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第八部 二章「約束の日」
「〇〇という感情」
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「……あ。動いた」
街は賑わう祭りの真っ最中。大通りは灯りが多く、夜にも負けずと光り輝いている。その灯りは街の屋根にまで延び、その陰からその光景を覗くのは、夜闇に紛れる黒い翼。
イロハは逃げ出した後から、クロトたちとは距離を取って様子をうかがっていた。
『……今更だが、あの異端者はよくこちらを見逃したものだな。ただ私情に駆られているだけなのかどうか』
「よくわかんないけど、この下ボクはやだなぁ。なんか皆楽しそうだけど……、よくわかんない。人が多いし」
『そのわりにはそこら辺に目移りしていたようだがな。……まあ、私もあまり人間の多いところは好まないゆえ。異端者もいない事だし、そろそろあちらと合流するのか? いつまでもこうしてこそこそ隠れているわけにもいくまい?』
人を避け、ただ遠くから見張るイロハ。
ネアは建物の中へ。クロトとエリーはようやく動きだし場所を変える様子。
「う~ん。それもそうかなぁ。じゃあ、そろそろ――」
寝そべっていた身を起こし、翼を広げた。
――その時だ。
「――やっぱこんなとこにいた」
突然、イロハの身はまた屋根にへと伏せる。
意図的にしたのではなく、何者かに頭上から衝撃を与えられ倒れたという流れだ。
痛みがない分、何が起きたのかとイロハは目を丸くさせる。
そして一番に脳が考えたのは、第一声である何者かの声。
その声はとても聞き慣れたものだ。
後ろを振り向けば、大きな紙袋を抱えるネアが肉の串焼きをくわえながらイロハを見下ろしている。
呆れた目で。つい先ほど何かを叩いたような形を空いた手がとっている。おそらく、イロハの頭を叩いたのもその手だろう。
「……なんで、お姉さん此処に?」
おかしい。先ほどクロトたちと離れ、建物の中に入ったはずだ。そうイロハも認識している。
「用事が終わったから自由行動に決まってんじゃない。それとも何? アンタ私がクロトたちから離れるのを待ってたわけ? 嫌な子ねぇ、お姉さんの事がそんなに嫌なのかしら?」
「……」
少し黙る。不服そうなイロハの顔も当然とすら思えるものがあった。
「お姉さんだってボクの事嫌いでしょ?」
何気ない。当たり前の様に。イロハはネアもそうではないのかと、呟く。
男が嫌いなネアにとってイロハも例外なくそうだ。これまでの扱いからも、身が一番よく理解している。
「……なに拗ねてんのよ。子供なんだから」
そう。イロハはまだ子供だ。
思考は特に成長ができず、自身で物事を考えるのが苦手。自ら成長しようという気持ちがどこか欠落してしまっている。教養の行き届いていない子供でしかない。
ネアにとって、そんなイロハはクロトと同様、少し哀れみを抱いてしまう。
今はフレズベルグが知恵を与えているようだが、イロハも自らその知識に触れようとしなければならない。
何も知らず、傀儡の様に動かされるだけの存在ではいられないのだから。
ため息が出る。
ネアは紙袋をあさり、一つをイロハにへと差し出す。
「……?」
「べつに無理に祭りに参加しなくていいわよ。アンタにはこの前カーナとアキネを助けてもらったし、これ以上無理を言うつもりもないわ。あと、コレあげる」
差し出された物にイロハはわずかに戸惑いつつも受け取り、物珍しそうにそれをじっと見るめる。
串の先端に小さな林檎が刺さっており、その周りにはキラキラとした透明な物が星の形をして固められていた。
ほのかに甘い香りも……
「何これ?」
