩離れたところで鎧の擦れる音が聞こえる。
「こいつか? 報告通り、杖を持っているが」
兵がそう言うが、「見てみろ。目が見えないから杖をついているのだ。走ったりできやせん」と別の兵士が言うのだ。
ザスグィンは笑いだしそうになった。
その杖を持っているというのは、明らかにザスグィン自身のことだからだ。
「どうしましたかね? この場所を勝手に使っちまったのを怒ってるんですかい? 許しておくんなせぇ。あたしは見ての通り、背中は折れ曲がってますし目が見えんでね、盗賊に狙われてしまうもんですから安全な寝床が必要だったんでさぁ」
兵士は「いや、いや、気にするな。今は使われてない倉庫だからな」とザスグィンに気にしないよう伝えた上で、「誰か他に地下貯蔵庫に居なかったか?」と聞いた。
「さあ? 見ての通り見えませんからねぇ。足音はしませんでしたが?」
ザスグィンはとぼけたのである。
兵はザスグィンに詰問するのを諦めると、地下貯蔵庫を無視してラドウィンらを探しにどこかへ向かうのだった。
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今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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