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馬鹿な奴
しおりを挟む高塚の手を振り解き校舎の中を走る。
後ろからは高塚の驚いたような声がしたが、今はそれに捕まりたくない。
(マジかよ……!)
立ち止まり、乱れた息を整えながら自覚したばかりの想いを反芻する。
自分でもまだ実感がないのだが、高塚の事を好きだとすると納得出来る点がたくさんある。
修学旅行の時のキスが嫌じゃなかったのも。
恥ずかしくていたたまれなくて顔が真っ赤に染まってしまうのも。
会えない間に不安が募り、他の女の子と一緒にいるのを見て嫌な気分になったのも。
(す、好き、だからなのか……!?)
頭の中とはいえ、言葉にすると更に恥ずかしさが募る。
心臓はばくばくと跳ねまくって治まる気配はないし、顔は熱を持って今にも湯気が出そう。
(でも、今更好きなんて……)
高塚はもうオレに飽きているかもしれない。
もう新しい彼女がいるかもしれない。
さっきは手を握り返してくれて、心配そうな目を向けられたけどあれはたまたまかもしれない。
みんなに同じようにするのかもしれない。
何よりも。
(もし、あんな目で見られたら……)
夢の中の高塚を思い出すと、身震いが止まらない。
唇を噛み締め、滲みそうになった涙を堪えていると。
「森ちゃん!」
「!」
背後からの声。
紛れもなくそれは高塚のものだ。
「あ……!」
こんな顔を見られてたまるかと、とっさに逃げようと一歩を踏み出す。
「森ちゃん、待って!」
「……っ」
が、腕を掴まれ、それ以上足を踏み出す事が出来なくなってしまった。
「どうしたの?何かあった?」
「っ、な、なんでもねえよ!」
「なんでもなくないよね?どうしたの?」
「本当に、なんでもないって!」
掴まれた所が熱い。
顔が見れなくて、後ろを向いたまま答えるが高塚は納得しない。
こいつの手を振り払うのも逃げ出すのもいつもの事なのに。
あんな能天気に話しかけてきたくせに、あの一瞬だけ見た表情でオレの様子がおかしいと思ったのか?
「……」
「……」
「森」
頑なに振り向かないでいると、痺れを切らした高塚が強引にオレを振り向かせ。
まっすぐな瞳と目が合った瞬間。
「あ……っ」
「……え?」
これでもかというくらい顔中に熱が集まってきた。
即座に下を向いたが、高塚はばっちり見てしまっただろう。
「っ、ちょっと来て……!」
「っ」
間抜けな声をあげた直後、今度は振り払えないくらいに強く腕を掴み、オレをどこかへと連れて行った。
*
連れて来られたのはまたしてもいつぞやの空き教室。
なんだかこいつと二人きりになるのはここの教室が多い。
「森ちゃん!」
「……!」
ドアが閉まると同時に引き寄せられ、ぎゅうっと抱き締められた。
「っ、は、離せ!」
ばくばくとうるさい心臓の音が伝わってしまうんじゃないかと思い、両腕を突っ張ろうと伸ばすがそれ以上の力で押さえ込まれてしまう。
(……っ、この、馬鹿力……!)
好きだと自覚してしまった今、こんな触れ合いが恥ずかしくて仕方がない。
と、同時に怖い。
触れている所から、自分の気持ちが溢れて伝わってしまのではないかと。
いつもと違う反応に、こいつが違和感を覚えてしまうんじゃないかと。
もしかして。
(……自分に想いが向けば、それで満足して飽きたりとか)
どこかで恋愛は追い掛けている時が一番楽しいと聞いた事がある。
こいつに限ってありえないとは思うが、可能性がない訳ではない。
怖い。
好きだと伝えた瞬間に興味をなくし、何の感情もその瞳に映らなくなったらどうしよう。
「っ、高塚……!」
やはりこのままではいたくなくて、名前を呼び懇願するが離してくれない。
「やだ、離さない」
「っ」
「だって森ちゃん、嫌がってないよね?」
「!!!」
「オレ、馬鹿だけど、森の事ならわかるよ」
「な、何言……っ」
「ねえ、何が不安だったの?何か気にしてる事あるよね?」
「だから、何でもないって」
「嘘ばっかり。それじゃあさっきの反応は?」
「さっきのって……」
「オレの顔見て真っ赤になった」
「!」
「それに、今だってすっごいどきどきしてるよ?これってさ、オレの事意識してくれてるよね?そうだよね?」
意識している。
確かにその表現がぴったりかもしれない。
こいつの事が好きだと気付いて、オレは今こいつを意識しまくっている。
(……でも)
ここで頷いたらどうなる?
オレ達の関係は変わるのか?
こんな事は初めてで全く勝手がわからない。
頷けばこいつは飛び上がらんばかりに喜ぶ気がする。
けれど、頷くにはオレの覚悟はまだ足りない。
「不安なのもオレに関係ある?」
「そ、れは……」
「もしそうなら」
そうならなんだと言うのだろうか。
高塚の問いには答えられないまま唇を噛み締める。
「嬉しい……!」
「……え?」
高塚がぽつりと呟く。
更に続く言葉に耳を傾けると。
「好きだよ」
「!」
ぽつりと告げられたセリフ。
たった一言なのに、さっきまで考えていた不安が一気に散ってしまった。
(まだ、好きなんて伝えてないのに)
ただ意識している。
それだけの事でこんなにも喜ぶ高塚。
「森ちゃんが、大好き」
「……っ」
何度も何度も耳元で囁かれ、ぎゅうと胸が締め付けられた。
(……ほんと、馬鹿な奴……)
オレはいつか感じたこいつの可愛さを思い出した。
あの時もここで。
今日とは違うシチュエーションだったけれどこいつに抱き締められていて。
今思えば、こいつとの事を真面目に考えようと思ったあの時にはもう、こいつに惹かれていたのだろう。
そう改めて自覚する。
もう逃げられない。
逃げる術を忘れてしまった。
こいつはきちんと想いを告げてくれた。
たぶんこいつだって怖かったに決まってる。
それでも何度も何度も向かってきてくれた。
怖がっている場合じゃない。
そろそろオレも覚悟を決める時だ。
そう思い……
「!!!」
腕の部分の制服をほんの少しだけ摘み。
肩口にそっと、額を擦り寄せた。
end.
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