怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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24)カラカサの婆(石川県)

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石川県の山間部には、昔から語り継がれる怪異がある。
 その名は——「カラカサの婆」。

 ある夜、傘を持たずに雨の山道を歩くと、老婆が傘を貸してくれる。
 しかし、その傘を開いた者は——

 二度と戻れなくなる。

 私は全国の怪談を取材するライターだった。

 石川県を訪れた際、地元の古老にこんな話を聞いた。

 「昔な、雨の降る夜道を歩いとると、見知らぬ婆さんが傘を差し出してくるんや」

 「それが“カラカサの婆”ですか?」

 「そうや。婆さんはにっこり笑って“この傘を使うといい”と言うんや。
 でもな、その傘を開いたら最後や。開いた瞬間、人は消えてしまう」

 私は鳥肌が立った。

 「なぜ、消えてしまうんです?」

 「そりゃあ……その傘は、もともと人じゃったからや」

 私は背筋が凍った。

 「傘の布は、消えた者の皮でできている」

 そう言うと、老人は小さく震えながら続けた。

 「開いたら、そいつも“新しい傘”にされてしまうんや……」

***********************************

 私は、この話が本当なのか確かめるため、実際にその噂のある山道へ向かった。

 天気予報では夜から雨だった。

 夜になり、山道を歩いていると——

 ぽつ、ぽつ……

 雨が降り出した。

 私は傘を持っていなかった。

 そして、老人の言葉を思い出した。

 「雨の日には“カラカサの婆”が現れる」

 私は懐中電灯を手に、慎重に進んだ。

 すると——

 道の先に、黒い影が立っていた。

 それは、小柄な和服の老婆だった。

 背を丸め、白髪を結い、手には古びた和傘を持っている。

 「……お前さん、傘を持っておらんのか?」

 低い、かすれた声だった。

 「……ええ、持っていません」

 すると、婆はにこりと笑い、ゆっくりと傘を差し出した。

 「ほれ、使うとええ。雨に濡れると風邪をひくぞ……」

 その傘は、異様だった。

 赤黒く染まった布に、ところどころ黒い染みがついている。

 私は、本能的に後ずさった。

 「いえ、大丈夫です……」

 しかし、婆はじっと私を見つめたまま、微動だにしない。

 そして——

 「開けよ」

 私は、心臓が止まりそうになった。

 雨が強くなり、視界がぼやけた。

 婆は、なおも傘を押し付けるように差し出してくる。

 私は、必死で後退した。

 すると——

 婆の顔が、少しずつ変わっていった。

 しわくちゃの皮膚が、まるで溶けるように垂れ下がり——

 目がなくなった。

 そして、口だけが異様に広がり、こう囁いた。

 「開けえぇ……お前の皮が、欲しいんや……」

 私は恐怖で足が動かなくなった。

 その時——

 傘が、ひとりでに開いた。

 傘が開いた瞬間、私は吸い込まれそうになった。

 中は、真っ黒な闇だった。

 だが、その闇の奥から——

 無数の手が伸びてきた。

 「助けて……助けて……」

 それは、今まで傘に取り込まれた人々の声だった。

 私は必死で傘を突き飛ばし、全力で駆け出した。

 背後から、婆の叫び声が響く。

 「待たんかぁぁ!!」

 だが、私は振り向かず、一心不乱に走り続けた。

 しばらくして、私は村の入り口までたどり着いた。

 息を切らし、振り返ると——

 そこには、何もなかった。

 しかし、道には一本の和傘が転がっていた。

 私は、それを蹴り飛ばし、すぐに村の老人のもとへ向かった。

 「……やっぱり、出たんか」

 老人は、私の話を聞くと、静かに頷いた。

 「カラカサの婆はな、昔“人の皮で傘を作る呪いの女”だったんや」

 「呪いの女……?」

 「昔、この村には、和傘を作る女がいた。雨が降るたびに、旅人に傘を貸していたんや。 
 だが、誰もその傘を返さなかった。

 怒った女は、旅人を殺し、その皮で傘を作るようになった。

 やがて、女も村人に殺されたんやが……死んでも傘を作り続けているんやろな」

 私は、震えた。

 「では、私は助かったんでしょうか?」

 老人は、小さく首を振った。

 「分からん。ただ、一度でもカラカサの婆に会った者は、いつか雨の日に、また呼ばれると言われとる」

***********************************
 
 それから……
 私は、それ以来、雨の日が怖くなった。

 特に、傘を持たずにいると、不安になる。

 ある夜——

 私は夢を見た。

 暗い山道で、誰かが傘を差し出している夢だった。

 そして、その影がこう囁いた。

 「そろそろ、開いてもええんやないか?」

 私は、悲鳴を上げて目を覚ました。

 そして、気づいた。

 枕元に、あの和傘が置かれていた。

 もし、あなたが石川県の山道を歩いていて、雨が降ってきたら——

 決して、見知らぬ老婆から傘を受け取ってはいけない。

 なぜなら、それを開いた瞬間——

 あなたの皮で、新しい傘が作られるのだから。
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