怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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144)『#今見てるよ』

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そのタグが流行り出したのは、春の終わりだった。
 InstagramやX(旧Twitter)、TikTokなどで急激に拡散された謎のハッシュタグ――

 「#今見てるよ」

 投稿には特に決まりはない。
 風景、自撮り、飯テロ、愚痴、何でもいい。
 ただ、最後に「#今見てるよ」と添えるだけ。

 「誰が見てるの?」「見られるのはどっち?」
 “ちょっと怖いけどウケる”と若者の間で火がついた。

 私がそのタグを初めて目にしたのは、深夜のTLだった。
 フォロワーでも何でもないアカウントが、私の投稿をRTしていた。
 引用でこう書かれていた。

 > 「#今見てるよ」

 ……誰?

 アカウントに飛ぶと、アイコンは真っ黒。
 投稿はすべて同じ内容。

 > 「#今見てるよ」
 > 「#今見てるよ」
 > 「#今見てるよ」……

 100件以上、何の画像もなしにタグだけが投稿されていた。

 不気味だったが、私は冗談半分で真似して投稿してみた。

 > 今日の残業しんどかった~
 > #今見てるよ

 その10分後、通知が来た。

 “黒いアイコンのアカウント”から「いいね」がついた。
 そして、DMが届いた。

 > 「見えたよ」

 たった一言。
 画面を閉じようとしたが、DM欄からそのメッセージが消えなかった。

 通知はあるのに、中身がない。

 でも、スマホの画面にかすかに“目のような模様”が浮かんでいた気がした。

 それ以降、私の投稿には必ず“黒いアカウント”から反応がつくようになった。

 何を投稿しても、「#今見てるよ」の返信。
 誰にも見られていない時間でも、
 “何か”が常に見ているような気配が付きまとう。

 ある日、バイト仲間のハルカが言った。

 「ねえ、あのタグ使ったあとからさ、ずっと誰かに見られてる気がしない?」

 「わかる。背中とか視線とか、カメラ越しとか……」

 「私、この前、寝てたとき夢に出たんだよ。
  真っ黒い顔の人が、枕元で覗いてて――“見てるよ”って」

 私たちは、半笑いでその話を終えた。
 けれど、背中に貼りつくような違和感は消えなかった。

 その週の金曜、ハルカが急に欠勤した。

 何度も電話したが、出ない。LINEも既読がつかない。

 SNSを見ると、最後の投稿が「#今見てるよ」の自撮りだった。

 その画像――よく見ると、画面の端に“もう一つの顔”が写っていた。

 窓の外。真っ黒な輪郭、だが白く浮かぶ“目”だけがこちらを向いている。

 誰かが、「これなに?」とコメントしていた。

 そのコメントはすぐに削除された。

 ハルカは、そのまま行方不明になった。

 家には鍵がかかったまま。
 室内に争った形跡はなく、スマホだけが消えていた。

 だが、彼女のアカウントだけは生きていた。

 毎日、「#今見てるよ」という投稿が続いていた。

 ハルカの顔ではない何かの写真とともに。

 私は怖くなってタグを削除しようとした。
 しかし、削除ボタンが反応しなかった。

 スマホが一瞬暗転し、画面に“文字”が浮かんだ。

 > 「見ている者は、見られた者に記録される」
 > 「記録された者は、目となる」
 > 「次は――君の番」

 その夜、私のスマホのインカメラが勝手に起動した。

 そして、自動的に自撮りが保存された。

 その写真は、即座にInstagramに投稿された。

 > #今見てるよ

 “私の顔”ではなかった。

 **口元が裂け、目が白く濁った“私に似た何か”**が、画面の中で笑っていた。

◆エピローグ
 ハッシュタグは、目印です。
 つけたその瞬間、“見てほしい”という意志が、誰かの視界と繋がります。

 「#今見てるよ」

 もしその言葉が、あなたの投稿についたら、
 もう“あなたの後ろ”にも、誰かの目があるかもしれません。
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