35 / 99
那須隼人4
見学
突然、聞こえたその声は、場違いに軽やかで、隼人は弾かれたように振り向いた。
廊下の奥、玄関の方から、眩い光量のランタンライトを手にした一人の男が、スニーカーのソールの音を響かせて近づいてくる。
厚手のパーカーにジーンズ、斜め掛けのボディバッグというラフな格好。どこにでもいそうな、隼人よりは少し年上の若い男だ。
端正な顔立ちではあるが、糸のように細い目が常に笑っているような印象を与える。飄々とした表情で、まるで日常の延長でコンビニにでも立ち寄ったような気安さがあった。
「こんなとこ、入ってええもんちゃうで。ていうか、めっちゃ真っ暗やん? よう入ったなあ」
男は呑気にしゃべりながら隼人の横まで来ると、ちらりとリビングの奥へと目を向けた。
釣られて隼人も同じ方を見た。だが、そこにはさっきまで確かにいたはずの彼らの姿はなかった。
気がつけば、音も、気配も、炎の光も消えていた。部屋には闇が戻り、冷え切った空気だけが残されている。
「っ、あ……っ、あれは……さっきまで、男がいて、燃えて……頭が燃えてて……!」
言葉にならない声を吐きながら、隼人は後ずさった。だがその背中を、男がゆっくりと支えるように手で押さえた。
「大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけやろ? ここ、心霊動画でも話題になってたしなあ。こんな真っ暗やから想像膨らんでまうんも無理ないわ」
「ちが……っ、違うんです、いたんです……たくさんの人が……頭が……火が……!」
「まあまあ、とりあえず外出て深呼吸でもしよか。こんなじめじめしたとこで立ち話しててもしゃあないやろ」
まるで吠え立てる犬をあやすような口ぶりで、男はにっこりと笑って言った。
隼人の肩をぽん、と叩いてから、くるりと体の向きを変えさせる。
そのまま隼人は、グイグイとリビングから押し出された。
廊下に出ると、今度は男が先に立って玄関の方へ向かった。
「あ……あなたは、誰ですか」
男に続きながら、やっとの思いでそう尋ねると、男は振り返って指を立てた。
「自己紹介は出てからにしよか」
それだけ言うと、再び前を向いてすたすたと歩き出した。
隼人はもう一度だけ、ちらりと後ろを振り返った。
静まり返った廊下には、水たまりだけが残っていた。
入った時は廊下に水たまりなんてなかったはずだ、と引っ掛かりを覚えたが、たぶん見落としていただけなのだろうと思い直して、慌てて男の後を追った。
外へ出ると、隼人は男に言われるまま深呼吸をした。
深夜の空気は湿っていたが、家の中で感じた重苦しさは嘘のように消えていた。
「さて、自己紹介やったな。ボクは見学 学っちゅうモンです。
見学して学ぶって重言やんってよう言われるけど、一応地元の郷土史家みたいなことやってるから、ほんまに毎日見学して学んでるね。
お兄さんも、お名前教えてくれる?」
「那須、隼人といいます。あの、見学さんは何でこんな所に……」
「たまたまや。たまたま通りかかって、家ん中に懐中電灯の明かりが見えたから注意したろか思てん。ヤンキーがたまり場にでもしてるんちゃうか思てな。まさかひとりっきりで心霊スポット突撃してるとは思わなんだわ」
呆れたような、でもどこか楽しげな調子で見学は笑い、それから「行こか」と隼人を促した。
見学の車は、すぐ近くの路上に停められていた。年季の入った白の軽ワゴン車だ。
「どうぞ」と助手席のドアを開けてくれた見学に礼も言えず、隼人はただ力なく乗り込んだ。
車が走り出すと、少しずつ現実感が戻ってくる。
見学はラジオも音楽もつけず、無言で車を走らせた。
先ほどの飄々とした雰囲気とは打って変わって、何事かを考えている様子だ。
「あの、警察に行くんですか?」
隼人は恐る恐る訊いてみた。
その顔を見返した見学は、キョトンとした顔をした。
そして、大きな笑い声を上げた。
「まさか! 警察なんか行かへんよ。ボクの家でもないし。
実は今日、晩ごはん食べそびれてて腹ペコやねん。
ナス君……いや、ハヤト君の方がいいか。ハヤト君も何か口に入れたほうが落ち着くやろし、どっか食べれるとこあったかなあって考えててん。
ゆうてもこの時間やとファミレスかラーメンぐらいしかないけどな。どっちがいい? 温かいもんもいいけど、やっぱりファミレスの方が落ち着けるか。そやな、ファミレスにしよ。ハヤト君、それでええ?」
「あ、はい」
そのまま車は国道沿いにある24時間営業のファミレスの駐車場に滑り込んだ。
廊下の奥、玄関の方から、眩い光量のランタンライトを手にした一人の男が、スニーカーのソールの音を響かせて近づいてくる。
