素直じゃない人

うりぼう

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「今日は送らなくても良い」
「良いんですか?」

既に日課となっている千草の送り迎え。
それをしなくても良いと言われてきょとんと目を瞬かせる。

「会長との会食だ」
「……ああ」

祖父でもある会長は千草を溺愛しており。
月に一度、多い時は週に一度のペースで会食と称して会う機会を設けているのだ。

「だからお前もたまには早く帰れ」
「わかりました、お疲れ様です」
「おう、お疲れさん」

ひらひらと手を振り部屋を出ていく千草。
それを見送った後。

(さてと、俺もこの書類済ませたら帰るか)

小さく息を吐き出し、大きく伸びをする。
そして書類に手をかけたのだが、

「……ん?」

ふと感じる身体の違和感。
そこに視線を下ろすと、そこは服の中で大きく張りつめていて。

(あー……最近してなかったからなあ)

忙しすぎてご無沙汰だった。
彼女とはもうずっと連絡を取っていない。
返事を出さずにいたら当然切られるのは目に見えている。
現に最後のメッセージは別れのそれだった。

(……少しなら良いかな)

もう夜も遅い。
千草は既に会食に向かっているだろう。
室内どころか社内には昭仁一人だ。

「……っ」

少しだけ、一回だけ、とベルトを外し自分のそれに手を伸ばす。

「は……ッ」

足を広げ、それを握った手を上下に動かす。
今日見た可愛い女の子やキレイな女の人、AV女優の顔や身体を脳裏に思い浮かべひたすら手を動かす。

(あと、ちょっと……ッ)

あと少しでイケる。
あともう少しだと息を詰めた瞬間。

――ガチャ

「?!!!!!」

突然何のリアクションもなく扉が開いた。

(やば……!)

扉を開けたのは一足早く帰ったはずの千草だった。

「……お前、何……?」
「いや!これはその、あの……!」

昭仁の姿に眉を寄せる千草。
それもそうだろう。
ここは会社で、しかも千草の自室と言っても良い役員室の中。
そこで部下がこんな事をしているなんて誰が予想出来るだろうか。

(ダメだ何の言い訳も思い浮かばない……!)

絶対に怒られる。
いや、怒られるだけでは済まないだろう。
クビになってしまうのだろうかと、かろうじて下半身を隠しながらびくびくしてしまう。

第一声は何だろうかと身構えた昭仁の耳に届いたのは……

「はっ」

千草の口から漏れたのは小さな笑い声だった。

「こんな所でするなんて随分な変態だな」
「へ、変態って……!」
「あ?そうだろ?こんな全面ガラス張りの部屋で」
「それは……」
「知らなかったのか?ここ、夜は向かいのビルから良く見えるんだぜ?」
「な……!?」

それは知らなかった。
いや、しかし想像すればすぐにわかったはずだ。
夜にブラインドもカーテンもない部屋など見放題である。

「見て欲しかったのか?」
「違います!これは、疲れてたからつい……!」
「疲れてたらどこでも盛んのかお前は」
「いや、それはその……!」
「まあ、そんなに見て欲しいなら俺が見てやるよ」
「……は?」

しどろもどろな昭仁に千草の信じられない一言がかけられた。
ぽかんと口も目も見開き千草を見上げる昭仁。
すると千草はゆっくりと近付き、ソファの前のテーブルを避け昭仁の目の前に立った。

「ほら、続きしろよ」
「何言ってるんですか!?」
「早くやれ。命令だ」
「……っ」

強い瞳に捕えられる。

(まさか、これも逆らっちゃいけねえのか?)

なんて疑問に思いながらもその強い瞳には何故か逆らえない。

(くそッ)

心の中で悪態を吐きながら再び手を動かすが、全く反応しない。

「なんだよ全然じゃねえか」
「そんなに見られてたら当然です!!」

さっきまではち切れそうなくらい元気だったはずのそこはすっかりと萎えてしまっていた。

「彼女に見られてても萎えるのか?むしろ興奮するだろ?」
「そ、それは……っ」

確かにそれも興奮材料のひとつではある。

「ん?それは、何だ?」
「……っ」

僅かに首を傾げた千草と改めて視線が合った瞬間。

(っ、う、そだろ……!?)

