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6 水族館デート
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なにはともあれ、水族館デートだ。
それも一緒に電車で、遠くまで行くという、ちょっとした旅行。
夏休みに入ったばかりの火曜日。僕は精一杯、ウェブサイトや雑誌で勉強して、めかしこんだ。いつもは黒っぽい服装にするけど、今日は思い切って白っぽいポロシャツをおろしてみる。すとんとしたシルエットの濃紺のデニムを履いて、お出かけ用のリュックを背負って、学校へ行くのと同じローファーで家を出た。じりじりと太陽の光が頭を焼くけど、それ以外の理由で、身体が火照っている。
インターホンを押すと、おばさんが出る。にこやかな表情に、僕も笑みをかえした。
「おはようございます。リョウちゃん、いますか?」
「春希くん、おはよう! 涼太はすぐ来るからね」
実際に、おばさんの背後から足音がした。おばさんは「楽しんできてね」と言って、奥へ引っ込む。
そして、リョウちゃんが姿を現した。
「おはよう、ハルくん。お待たせ」
そのかっこよさといったら。ぴかぴかの白い半袖シャツに、濃紺のデニムスラックス。シャツは短い丈で、たぶんクロップド丈というやつだ。スラックスもハイウエストで、脚の長さが強調されていて、本当にモデルみたい。
ふ、とリョウちゃんが笑う。
「おそろいみたいだね」
「え、ええ? いや、うーん」
たしかに、白いシャツと紺色のパンツで色合いはよく似ている。だけどおそろいと言えるほどじゃないと思う。なんというか、恐れ多い。
僕がもじもじしている間に、リョウちゃんはスニーカーに足を入れた。
「行こう」
爽やかに微笑みかけるものだから、僕はただ頷くことしかできない。気温以外の理由で、真っ赤に茹で上がってしまいそうだ。
マンションの外へ出ると、リョウちゃんが日傘をさす。僕の方へ、傘を傾けてきた。
「一緒に入ろう」
相合傘。影がゆっくり僕を包んで、少しだけ、火照りが冷える。
「顔、赤いね」
僕はなんと言えばいいのか分からなくて、ただリョウちゃんへ寄り添うことしかできなかった。嫌じゃないことだけは伝えたくて、ぴったりとくっつく。暑いかな、と見上げると、リョウちゃんの耳が赤い。
「ごめん、暑かった?」
「全然暑くない」
食い気味に応えて、リョウちゃんが傘を揺らした。僕はすっかり照れてしまって、俯く。こんなところ、誰かに見られたらどうしよう。
恥ずかしい。でも、みんなに、このかっこいいリョウちゃんを見せびらかしたい。
僕はくらくらしながら、リョウちゃんにくっついて、駅に向かった。人混みはそれなりにあったけど、同級生には会わなかった。ときどき僕たちを見て、ひそひそと噂するような人たちはいたけれど。
やっぱり、リョウくんはかっこいいから、目立つんだ。その隣にいるのが僕なんかで、ちょっと申し訳ない。
「ハルくん、大丈夫?」
駅の構内へ入って、リョウちゃんが傘を畳む。僕は、「え」と声をあげて、リョウちゃんを見上げた。リョウちゃんは首を傾げて、ちょっと苦く笑う。
「見られちゃってたから」
「そうだけど……」
いまいちピンと来なくて、首を傾げる。リョウちゃんは、「それならいいんだ」と、今度は明るく笑った。
電車に乗る。二人掛けのソファ席に並んで座った。リョウちゃんはさりげなく僕を窓際へ座らせてくれるし、その席は日陰だった。
僕がカーテンを開けて外を見ていると、頬へぴっとり冷たいものが当たる。思わず飛び上がると、リョウちゃんがいたずらに笑っていた。
「いる?」
タオルで包まれた、凍った麦茶のペットボトル。僕はそれを受け取って、「うん」となんとか頷いた。
電車の中で、水族館のサイトを見ながら、あれこれ話す。気づけばあっという間に、乗り換えの大きな駅へ着いた。ここから地下鉄に乗って、水族館の最寄り駅へ行く。
押し合いへし合いになりながら乗り込んだ。車内は人でいっぱいで、座れそうにない。ふっと、リョウちゃんがかぶさってきた。
「人、いっぱいだね」
リョウちゃんは扉に腕をついて、僕を彼の身体と扉のスペースに置いた。顔が近い。
咄嗟に見上げると、リョウちゃんはにっこり笑って、僕の耳へ唇を近づける。
「水族館、楽しみだね」
僕はそれどころじゃない。
惚けている間に、水族館の最寄り駅へ着いた。地下鉄から降りて、地上へ出る。
事前に、お互い電子チケットを買っていた。入り口で学生証を出して、館内へ入る。
