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117)『借りた顔』
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その男は、駅の出口に立っていた。
黒いロングコート、眼鏡、年齢は30代後半くらい。人混みに溶け込むような、どこにでもいそうな男。
ただ、目が合ったとき、なぜか背筋がひやりと冷えた。
そして、男はこう言った。
「今日だけ、あなたの顔、貸してもらえませんか?」
「は?」
思わず声が出た。冗談だろうと思った。
でも、男は真顔だった。まるで、「道を教えてください」くらいの自然さで、こちらを見つめている。
「貸すって……顔を、ですか?」
「はい。夕方にはきちんと返します。ほんの数時間だけでいいんです。
あなたは“その間、違う顔”になりますが、ご安心を」
そう言って、彼はポケットから1枚の紙を差し出してきた。
そこには、僕の顔をした“他人”の写真が印刷されていた。
怖くなって、その場を立ち去ろうとした。
けれど、男の目が妙に離れなかった。
電車に乗っても、エスカレーターを降りても、目の端に“彼の姿”がずっと見えた。
つけられているわけじゃない。
それでも、見られているという感覚だけがずっと残っていた。
夜。風呂上がりに洗面台の鏡を見て、血の気が引いた。
顔が、違っていた。
頬骨の高さ、眉の形、鼻の先端、すべてが“微妙に違う”。
似ているけれど、自分ではない。
スマホの顔認証も解除できなくなっていた。
会社のIDカードも反応しない。
財布の免許証の写真は、自分とまったくの別人になっていた。
顔を貸す約束をした覚えはない。
でも、もう“貸した後”になっていた。
次の日、会社に行っても、誰も僕を認識しなかった。
同僚は怪訝な顔をし、「どちら様ですか?」と冷たく言う。
上司に「○○です」と名乗っても、戸惑いの表情で「その社員は在籍していませんよ」と言われた。
実家に電話しても、母親は言った。
「間違い電話ですか? うちに“そういう名前の子”はいませんよ」
……存在が、薄れていく。
家に帰ると、ポストに手紙が入っていた。
差出人の欄には何も書かれていない。
中には、メモ書きが一枚。
> 「顔、使いやすかったです。
> あなたよりも上手くやれました。
> 返すタイミングは、もう少しお待ちください」
日を追うごとに、“彼”が僕の人生を代わりに生きているのがわかってきた。
SNSには、僕の名前を使って投稿しているアカウントがあった。
自撮りもある。だがそこに映っているのは、“元の僕の顔”を持った、別の人間だった。
彼は、僕より上手に喋り、上手に笑い、上手に愛されていた。
誰にもバレずに、完璧に“僕”を演じていた。
俺は今、鏡の中の顔がわからない。
パスポートの顔も、学生時代の卒アルも、全部「見知らぬ誰か」になっている。
自分の写真を見ても、自分だという感覚がまったく湧かない。
コンビニでアルバイトを始めた。名前は偽名。
「借りた顔」のまま、生きていくしかなかった。
ある夜、駅で再びあの男を見かけた。
違う顔、違う服、でも“あれは彼だ”と直感でわかった。
彼は今度、別の誰かに声をかけていた。
「今日だけ、あなたの顔、貸してもらえませんか?」
◆エピローグ
いま、あなたのスマホに届いた写真。
それ、本当に“あなた自身”の顔ですか?
……誰かが、もう借りているかもしれませんよ。
黒いロングコート、眼鏡、年齢は30代後半くらい。人混みに溶け込むような、どこにでもいそうな男。
ただ、目が合ったとき、なぜか背筋がひやりと冷えた。
そして、男はこう言った。
「今日だけ、あなたの顔、貸してもらえませんか?」
「は?」
思わず声が出た。冗談だろうと思った。
でも、男は真顔だった。まるで、「道を教えてください」くらいの自然さで、こちらを見つめている。
「貸すって……顔を、ですか?」
「はい。夕方にはきちんと返します。ほんの数時間だけでいいんです。
あなたは“その間、違う顔”になりますが、ご安心を」
そう言って、彼はポケットから1枚の紙を差し出してきた。
そこには、僕の顔をした“他人”の写真が印刷されていた。
怖くなって、その場を立ち去ろうとした。
けれど、男の目が妙に離れなかった。
電車に乗っても、エスカレーターを降りても、目の端に“彼の姿”がずっと見えた。
つけられているわけじゃない。
それでも、見られているという感覚だけがずっと残っていた。
夜。風呂上がりに洗面台の鏡を見て、血の気が引いた。
顔が、違っていた。
頬骨の高さ、眉の形、鼻の先端、すべてが“微妙に違う”。
似ているけれど、自分ではない。
スマホの顔認証も解除できなくなっていた。
会社のIDカードも反応しない。
財布の免許証の写真は、自分とまったくの別人になっていた。
顔を貸す約束をした覚えはない。
でも、もう“貸した後”になっていた。
次の日、会社に行っても、誰も僕を認識しなかった。
同僚は怪訝な顔をし、「どちら様ですか?」と冷たく言う。
上司に「○○です」と名乗っても、戸惑いの表情で「その社員は在籍していませんよ」と言われた。
実家に電話しても、母親は言った。
「間違い電話ですか? うちに“そういう名前の子”はいませんよ」
……存在が、薄れていく。
家に帰ると、ポストに手紙が入っていた。
差出人の欄には何も書かれていない。
中には、メモ書きが一枚。
> 「顔、使いやすかったです。
> あなたよりも上手くやれました。
> 返すタイミングは、もう少しお待ちください」
日を追うごとに、“彼”が僕の人生を代わりに生きているのがわかってきた。
SNSには、僕の名前を使って投稿しているアカウントがあった。
自撮りもある。だがそこに映っているのは、“元の僕の顔”を持った、別の人間だった。
彼は、僕より上手に喋り、上手に笑い、上手に愛されていた。
誰にもバレずに、完璧に“僕”を演じていた。
俺は今、鏡の中の顔がわからない。
パスポートの顔も、学生時代の卒アルも、全部「見知らぬ誰か」になっている。
自分の写真を見ても、自分だという感覚がまったく湧かない。
コンビニでアルバイトを始めた。名前は偽名。
「借りた顔」のまま、生きていくしかなかった。
ある夜、駅で再びあの男を見かけた。
違う顔、違う服、でも“あれは彼だ”と直感でわかった。
彼は今度、別の誰かに声をかけていた。
「今日だけ、あなたの顔、貸してもらえませんか?」
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いま、あなたのスマホに届いた写真。
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