素直じゃない人

うりぼう

文字の大きさ
3 / 4

3

しおりを挟む



そんなある日。

「百瀬昭仁さん?」
「はい?」

ぱっちりとした二重に長くキレイな髪。
淡い色の清楚なワンピースに身を包み。
高いピンヒールをものともせず颯爽と目の前までやってきたすらりとしたその美人は目の前で立ち止まり腕を組み、俺の名前を呼んできた。

(誰だ?)

こんな美人の知り合いはいないし、何やら剥き出しの敵意を感じる。
思わず眉を寄せる。

「初めまして、高柳恵里菜と申します」

名乗られてもやはり誰なのかさっぱりわからない。

「どちら様でしょうか?」

名前を名乗ったきり続きを発しようとしない彼女にそう問うと。

「私、八須賀千草の婚約者です」
「……え?」

そう言われた。

(婚約者?え?婚約者って、婚約者?)

言われた単語の意味が一瞬理解出来ず、頭の中で反芻してしまう昭仁。
この恵里菜という女性は彼女が言う通り、幼い頃から親に決められた千草の許嫁であり、先日の会食で正式に婚約をしろとせっつかれた人物である。
そんな彼女が何故昭仁の元にやってきたかというと。

(理由はひとつしかないよな)

心当たりはあれしかない。
千草との関係。
それだけだ。

そしてそれは案の定的中した。

「貴方と千草さんの関係は存じております」
「……」

鋭い視線が昭仁を射抜く。
やはり存じているのかと、わかっていたこととはいえ軽く衝撃を受ける。

「いいこと?貴方は遊ばれているだけよ」

はっきりとわかりきっている事を言われる。

「私と結婚するまでは好きにして良いと言ってあるの。まさかこんな男を選ぶとは思っていなかったけれど」

蔑むような視線。
心底昭仁を疎んじて軽蔑している視線だ。

「貴方もまさか彼が本気だとは思っていないわよね?」
「それは……」
「そろそろ彼を私に返してちょうだい」
「……っ」

そう言われ、恵里菜はカツカツとヒールの音を響かせ立ち去って行った。
残された昭仁はというと。

(……返してなんて言われても)

そもそも千草は昭仁の物にはなっていない。
いや、むしろあの人は誰の物にもならないだろう。
どんなに焦がれても望んでも手に入れる事は叶わない。

(……あれ?俺……)

思い出すのは色々な千草。
理不尽な要求をしながらも、自らも人一倍仕事をこなす真剣な表情。
陰で睡眠を削りながらも努力している眠そうな表情。
妖艶に微笑み誘う姿。
腕の中で可愛く乱れる姿。
そのどれもが昭仁の心を掴んで離さない。

尊敬する事から始まり。
他の人にとやかく言われるのが許せず、夜の妖艶な姿に魅入られ。
どんな姿も可愛いと感じてしまい、他の誰にも渡したくないと。
他の誰かに触れられていたのだと、これから触れられるのかもしれないと考えると胸が焼けそうになる。
その気持ちを、

(そうか、俺、千草さんの事……)

好き、と呼ぶのだと。
この時初めて自覚した。

命令だからと仕方なく受け入れているはずが、いつの間にか自分からも望んでいた。
いつからか命令されるのを待つようになっていた。

「……はっ」

気付いたところでこの想いは告げられない。
告げられるはずがない。

千草にとって自分はただの遊び。
本気になるだけ虚しい。
この想いが届く事は絶対にない。

(最初から終わりの決まってる想いなんて)

虚しいとしか言いようがない。
目を覆い渇いた笑いを漏らす昭仁。

(これ以上一緒にいたら……)

あの人の顔を見てあの人に触れたらもう我慢が出来なくなる。
婚約者なんて関係ない。
千草の全てを奪ってしまいそうになる。

けれど千草には立場がある。
千草の心も身体も時間も、昭仁が独り占めして良いものなど何もない。

そう考えた昭仁は大きく深呼吸をした後。

(……よし)

