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カメリアが死んで32日がたった。
「屋敷の中が暗いな」
廊下が暗い。いつもはもっと明るかった筈だ。
「花が・・・なくなりましたので・・・」
「・・・花?」
「この屋敷の花は全て奥様が自ら育て、手折られていました。旦那様の為だけに」
そういえば・・・、どこにも花がなかった。
いつもなら、華やかな花が屋敷全体に飾られていた。
当たり前のようにあった花は、今はなくなっていた。空っぽの花瓶だけがあるだけ。
いつもなら優しい香りがしてくるのに、今は変化のない空気だけで、物寂しく感じた。
「誰も、生けないのか?」
「無理です。奥様のようにはできません。奥様は旦那様の気分や体調にも気を遣っておりました。・・・花言葉もよくご存じで、時折意味を込められていらっしゃたこともありましたので」
そう、だったのか?
知らなかった。
知ろうとしていなかった。
見慣れたものだったから、考えもしなかった。
カメリアがいけてくれた花を思い出す。
薔薇にコスモス、トリトマ、グラジオラス、レモンハーブ、ラベンダー。図鑑で花を調べ花言葉を知る。ハーブの効能を知る。
どことなく、花の匂いを感じた。カメリアの優しさを感じた。
その晩、彼女はカメリアの部屋にいた。
机に触れていた。
カメリア・・・。
僕が部屋に入ると、彼女は振り向いた。
僕を見て嬉しそうに笑うと泡のように消えようとする。
聞こえるかわからなかったが、引き止めた。
「カメリア!花、いつも花をありがとう」
キョトンとしたと思うと、彼女は花笑みを浮かべ、そのまま消えた。
カメリアが死んで53日たった。彼女が現れるようになって、52日。
毎日彼女を探した。
そうしないといけない気がしたのだ。
探すたびにカメリアを思い出した。
初めてカメリアを見たのは小さな頃だった。母に連れられて行ったお茶会でカメリアはいた。
母の知り合いの子供で自分より一つ下だった。母親のドレスを握りしめ、ちょこんと顔を出していた。澄んだ眼差しが綺麗で
ついじっと眺めていた。
でも恥ずかしくて声をかける事ができなかった。
二度目はカメリアが社交界デビューを果たした時だ。
久しぶりに見るカメリアは、美しくなっていた。澄んだ眼差しはあの時のままだった。
ただ、その顔には愁いさが漂っていた。
聞こえてきた噂では、彼女の母親は病で死に、後妻できた継母と義妹とはあまり良い関係が結べていないと言うものだった。
そんなカメリアに群がる男は多かった。
でも、カメリアは相手にしなかった。
静かに前を向き、佇んでいる。
その凛とした姿があまりに綺麗だった。
だから、僕はカメリアに近づいた。
カメリアは当初、眉を寄せ、僕のことを煙たがっていた。
それでも食い下がった。
するとカメリアは一つの条件を出してきた。
僕はその条件を呑んだ。
毎日カメリアに会いに行った。雨の日も風の日も。
どんな日も屋敷に行き窓越しのカメリアに会いに行った。
指定された期間の間、「毎日屋敷を訪ねる」という約束。
約束の期間を終え、やっと彼女と付き合う事になった。
婚約し、翌年には結婚した。
そうだ。
あの澄んだ眼差しが好きだった。
宝石のように美しく輝くあの瞳がー。
カメリアが手入れをしていた花畑。
彼女はそこにいた。
「カメリア。君の目が好きだ」
彼女は澄んだ目で僕を見た。
「カメリア。笑って」
彼女は笑った。
初めて僕に笑ってくれた時と同じ、笑みだった。
次々に思い出す。
ケーキを食べたこと。
クリームが口元についていたから、指で拭ってあげると、カメリアは真っ赤な顔をしていた。
初めてネックレスをあげると、泣いて喜んだこと。
結婚式、白いドレスがとても似合っていた。やっと独り占めできると思うと喜びに溢れたこと。
初夜は、お互いに恥ずかしかった。
でも、カメリアは美しかった。
自分の物だと言わんばかりに刻印を余すところないほどにつけた。
今思い出しても、夢のように幸せだった。
満ち足りたものであったはずだ。
「カメリア。どこだ?」
彼女はどこにいる?
