しずめ

山程ある

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那須隼人5

見えてないもの

「でも、不思議ですね」

「何がですか?」

 隼人がカップを置いて訊き返すと、葵は顔を上げて答えた。

「どうして隼人さんには森の写真が撮れて、高梨くんには撮れなかったのかがですよ。高梨くんも、真剣にファインダーを覗いていたんですよね?」

 その問いに、隼人は思わず口元を引き結んだ。
 確かに不思議だ。怪異を写真に収めるのに、撮影技術や機材の違いが関係しているとは思えない。さっきの撮影は、すべてオートモードで行われた。露出や絞り、シャッタースピードも、設定に差はなかったはずだ。

「うーん、そうですね。幽霊なんて、今まで見たこともありませんし。自分に霊感があるなんて、考えたこともないです」

 隼人は苦笑しながら言ったが、内心では答えを見つけられずにいた。

 葵は少し首を傾げ、考え込むような仕草を見せたあと、言葉を継いだ。

「集中の仕方が違ったのかもしれませんね。隼人さん、写真を撮るときに何か特別に意識していることってありますか?」

 隼人は少し黙って考え込む。
 撮影中は無意識のうちに多くのことを考えているが、改めて言葉にするのは簡単ではない。やがて言葉を探しつつゆっくりと口を開いた。

「……そうですね。見えていないものを、写そうとしてるかもしれません」

「見えてないもの、ですか?」

 葵は興味深そうに隼人を見つめた。

「あ、幽霊とか、そういう意味ではないですよ」

 隼人は苦笑し、誤解を招かないよう慎重に言葉を選び直した。

「たとえば、誰かがこちらに背を向けて立っていたとしますよね。その人の表情は見えない。だけど、もしその人の写真を撮るとしたら、その人が今、どんな気持ちなのかを想像して、それが伝わるように撮りたいんです」

「ふむふむ」

 葵は頷きながら、静かに耳を傾けている。

「肩が落ちていたら、落ち込んでいるのかもしれない。足取りが軽ければ、いいことがあったのかもしれない。持ち物や服装はどうか。しっかり決めていたらデートの前かもしれないし、ヨレヨレだったら何かあったのかもしれない。
 そんな小さな手がかりを拾って、この人はどんな時間を過ごして、今ここにいるんだろう、って想像するんです。
 そして、それを一枚の写真でできる限り伝えられるように、構図や光を考えます。
 まあ、最初の頃こそそんなふうに意識してましたけど、今はもう、癖みたいなもので。頭で考えるより、勝手にそういう風に見てるというか……」

 それ以上うまい説明が浮かばず、隼人の言葉はそこで途切れた。

 しばし、沈黙が流れる。

 やがて葵がぽつりと呟いた。

「……あたたかいんですね、隼人さんって」

「えっ?」

 思いがけない言葉に、隼人は素頓狂な声を上げた。

「うまく言えないんですけど、誰かの気持ちを想像して、それを受け止めようとする姿勢が、すごくあたたかいなあって」

「そ、そうですかね」

 隼人はむず痒い心持ちで頭をかく。
 そんなふうに言われることに、どう反応していいのか分からなかった。

「もしかしたら、その想像する力が、隼人さんにだけ森を見せたのかもしれませんね。その森が、誰かの気持ちだったとしたら、ですけど」

「誰かの気持ち」

 隼人が繰り返すと、葵はふんわりと微笑んだ。

「うん。忘れられてしまった人たちの想いとか。森を信仰してきた人たちや、あの場所に思いを残した人たちの、そういう気持ち。誰にも見つけてもらえないまま、ずっとそこに置き去りにされたそういった何かが、隼人さんには見えたのかもしれません」

 それは、隼人にとって妙にしっくりくる仮説だった。

 もしも自分の写真が、人の感情や記憶のようなものを掬い取ることができているとするならば──写真に現れた森や白い影も、そうした性質のものなのかもしれない。

「……それなら、やっぱり行ってみないといけないな」

 隼人は大きく頷くと、そう呟いた。

 それぞれの森にあるもの。様々な人たちが置き去りにし、森が失われるとともに、誰にも顧みられなくなった想い──
 その中に、美月の想いもあるかもしれないのだ。




「そろそろ、行きますね」

 そう言って、隼人は荷物をまとめて立ち上がった。

 葵もカウンターの中から出て、戸口まで見送りに出てきてくれた。

「気をつけてくださいね」

「はい。まあ、ここから見えてる場所ですし、特に危険はないと思いますけど」

 そう答えながらも、廃墟での体験が脳裏によみがえり、隼人の背筋は自然とこわばった。
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