途端に周りが薄暗くなって、涼しくなった。目の前がぱっと開けて、大きな水槽のあおいろの光が、視界いっぱいに広がる。その中をすごいスピードで、イルカたちが泳いでいた。シャチもいる。奥に廊下が続いて、お客さんたちがどんどん入っていった。
すごい。家族で何度か来たことがあるけど、やっぱり、非日常って感じだ。
ほっと息をつくと、リョウちゃんが僕の肘のあたりをそっと掴む。
「はぐれるといけないから、掴んでいていい?」
どき、とまた心臓が跳ねる。何度も頷くと、リョウちゃんは「よかった」と微笑んだ。
僕は思い切って、リョウちゃんを引っ張る。
「行こう」
リョウちゃんは、ちょっと驚いたみたいに目を丸くした。僕は腕を掴まれたまま、ぷいっとそっぽを向く。ちょっと、気恥ずかしい。
薄暗い廊下を、人混みを掻き分けて、立ち止まりながら歩いた。
クジラたちのコーナーを抜けると、次は魚たちの水槽だ。上から降ってくる照明のひかりが、魚たちをきらきらと照らして、幻想的。僕がうっとり眺めていると、リョウちゃんの手がするりと下へ滑った。
「手、繋ごう」
僕は悲鳴を噛み殺した。手が緊張でじっとり湿って、それがバレてしまわないか不安になる。リョウちゃんの大きな手のひらが僕の手を包んで、長い指が絡まった。恋人繋ぎ、というやつだ。
リョウちゃんは、僕の耳元へ唇を寄せる。
「デートなんだから、手を繋がなくちゃダメだよ」
「そ、そうなの? そうなんだ」
心臓が、胸の中で暴れている。僕はちらりとリョウちゃんを見上げた。涼しい顔をしている。
もしかしたら、僕以外にも、こんなことをしたのかもしれない。だから、平気なのかも。
そう思うと、なぜか胸がずきりと痛んだ。
リョウちゃんが、僕の手を引く。慌てて着いていくと、リョウちゃんは、楽しそうに笑った。
だけど、僕はなんでか、気が晴れない。僕以外と手を繋ぐリョウちゃんを想像すると、もやもやしてしまう。
どうしてだろう。
悶々としながら歩いていると、周りがさらにぱっと明るくなる。顔を上げると、サンゴの海のコーナーについていた。
いろいろな形や大きさの魚たちが、鮮やかな色合いのひれを翻して泳いでいる。水中で乱反射した光があふれて、わあ、と声を上げた。
子どもたちが夢中で水槽へ魅入って、歓声をあげている。僕も彼らに混じって、じっとサンゴの間を泳ぐ魚たちを見つめた。リョウちゃんが肩を寄せて、僕へ微笑みかける。
「綺麗だね」
その顔があんまりにも幸せそうに見えたから、僕はさっきのもやもやを、すっかり忘れてしまった。
だって今この瞬間、リョウちゃんのこの表情を独占しているのは、僕だ。
それも一緒に電車で、遠くまで行くという、ちょっとした旅行。
夏休みに入ったばかりの火曜日。僕は精一杯、ウェブサイトや雑誌で勉強して、めかしこんだ。いつもは黒っぽい服装にするけど、今日は思い切って白っぽいポロシャツをおろしてみる。すとんとしたシルエットの濃紺のデニムを履いて、お出かけ用のリュックを背負って、学校へ行くのと同じローファーで家を出た。じりじりと太陽の光が頭を焼くけど、それ以外の理由で、身体が火照っている。
インターホンを押すと、おばさんが出る。にこやかな表情に、僕も笑みをかえした。
「おはようございます。リョウちゃん、いますか?」
「春希くん、おはよう! 涼太はすぐ来るからね」
実際に、おばさんの背後から足音がした。おばさんは「楽しんできてね」と言って、奥へ引っ込む。
そして、リョウちゃんが姿を現した。
「おはよう、ハルくん。お待たせ」
そのかっこよさといったら。ぴかぴかの白い半袖シャツに、濃紺のデニムスラックス。シャツは短い丈で、たぶんクロップド丈というやつだ。スラックスもハイウエストで、脚の長さが強調されていて、本当にモデルみたい。
ふ、とリョウちゃんが笑う。
「おそろいみたいだね」
「え、ええ? いや、うーん」
たしかに、白いシャツと紺色のパンツで色合いはよく似ている。だけどおそろいと言えるほどじゃないと思う。なんというか、恐れ多い。
僕がもじもじしている間に、リョウちゃんはスニーカーに足を入れた。
「行こう」
爽やかに微笑みかけるものだから、僕はただ頷くことしかできない。気温以外の理由で、真っ赤に茹で上がってしまいそうだ。
マンションの外へ出ると、リョウちゃんが日傘をさす。僕の方へ、傘を傾けてきた。
「一緒に入ろう」
相合傘。影がゆっくり僕を包んで、少しだけ、火照りが冷える。
「顔、赤いね」
僕はなんと言えばいいのか分からなくて、ただリョウちゃんへ寄り添うことしかできなかった。嫌じゃないことだけは伝えたくて、ぴったりとくっつく。暑いかな、と見上げると、リョウちゃんの耳が赤い。
「ごめん、暑かった?」
「全然暑くない」
