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那須隼人4
火振りの儀式
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ファミリーレストランの中は、こんな時間でもぽつぽつと客がいた。静まり返ることはなく、低く流れるBGMと、食器の触れ合う音、誰かの笑い声が絶え間なく空間を埋めている。
見学は、隼人を奥のボックス席へと案内すると、メニューを広げながら何を食べるか尋ねてきた。
隼人は、ほとんど反射的に「ホットコーヒーを」と答えた。何も食べる気にはなれなかったが、見学がしきりに「食べといたほうがええよ」と勧めるので、結局サンドイッチも一緒に頼んだ。
飲み物はドリンクバーで、見学が自分の分と一緒に隼人のコーヒーも淹れてきてくれた。恐縮しながら受け取り、湯気の立つカップにそっと口をつけると、ようやく震えていた手が、自分の体の一部として戻ってきたような気がした。
「……あれは、なんだったんでしょう」
ぽつりと漏らした隼人の問いに、見学はすぐには答えなかった。ストローでグラスのジュースをゆっくりとかき混ぜ、それからようやく口を開く。
「ほな、その話、じっくり聞かせてえな。焦らんでええ。順番にな、見たこと、感じたこと。頭からひとつずつ、ゆっくりでええよ」
見学の声は柔らかかった。無理強いするでもなく、けれど突き放すわけでもない。程よい距離感で好奇心を覗かせながら、隼人の言葉を待っているようだった。
隼人は一度、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして語り始めた。カメラに映ったそこにはないはずの森、白い服の女、頭部に火をまとった男の姿。そして無数の人影――彼らが口にしていた言葉、自分の口からもそれが漏れていたこと。すべてを、順番に、少しずつ。できる限りの冷静さで、ありのままを話した。ただ、昨日以前の出来事や、美月を探していることについては、初対面の相手に話すべきではないと判断し、伏せておいた。
見学は終始、相槌を打ちながら、熱心に話を聞いていた。
語り終えた隼人が黙ると、見学も少しの間、黙って何かを考えているようだった。やがて、ぽつりとつぶやく。
「雨たんもれ、か……。ほな、あれはやっぱり雨乞い、火振りなんかもしれへんな……」
その声には、考え込むような響きがあった。しかし、顔には相変わらずとぼけた笑みが浮かんでいる。
「何か知ってるんですか?」
隼人が身を乗り出した、ちょうどその時、注文していた料理が運ばれてきた。
「とりあえず食べようや」
見学がそう言ったので、隼人は渋々ながらも、サンドイッチをひと切れ手に取って口へ運んだ。意外にも、それはとても美味しく感じられた。自分では気づいていなかったが、どうやらかなり空腹だったらしい。次のひと切れ、さらに次のひと切れと、自然と手が伸びる。
見学のほうも先ほど言っていたとおり腹が減っていたらしく、ナイフとフォークを手に、頼んでいたハンバーグをもりもりと食べ始めていた。
やがて二人とも料理を食べ終えたころ、見学が話を再開した。
「”雨たんもれ”っちゅうのはな、『雨賜りたまえ』っていう意味や。雨乞いのときに唱える言葉やねん。六守谷だけやなくて、ほかの地方でも使われとるわ。わりと広く分布してる呪文やな」
「火振りっていうのは?」と、隼人が続けて訊いた。
頭が燃えていた男の姿がどうしても脳裏をよぎる。できればもう思い出したくなかったが、それでも訊かずにはいられなかった。
「火振りいうのは、集落の人らが列を作って、太鼓叩いたり、火のついた松明を振り回したりして、村ん中とか田んぼの畔を練り歩く雨乞いの儀式や。これもやっぱり日本各地に似たようなんがあるわ」
見学は指を組みながら、懐かしい昔話を語るような口調で続けた。
「でな、六守谷では、その練り歩きのあと、ジョウサンっちゅう名前のついた森まで行くんやって。ほんで、そこで松明を燃やし尽くしてから、それをバラバラにして森に納める。松の枝や藁を束ねて作った松明やから、焼けた後は簡単に崩れるやろ? それをそのまま森に戻すっていう形やな」
なるほど、と隼人は思った。頭が燃えていた男の姿はグロテスクだったが、それが松明の代わりだと考えると、あの現象が儀式の再現であると納得できる部分もある。
高梨も言っていた。あの廃墟で起きる心霊現象は、過去にその場所で起きた出来事が“繰り返されている”のではないか、と。雨乞いの儀式。それは本来、村にとって神聖で、重要なものだったはずだ。それが、なぜあのような歪んだかたちで現れるのか――理由は、もしかしたら、森が無くなってしまったからなのかもしれない。
「見学さん、あの家にいた人たちは……」
隼人が口にしかけたそのとき、見学が少しだけ声のボリュームを上げて遮った。
「そうゆう云われもある場所やから、余計に想像も膨らんでまうよなあ。でもな、ハヤト君が見たんは、きっと見間違いや。目の錯覚やって」
