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素直じゃない人
しおりを挟む「異動、ですか?」
入社して数か月。
仕事にも慣れ、一人前とは言わないが漸く先輩の手を離れてやっていけるようになった矢先の事。
百瀬昭仁は突然の辞令を言い渡された。
(こんな時期に移動なんて……)
余りに突然すぎる。
だが所詮は雇われの身。
昭仁に拒否権などあるはずもなく、異論を唱えられない。
上の決定には従うだけだとわかってはいるのだが。
とはいえ一体全体何故だろうと疑問に思うのは当然の事だ。
「八須賀さんからのお達しだ。悪いがすぐに向かってくれ」
「八須賀さんというと……?」
「八須賀千草さんだ」
聞き覚えのある名前。
それに周りが一気に騒めく。
「八須賀さんって、あの……!?」
「うわ……マジか」
「死亡フラグじゃねえか」
「え?え?」
気の毒そうに昭仁を見つめる面々。
(八須賀千草さんって、確か会長のお孫さんの名前だよな?)
若いながらも既に役員の肩書を持っており、経営が傾いた時に当時高校生だった彼の案で持ち直したという逸話を持っている。
顔は知っているが会った事はない。
会話をした事もない。
接点といえば、同じ会社に勤めているという事だけだ。
(そんな人がどうして俺を?)
訳がわからず首を傾げていると、昭仁の教育係であった上司がその両肩に手を置きがっしりと掴み、
「あの人には逆らうなよ。このままこの会社に勤め続けたかったらな」
そう言ってきた。
かなり不穏なセリフである。
「ええ!?先輩、それどういう……?」
「良いから!ほら早く行け!」
「えええ……?」
そしてそのまま身ひとつで部署を放り出され。
昭仁は言われるがまま八須賀千草のいる役員室へと向かった。
*
(……緊張する)
昭仁と千草の年は五つしか変わらない。
だが役員クラスの人間と接する事などほとんど、いや全くなかったと言っても過言ではない。
そんな中まさか会長の孫である千草に呼び出されるなんて緊張するなという方が無理だ。
昭仁はばくばくと跳ねる鼓動を深呼吸で落ち着かせ、重厚な扉をノックした。
「入れ」
低すぎず高すぎず、ちょうどいい響きの張りのある声に導かれ扉を開くと、
「失礼します」
「遅い!」
「……申し訳ありません」
入るや否やそう怒鳴られてしまった。
千草は大きく立派な机に腰を下ろし、足を組んで昭仁を睨み付けている。
「百瀬昭仁です」
「知ってる。誰が呼んだと思ってんだ」
自己紹介をすっぱりと切られてしまった。
千草の手には一枚の紙。
昭仁の履歴書である。
こちらを一瞥した後その紙に目を落とし、中身を読む千草。
「ふん、高校大学とラグビー部所属か。体力はありそうだな」
「はい!体力には自信があります!」
まるで面接のようなやりとり。
まさか入社した後にこんな風に上司と接する事になるとは思ってもみなかった。
「まあ良い、お前の仕事は俺の補佐だ」
「補佐、ですか?」
「精々こき使ってやるから覚悟するんだな」
「はい!」
何はともあれ、こうして千草の傍に付くのは出世のチャンスかもしれない。
新入社員が何を言っているんだと言われてしまえばそれまでだが、補佐を務めあげればいずれそのチャンスが巡ってくるはずだ。
千草が何故昭仁を選んだのか。
先輩達が何故あんなにも戦々恐々として憐れむような目で昭仁を見つめていたのか。
その理由には触れないまま、昭仁は気合いを入れ大声で頷いた。
それからというもの……
「コーヒー買って来い」
「この書類やっておけ。昼休みに休めると思うなよ」
「おい報告書はどうした」
「アポ取っておけと言っただろ!耳聞こえてんのかテメエ!」
「疲れた、靴脱がせろ」
「三時までにイーストホテルまで連れていけ。一分でも遅れたら……わかってるな?」
千草の補佐というだけあって仕事は山積み。
口を開けばあれをしろこれをしろとの命令を受け。
仕事からプライベートまでの雑用をことごとく頼まれ、朝早くに呼び出され夜遅くまで解放されない毎日。
(疲れた……!)