厚手のパーカーにジーンズ、斜め掛けのボディバッグというラフな格好。どこにでもいそうな、隼人よりは少し年上の若い男だ。
端正な顔立ちではあるが、糸のように細い目が常に笑っているような印象を与える。飄々とした表情で、まるで日常の延長でコンビニにでも立ち寄ったような気安さがあった。
「こんなとこ、入ってええもんちゃうで。ていうか、めっちゃ真っ暗やん? よう入ったなあ」
男は呑気にしゃべりながら隼人の横まで来ると、ちらりとリビングの奥へと目を向けた。
釣られて隼人も同じ方を見た。だが、そこにはさっきまで確かにいたはずの彼らの姿はなかった。
気がつけば、音も、気配も、炎の光も消えていた。部屋には闇が戻り、冷え切った空気だけが残されている。
「っ、あ……っ、あれは……さっきまで、男がいて、燃えて……頭が燃えてて……!」
言葉にならない声を吐きながら、隼人は後ずさった。だがその背中を、男がゆっくりと支えるように手で押さえた。
「大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけやろ? ここ、心霊動画でも話題になってたしなあ。こんな真っ暗やから想像膨らんでまうんも無理ないわ」
「ちが……っ、違うんです、いたんです……たくさんの人が……頭が……火が……!」
「まあまあ、とりあえず外出て深呼吸でもしよか。こんなじめじめしたとこで立ち話しててもしゃあないやろ」
まるで吠え立てる犬をあやすような口ぶりで、男はにっこりと笑って言った。
隼人の肩をぽん、と叩いてから、くるりと体の向きを変えさせる。
そのまま隼人は、グイグイとリビングから押し出された。
廊下に出ると、今度は男が先に立って玄関の方へ向かった。
「あ……あなたは、誰ですか」
男に続きながら、やっとの思いでそう尋ねると、男は振り返って指を立てた。
「自己紹介は出てからにしよか」
それだけ言うと、再び前を向いてすたすたと歩き出した。
隼人はもう一度だけ、ちらりと後ろを振り返った。
静まり返った廊下には、水たまりだけが残っていた。
入った時は廊下に水たまりなんてなかったはずだ、と引っ掛かりを覚えたが、たぶん見落としていただけなのだろうと思い直して、慌てて男の後を追った。
外へ出ると、隼人は男に言われるまま深呼吸をした。
深夜の空気は湿っていたが、家の中で感じた重苦しさは嘘のように消えていた。
「さて、自己紹介やったな。ボクは見学 学っちゅうモンです。
見学して学ぶって重言やんってよう言われるけど、一応地元の郷土史家みたいなことやってるから、ほんまに毎日見学して学んでるね。
お兄さんも、お名前教えてくれる?」
「那須、隼人といいます。あの、見学さんは何でこんな所に……」
「たまたまや。たまたま通りかかって、家ん中に懐中電灯の明かりが見えたから注意したろか思てん。ヤンキーがたまり場にでもしてるんちゃうか思てな。まさかひとりっきりで心霊スポット突撃してるとは思わなんだわ」
呆れたような、でもどこか楽しげな調子で見学は笑い、それから「行こか」と隼人を促した。
見学の車は、すぐ近くの路上に停められていた。年季の入った白の軽ワゴン車だ。
「どうぞ」と助手席のドアを開けてくれた見学に礼も言えず、隼人はただ力なく乗り込んだ。
車が走り出すと、少しずつ現実感が戻ってくる。
見学はラジオも音楽もつけず、無言で車を走らせた。
先ほどの飄々とした雰囲気とは打って変わって、何事かを考えている様子だ。
「あの、警察に行くんですか?」
隼人は恐る恐る訊いてみた。
その顔を見返した見学は、キョトンとした顔をした。
そして、大きな笑い声を上げた。
「まさか! 警察なんか行かへんよ。ボクの家でもないし。
実は今日、晩ごはん食べそびれてて腹ペコやねん。
ナス君……いや、ハヤト君の方がいいか。ハヤト君も何か口に入れたほうが落ち着くやろし、どっか食べれるとこあったかなあって考えててん。
ゆうてもこの時間やとファミレスかラーメンぐらいしかないけどな。どっちがいい? 温かいもんもいいけど、やっぱりファミレスの方が落ち着けるか。そやな、ファミレスにしよ。ハヤト君、それでええ?」
「あ、はい」
そのまま車は国道沿いにある24時間営業のファミレスの駐車場に滑り込んだ。
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/4/14:『かえる』の章を追加。2026/4/21の朝頃より公開開始予定。
2026/4/13:『へび』の章を追加。2026/4/20の朝頃より公開開始予定。
2026/4/12:『ぱにっく』の章を追加。2026/4/19の朝頃より公開開始予定。
2026/4/11:『どろどろ』の章を追加。2026/4/18の朝頃より公開開始予定。