カメリアが死んで68日。
彼女を毎夜見るようになって67日。
彼女は食堂で座っていた。
目の前の席に座り、彼女を見た。
見つめ合う。
彼女は笑う。目を細め、恋する乙女のように。
そして消えた。
この食堂で何度も一緒に食事をとった。
お互いに食べさせてあった。笑っていた。
メイドたちが呆れていた。
一年も立たないのに、母に子供はまだかとせっつかれ、泣いたこともあった。
まだ二人の時間が欲しくて、母を屋敷から追い出したこともあった。
子供がなくても、カメリアがいればそれでいいと思っていた。
二人で幸せに暮らそうと、その時は思っていたー。
「屋敷の中が暗いな」
廊下が暗い。いつもはもっと明るかった筈だ。
「花が・・・なくなりましたので・・・」
「・・・花?」
「この屋敷の花は全て奥様が自ら育て、手折られていました。旦那様の為だけに」
そういえば・・・、どこにも花がなかった。
いつもなら、華やかな花が屋敷全体に飾られていた。
当たり前のようにあった花は、今はなくなっていた。空っぽの花瓶だけがあるだけ。
いつもなら優しい香りがしてくるのに、今は変化のない空気だけで、物寂しく感じた。
「誰も、生けないのか?」
「無理です。奥様のようにはできません。奥様は旦那様の気分や体調にも気を遣っておりました。・・・花言葉もよくご存じで、時折意味を込められていらっしゃたこともありましたので」
そう、だったのか?
知らなかった。
知ろうとしていなかった。
見慣れたものだったから、考えもしなかった。
カメリアがいけてくれた花を思い出す。
薔薇にコスモス、トリトマ、グラジオラス、レモンハーブ、ラベンダー。図鑑で花を調べ花言葉を知る。ハーブの効能を知る。
どことなく、花の匂いを感じた。カメリアの優しさを感じた。
その晩、彼女はカメリアの部屋にいた。
机に触れていた。
カメリア・・・。
僕が部屋に入ると、彼女は振り向いた。
僕を見て嬉しそうに笑うと泡のように消えようとする。
聞こえるかわからなかったが、引き止めた。
「カメリア!花、いつも花をありがとう」
キョトンとしたと思うと、彼女は花笑みを浮かべ、そのまま消えた。
カメリアが死んで53日たった。彼女が現れるようになって、52日。
毎日彼女を探した。
そうしないといけない気がしたのだ。
探すたびにカメリアを思い出した。
初めてカメリアを見たのは小さな頃だった。母に連れられて行ったお茶会でカメリアはいた。
母の知り合いの子供で自分より一つ下だった。母親のドレスを握りしめ、ちょこんと顔を出していた。澄んだ眼差しが綺麗で
ついじっと眺めていた。
でも恥ずかしくて声をかける事ができなかった。
二度目はカメリアが社交界デビューを果たした時だ。
久しぶりに見るカメリアは、美しくなっていた。澄んだ眼差しはあの時のままだった。
ただ、その顔には愁いさが漂っていた。
聞こえてきた噂では、彼女の母親は病で死に、後妻できた継母と義妹とはあまり良い関係が結べていないと言うものだった。
そんなカメリアに群がる男は多かった。
でも、カメリアは相手にしなかった。
静かに前を向き、佇んでいる。
その凛とした姿があまりに綺麗だった。
だから、僕はカメリアに近づいた。
カメリアは当初、眉を寄せ、僕のことを煙たがっていた。
それでも食い下がった。
するとカメリアは一つの条件を出してきた。
僕はその条件を呑んだ。
毎日カメリアに会いに行った。雨の日も風の日も。
どんな日も屋敷に行き窓越しのカメリアに会いに行った。
指定された期間の間、「毎日屋敷を訪ねる」という約束。
約束の期間を終え、やっと彼女と付き合う事になった。
婚約し、翌年には結婚した。
そうだ。
あの澄んだ眼差しが好きだった。
宝石のように美しく輝くあの瞳がー。
カメリアが手入れをしていた花畑。
彼女はそこにいた。
「カメリア。君の目が好きだ」
彼女は澄んだ目で僕を見た。
「カメリア。笑って」
彼女は笑った。
初めて僕に笑ってくれた時と同じ、笑みだった。
次々に思い出す。
ケーキを食べたこと。
クリームが口元についていたから、指で拭ってあげると、カメリアは真っ赤な顔をしていた。
初めてネックレスをあげると、泣いて喜んだこと。
結婚式、白いドレスがとても似合っていた。やっと独り占めできると思うと喜びに溢れたこと。
初夜は、お互いに恥ずかしかった。
でも、カメリアは美しかった。
自分の物だと言わんばかりに刻印を余すところないほどにつけた。
今思い出しても、夢のように幸せだった。
満ち足りたものであったはずだ。
「カメリア。どこだ?」
彼女はどこにいる?
カメリアが死んで68日。
彼女を毎夜見るようになって67日。
彼女は食堂で座っていた。
目の前の席に座り、彼女を見た。
見つめ合う。
彼女は笑う。目を細め、恋する乙女のように。
そして消えた。
この食堂で何度も一緒に食事をとった。
お互いに食べさせてあった。笑っていた。
メイドたちが呆れていた。
一年も立たないのに、母に子供はまだかとせっつかれ、泣いたこともあった。
まだ二人の時間が欲しくて、母を屋敷から追い出したこともあった。
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二人で幸せに暮らそうと、その時は思っていたー。
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