怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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25)呪いの味噌工房(福島県)

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福島県の山間部には、古くから伝わる**「呪われた味噌工房」**の話がある。
 そこでは、代々伝わる秘伝の味噌が作られていたが、ある時期を境に忽然と姿を消した。

 なぜなら——

 その味噌には、人の声が混ざっていたからだ。

 私は全国の都市伝説を追うライターだった。
 ある日、福島の知人から、こんな話を聞いた。

 「福島の山奥に、もう廃業したはずの味噌工房があるんだけどな……
 夜になると、中から“声”が聞こえるって話があるんだよ」

 「声?」

 「ああ……何かを“混ぜる音”と、一緒にな……」

 私は興味を引かれ、さっそくその味噌工房へ向かうことにした。

***********************************

 味噌工房は、山間の小さな集落にあった。

 看板は色褪せ、建物は崩れかけていたが、周囲にはまだ味噌の発酵したような匂いが漂っていた。

 しかし、異様だったのは——

 建物の中から、微かに音が聞こえていたことだった。

 「ゴリ、ゴリ……」

 何かをすり潰す音。

 私は、全身の毛が逆立つのを感じた。

 この工房は、何年も前に廃業しているはずなのに。

 地元の老人に話を聞くと、渋い顔をしてこう言った。

 「あそこには、もう誰も近寄らんよ」

 「なぜです?」

 「昔、あの工房では、何か“おかしなこと”が行われとったんだ」

 私は身を乗り出した。

 「“おかしなこと”とは?」

 老人は、しばらく考えたあと、ぽつりと語り始めた。

 「……あの味噌にはな、“何か”が混ざっていたんだよ」

 この工房の味噌は、異様にコクがあり、深い旨味を持っていた。
 しかし、それを食べた者の中には、奇妙な体験をする者が続出したという。

 「夜中に、味噌の甕(かめ)から声が聞こえた」
 「味噌を舐めると、頭の中に“誰かの囁き”が流れ込んできた」
 「食べた後、一晩中、夢の中で“味噌をかき混ぜる作業”をしていた」

 そして、ある時、とうとう事件が起こった。

 ある日、工房の主人が、味噌甕の中で溺れ死んでいた。

 私は、その工房の真相を確かめるため、夜中に忍び込むことにした。

 懐中電灯を片手に、崩れかけた木戸を開ける。

 中には、まだ味噌の甕が残っていた。

 しかし——

 その甕から、何かが動く音がする。

 「……ゴリ、ゴリ……」

 私は、心臓が凍りついた。

 甕の中から、何かをすり潰すような音が聞こえるのだ。

 私は、甕の中を覗こうとした。

 その時——

 「……見てはいけない」

 耳元で、低い声が囁いた。

 私は悲鳴を上げ、後ずさった。

 だが、その瞬間、甕の中から細い手が伸びてきた。

 人の手だ。

 しかも、それは無数にあった。

 「混ぜて……混ぜて……」

 甕の中から、無数の声が聞こえた。

 私は恐怖で凍りつき、必死で工房を飛び出した。

 翌日、私は再び老人を訪ねた。

 「……あの工房には、“人”が混ざっていたんじゃないですか?」

 老人は、しばらく沈黙した後、小さく頷いた。

 「……昔な、あの工房では“人柱”が行われていたんだ」

 「人柱?」

 「味噌を仕込む時、一番大きな甕にはな……生きた人間が埋められとったんだよ。」

 私は、言葉を失った。

 「なぜ、そんなことを?」

 「……“良い味噌を作るため”だそうだ」

 昔、この地方では味噌には魂が宿ると信じられていた。

 より深い味を出すため、工房の主人は生贄を捧げ、人の命を“発酵”させていたという。

 そして、ある時、最後の主人が自ら味噌甕の中へ入った。

 その日から、工房は廃業となった。

 「だから、今でも聞こえるんだよ……味噌をかき混ぜる音がな」

 私は、福島を離れる前に、あの工房の前をもう一度訪れた。

 そして、崩れかけた棚の隅で、古びた木箱を見つけた。

 中には、最後に仕込まれた味噌の瓶が入っていた。

 私は、それを持ち帰るべきか迷った。

 だが、その瞬間——

 瓶の中から、**ぼこっ……ぼこっ……**と、何かが泡立つ音がした。

 私は、恐怖で瓶を置き、逃げるように工房を後にした。

***********************************

 私は、帰宅してからもあの音が耳から離れなかった。

 ある夜——

 私は、夢を見た。

 暗い工房の中で、甕をかき混ぜ続けている夢だった。

 そして、背後から誰かがそっと囁いた。

 「まだ……混ぜ足りないよ」

 私は、叫んで目を覚ました。

 しかし、部屋の中には——

 見覚えのない味噌の瓶が置かれていた。

 もし、福島県の山間部で**「もう廃業したはずの味噌工房」**を見つけたら——

 決して、味噌甕の中を覗いてはいけない。

 なぜなら、その中では今も——

 “何か”が発酵し続けているのだから。
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