怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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07)闇に沈む井戸

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私が大学生だった頃の話だ。

 夏休みを利用して、地元の小さな新聞社でアルバイトをしていた私は、記者見習いとして各地の取材に同行していた。都市伝説やオカルトに興味があった私は、地方に伝わる怪奇な話を集めることに夢中になっていた。

 そんなある日、編集部の先輩がふとこんな話をしてくれた。

「〇〇村には、決して覗いてはいけない井戸がある」

 井戸——それ自体は珍しいものではない。しかし、彼が言うには、その井戸を覗き込んだ者は、次々と姿を消しているのだという。

「ただの迷信ですよね?」

 そう尋ねると、先輩は苦い顔をした。

「……そうだといいんだがな」

 興味をそそられた私は、単独でその村へ行ってみることにした。

***********************************

 〇〇村は、山間にひっそりと存在する集落だった。

 村人たちは親切だったが、井戸の話をすると急に顔を曇らせ、誰も口を開こうとしなかった。

「そんなものは知らない」

「余計なことはしないほうがいい」

 明らかに、何かを隠している。

 私は諦めずに村を歩き回り、ようやく一人の老人がぽつりと話してくれた。

「……井戸は、あの森の奥にある。昔、村で災いが続いた時に封じたんじゃ。決して覗いてはいかんぞ」

 老人の警告を背に、私は森へ向かった。

 森の奥へ進むと、次第に空気が重くなっていくのを感じた。

 しばらく歩いた先で、異様な光景が目に入った。

 そこには、古びた石造りの井戸があった。

 しかし、普通の井戸ではない。

 無数の注連縄(しめなわ)が巻かれ、封じられているのだ。

 まるで、何かを閉じ込めているかのように——。

 私は、その場に立ち尽くした。

「……これは、本当にヤバいやつかもしれない」

 だが、怖いもの見たさというやつだろうか。

 私は、ゆっくりと井戸に近づいていった。

 足元に気をつけながら、私は井戸の縁に手をかけた。

 そして——

覗き込んだ。

 井戸の中は、真っ暗だった。

 深さを測るため、ポケットから小石を取り出し、井戸の底へ投げ落とした。

 しかし——

 音がしない。

「……?」

 どれほど深いのか分からないが、あまりに静かすぎる。

 その時だった。

カツ……カツ……

 井戸の底から、何かが這い上がってくるような音がした。

 私は背筋が凍った。

 まさか——

 何かがいるのか?

 心臓の鼓動が早くなる。

 私は慌てて身を引こうとした。

 しかし、その瞬間——

誰かが、私の手を掴んだ。

 ぞっとするほど冷たい手だった。

 私は反射的に手を振り払い、後ろへ飛び退いた。

 その時、井戸の中から——

 白い手が無数に伸びてきた。

「……っ!」

 叫び声を上げそうになったが、声が出ない。

 私は全速力で逃げ出した。

 背後から、低いうめき声が聞こえる。

「……まだ……足りない……」

 何かが、這い出ようとしている。

 私は必死で走り続け、村まで戻った。

 村人たちは、私の顔を見るなり、驚いた表情を浮かべた。

「……お前、見たのか?」

 私は息を整えながら、うなずいた。

 すると、老人が静かに呟いた。

「……もう、お前はここにはいられん」

 私は急いで村を出た。

 車を走らせ、山を降りようとした。

 しかし、なぜか道が分からない。

 どこを走っても、村へ戻ってしまう。

「……おかしい」

 私は焦り始めた。

 何度も何度も同じ道を通っているはずなのに、出口が見つからない。

 その時、助手席の窓に映った自分の顔を見て、息を呑んだ。

 私の後ろに、誰かが立っていた。

 白い顔、黒い目——

 そして、静かに微笑む口元。

 背中に冷たい汗が流れた。

 私は車を止め、ゆっくりと振り向いた。

 だが——

 そこには、誰もいなかった。

 気がつくと、私は山を降りていた。

 いつの間にか、出口へたどり着いていたのだ。

 私は村を振り返った。

 だが、そこには何もなかった。

村が、消えていたのだ。

 まるで最初から存在しなかったかのように。

 私は、自分の腕を見る。

 そこには——

井戸の底から伸びた白い手の痕が、くっきりと残っていた。

***********************************

 あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。

 ただひとつ確かなことがある。

 あの井戸は、まだそこにある。

 そして——

誰かを待っている。
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