所用があると言った鬼、もとい千草を見送った後でぐったりと項垂れる昭仁。
連日の激務に運動部で鍛えたとはいえさすがに体力の限界を感じている。
ゆっくりと食事を摂る間もなく、家に帰ればすぐさまベッドへ直行。
起きてすぐシャワーを浴びて出社するという生活が続いている。
だが……
(あの人マジで何なんだ?化け物か?サイボーグなのか?)
昭仁自身も朝から晩まで駆り出されてはいるが、千草はそれよりも早く来て遅く帰っている。
忙しい時は会社に何日も泊まり込む程だ。
千草の役員室には簡易シャワーもあるので泊まり込んでも身なりは常にキレイだ。
(会長の孫なんだよな?なのにどうしてあんなに働いてるんだ?)
『会長の孫』というのだから、甘やかされもてはやされ仕事なんてこれっぽっちも出来ないボンボンだと思っていた。
だが間近で接した『会長の孫』はそんな事が全くない。
むしろ誰よりも努力して誰よりも仕事をこなしてそして精度も高い。
地位も権力も何もかもを恵まれている立場で尚努力を惜しまないその姿に、
(すげえよなあ)
思わずそう溜め息を吐いてしまう。
どう逆立ちしても勝てそうにない。
まだほんの数週間しか一緒にはいないのに、その凄さを身を持って知った。
千草といると自分の能力がどんどんと高められていくのがわかる。
というのも、千草から頼まれる仕事は昭仁がギリギリ出来る範囲の物ばかりなのだ。
ひとつをこなせればまた新たに難題を押し付けられるが、それをこなせなかった事は一度としてない。
昭仁の能力を見抜き采配するその姿に感心してしまう。
だからこそ。
「今度のお気に入りはあいつか」
「いつまで持つかねえ?」
「しょうがねえよなあ坊ちゃんは」
「でもお気に入りを傍に置けるって羨ましいよなあ」
「それも権力のなせる業なのかね?」
「坊ちゃんは男好きっつー噂だしな!」
「うわ、やめろよ」
「ははっ、まあ飽きられたらすぐにポイだろうけどな!」
「坊ちゃんの次の生贄にならないように気を付けねえとな」
「お前なんて相手にされねえっつーの!」
なんてケタケタと笑う他の社員達に苛立ちが募る。
(あの人の事を何も知らないくせに)
千草の事を何もかもわかっているような口ぶりで話すのが腹立たしい。
あの人がどんなに努力しているか。
それを知ろうともせずに上辺だけで判断するなんて。
今すぐ黙らせたいが、暴力を奮う訳にはいかない。
昭仁の言葉や態度のひとつひとつが千草の評判に関わるのだ。
なので。
「あ……!」
「うわッ!?何だコレ!?」
「コーヒー!?」
「熱……!!」
「すみません!大丈夫ですか!?お怪我はありませんか!?」
「お前……!」
昭仁は偶然を装い彼らに突進。
全くもってさりげなくないさりげなさで彼らに持っていた熱々のコーヒーをぶちまけた。
その後はひたすら平謝りをしつつ、
「本当に、申し訳ありませんでした」
「……っ」
口では穏やかに接しつつ。
先程の会話を一言一句聞いていたんだぞ。
うちの上司に文句があるならいつでも受けて立つぞ。
こそこそ言わずに男なら堂々と言ってみたらどうだ。
そんな思いを込めまっすぐに彼らを見据えた。
昭仁の身長はかなり高く、彼らを悠々と見下ろせる。
上背があり体格も良く、おまけに腸の煮えくり返っている状態の笑みに何かを感じ取ったのだろう。
「っ、行こうぜ」
彼らはコーヒーでびちゃびちゃになったシャツをそのままに、すごすごとその場を立ち去って行った。
「あれー?クリーニング代はよろしんですか?」
呑気に言いながら、その様子に溜飲が下がる。
千草の敵は想像以上に多い。
会長の孫だからと妄信的な信者もいるのだが、中にはやはり二十代という若さで役員を任されている事が面白くない連中もいるのだ。
(俺で力になれる事があれば良いけど……)
あの化け物、いやスーパーマン並みの千草に助けなど必要なのだろうか。
(……うーん、いらない気がする)
千草の姿を思い浮かべ、苦笑いを浮かべる昭仁がいた。
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