しずめ

山程ある

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那須隼人5

集中した時

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「さすがにお家の中には入れない?」

 葵が訊くと、高梨は申し訳なさそうに首を振った。

「うん、そればっかりはどうしようもないな」

「でもなんだか、調べるべきなのは家の中じゃないような気がするんです」

 隼人はそう言って、窓の外へ視線を向けた。

 ファインダー越しに見た森は、向かいの家の敷地だけでは収まりきらない広がりがあった。両隣の家々を含めても足りない。
 森全体が重要であるのはもちろんだが、直感的に、その中に特別に『何か』がある場所が存在するように思えた。

『六守谷の信仰』には、村の刈り入れを行う前に、初穂の焼き米を「ドタの森」にある盛り土の塚の石造仏に供えていたと書かれていた。
 その塚がどこにあったのか、今となっては誰にも分からない。
 しかし、丁寧にファインダーを覗いていけば、もしかしたら何かが見つかるのではないか。そんな淡い期待が隼人の中にあった。

「だけどさ、本当にカメラのレンズを通すだけで、そんな森が見えるもんなのか? 隼人に霊感があるとかじゃなく?」

 高梨は隼人の考えを読んだわけでもないだろうに、あごに手を当てて興味津々な様子で言った。

「オレに霊感なんてないよ。たしか高梨の知り合いも、この町で写真を撮って、変なものが写ったって話してたろ」

「同僚の知り合いな。……ああ、そういえば、そんなこともあったな。じゃあオレにも見えるのか? そのカメラを通せばさ」

「見てみるか?」

 隼人は軽く笑いながら言ったが、内心では断るだろうと思っていた。
 気味の悪いものにわざわざ関わりたいと思う人間はそう多くない。

「え、いいのか!?」

 意外にも高梨は目を輝かせて、椅子を引きかける。
 予想外の反応に、隼人はわずかに戸惑いながらも頷いた。

「あ……ああ。これでお前にも森が見えたら、カメラのせいってことがはっきりするしな」

 そう言いながら、足元のカメラバッグを引き寄せて中身を取り出す。
 レンズキャップを外し、電源を入れて、設定をオートに切り替えると、隼人は立ち上がった。
 高梨も素早くそれに続いた。

「葵さん、ちょっと外に出ますね」

「はい。でも気をつけて」

 葵は手を止めて振り向いた。いつものような柔らかな笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には、どこか緊張の色があった。

 外に出ると、午後の陽射しは先ほどよりも傾き、町全体がほんのりとした琥珀色に染まっていた。
 入居者がいないので当然だが、向かいの家はしんと静まりかえっている。庭先の風にも揺れない黒ずんだ芝からは生命力が感じられない。

「雑草が伸びたりはしてないんだな」

 ふと気付いた事を、隼人は口にした。

「言われてみれば、確かに。普通は人が住まなくなったら庭なんてすぐジャングル状態になるのにな」

 高梨も小声で同意した。
 何か雑草が伸びない理由があるのだろうか。
 隼人はカメラのファインダーを覗き、レンズの倍率を調整して画角を広げる。
 そして高梨にカメラを手渡した。

「ほら、これ。落とさないように、ストラップ首にかけてくれ」

「了解。えっと、こうか?」

 高梨が慣れない手つきでファインダーを覗く。

「そのまま見ればいい。シャッターを押してもいいけど、無理に撮らなくてもいい」

「……ただ家が見えてるだけだな」

「そういえば、ただファインダーを覗いただけで森が見えるわけじゃなかったかも。森が見える時は、写真を撮ろうっていう気持ちで集中していたような気がするな……」

 無言で頷いて高梨はカメラを構え直す。

「やっぱり何も変わったもんは……ん?」

 しばらく無言だった高梨が、わずかに眉をひそめた。

「どうした?」

「いや、今、ちょっとだけ、何か……緑っぽいものが見えたような気がしたけど、気のせいかもしれん。もう一回いいか?」

 もう一度ファインダーを覗き込む。
 しばらく真剣に見つめたあと、シャッターを押した。

「撮った?」

「ああ。でも……やっぱり、何も写ってないな。気のせいだったか……」

 落胆したようにカメラを返してくる高梨。
 隼人はそれを受け取り、代わりに自分でレンズを構える。

 半ば条件反射のように、建物のラインや、主題となる物の位置など、空間の配置を決める。

 それから、この写真を見るであろう人に何を見てもらいたいかを模索しつつ、レンズで切り取られた景色に集中する。

 そして、それが見えた。

 家の構造に重なるように、風に揺れる木々の影。
 はっきりと輪郭を持ち、そこに存在することが当然であるかのように存在していた。

 隼人は無言でシャッターを切り、再生画面に映し出された写真を確認する。
 そしてカメラを、高梨に手渡した。

「見てくれ」

 撮った写真を液晶画面に表示させてから、カメラを高梨に渡す。

「うおっ、これが森か!? 確かに写ってるぞ」

「やっぱり写真を撮ろうと集中した時にだけ見えるようだな」


「KUUKI」店内に戻ると、カウンター越しに、香ばしいコーヒーの香りが漂ってきた。
 二人が戻るタイミングを待って葵はコーヒーを淹れてくれたらしい。

 カウンターの外に回って、トレーに載せたコーヒーカップを隼人と高梨に出すと、葵は興味津々といった様子で口を開いた。

「どうでした、森は写りました?」

「うん、オレが撮ってもダメだったけど、隼人が撮った写真にはしっかりと写ってたよ」

 残念そうに高梨が言いながら、熱いコーヒーに口をつけた。

「ホントですか!?」

 葵の目がぱっと見開かれ、隼人の顔をのぞき込む。

「あ、うん……」

 真正面からの視線に、ドギマギして隼人は思わず目を逸らした。

「もし良かったら、私にも見せてもらえませんか?」

 その言葉に、隼人は少し驚いた。
 そのふんわりとした佇まいや口調から、色々な物事に――特にこうった非現実的なものには一定の距離を置くタイプだと思っていた。
 けれど今、好奇心を隠そうとしない彼女の様子を目にして、その認識を改めていた。
 もしかすると美月の悩みの相談にも、思っていたよりも深く、親身になっていたのかもしれない。

 しかし、即答することはできなかった。
 森の写真を見せることは気が進まなかった。そうする事で彼女を巻き込んでしまうような気がした。
 たまに立ち寄るだけの高梨とは違い、葵はこの店で、向かいの家を視界に入れながら毎日を過ごすのだ。
 そこにあるはずのない物を視てしまうということが、彼女の生活や心にどんな影を落とすのか、想像がつかなかった。

「うーん、どうかな。不気味なものではないんですけど、ぜったいに害がないとも言い切れないし……」

「ちょっと待て。オレは害があっても良かったのか」

 高梨が口を挟み、茶化すように言った。

「いや、高梨も本当に見たがるとは思ってなかったからさ。なんとなく流れでカメラ渡しちゃったけど、もし祟られたらごめん」

「軽いなあ……」

「分かりました。今はガマンします。でも隼人さんが向かいのお家を調査して、問題ないってはっきりしたら、その時はぜひ見せてください」

「分かりました」

 隼人が頷くと、葵はほんの少しだけ安心したように笑った。

 高梨が腕時計をちらりと見て、席を立った。

「……そろそろ戻らなくちゃいけない時間だな」

 そう言いながら、彼はテーブルに置かれた隼人の分の伝票も手に取り、レジへ向かった。

「取材じゃないんだし、自分で払うよ」

「いいって。ここは奢っとくから、また調査結果を聞かせてくれよ」
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