「林檎飴よ。さっきお嬢さんたちからいっぱい貰っちゃって」
「……林檎なのに、小さいよ?」
「そういう林檎なの。林檎でも種類がいっぱいあって、これは小さい品種ね。こうして飴と一緒に食べれる祭りでは定番のモノなんだから。食べて見なさいよ、甘くて美味しいんだから」
串焼きを食べ終わると、ネアはもう一つ林檎飴を取り出し口に含む。
毒はない。安全なものだと言い聞かせる様に。
しばしパチパチと瞬きをするイロハは少し考え込んだ後に、ペロッとひと舐め。
「…………甘い。美味しい」
初めて食べたそれに、どうしようもないほど心が引かれた。
不思議とするも、すっかり林檎飴を受け入れて口に含む。
「ちょっとでも祭りが気になったんなら降りてきなさいよ。さすがに店の物盗むような事はやらせないから」
「……でも、先輩たち行っちゃう」
まだ辛うじて見えるが、姿を見失うわけにもいかない。
未だニーズヘッグへの懸念もあるため、困った表情をとる。
「仕事熱心というか、なんというか……。まあ、それはアンタの勝手だけど、今はあの二人にあまり近づかないであげてほしいのよね」
「……?」
首を傾げるイロハ。イロハにはわからないだろうと、ネアから再びため息がもれる。
「これは命令とかじゃなくて、お願いなのよね。……今日くらいは、あの子も自分のしたい事を……わがままを言ってもいいと思うの」
◆
流れる視界には祭りの灯火。行き交う人々はこの日を楽しみ、通り過ぎていく。
並ぶ屋台すら通り越して、人の声と祭りの音色が遠ざかっていく。
「あそこの樹の所なんですけど、いいですか?」
街の外で、エリーは丘の上にある一本の樹を指差す。
見える限り人気はなく、祭りの灯りもない。
思わず眉を歪め首を傾ける。
「てっきり祭りに付き合わされると思っていたが……」
予想外れだ。
それどころか、エリーは通ってきた屋台にすら目もくれず、その場所を目指していたらしい。
街から出るため再度確認として声をかけたのだろうが、いったい何がしたいのか理解できない。
「ごめんなさいっ。……ひょっとして、嫌、ですか?」
こちらが拒もうとすれば、エリーはしょんぼりとしてしまう。
無理に付き合わすつもりはないらしい。此処で断れば終わりなのだろうが……。
「まあ。……とりあえず、俺は静かにいられる場所なら何処でもいいが」
「……嫌、じゃないんですか?」
「まだマシだって言ってるだけだ。……行くならとっとと行くぞ」
「は、はいっ」
クロトの考えでは、宿に戻っても祭りの音は多少聞こえて静かに過ごせない。どの道街からは少し距離を置くつもりでいたため、ネアも干渉しない分これはある意味好都合でもあった。
その裏ではニーズヘッグがぶつぶつと独り言を呟いていた。
『……まさかと思うが、あの電気女このためだけにクソガキ見逃したっていうのか? 明らかに流れが良すぎる。……いや、こっちからしたらある意味最悪なんだがっ!? ああ~っ、どうなんだよ~っ』
――何を言ってるんだこのクソ蛇は……。
一人で勝手に妄想を膨らませて何をしているのやら。あえてクロトはそれに触れず、ただ淡々と聞き流す。
場所がわかれば次はクロトが先に進み、エリーは彼の袖口を摘まんだまま続き歩き出す。
丘の上に着くまでさほど時間はかからなかった。
最初に周囲を確認。あるのはそれなりの年月を経た巨木と、離れた位置で見える街の灯火。祭りの音は全く届かず、木の葉の擦れる音のみのとても静かな空間。
最後の最後で何かあるのではと少しばかり懸念を抱いてはいたが、その心配はなさそうな様子に安堵がある。
「……よし。なにもないな」
此処なら静かに過ごせると、クロトは木の根元で腰を下ろす。
続いて、やっと手を離したエリーも衣類が汚れない様に気にしつつ隣に座り込む。