ある決断をした。









それを実行に移したのはその夜の事。

「モモ、来い」
「……」

いつものように鍵のかかった部屋で手招きをされたが、昭仁はその場から動かず。

「おい、何してんだ?早く……」
「……もう、やめにしませんか」
「……何?」

ぼそりとそう告げた。
千草は一瞬目を見開いた後で思いきり眉間に眉を寄せる。

「もう一度言ってみろ」
「ですから、もうやめたいんです」
「やめる?何をだ?」
「……あなたとの関係を」
「……」

今度ははっきりとそう告げた。

「もう、男なんて抱きたくないんです」

出来るだけ自分を酷い男だと思ってくれるように。
誰がお前なんかと千草が言ってくれるように。
言われなくても俺から終わりにしてやると言ってくれるように。
ほんの少しの未練も残さないように拒絶して欲しい。

そんなずるい思いを抱きながら続ける。

「ほらやっぱり女の子の方が柔らかいし、良い匂いがするし、結婚だって出来るし」
「……」
「それにあなただって、他に相手がいるでしょう?俺じゃなくたって……」

――ダンッ!!

「!」

そう言いかけた所で千草が机に拳を強く打ち付けた。
その音に驚きびくっと肩を震わせる。

「……っ」
「……言いたい事はそれだけか?」
「え?」

確実に怒鳴られると思った。
だが実際にかけられたのは想像とは違う静かな声。
その声には怒りも寂しさも悲しさも何も含まれていない。
ただただひたすらに静かな声音に戸惑う。

「……千草さん?」

思わず名前を呼ぶがそれに対しての返事はない。
そして暫くの沈黙の後、

「わかった、もういい」

千草はそう呟いた。

「お前を解放してやる。明日から来なくて良い。元の部署に戻れ」
「……え?」
「早く出て行け。お前にもう用はない」
「……っ」

こちらを見ずに告げられる言葉達。
自分でもうやめたいと言い出したにも関わらず、

(……本当だったんだ)

本当に自分でなくても良かったのだ。
本当はほんの少しでも動揺してくれたらと思っていた。
ほんの少しでも引き止めてくれるのではと期待した。
けど現実はこんなにもあっけない。
自業自得だというのに昭仁はショックを受けながら、

「……お世話になりました」

そう言って、部屋を後にした。









翌日から元の部署に戻ると……

「よお、朝から注目の的だな」
「……先輩」

元教育係の先輩が声を掛けてきた。

出勤した時から感じていた色んな人からの好奇の視線。
ひそひそと交わされる噂話に眉を寄せる。

「しかし坊ちゃんの機嫌損ねてクビにならずに済むとはなあ」
「そこまで理不尽な人じゃありませんよ」
「そうかあ?」
「ちゃんと筋も通ってますし」

それに今回の事は完全に昭仁が悪い。
あんなに良くして貰っていたのにそれを踏みにじったのだから。

「それに、ああ見えて可愛いところだってあるんですから」
「可愛い!?あの人が!?」
「そこまで驚かなくても」

冗談言うなよ、と笑い飛ばされてしまった。

「まあでもあんまり気にすんなよ。すぐ噂も収まるだろ」
「わかってます」
「それに坊ちゃんもすぐ次の補佐見つけるだろうしな」
「……ッ」

次の補佐。
その言葉に苦い物が込み上げる。

(俺の次の補佐か……そいつともああいう事をするのか?)

想像すると燃え上がる嫉妬の炎。

(いや、俺にはもう関係ない事だ)

それをぐっと堪え、唇を噛み締めた。

それから数日、数週間と時間が経った。
当然の事だが千草から昭仁への連絡は一切ない。
社内で見かけても向こうは昭仁を一瞥もせず。
何事もなかったかのように、まるで空気のように存在を無視され続けた。

昭仁も昭仁で千草に声を掛けたりはしていない。
上司だから擦れ違う時に会釈はするが、それだけだ。
知り合う以前のように。
お互いを知らなかった時のような関係。

(これで良かったんだ)

これが本来の俺達の関係だと自分を無理矢理納得させる。
それと同時に、未だ新しい補佐が決まっていない事にホッと胸を撫で下ろしたりして。

(顔色が悪いな、ちゃんと寝てるのか?)

