しずめ

山程ある

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那須隼人5

美人マスターとの楽しいお喋り

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「どうぞお先に。せっかくの葵さんの料理だし、冷めないうちに食べた方がいいだろ」

 高梨がそう言ってくれたので、隼人は軽く礼を言い、会話を中断して箸を手に取った。

 トマト味に煮込まれた鶏もも肉は、箸を入れるとすっと切れるほど柔らかかった。酸味と旨味のバランスが絶妙で、雑穀ご飯との相性も抜群だ。
 空腹だったこともあり、隼人は夢中で口を動かした。

 それほど間を置かずに高梨の分も運ばれてきた。二人は自然と黙り込み、料理に集中した。
 カウンターには穏やかな音楽とスープの湯気が満ち、料理が盛られていたプレートはまたたく間に空になっていった。

 プレートをカウンター越しに返すと、高梨はコップの水を一口飲み、静かに口を開いた。

「もしも本当にその女が藤原だとしたら、お前はどうするんだ?」

 唐突な問いだったが、その目には真剣な光が宿っていた。
 隼人は一瞬たじろぎ、思わず視線を落とした。
 意志が固まっているとは到底いえない状態だった。

 グラスに残っていた水を飲み干し、静かに言葉を探す。
 そして、低く抑えた声で口を開いた。

「……正直なところ、分からない。あんな目に遭ったのに……いや、遭ったからこそ、死後の世界とか、そういうもののことがさらに分からなくなった。でも……オレはとにかく美月に会いたいんだ。もし彼女があの白い女になっていて、それが危険な存在だとしても……それでも会って、話してみたい」

 言いながら、隼人は空のグラスを見つめていた。

「それで、具体的にこれから何をするのか決めているのか?」

 少しの間を置いて、高梨が重ねて訊いた。その声に揺らぎはなかった。
 疑いも、からかいもなく、ただ真正面から、隼人の言葉を受け止めたようだった。
 隼人は驚いて友人の顔を見た。
 その表情からは、自分を心配してくれていることが確かに伝わってきた。

 見学には不思議な安心感を覚えていたが、美月のことまで打ち明けられる関係ではない。
 対して高梨には、これまで包み隠さず話してきた。またそれを受け止め、茶化さず耳を傾けてくれるのが彼だった。

「シズメの森と呼ばれていた場所に行こうと思ってる。あそこが、美月の失踪に深く関わってる気がして」

「シズメの森……?」

 高梨が眉をひそめた。

「かつて六守谷には、村人たちが信仰する六つの森があったらしいんだ。そのひとつがシズメの森で、森の神様は村の中から定期的に花嫁を求めたって話だ。シズメというのは、その神様の嫁のことだ」

「なんだか昔話に出てくる、生贄を求める神様みたいだな。ほら、しっぺい太郎とかさ。
 ……いや、つまり、お前は……藤原がその神様の嫁になったって考えてるのか?」

「……分からない」

 隼人は首を横に振った。

「だけど仮にそうだとしたら、普通の人間にどうこうできることじゃないだろ? 坊さんとか霊能者とか、そういう専門家に頼るつもりか?」

「……どうしていいかなんて、分からないよ。もし頼って何かが変えられるなら、何にだって頼るさ。
 でもとにかく今は、白い女──つまりシズメが何なのか、森の神様がどういう存在なのか、それを調べてみようと思ってる」

「調べるって言っても、どうやって?」

「話してなかったんだけどさ、森があった場所でカメラのファインダーを覗くと、今はないはずの森が見えるんだ。
 それに、白い女はこれまで、森のあった場所に現れてる。だから、シズメの森だけじゃなく、他の森跡もカメラを持って回ってみようと思ってる」

 そのとき、不意にカウンターの向こうから声が掛かった。

「このお向かいのお家もですか?」

 驚いてそちらを見ると、葵がやや申し訳なさそうな表情で笑っていた。

「すみません、お二人のお話を聞くつもりじゃなかったんですけど、美月ちゃんの名前が出てたから……つい、気になっちゃって」

 彼女はグラスを拭きながら、柔らかい口調で続けた。

「前に、常連のおじいさんが教えてくれたんですよね。向かいのお宅の辺りも、昔“なんとかの森”って呼ばれてた藪があったって」

 その言葉は隼人に向けられていた。
 前に来店した時に、老夫婦が話していたことだった。

「え、この向かいの家って、どういうこと?」

 高梨が反応して葵に尋ねる。

「詳しい名前までは覚えてないんだけど、たしか“ドカの森”だったか、“ムタの森”だったか。今はもう全部宅地になっちゃってますけどね」

「……ええ、うん、それ、ドタの森です」

 隼人はゆっくりと頷いた。

 葵は「そうでしたっけ」と言いながら、窓の外へ──向かいの住宅を眺めるように視線を向けた。
 だがすぐに、隼人たちの方へ振り返ってにこりと微笑み、話題を切り替えた。

「ところで、食後のコーヒーはホットでよろしいですか?」

「お願いします」

「うん、ホットで」

 二人はほぼ同時に頷いた。

 そのあと、ふと思いついたように葵が尋ねる。

「高梨くん、何とかこちらの──あ、隼人さんとお呼びしてもいいですか?」

「はい、構いません」

 隼人はすぐに頷いた。高梨がそう呼んでいたのを、葵も聞いていたのだろう。

「なんだよ、隼人ばっかりいきなり親し気じゃないか。やっぱりイケメンは扱いが違うよな」

 高梨が冗談めかして笑うと、葵もくすりと笑って返した。

「高梨くんもイケメンだから、いつも特別扱いしてるのよ」

「おっ、やっぱりそうだった? 薄々そうじゃないかと思ってたけど、やっぱりイケメンは得だよな」

 そう言いながら高梨は隼人の肩を軽く叩き、声をあげて笑った。

「で、何とか隼人さんがあのお家に入れるように手配できない?」

「うーん、それは難しいな。あの家は今、デベロッパーの所有物件だからね。市の方では、何をどうすることもできないんだ」

 高梨は肩をすくめ、申し訳なさそうに言って、さらに小さな声で続けた。

「オレにできるのは、たとえカメラを持った不審者が住む人のいない家の敷地内に入ったとしても、それに気付かずにカフェの美人マスターとの楽しいお喋りを続けることぐらいだな」
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