ちらり、と。隣に視線を寄せて見る。
街灯もなく、ロクな灯りすら持ってこなかったこの場は月明り程度。そのせいか、エリーの衣装は細かな煌めきを宿している事がわかる。白いながらも、この地方特有の生地から作りこまれているのか、明るい場よりもこのような場所の方が映えるとすら感じる。
まるで、白衣の中に星を宿しているような……。
…………。
しばし、沈黙が続く。
この場に誘ったのはエリーだ。ならば、何かしらあるのではと思っていたが……。
当の本人はなかなか動こうとしない。
なら何故この場を選んだのか。
その疑問が引っかかり、クロトとしては気になる点となってしまう。
「……おい」
一声。声をかけた途端。エリーはビクッと肩を跳ね上がらせる。
「は、はい……っ!」
「なんで此処に連れてきたんだよ?」
「あ……あの…………そのぉ……」
「祭りが見たかったんじゃねーのかよ?」
「……あぅ」
照れくさそうに言葉を詰まらせ、エリーはうつむいてしまう。
誘ったからには何かあるはずだ。何もないわけがない。
次の言葉に意をなかなか決せないのか。エリーは何度も言葉をどうにかして言おうと必死な様子でもある。
何故そこまで必死なのか。
何故ここまで付き合わせようとするのか。
……何故。その答えを自分がここまで気にしているのか。
心の奥底で、深淵に潜む蛇が重たいため息を長々と吐く。
『…………うわ~、鈍感すぎて困るわ』
呆れに呆れ。ぶつぶつ独り言を並べていたはずのニーズヘッグ。
自分の事を言われているのだと思えば、その侮辱と感じられる発言には反応してしまうのがクロトである。
「なんだよクソ蛇。さっきから鬱陶しいくせに……」
言い返せば、またしても炎蛇は心底呆れたと言わんばかりの顔でため息。
それはまるで、クロトが何も理解できていないと言っているかの様だ。
呆れが限界を迎えたのか、ニーズヘッグは思いを爆発させ、クロトに迫る。
『だぁああ!! マジで鈍感! この場でまだそんな白けた顔でいやがるのかよ!? お前がこういうのに向いてねーのくらい知ってるが、たまには、な? あ、そうなのかって、な?? ならんわけ!? 嘘だろお前!? 空気読めよ!!!』
「……っ!?」
急に何を言い出すのか。その勢いには言葉を返せず呆気に取られてしまう。
しっかり聞けているのか聞けていないのか。そんな事はどうでもいいらしく、ニーズヘッグは更に続けた。
『むしろ代わってやりたいくらいだよ、爆ぜてください! 俺ならとっくに姫君抱いてらぁ! キング・オブ・鈍感野郎が!! なんで俺の方が察しがいいわけ!? 逆に傷つくわ!! …………はあ。まあ、いい。らちが明かねーからこの辺にしといてやる。いいかクロト、よく聞けっ』
クロトの両肩をがっしり掴む。
宣言をしたわりには、ニーズヘッグですら次の言葉に戸惑うものがあったのか、複雑な表情で間を開けてしまう。
言っていいのか。言わない方が幸せなのか。
告げる言葉は、クロトにとって大きな事実だと、ニーズヘッグは理解しているからだ。
『姫君はなぁ……っ。――お前と二人っきりで流星が見たかったんだよ!』
「…………は?」
クロトにとっては、何を言い出すのかという気分だ。
その程度と受け止めている。
「そんなのアイツらがいても変わらねーだろうが……」
これはまだ伝わっていない。そうニーズヘッグは感じた。
ニーズヘッグも戸惑ったせいでズレた発言をしたと自覚している。
直球でなければ、クロトには伝わらない。
非常に残念ながら、クロトにはもうまわりくどいものは通じない。
『馬鹿野郎! ――好きだからに決まってるだろうが!!!』
……。
クロトは、目を見開いたまま硬直してしまう。
――好き? ……アイツが??
