怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

文字の大きさ
24 / 147

24)カラカサの婆(石川県)

石川県の山間部には、昔から語り継がれる怪異がある。
 その名は——「カラカサの婆」。

 ある夜、傘を持たずに雨の山道を歩くと、老婆が傘を貸してくれる。
 しかし、その傘を開いた者は——

 二度と戻れなくなる。

 私は全国の怪談を取材するライターだった。

 石川県を訪れた際、地元の古老にこんな話を聞いた。

 「昔な、雨の降る夜道を歩いとると、見知らぬ婆さんが傘を差し出してくるんや」

 「それが“カラカサの婆”ですか?」

 「そうや。婆さんはにっこり笑って“この傘を使うといい”と言うんや。
 でもな、その傘を開いたら最後や。開いた瞬間、人は消えてしまう」

 私は鳥肌が立った。

 「なぜ、消えてしまうんです?」

 「そりゃあ……その傘は、もともと人じゃったからや」

 私は背筋が凍った。

 「傘の布は、消えた者の皮でできている」

 そう言うと、老人は小さく震えながら続けた。

 「開いたら、そいつも“新しい傘”にされてしまうんや……」

***********************************

 私は、この話が本当なのか確かめるため、実際にその噂のある山道へ向かった。

 天気予報では夜から雨だった。

 夜になり、山道を歩いていると——

 ぽつ、ぽつ……

 雨が降り出した。

 私は傘を持っていなかった。

 そして、老人の言葉を思い出した。

 「雨の日には“カラカサの婆”が現れる」

 私は懐中電灯を手に、慎重に進んだ。

 すると——

 道の先に、黒い影が立っていた。

 それは、小柄な和服の老婆だった。

 背を丸め、白髪を結い、手には古びた和傘を持っている。

 「……お前さん、傘を持っておらんのか?」

 低い、かすれた声だった。

 「……ええ、持っていません」

 すると、婆はにこりと笑い、ゆっくりと傘を差し出した。

 「ほれ、使うとええ。雨に濡れると風邪をひくぞ……」

 その傘は、異様だった。

 赤黒く染まった布に、ところどころ黒い染みがついている。

 私は、本能的に後ずさった。

 「いえ、大丈夫です……」

 しかし、婆はじっと私を見つめたまま、微動だにしない。

 そして——

 「開けよ」

 私は、心臓が止まりそうになった。

 雨が強くなり、視界がぼやけた。

 婆は、なおも傘を押し付けるように差し出してくる。

 私は、必死で後退した。

 すると——

 婆の顔が、少しずつ変わっていった。

 しわくちゃの皮膚が、まるで溶けるように垂れ下がり——

 目がなくなった。

 そして、口だけが異様に広がり、こう囁いた。

 「開けえぇ……お前の皮が、欲しいんや……」

 私は恐怖で足が動かなくなった。

 その時——

 傘が、ひとりでに開いた。

 傘が開いた瞬間、私は吸い込まれそうになった。

 中は、真っ黒な闇だった。

 だが、その闇の奥から——

 無数の手が伸びてきた。

 「助けて……助けて……」

 それは、今まで傘に取り込まれた人々の声だった。

 私は必死で傘を突き飛ばし、全力で駆け出した。

 背後から、婆の叫び声が響く。

 「待たんかぁぁ!!」

 だが、私は振り向かず、一心不乱に走り続けた。

 しばらくして、私は村の入り口までたどり着いた。

 息を切らし、振り返ると——

 そこには、何もなかった。

 しかし、道には一本の和傘が転がっていた。

 私は、それを蹴り飛ばし、すぐに村の老人のもとへ向かった。

 「……やっぱり、出たんか」

 老人は、私の話を聞くと、静かに頷いた。

 「カラカサの婆はな、昔“人の皮で傘を作る呪いの女”だったんや」

 「呪いの女……?」

 「昔、この村には、和傘を作る女がいた。雨が降るたびに、旅人に傘を貸していたんや。 
 だが、誰もその傘を返さなかった。

 怒った女は、旅人を殺し、その皮で傘を作るようになった。

 やがて、女も村人に殺されたんやが……死んでも傘を作り続けているんやろな」

 私は、震えた。

 「では、私は助かったんでしょうか?」

 老人は、小さく首を振った。

 「分からん。ただ、一度でもカラカサの婆に会った者は、いつか雨の日に、また呼ばれると言われとる」

***********************************
 
 それから……
 私は、それ以来、雨の日が怖くなった。

 特に、傘を持たずにいると、不安になる。

 ある夜——

 私は夢を見た。

 暗い山道で、誰かが傘を差し出している夢だった。

 そして、その影がこう囁いた。

 「そろそろ、開いてもええんやないか?」

 私は、悲鳴を上げて目を覚ました。

 そして、気づいた。

 枕元に、あの和傘が置かれていた。

 もし、あなたが石川県の山道を歩いていて、雨が降ってきたら——

 決して、見知らぬ老婆から傘を受け取ってはいけない。

 なぜなら、それを開いた瞬間——

 あなたの皮で、新しい傘が作られるのだから。

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
【累計55万PV突破‼】 話題作「アンケートに答えたら、人生が終わった話」が10万PVを記録。 日常に潜む“逃げ場のない恐怖”を集めた、戦慄の短編集。 その違和感は、もう始まっている。 帰り道、誰もいないはずの部屋、何気ない会話。 どこにでもある日常が、ある瞬間、取り返しのつかない異常へと変わる。 意味が分かると凍りつく話。 理由もなく、ただ追い詰められていく話。 そして、最後の一行で現実がひっくり返る話。 1話1000〜2000文字。隙間時間で読める短編ながら、 読み終えたあと、ふとした静寂が怖くなる。 これはすべて、どこかで起きていてもおかしくない話。 ――あなたのすぐ隣でも。 洒落にならない実話風・創作ホラー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。