怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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135)『猫の輪廻橋』

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その町には、**「猫が渡る橋」**の話が残っていた。

 古い石橋。苔むしたアーチ。
 川幅も狭く、両側の欄干には猫の像がひっそりと並ぶ。

 だが、昼には誰も渡らない。

 渡るのは、猫たちだけ――しかも、“夜だけ”

 そして、一度でもその橋を渡った猫は、二度と戻ってこない。

 それが、町の子どもたちのあいだで囁かれる「輪廻橋(りんねばし)」の噂だった。

 私は、小学五年の夏に、その町へ引っ越してきた。

 父が病気で倒れ、母と二人、母の実家に身を寄せたのだ。

 そこで暮らし始めてすぐ、私は一匹の猫と出会った。

 名前は「あめ」

 薄い灰色の毛に、琥珀色の目。
 なぜか私になつき、毎日のように勝手口から家に上がり込んできた。

 私が泣いているときは足元で丸くなり、
 笑っているときは尻尾を高く上げていた。

 その猫が、ある日を境にいなくなった。

 最後に姿を見せたのは、夕暮れの裏道。

 遠くから、私の方を一度だけ振り返り、
 何か言いたげに――石橋の向こうへ歩いていった。

 それきり、姿を見なかった。

 「輪廻橋に渡ったんだよ」

 町の子がそう言った。

 「そこ、死んだ猫が生まれ変わるために渡る橋なんだって」

 「でも、戻ってこないんだよね?」

 「うん。戻ってきちゃだめなんだって。
  前の命を引きずると、次の生にたどり着けないから」

 でも、私はどうしても会いたかった。
 どうしても、“あめ”に言いそびれたことがあった。

 だから、橋へ行った。夜に。

 橋は、月の光で白く輝いていた。

 両側の猫の像は、どれもわずかに形が違っていた。

 尻尾を巻くもの、首を傾げたもの、目を閉じたもの。

 そして、欄干の中央に――“あめ”にそっくりな像があった。

 私はその像に触れた。

 すると、足元の石畳がきゅう、と鳴った。

 風が止まり、音が消えた。

 視界がぐにゃりと歪み、目の前に――別の町が広がっていた。

 そこは、灰色の霧に包まれた静かな町だった。

 木々は葉を落とし、川は干上がり、家々はすべて無人。

 だが、道のあちこちに、猫たちがいた。

 みなこちらを見ていた。

 目だけが、金色に輝いていた。

 その中に、“あめ”がいた。

 でも、“あめ”の姿は人間の子どもになっていた。

 灰色の髪、琥珀の目。
 懐かしい目線としっぽのような笑い方。

 > 「もう、きたらだめだよ」
 > 「ここは、命を忘れるための場所なんだ」

 「……会いたかった」

 > 「会ってくれてありがとう。でも、あなたの声を聞くと、
 >  また“あっちに戻りたくなる”」

 > 「でもそれじゃ、だめなんだ。わたしは、“次の命”に行かなきゃ」

 「ねぇ、代わりに行ける?」

 あめ――いや、その子はそう言った。

 > 「あなたが“わたし”になれば、
 >  わたしは、“あなたの中で生きられる”から」

 私は、迷った。

 だがそのとき、彼女が囁いた。

 > 「あなたはもう充分に、わたしを覚えていてくれた。
 >  だから、今度は――あなたのことを、わたしが忘れない」

 目が覚めると、自分が猫の姿になっていた。

 四つ足で歩き、尾を振り、
 小さな声で、「にゃ」と鳴く。

 私の代わりに、人間になった彼女が、
 橋の向こうで静かに手を振っていた。

 それから、時が経った。

 その町の小学校に通うひとりの少女は、
 いつも窓際で絵を描いていた。

 薄い灰色の髪に、やわらかな目。
 彼女の描く絵には、必ず一匹の猫が描かれていた。

 その猫は、いつも笑っていた。

◆エピローグ
 もし、夜の橋のたもとで
 あなたを見つめる猫に出会ったら――

 それは、**あなたのことを忘れられなかった“命”**かもしれません。

 ただし、目を合わせたまま、橋を渡ってはいけません。

 次に消えるのは、あなたの“いま”の方かもしれませんから。
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