2026/4/10:『なきごえ』の章を追加。2026/4/17の朝頃より公開開始予定。
2026/4/9:『ぐつぐつぐつ』の章を追加。2026/4/16の朝頃より公開開始予定。
2026/4/8:『ねじれまわる』の章を追加。2026/4/15の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
近づいてはならぬ、敬して去るべし
句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら……
近づいてはいけない。
敬して去るべし。
山を降りろ。
六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。
28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。
田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。
大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。
会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中したほどだった。
失業後、ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。
「名付け得ぬ神」。
東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。
コウイチは訪ねてみることにする。
道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——
深い山中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。
不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。
日本の中心地・東京。そこからわずかにはずれた山の中に潜む秘密をめぐる奇譚。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「お前のカメラ、ずっと映ってるよ」〜ホラースポット配信者が気づいた時には、もう遅かった〜
まさき
ホラー
ホラースポット専門のYouTuber・桐島悠は、霊も怪異も一切信じない合理主義者だ。
ある廃病院での配信中、今まで感じたことのない「違和感」を覚えた。しかし撮影は無事終了。その後も普通に配信を続け、あの夜のことなど忘れかけていた頃——深夜、金縛りにあう。
疲れてるだけだ。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
記憶の空白。知らない足跡。動画に毎回映り込む、同じ女の姿。そして——「やっと、見つけた」という声。
カメラが映し続けていたのは、心霊スポットではなかった。もっとずっと、近いところにいるものだった。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
怪異の忘れ物
木全伸治
ホラー
千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。
さて、Webコンテンツより出版申請いただいた
「怪異の忘れ物」につきまして、
審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。
ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。
さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、
出版化は難しいという結論に至りました。
私どもはこのような結論となりましたが、
当然、出版社により見解は異なります。
是非、他の出版社などに挑戦され、
「怪異の忘れ物」の出版化を
実現されることをお祈りしております。
以上ご連絡申し上げます。
アルファポリス編集部
というお返事をいただいたので、本作品は、一気に全削除はしませんが、ある程度別の投稿サイトに移行しました。
www.youtube.com/@sinzikimata
私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。
いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。