『よく考えてみろ! 100年に一度だぞ!? そんなもん、生きている間に絶対に見れるもんじゃないっ。だったら、一番想ってる奴と見たいのは当たり前だろうがっ。俺やフレズベルグとは違うんだよ。お前と姫君は人間だ。これが最後なんだぞ!?』
たかが、100年に一度。その程度の感覚でしかなかった。
見ようが見まいが、さほど影響もない、些細な現象にすぎない。
だが、隣にいるエリーにとってはそう思ってはいないのだろう。
もとより、エリーという、【厄災の姫】という存在は生きる事を許されないものだ。今はまだ平穏だとしても、その素性が世界に知れ渡れば終わる。今生きている事すら、もしかしたら心の底で申し訳なく思っているやもしれない。
エリーとは、そういう考えをしてしまう存在だ。
この一時ですら、この星の少女にとってはかけがえのない人生の一つ。
その互いの価値観の違いがあまりにも大きかった。
そして何より。エリーが自身を好きだという、そんな有り得ない想いを抱えていた事にすら、驚愕でしかならない。
「……だが、俺は……」
有り得ない。そんなふうに思われるはずがない。
否定はしたかった。だが、否定しきれなかった。
薄々、自分でも感じてはいたのかもしれない。
気付かないよう、無意識に伏せていただけやもしれない。
自分が誰かに好かれているという、その感情に気付かぬように……。
自分があの時切り捨てた――【愛情】を向けられぬように。知らぬように。
……だが、だとしてもどうすればいいのか。
例えそうだとしても、クロト自身どう応えるべきなのかと、深く考えさせられる。
以前なら、軽く銃を向けていた事だろう。なのに、今はそのような不快感がない。好意を向けられるだけでも毛嫌いしていたはずだというのに……。
二度とその感情を受けないよう、生きてきたというのに……。
「……あの、クロトさん?」
囁くようなか細い声が名を呼ぶ。
クロトは隣にへと視線を寄せる。
再度エリーを視界に収めれば、また思ってしまう。本当に、エリーは自分の事が好き なのかと。
頬を赤らめる少女は、なかなか視線を合わせられずもぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「クロトさんは、前に言いましたよね……? 好意を、抱くな……って」
好意は偽善である。
好意を向けられた相手ではなく、好意を向けた者が相手を騙し利用する、そういう行為だと知ったからだ。
二度と愚かな過ちを犯さぬ様に、騙されぬ様に、そうされない様に、その好意を拒絶してきた。
それはエリーにもはっきり言ったものであり、今でもエリーは覚えている。
「……それがどうした」
「こんな事言ったら……きっとまた、クロトさんを怒らせてしまうかもしれませんけど……。それでも、……聞いていただけますか?」
こちらが不快になる事前提の話。それをエリーは告げようとしている。
ニーズヘッグからの言葉で何となくの予想はついてしまった。
結果が目に見えている。確かに、それは言われたくないセリフだ。
「なんだよ?」
……だというのに。何故発言を許してしまったのか。
言わせなければ、そのまま終わったかもしれないというのに。
必死になって言おうとしている事を。目の前の少女が言おうとしている事を。それを気にしてしまった。
呼吸を整え、星の瞳がこちらを向き、意を決する。
街は賑わう祭りの真っ最中。大通りは灯りが多く、夜にも負けずと光り輝いている。その灯りは街の屋根にまで延び、その陰からその光景を覗くのは、夜闇に紛れる黒い翼。
イロハは逃げ出した後から、クロトたちとは距離を取って様子をうかがっていた。
『……今更だが、あの異端者はよくこちらを見逃したものだな。ただ私情に駆られているだけなのかどうか』
「よくわかんないけど、この下ボクはやだなぁ。なんか皆楽しそうだけど……、よくわかんない。人が多いし」
『そのわりにはそこら辺に目移りしていたようだがな。……まあ、私もあまり人間の多いところは好まないゆえ。異端者もいない事だし、そろそろあちらと合流するのか? いつまでもこうしてこそこそ隠れているわけにもいくまい?』
人を避け、ただ遠くから見張るイロハ。
ネアは建物の中へ。クロトとエリーはようやく動きだし場所を変える様子。
「う~ん。それもそうかなぁ。じゃあ、そろそろ――」
寝そべっていた身を起こし、翼を広げた。
――その時だ。
「――やっぱこんなとこにいた」
突然、イロハの身はまた屋根にへと伏せる。
意図的にしたのではなく、何者かに頭上から衝撃を与えられ倒れたという流れだ。
痛みがない分、何が起きたのかとイロハは目を丸くさせる。
そして一番に脳が考えたのは、第一声である何者かの声。
その声はとても聞き慣れたものだ。
