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那須隼人4
大田植えと鎮め女
「いや、でも、たしかに見たんです! そうだ、カメラだ」
思い付いたように、隼人は慌ててカメラバッグに手を伸ばした。しかし、その手はすぐに止まる。
動画を撮っていたのは――そう、あの異様な森だけだった。頭を燃やす男も、列を作る人々も、そのレンズには収まっていない。
けれど、森の映像には意味がある。
あれは、確かに“あるはずのない森”が現れた証拠だ。そしてそれだけじゃない。あの白い女の姿も、はっきりとカメラに記録されているはずだった。
女の顔を思い出した瞬間、隼人の胸に得体の知れない抵抗感が生まれた。
誰かに見せてはいけない――いや、違う。見せたくない。
もしかしたら、美月かもしれない。その可能性が、見学に映像を見せる手をためらわせる。
「心霊写真でも撮れたん?」
気楽そうな口調で、見学が言った。だが、その言葉とは裏腹に、それほど興味を持っていないようだった。
「もし記録が残ってたとしても、やっぱり見間違いやとか、シミュラクラとかやって思っといたほうがええ。変にこだわったら、取り込まれてまうで」
淡々とした口調の中に、ほんのわずかに硬さが混じっているように隼人には思えた。
やはり冗談では済まされない何かを、見学は知っているのかもしれない。
見学の口元にはわずかに笑みの形が残っていたが、その眼差しは真摯で、言葉の重みを裏付けていた。
少しの間、口を閉じていた隼人は、やがてゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
「……あの家で、森と、そこに佇む女性の姿も見たんです」
「なんや、色々見てるんやな」
相変わらず柔らかい調子で答えた見学だったが、さすがにその言葉には耳を傾けるような姿勢があった。
「燃える男性が火振りの儀式の再現なのだとしたら、女性は……何なんでしょう」
テーブルの上に組んだ両手をじっと見つめながら、隼人は続けた。
あの女の姿――不気味な佇まいではあったが、ステレオタイプの怨霊のように、何かを訴えたり、こちらに害意を向けてくるようには見えなかった。
あのときは美月だと思ったが、改めて思い出すと、まったく別の存在にも思える。
「六守谷で森に入る女ゆうたら、『鎮め女』、かなあ」
思案しながら、見学はゆっくりと答えた。
「しずめめ……ですか」
「“しずめめ”、縮まって“しずめ”って言われることの方が多いかもな。
森の神さんを鎮める女や。ナニを鎮めるんかは知らんけど、要するに、神さんの嫁っちゅうわけやな」
その言葉を聞いた瞬間、隼人の心臓が、どくんと強く跳ねた。
“神の嫁”――その言葉が、胸の奥を叩いた気がした。視界の端が少し揺れたような錯覚さえ覚える。
見学は、隼人の顔色が変わったのに気づいたのか、わずかに眉を寄せた。
「なんや、思い当たることでもあるん?」
「……いえ、なんでもないです」
気づけば、隼人は拳を握りしめていた。爪が手のひらに食い込んで、じんとした痛みを覚える。
美月の失踪は、そういうことなのか?
美月は鎮め女になってしまったのか――
森の神に選ばれ、捧げられ、やがて人間ではなくなっていく。そんなイメージが、隼人の脳内をぐるぐると巡る。
「その鎮め女も、何か儀式のようなものがあったりするんですか」
平静を装って隼人は訊いた。気を抜けば、声が震えてしまいそうだった。
さっきの出来事が火振りの儀式の再現だったのなら、ディスプレイの森にいた白い女も、そうだったのかもしれない。
「大田植えのときに、シズメの森に嫁入り行列を出してたらしいね」
「大田植えというのは、村の有力者や寺社が所有する田を、住民総出で田植えする行事のことですよね」
「お、ハヤトくん、よう知っとるなあ」
大田植えという単語が、隼人の記憶に引っかかった。最近目にした言葉だ。
――そうだ。昨日、郷土資料館で読んだ『六守谷の信仰』だ。
今日の出来事が衝撃的だったため、すっかり忘れていたが、時間がなく斜め読みした中で、確かにジョウサンの森と雨乞いについての記述を読んだ記憶がある。
「六守谷町の行事や森の信仰について書かれた本を読んで、それに書かれてたんです。タイトルは『六守谷の信仰』、だったかな。見学さん、ご存知ですか?」
隼人が言うと、見学は少し驚いたような顔をした。
「いや、そんな本があるのは知らんかったわ。なんや、物好きなもん研究しとるやつがおるもんやなあ」
見学は細い目をさらに細めて、けらけらと笑った。
「ほな、もう別に解説はいらんかもしらんけど、一応いうとくと――
六守谷では大田植えと同時に、シズメの森の神さんへの嫁入り行列も行われたんや。
要するに、豊作祈願の生贄やな。もちろん命を奪われるようなもんやないで。
嫁入りの形をなぞるだけの儀式や。そういう神事は、日本中いろんなとこに残ってるわ」
「その、神の嫁となった女性は……どうなるんでしょうか?」
「せやから、どうもならんよ。ただの儀式やねんから。
ああ、でも翌年の鎮め女が嫁入りするまで――つまり一年間は、人間の男に嫁がれへんって決まりはあったみたいやね」
しずめ――
その言葉が、隼人の頭の中でぐるぐると回る。
隼人は目を閉じ、深く息を吐いた。