食い気味に応えて、リョウちゃんが傘を揺らした。僕はすっかり照れてしまって、俯く。こんなところ、誰かに見られたらどうしよう。
恥ずかしい。でも、みんなに、このかっこいいリョウちゃんを見せびらかしたい。
僕はくらくらしながら、リョウちゃんにくっついて、駅に向かった。人混みはそれなりにあったけど、同級生には会わなかった。ときどき僕たちを見て、ひそひそと噂するような人たちはいたけれど。
やっぱり、リョウくんはかっこいいから、目立つんだ。その隣にいるのが僕なんかで、ちょっと申し訳ない。
「ハルくん、大丈夫?」
駅の構内へ入って、リョウちゃんが傘を畳む。僕は、「え」と声をあげて、リョウちゃんを見上げた。リョウちゃんは首を傾げて、ちょっと苦く笑う。
「見られちゃってたから」
「そうだけど……」
いまいちピンと来なくて、首を傾げる。リョウちゃんは、「それならいいんだ」と、今度は明るく笑った。
電車に乗る。二人掛けのソファ席に並んで座った。リョウちゃんはさりげなく僕を窓際へ座らせてくれるし、その席は日陰だった。
僕がカーテンを開けて外を見ていると、頬へぴっとり冷たいものが当たる。思わず飛び上がると、リョウちゃんがいたずらに笑っていた。
「いる?」
タオルで包まれた、凍った麦茶のペットボトル。僕はそれを受け取って、「うん」となんとか頷いた。
電車の中で、水族館のサイトを見ながら、あれこれ話す。気づけばあっという間に、乗り換えの大きな駅へ着いた。ここから地下鉄に乗って、水族館の最寄り駅へ行く。
押し合いへし合いになりながら乗り込んだ。車内は人でいっぱいで、座れそうにない。ふっと、リョウちゃんがかぶさってきた。
「人、いっぱいだね」
リョウちゃんは扉に腕をついて、僕を彼の身体と扉のスペースに置いた。顔が近い。
咄嗟に見上げると、リョウちゃんはにっこり笑って、僕の耳へ唇を近づける。
「水族館、楽しみだね」
僕はそれどころじゃない。
惚けている間に、水族館の最寄り駅へ着いた。地下鉄から降りて、地上へ出る。
事前に、お互い電子チケットを買っていた。入り口で学生証を出して、館内へ入る。
途端に周りが薄暗くなって、涼しくなった。目の前がぱっと開けて、大きな水槽のあおいろの光が、視界いっぱいに広がる。その中をすごいスピードで、イルカたちが泳いでいた。シャチもいる。奥に廊下が続いて、お客さんたちがどんどん入っていった。
すごい。家族で何度か来たことがあるけど、やっぱり、非日常って感じだ。
ほっと息をつくと、リョウちゃんが僕の肘のあたりをそっと掴む。
「はぐれるといけないから、掴んでいていい?」
どき、とまた心臓が跳ねる。何度も頷くと、リョウちゃんは「よかった」と微笑んだ。
僕は思い切って、リョウちゃんを引っ張る。
「行こう」
リョウちゃんは、ちょっと驚いたみたいに目を丸くした。僕は腕を掴まれたまま、ぷいっとそっぽを向く。ちょっと、気恥ずかしい。
薄暗い廊下を、人混みを掻き分けて、立ち止まりながら歩いた。
クジラたちのコーナーを抜けると、次は魚たちの水槽だ。上から降ってくる照明のひかりが、魚たちをきらきらと照らして、幻想的。僕がうっとり眺めていると、リョウちゃんの手がするりと下へ滑った。
「手、繋ごう」
僕は悲鳴を噛み殺した。手が緊張でじっとり湿って、それがバレてしまわないか不安になる。リョウちゃんの大きな手のひらが僕の手を包んで、長い指が絡まった。恋人繋ぎ、というやつだ。
リョウちゃんは、僕の耳元へ唇を寄せる。
「デートなんだから、手を繋がなくちゃダメだよ」
「そ、そうなの? そうなんだ」
心臓が、胸の中で暴れている。僕はちらりとリョウちゃんを見上げた。涼しい顔をしている。
もしかしたら、僕以外にも、こんなことをしたのかもしれない。だから、平気なのかも。
そう思うと、なぜか胸がずきりと痛んだ。
リョウちゃんが、僕の手を引く。慌てて着いていくと、リョウちゃんは、楽しそうに笑った。
だけど、僕はなんでか、気が晴れない。僕以外と手を繋ぐリョウちゃんを想像すると、もやもやしてしまう。
どうしてだろう。
悶々としながら歩いていると、周りがさらにぱっと明るくなる。顔を上げると、サンゴの海のコーナーについていた。
いろいろな形や大きさの魚たちが、鮮やかな色合いのひれを翻して泳いでいる。水中で乱反射した光があふれて、わあ、と声を上げた。
子どもたちが夢中で水槽へ魅入って、歓声をあげている。僕も彼らに混じって、じっとサンゴの間を泳ぐ魚たちを見つめた。リョウちゃんが肩を寄せて、僕へ微笑みかける。
「綺麗だね」
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