怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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28)薬売りの女

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その女は、毎年夏の終わりに現れる。
 ひっそりとした田舎道を歩き、ひとつひとつの家を訪ねては、こう言うのだ。

 「薬をお求めではありませんか?」

 どこにでもいそうな、旅の薬売りの女——
 しかし、彼女の薬を買った者は、決して無事ではいられないという。

 福井県の山間部に、かつて小さな村があった。
 今はもう廃村になってしまったが、そこには、こんな言い伝えが残っている。

 「薬売りの女が来たら、決して薬を買ってはいけない」

 「なぜですか?」と村の若者が聞くと、老人たちは渋い顔をしてこう言った。

 「その薬を飲んだ者は……みんな、消えてしまうからじゃ」

 信じがたい話だった。
 しかし、実際に村の記録には不可解な失踪事件がいくつも残されていた。

 そして——

 村が消える直前にも、あの女は現れていた。

***********************************

 昭和の終わりごろ、その村に住む藤井という男が体験した話だ。

 彼は農業を営みながら、年老いた母親と暮らしていた。

 ある日、村の外れで仕事をしていると、背後から声がした。

 「薬をお求めではありませんか?」

 振り向くと、そこには見知らぬ女が立っていた。

 黒い着物を纏い、編笠をかぶっている。
 手には、小さな木箱を持っていた。

 藤井は、少し怪しんだ。

 「薬売りか?」

 「はい。この村には、薬屋がございませんでしょう?」

 たしかに、村には薬を扱う店はなかった。

 「どんな薬がある?」

 女は静かに箱を開いた。

 すると、中には小さな薬包が並んでいた。

 「腹痛、咳、熱……どんな症状にも効く薬がございます」

 藤井は、ふと母親のことを思い出した。

 最近、母はひどい咳をしていたのだ。

 「咳に効く薬は?」

 女は微笑みながら、小さな紙包みを取り出した。

 「こちらをお使いください。よく効きますよ」

 藤井は、何となく不安を覚えたが、つい薬を買ってしまった。

 しかし——

 その夜、母の様子がおかしくなった。

 母は、薬を飲んだ直後から苦しみ出した。

 「母さん!? どうした!?」

 息を荒げ、喉を押さえながら、母は震えていた。

 「変な声が聞こえる……」

 「声?」

 「……たくさんの人の声が……薬の中から……」

 私は血の気が引いた。

 そして、母は次の瞬間、がくんと力を失い——

 そのまま息を引き取った。

 私は、慌てて村の医者を呼びに走った。

 しかし、戻ってきた時——

 母の亡骸が、消えていた。

 藤井は、村人たちに助けを求めた。

 しかし、誰も彼の言葉を信じなかった。

 「年寄りの突然死だろう」

 「そんな女は見ていない」

 「薬を売る人間なんて、ここには来ないよ」

 彼は絶望した。

 母は確かにここにいた。
 しかし、その存在を覚えているのは自分だけになっていた。

 そして、彼は気づいた。

 村の中で、同じような失踪が何度も繰り返されていたことに。

 過去の記録を調べると、何人もの村人が突然消えたと書かれていた。

 共通していたのは、彼らが「薬売りの女」から薬を買ったということ。

 藤井は、再び女を探した。

 そして、村の外れの山道で、再び彼女と出会った。

 「お前……一体何者だ!?」

 女は静かに微笑んだ。

 「……私は、ただの薬売りです」

 「嘘をつくな!! 母を返せ!!」

 女は、しばらく藤井を見つめた後——

 「ならば、あなたも来ますか?」

 その瞬間、彼の視界は真っ暗になった。

 そして、次に目を覚ました時——

 村は、消えていた。

 現在、その村の跡地には何も残っていない。

 藤井を最後に、村の住人は一人残らずいなくなった。

 ただ、時折——

 村があった場所を訪れた者が、こんな体験をするという。

 「薬売りの女を見た」

 「古びた着物を着た女が、薬を売っていた」

 「気づいたら、道の先から消えていた」

 「薬を買おうとしたら、何かに引き止められた」

 村が消えても、女はまだ薬を売り続けている。

***********************************

 私がこの話を取材し、記事にした数日後——

 ポストに小さな紙包みが届いていた。

 封を開けると、中には古びた薬が入っていた。

 そして、一枚の紙切れが添えられていた。

 「薬をお求めではありませんか?」

 私は、慌ててその薬を処分した。

 しかし、それ以来——

 夜になると、玄関の前で誰かが囁いているのを聞くようになった。

 「薬をお求めではありませんか?」

 もし、旅先で古びた着物を着た女の薬売りを見かけたら——

 決して、薬を買ってはいけない。

 なぜなら、それを口にした者は——

 この世界から、消えてしまうのだから。
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