後ろを振り向けば、大きな紙袋を抱えるネアが肉の串焼きをくわえながらイロハを見下ろしている。
呆れた目で。つい先ほど何かを叩いたような形を空いた手がとっている。おそらく、イロハの頭を叩いたのもその手だろう。
「……なんで、お姉さん此処に?」
おかしい。先ほどクロトたちと離れ、建物の中に入ったはずだ。そうイロハも認識している。
「用事が終わったから自由行動に決まってんじゃない。それとも何? アンタ私がクロトたちから離れるのを待ってたわけ? 嫌な子ねぇ、お姉さんの事がそんなに嫌なのかしら?」
「……」
少し黙る。不服そうなイロハの顔も当然とすら思えるものがあった。
「お姉さんだってボクの事嫌いでしょ?」
何気ない。当たり前の様に。イロハはネアもそうではないのかと、呟く。
男が嫌いなネアにとってイロハも例外なくそうだ。これまでの扱いからも、身が一番よく理解している。
「……なに拗ねてんのよ。子供なんだから」
そう。イロハはまだ子供だ。
思考は特に成長ができず、自身で物事を考えるのが苦手。自ら成長しようという気持ちがどこか欠落してしまっている。教養の行き届いていない子供でしかない。
ネアにとって、そんなイロハはクロトと同様、少し哀れみを抱いてしまう。
今はフレズベルグが知恵を与えているようだが、イロハも自らその知識に触れようとしなければならない。
何も知らず、傀儡の様に動かされるだけの存在ではいられないのだから。
ため息が出る。
ネアは紙袋をあさり、一つをイロハにへと差し出す。
「……?」
「べつに無理に祭りに参加しなくていいわよ。アンタにはこの前カーナとアキネを助けてもらったし、これ以上無理を言うつもりもないわ。あと、コレあげる」
差し出された物にイロハはわずかに戸惑いつつも受け取り、物珍しそうにそれをじっと見るめる。
串の先端に小さな林檎が刺さっており、その周りにはキラキラとした透明な物が星の形をして固められていた。
ほのかに甘い香りも……
「何これ?」
「林檎飴よ。さっきお嬢さんたちからいっぱい貰っちゃって」
「……林檎なのに、小さいよ?」
「そういう林檎なの。林檎でも種類がいっぱいあって、これは小さい品種ね。こうして飴と一緒に食べれる祭りでは定番のモノなんだから。食べて見なさいよ、甘くて美味しいんだから」
串焼きを食べ終わると、ネアはもう一つ林檎飴を取り出し口に含む。
毒はない。安全なものだと言い聞かせる様に。
しばしパチパチと瞬きをするイロハは少し考え込んだ後に、ペロッとひと舐め。
「…………甘い。美味しい」
初めて食べたそれに、どうしようもないほど心が引かれた。
不思議とするも、すっかり林檎飴を受け入れて口に含む。
「ちょっとでも祭りが気になったんなら降りてきなさいよ。さすがに店の物盗むような事はやらせないから」
「……でも、先輩たち行っちゃう」
まだ辛うじて見えるが、姿を見失うわけにもいかない。
未だニーズヘッグへの懸念もあるため、困った表情をとる。
「仕事熱心というか、なんというか……。まあ、それはアンタの勝手だけど、今はあの二人にあまり近づかないであげてほしいのよね」
「……?」
首を傾げるイロハ。イロハにはわからないだろうと、ネアから再びため息がもれる。
「これは命令とかじゃなくて、お願いなのよね。……今日くらいは、あの子も自分のしたい事を……わがままを言ってもいいと思うの」
◆
流れる視界には祭りの灯火。行き交う人々はこの日を楽しみ、通り過ぎていく。
並ぶ屋台すら通り越して、人の声と祭りの音色が遠ざかっていく。
「あそこの樹の所なんですけど、いいですか?」
街の外で、エリーは丘の上にある一本の樹を指差す。
見える限り人気はなく、祭りの灯りもない。
思わず眉を歪め首を傾ける。
「てっきり祭りに付き合わされると思っていたが……」
予想外れだ。
それどころか、エリーは通ってきた屋台にすら目もくれず、その場所を目指していたらしい。
街から出るため再度確認として声をかけたのだろうが、いったい何がしたいのか理解できない。
「ごめんなさいっ。……ひょっとして、嫌、ですか?」
こちらが拒もうとすれば、エリーはしょんぼりとしてしまう。
無理に付き合わすつもりはないらしい。此処で断れば終わりなのだろうが……。
「まあ。……とりあえず、俺は静かにいられる場所なら何処でもいいが」
「……嫌、じゃないんですか?」
「まだマシだって言ってるだけだ。……行くならとっとと行くぞ」
「は、はいっ」
クロトの考えでは、宿に戻っても祭りの音は多少聞こえて静かに過ごせない。どの道街からは少し距離を置くつもりでいたため、ネアも干渉しない分これはある意味好都合でもあった。
その裏ではニーズヘッグがぶつぶつと独り言を呟いていた。