補佐がいないという事は、ただでさえ多い仕事を一人でこなしているという事だ。
昭仁がいる間も仮眠して徹夜で仕事をして、という事が何度もあった。

(まさかまたご飯も食べてないんじゃ……?)

食事を抜く事もしばしばあり、その度に怒りながら無理矢理食事を摂らせた事を思い出す。
毎日三食食べているだろうか。
栄養のあるものを食べないと仕事にも影響が出る。
それにしっかりと眠らないと倒れてしまうかもしれない。
思わずそんな心配をしてしまい、

(いやいやもう心配するのは俺の役目じゃないし!)

ふるふると首を振りその考えを振り切る。
するとそこへ。

「……百瀬さん」
「!」

いつかのようにヒールの足音を響かせ、千草の婚約者が再び目の前に現れた。

「あの……」
「……またあなたですか。何の用ですか?もう八須賀さんとは何の関係もありませんが」

自分から関係を終わらせたのに、何の関係もないと告げた自分のセリフにすら傷付いているのだから手に負えない。
それはそうともう話は済んでいるはずだ。
今更婚約者さんが一体全体何の用なのだろうか。

思わず警戒をしつつ、冷たい声を出してしまう。

「……助けて欲しいの」
「……は?」

その口から漏れた第一声にぽかんとしてしまった。

(助けって……?)

一体何の事だろう。
よく見ると彼女は以前見た自信に満ちた姿ではなく、どこか憔悴しきっているようだ。

「……こんなこと、貴方に頼むのはおかしいとわかってるの。でも、彼を止められるのは貴方しかいないと思って」
「どういう事ですか?」
「あの人、あれからずっと仕事ばかりで、ろくに食事も睡眠もとっていないの」
「……!」

案の定、昭仁が心配していた状態になっていたらしい。

「誰に何を話し掛けられても上の空で、心がまるでどこかに行ってしまったみたい」
「ですが、それで俺に何をしろと?」

だってあの人は自分の事など何とも思っていないはずだ。
いなくなったからって影響があるはずもない。

(俺はただの部下で、たまたま処理の相手にさせられただけで……)

そこに千草の感情はひとつも籠っていないはずだ。
ほんのひとかけらでも籠っていて欲しいと願った感情は、あの日、終わりを告げた日の千草の態度でこれっぽっちも含まれていないと痛感させられた。

「良いからあの人の所に行ってちょうだい」
「え?いや、ですから」
「何でも良いの!もう貴方しかいないの!とにかく、あの人を休ませて……!」

必死な様子でそう頼み込まれてしまった。

もう昭仁しかいない。
という事は他にもたくさん候補はいたけれど悉く撃沈したという事だろうか。
残ったのが昭仁というだけで、やはりそこに特別な何かは存在しないと改めて感じる。

「……わかりました」

大きな溜め息を吐きながら昭仁は了承する。
その途端に婚約者はホッとしたように息を吐き出す。
強気な瞳が僅かに潤んでいるのは気のせいだろうか。
まあどうでも良い事だけれど。

(これは頼まれたから仕方なくだ、仕方なく)

婚約者の彼女と別れ、自分にそう言い訳をしながら千草の部屋へと向かう。
その足は最初はゆっくりとしたものだったが、次第に早さを増し。
気が付いた時には廊下を全力で駆けていた。

「っ、はあ……っ」

息を切らして懐かしい部屋の前へ。
一度手を上げ、扉に触れようとして一瞬躊躇う。

今更何だと言われるだろうか。
そのまま追い出されるかもしれない。
むしろ話すら聞いてくれないかもしれない。
けれどあんな話を聞いたら確認せざるをえない。
いや、確かめたい。
最近では遠目にしか見れなかった千草を、再び間近で見たい。

(……よし)

大きく深呼吸をした後で扉をノックした。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

嫌われものと爽やか君

黒猫鈴
BL
みんなに好かれた転校生をいじめたら、自分が嫌われていた。 よくある王道学園の親衛隊長のお話です。 別サイトから移動してきてます。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

処理中です...