そう言って、にやりと笑った。
「ボクかてな、生き霊も幽霊も妖怪も、紙の上では何度も会うてるけど、実物とは一度も会ったことあらへん。いやほんまに」
そう続けると、見学はナプキンで口元をぬぐいながら、大げさに肩をすくめてみせた。
見学は、隼人を奥のボックス席へと案内すると、メニューを広げながら何を食べるか尋ねてきた。
隼人は、ほとんど反射的に「ホットコーヒーを」と答えた。何も食べる気にはなれなかったが、見学がしきりに「食べといたほうがええよ」と勧めるので、結局サンドイッチも一緒に頼んだ。
飲み物はドリンクバーで、見学が自分の分と一緒に隼人のコーヒーも淹れてきてくれた。恐縮しながら受け取り、湯気の立つカップにそっと口をつけると、ようやく震えていた手が、自分の体の一部として戻ってきたような気がした。
「……あれは、なんだったんでしょう」
ぽつりと漏らした隼人の問いに、見学はすぐには答えなかった。ストローでグラスのジュースをゆっくりとかき混ぜ、それからようやく口を開く。
「ほな、その話、じっくり聞かせてえな。焦らんでええ。順番にな、見たこと、感じたこと。頭からひとつずつ、ゆっくりでええよ」
見学の声は柔らかかった。無理強いするでもなく、けれど突き放すわけでもない。程よい距離感で好奇心を覗かせながら、隼人の言葉を待っているようだった。
隼人は一度、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして語り始めた。カメラに映ったそこにはないはずの森、白い服の女、頭部に火をまとった男の姿。そして無数の人影――彼らが口にしていた言葉、自分の口からもそれが漏れていたこと。すべてを、順番に、少しずつ。できる限りの冷静さで、ありのままを話した。ただ、昨日以前の出来事や、美月を探していることについては、初対面の相手に話すべきではないと判断し、伏せておいた。
見学は終始、相槌を打ちながら、熱心に話を聞いていた。
語り終えた隼人が黙ると、見学も少しの間、黙って何かを考えているようだった。やがて、ぽつりとつぶやく。
「雨たんもれ、か……。ほな、あれはやっぱり雨乞い、火振りなんかもしれへんな……」
その声には、考え込むような響きがあった。しかし、顔には相変わらずとぼけた笑みが浮かんでいる。
「何か知ってるんですか?」
隼人が身を乗り出した、ちょうどその時、注文していた料理が運ばれてきた。
「とりあえず食べようや」
見学がそう言ったので、隼人は渋々ながらも、サンドイッチをひと切れ手に取って口へ運んだ。意外にも、それはとても美味しく感じられた。自分では気づいていなかったが、どうやらかなり空腹だったらしい。次のひと切れ、さらに次のひと切れと、自然と手が伸びる。
見学のほうも先ほど言っていたとおり腹が減っていたらしく、ナイフとフォークを手に、頼んでいたハンバーグをもりもりと食べ始めていた。
やがて二人とも料理を食べ終えたころ、見学が話を再開した。
「”雨たんもれ”っちゅうのはな、『雨賜りたまえ』っていう意味や。雨乞いのときに唱える言葉やねん。六守谷だけやなくて、ほかの地方でも使われとるわ。わりと広く分布してる呪文やな」
「火振りっていうのは?」と、隼人が続けて訊いた。
頭が燃えていた男の姿がどうしても脳裏をよぎる。できればもう思い出したくなかったが、それでも訊かずにはいられなかった。
「火振りいうのは、集落の人らが列を作って、太鼓叩いたり、火のついた松明を振り回したりして、村ん中とか田んぼの畔を練り歩く雨乞いの儀式や。これもやっぱり日本各地に似たようなんがあるわ」
見学は指を組みながら、懐かしい昔話を語るような口調で続けた。
「でな、六守谷では、その練り歩きのあと、ジョウサンっちゅう名前のついた森まで行くんやって。ほんで、そこで松明を燃やし尽くしてから、それをバラバラにして森に納める。松の枝や藁を束ねて作った松明やから、焼けた後は簡単に崩れるやろ? それをそのまま森に戻すっていう形やな」
なるほど、と隼人は思った。頭が燃えていた男の姿はグロテスクだったが、それが松明の代わりだと考えると、あの現象が儀式の再現であると納得できる部分もある。
高梨も言っていた。あの廃墟で起きる心霊現象は、過去にその場所で起きた出来事が“繰り返されている”のではないか、と。雨乞いの儀式。それは本来、村にとって神聖で、重要なものだったはずだ。それが、なぜあのような歪んだかたちで現れるのか――理由は、もしかしたら、森が無くなってしまったからなのかもしれない。
「見学さん、あの家にいた人たちは……」
隼人が口にしかけたそのとき、見学が少しだけ声のボリュームを上げて遮った。
「そうゆう云われもある場所やから、余計に想像も膨らんでまうよなあ。でもな、ハヤト君が見たんは、きっと見間違いや。目の錯覚やって」
そう言って、にやりと笑った。
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