『……まさかと思うが、あの電気女このためだけにクソガキ見逃したっていうのか? 明らかに流れが良すぎる。……いや、こっちからしたらある意味最悪なんだがっ!? ああ~っ、どうなんだよ~っ』
――何を言ってるんだこのクソ蛇は……。
一人で勝手に妄想を膨らませて何をしているのやら。あえてクロトはそれに触れず、ただ淡々と聞き流す。
場所がわかれば次はクロトが先に進み、エリーは彼の袖口を摘まんだまま続き歩き出す。
丘の上に着くまでさほど時間はかからなかった。
最初に周囲を確認。あるのはそれなりの年月を経た巨木と、離れた位置で見える街の灯火。祭りの音は全く届かず、木の葉の擦れる音のみのとても静かな空間。
最後の最後で何かあるのではと少しばかり懸念を抱いてはいたが、その心配はなさそうな様子に安堵がある。
「……よし。なにもないな」
此処なら静かに過ごせると、クロトは木の根元で腰を下ろす。
続いて、やっと手を離したエリーも衣類が汚れない様に気にしつつ隣に座り込む。
ちらり、と。隣に視線を寄せて見る。
街灯もなく、ロクな灯りすら持ってこなかったこの場は月明り程度。そのせいか、エリーの衣装は細かな煌めきを宿している事がわかる。白いながらも、この地方特有の生地から作りこまれているのか、明るい場よりもこのような場所の方が映えるとすら感じる。
まるで、白衣の中に星を宿しているような……。
…………。
しばし、沈黙が続く。
この場に誘ったのはエリーだ。ならば、何かしらあるのではと思っていたが……。
当の本人はなかなか動こうとしない。
なら何故この場を選んだのか。
その疑問が引っかかり、クロトとしては気になる点となってしまう。
「……おい」
一声。声をかけた途端。エリーはビクッと肩を跳ね上がらせる。
「は、はい……っ!」
「なんで此処に連れてきたんだよ?」
「あ……あの…………そのぉ……」
「祭りが見たかったんじゃねーのかよ?」
「……あぅ」
照れくさそうに言葉を詰まらせ、エリーはうつむいてしまう。
誘ったからには何かあるはずだ。何もないわけがない。
次の言葉に意をなかなか決せないのか。エリーは何度も言葉をどうにかして言おうと必死な様子でもある。
何故そこまで必死なのか。
何故ここまで付き合わせようとするのか。
……何故。その答えを自分がここまで気にしているのか。
心の奥底で、深淵に潜む蛇が重たいため息を長々と吐く。
『…………うわ~、鈍感すぎて困るわ』
呆れに呆れ。ぶつぶつ独り言を並べていたはずのニーズヘッグ。
自分の事を言われているのだと思えば、その侮辱と感じられる発言には反応してしまうのがクロトである。
「なんだよクソ蛇。さっきから鬱陶しいくせに……」
言い返せば、またしても炎蛇は心底呆れたと言わんばかりの顔でため息。
それはまるで、クロトが何も理解できていないと言っているかの様だ。
呆れが限界を迎えたのか、ニーズヘッグは思いを爆発させ、クロトに迫る。
『だぁああ!! マジで鈍感! この場でまだそんな白けた顔でいやがるのかよ!? お前がこういうのに向いてねーのくらい知ってるが、たまには、な? あ、そうなのかって、な?? ならんわけ!? 嘘だろお前!? 空気読めよ!!!』
「……っ!?」
急に何を言い出すのか。その勢いには言葉を返せず呆気に取られてしまう。
しっかり聞けているのか聞けていないのか。そんな事はどうでもいいらしく、ニーズヘッグは更に続けた。
『むしろ代わってやりたいくらいだよ、爆ぜてください! 俺ならとっくに姫君抱いてらぁ! キング・オブ・鈍感野郎が!! なんで俺の方が察しがいいわけ!? 逆に傷つくわ!! …………はあ。まあ、いい。らちが明かねーからこの辺にしといてやる。いいかクロト、よく聞けっ』
クロトの両肩をがっしり掴む。
宣言をしたわりには、ニーズヘッグですら次の言葉に戸惑うものがあったのか、複雑な表情で間を開けてしまう。
言っていいのか。言わない方が幸せなのか。
告げる言葉は、クロトにとって大きな事実だと、ニーズヘッグは理解しているからだ。
『姫君はなぁ……っ。――お前と二人っきりで流星が見たかったんだよ!』
「…………は?」
クロトにとっては、何を言い出すのかという気分だ。
その程度と受け止めている。
「そんなのアイツらがいても変わらねーだろうが……」
これはまだ伝わっていない。そうニーズヘッグは感じた。
ニーズヘッグも戸惑ったせいでズレた発言をしたと自覚している。
直球でなければ、クロトには伝わらない。
非常に残念ながら、クロトにはもうまわりくどいものは通じない。
『馬鹿野郎! ――好きだからに決まってるだろうが!!!』
……。
クロトは、目を見開いたまま硬直してしまう。
――好き? ……アイツが??