昭仁の身体はその意思に反して大きく反応し始めた。
それを見た千草が再び喉を鳴らす。

「はっ、身体は正直だなあ。彼女の事でも思い出したのか?」
「っ、」

千草の視線に反応したなんて言えるはずもなく黙る昭仁。

「……気に入らねえな」
「え?」

ぼそりと呟き身を屈める千草。

「え?ちょ……っ!?」
「黙ってろ」

千草は昭仁の足元に膝を付き、すっかり反応しているそこに指先を触れさせる。
驚きその身を離そうとする。

「ななな何してるんですか!?」
「俺の噂くらい聞いたことあるだろ?」
「!」

千草に関しての噂。
目を付けられた社員が次々と辞めていくだとかの類ではない噂と言えば。

『坊ちゃんは男が好きらしいからなあ』

この状況を考えるとそれしか浮かばない。
昭仁が思い浮かべた事に気付いたのだろう。

「心配すんな。痛い事は何もしねえよ」

そう言ってニヤリと笑う千草。

「ただちょっと気持ち良くなるだけだ」
「うあ……ッ」

涼やかな目元が伏せられ、長い睫毛が影を作る。
それに見惚れる暇もなく、張り詰めたそこに這う滑らかな舌の感触に昭仁は息を詰めた。









それからの事は正直夢だったとしか思えない。

(凄すぎて何がなんだか……!!!)

ただ熱を解放されるだけだと思っていた。
だが実際はそれよりも更に先の事まで致してしまった。

『八須賀さん……ッ』
『……ッ、千草だ』
『え?』
『こんな時に、苗字なんて味気ねえだろ……ッ』
『……ッ、千草さん……!』

そんな事を言いながら昭仁の頬に指先を這わせる千草。
その姿に胸がぎゅっと締め付けられる。

(歴代の彼女達よりも可愛かった)

自分の腕の中で乱れる千草。
仕事中の厳しさも傲慢さも何もかもを取っ払い、ただただひたすら昭仁にしがみつき腰を振り。
熱で赤く染まった頬も潤んだ瞳も漏れる吐息も何もかもが妖艶で目が離せず。
気付いた時には昭仁の方が夢中になって腰を打ち付けていた。

(あんなに乱れるなんて反則だろ)

あの夜を思い出しては頬が緩み、それを引き締めるという作業の繰り返し。

それはただの一度だけ。
気まぐれの相手に選ばれただけなのだと思っていたのだが。

「モモ、こっちに来い」
「……っ、ですが」
「命令だ」
「……ッ」

あれから幾度となく千草は昭仁を誘い。
会社の中で、車の中で、ホテルの中で。
時も場所も選ばず、命令されるがまま身体を重ね続けた。

情が移ったと言えば良いのだろうか。
何度も身体を重ねていく内に、昭仁の目には千草がこの上なく可愛く見えてきて。

(いや、だってあれがああなるんだぞ!?可愛すぎるだろ……!)

甘えるようにしがみついてくる腕も最中にねだられるキスも可愛くて仕方がない。
一度可愛いと思ってしまうと、日頃こき使われている最中も目が離せなくなってきた。

今日は少し髪の毛が跳ねていただとか。
食事にピクルスが入っていて不機嫌そうだったとか。
取引先の専務にしつこく食事に誘われて舌打ちをしていたとか。
そんな姿すら可愛いと思ってしまう。

だが……

(男なら誰でも良いのか?俺じゃなくても……)

そんな事を考えて悶々としてしまう。
千草は慣れている様子だった。
恐らく初めてではにように思う。
あんな噂が出るくらいだから他にも同じように手を出された社員がいるのだろうか。

(今は俺だけだと思う)

しかし過去には確実にいたはず。
それとも昭仁が知らないだけで今もいるのだろうか。
あの身体を知っている男が。

(俺以外の男と……?)

それを想像すると妙に腹立たしい。
むっつりと廊下を歩いていると、昭仁の一歩先を歩いていた千草が突然振り向いた。

「モモ」
「!」

裾を掴まれ物陰に連れ込まれ、そのまま奪うように唇が重なってきた。

「っ、八須賀さん!?」
「あ?おい、違うだろ」
「あ……ち、千草さん」
「ん……」
「……っ」

名前を呼ぶと目を細め再びキスをされ。
ぺろりと唇を舐められた。

(ダメだ、可愛すぎる……っ)

もっと、というように絡まる腕。
それに抗えず、まだ仕事中だというのにその唇に夢中になってしまった。





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