その様子を見て、何か察するところがあったのか、見学はただ黙っていた。
「ただの興味本位のYouTuberが来たんかと思ってたんやけど……なんや、事情がありそうやな」
しばらくしてから、見学が優しい声でそう言った。
「……はい」
「とりあえず今日は、もう帰り。家まで送ったるわ」
思い付いたように、隼人は慌ててカメラバッグに手を伸ばした。しかし、その手はすぐに止まる。
動画を撮っていたのは――そう、あの異様な森だけだった。頭を燃やす男も、列を作る人々も、そのレンズには収まっていない。
けれど、森の映像には意味がある。
あれは、確かに“あるはずのない森”が現れた証拠だ。そしてそれだけじゃない。あの白い女の姿も、はっきりとカメラに記録されているはずだった。
女の顔を思い出した瞬間、隼人の胸に得体の知れない抵抗感が生まれた。
誰かに見せてはいけない――いや、違う。見せたくない。
もしかしたら、美月かもしれない。その可能性が、見学に映像を見せる手をためらわせる。
「心霊写真でも撮れたん?」
気楽そうな口調で、見学が言った。だが、その言葉とは裏腹に、それほど興味を持っていないようだった。
「もし記録が残ってたとしても、やっぱり見間違いやとか、シミュラクラとかやって思っといたほうがええ。変にこだわったら、取り込まれてまうで」
淡々とした口調の中に、ほんのわずかに硬さが混じっているように隼人には思えた。
やはり冗談では済まされない何かを、見学は知っているのかもしれない。
見学の口元にはわずかに笑みの形が残っていたが、その眼差しは真摯で、言葉の重みを裏付けていた。
少しの間、口を閉じていた隼人は、やがてゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
「……あの家で、森と、そこに佇む女性の姿も見たんです」
「なんや、色々見てるんやな」
相変わらず柔らかい調子で答えた見学だったが、さすがにその言葉には耳を傾けるような姿勢があった。
「燃える男性が火振りの儀式の再現なのだとしたら、女性は……何なんでしょう」
テーブルの上に組んだ両手をじっと見つめながら、隼人は続けた。
あの女の姿――不気味な佇まいではあったが、ステレオタイプの怨霊のように、何かを訴えたり、こちらに害意を向けてくるようには見えなかった。
あのときは美月だと思ったが、改めて思い出すと、まったく別の存在にも思える。
「六守谷で森に入る女ゆうたら、『鎮め女』、かなあ」
思案しながら、見学はゆっくりと答えた。
「しずめめ……ですか」
「“しずめめ”、縮まって“しずめ”って言われることの方が多いかもな。
森の神さんを鎮める女や。ナニを鎮めるんかは知らんけど、要するに、神さんの嫁っちゅうわけやな」
その言葉を聞いた瞬間、隼人の心臓が、どくんと強く跳ねた。
“神の嫁”――その言葉が、胸の奥を叩いた気がした。視界の端が少し揺れたような錯覚さえ覚える。
見学は、隼人の顔色が変わったのに気づいたのか、わずかに眉を寄せた。
「なんや、思い当たることでもあるん?」
「……いえ、なんでもないです」
気づけば、隼人は拳を握りしめていた。爪が手のひらに食い込んで、じんとした痛みを覚える。
美月の失踪は、そういうことなのか?
美月は鎮め女になってしまったのか――
森の神に選ばれ、捧げられ、やがて人間ではなくなっていく。そんなイメージが、隼人の脳内をぐるぐると巡る。
「その鎮め女も、何か儀式のようなものがあったりするんですか」
平静を装って隼人は訊いた。気を抜けば、声が震えてしまいそうだった。
さっきの出来事が火振りの儀式の再現だったのなら、ディスプレイの森にいた白い女も、そうだったのかもしれない。
「大田植えのときに、シズメの森に嫁入り行列を出してたらしいね」
「大田植えというのは、村の有力者や寺社が所有する田を、住民総出で田植えする行事のことですよね」
「お、ハヤトくん、よう知っとるなあ」
大田植えという単語が、隼人の記憶に引っかかった。最近目にした言葉だ。
――そうだ。昨日、郷土資料館で読んだ『六守谷の信仰』だ。
今日の出来事が衝撃的だったため、すっかり忘れていたが、時間がなく斜め読みした中で、確かにジョウサンの森と雨乞いについての記述を読んだ記憶がある。
「六守谷町の行事や森の信仰について書かれた本を読んで、それに書かれてたんです。タイトルは『六守谷の信仰』、だったかな。見学さん、ご存知ですか?」
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「いや、そんな本があるのは知らんかったわ。なんや、物好きなもん研究しとるやつがおるもんやなあ」
見学は細い目をさらに細めて、けらけらと笑った。
「ほな、もう別に解説はいらんかもしらんけど、一応いうとくと――
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「せやから、どうもならんよ。ただの儀式やねんから。
ああ、でも翌年の鎮め女が嫁入りするまで――つまり一年間は、人間の男に嫁がれへんって決まりはあったみたいやね」
しずめ――
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