『よく考えてみろ! 100年に一度だぞ!? そんなもん、生きている間に絶対に見れるもんじゃないっ。だったら、一番想ってる奴と見たいのは当たり前だろうがっ。俺やフレズベルグとは違うんだよ。お前と姫君は人間だ。これが最後なんだぞ!?』
たかが、100年に一度。その程度の感覚でしかなかった。
見ようが見まいが、さほど影響もない、些細な現象にすぎない。
だが、隣にいるエリーにとってはそう思ってはいないのだろう。
もとより、エリーという、【厄災の姫】という存在は生きる事を許されないものだ。今はまだ平穏だとしても、その素性が世界に知れ渡れば終わる。今生きている事すら、もしかしたら心の底で申し訳なく思っているやもしれない。
エリーとは、そういう考えをしてしまう存在だ。
この一時ですら、この星の少女にとってはかけがえのない人生の一つ。
その互いの価値観の違いがあまりにも大きかった。
そして何より。エリーが自身を好きだという、そんな有り得ない想いを抱えていた事にすら、驚愕でしかならない。
「……だが、俺は……」
有り得ない。そんなふうに思われるはずがない。
否定はしたかった。だが、否定しきれなかった。
薄々、自分でも感じてはいたのかもしれない。
気付かないよう、無意識に伏せていただけやもしれない。
自分が誰かに好かれているという、その感情に気付かぬように……。
自分があの時切り捨てた――【愛情】を向けられぬように。知らぬように。
……だが、だとしてもどうすればいいのか。
例えそうだとしても、クロト自身どう応えるべきなのかと、深く考えさせられる。
以前なら、軽く銃を向けていた事だろう。なのに、今はそのような不快感がない。好意を向けられるだけでも毛嫌いしていたはずだというのに……。
二度とその感情を受けないよう、生きてきたというのに……。
「……あの、クロトさん?」
囁くようなか細い声が名を呼ぶ。
クロトは隣にへと視線を寄せる。
再度エリーを視界に収めれば、また思ってしまう。本当に、エリーは自分の事が好き なのかと。
頬を赤らめる少女は、なかなか視線を合わせられずもぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「クロトさんは、前に言いましたよね……? 好意を、抱くな……って」
好意は偽善である。
好意を向けられた相手ではなく、好意を向けた者が相手を騙し利用する、そういう行為だと知ったからだ。
二度と愚かな過ちを犯さぬ様に、騙されぬ様に、そうされない様に、その好意を拒絶してきた。
それはエリーにもはっきり言ったものであり、今でもエリーは覚えている。
「……それがどうした」
「こんな事言ったら……きっとまた、クロトさんを怒らせてしまうかもしれませんけど……。それでも、……聞いていただけますか?」
こちらが不快になる事前提の話。それをエリーは告げようとしている。
ニーズヘッグからの言葉で何となくの予想はついてしまった。
結果が目に見えている。確かに、それは言われたくないセリフだ。
「なんだよ?」
……だというのに。何故発言を許してしまったのか。
言わせなければ、そのまま終わったかもしれないというのに。
必死になって言おうとしている事を。目の前の少女が言おうとしている事を。それを気にしてしまった。
呼吸を整え、星の瞳がこちらを向き、意を決する。
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