氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo

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特別編4話「じいじ、社内で覚醒する」

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▶1. 「おい、徹さん、なんか顔ニヤけてへん?」
大阪・堺にある老舗の金属加工会社「岸本精工」。
その2階にある溶接工場は、朝からいつも通り、火花と機械音でにぎやかだった。

その中で、ひときわ異様な空気を放つ男が一人。

――宮本徹(60)。
寡黙、頑固、仕事一筋。口癖は「やることやっとけ」。
職人中の職人、社内でも誰もが一目置く存在。

……だった。

「おい徹さん、なんか顔ニヤけてへん?」
「うっわ……スマホ持って、ニヤァって……怖ッ」
「溶接の次は、デレ溶けてんで……」

周囲の社員たちはひそひそ声でざわついていた。

それもそのはず――

いつもポケットに入れっぱなしのスマホを、
今朝からずっと片手に持って笑っているのだ。

しかも。

「これや、これ。見てみい、ウチの孫や」

「えっ!?」

「これは……生後5日。名前は“悠真”や」

「おじ……じいじ……?」

徹は、まごうことなき“デレ顔”でスマホを掲げた。

 

▶2. 「この写真がな、ええんやまた……」
社内食堂でも異変は続いた。

昼休み、弁当を食べる社員たちのもとへ、無言で近づく影。
徹である。

「……飯中すまん。ちょっとこれ見てくれへんか」

「(ひぇっ!徹さんが話しかけてきた!?)」

テーブルに置かれたスマホ画面には――

赤ちゃん。満面の笑みでタオルにくるまれた悠真の写真。

「これな、初めて笑った瞬間や。千代が“撮れたで!”言うて送ってきよった」

「は、はぁ……」

「この写真がな、ええんやまた。なんかこう……見てるだけでな、心がな、溶けるちゅうか……」

「(職人気質どこいったんや……)」

その場の全員が、仕事道具を置いて「うんうん」と頷いた。
もはや誰も逆らえない、“じいじパワー”である。

 

▶3. 「この角度がまた天才やねん」
午後の現場。

ふだんは「作業中に私語禁止やろがい」と一喝する徹が、なぜか立ち話をしている。

しかもスマホ片手。

「これ見てみ?目が開き始めてな。こっち見てるように見えるやろ?」

「う、うっすらと……!」

「この角度がまた天才やねん。千代、よう撮ったわこれ。
写真の才能あるんちゃうか、あいつ……いや悠真が被写体として天才なんかもな……」

「徹さん、まじで語ってる……」

誰もが心の中でそっと手を合わせた。
(誰か……誰かこの人を、いつもの“無口キャラ”に戻してくれ……!)

 

▶4. 社長室にて
午後3時。

なんと徹は、社長室に現れていた。

「おぉ……徹さん、何か問題でも?」

「いや……社長にも見せとこう思てな。これや」

スマホを掲げる。

「……どちら様?」

「孫や。“悠真”やで。もう5日やけど、こないに成長しとるんや。
顔の骨格がワシに似てきとる。千代が言うには、耳もワシそっくりやって」

社長、戦慄。

(この男が!俺の前で“骨格が似てる”とか言う!?)
(普段“無駄な会話禁止”って顔しとるのに!?)

「う、うん……立派な赤ちゃんやなぁ……」

徹は満足げに頷き、帰っていった。

社長はその背中に、社員一同の涙を重ねた。

 

▶5. まさかの社内掲示板ジャック
事件は翌朝、起こった。

社内掲示板に掲示された「安全目標週間」の横に――
カラーコピーされた悠真の写真が、A4で貼られていた。

「『安全第一。孫の顔を見るまで、家に帰れ』」

「徹さん……」

「座右の銘変わってるやん……」

「いやむしろ説得力あるけどな……」

もはや社内で“悠真くんファンクラブ”ができかけていた。
現場女子たちが勝手に「1日1悠真」と称して写真を回し始める始末。

 

▶6. ついに千代から電話が
その日の午後。

徹のスマホに千代からの電話が入る。

「アンタ!会社でまた悠真の写真ばらまいてるやろ!」

「……いや。ばらまいてへん。見せただけや」

「“見せる”ちゅうのは、社長からわたしんとこ連絡が来るくらい知ってる状況のこと言うんか!?」

「……いや、それはちゃうな」

「ちゃうなやない!ほな次の写真、もっとええやつ送ったるさかい、今度は壁に貼るのはやめてや!」

「……わかった」

 

▶7. その夜、居間での一言
大阪の宮本家。

夕食後、ソファに座る徹が、画面をじっと見つめている。

そこには、舞子から送られてきた「悠真のあくび動画」。

帰りに買ってきたたこ焼きをつまみながら、ビールを飲む。

徹:「……あの“はぁぁ”って声が、ええねん」

何度も同じ場面を見ている。

徹:「……明日、現場に動画見せんとな」
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