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イルデフォンソ編
悪夢の恋文
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怪我から三か月。
僕の渾身の演技もむなしく、クラウディオは以前にも増してアレハンドリナにつきまとっている。図書館や庭園で仲良く談笑している姿を何度も見かけた。
どういうつもりだと捕まえて訊いてやりたいが、相手は三年生で公爵令息だ。おいそれと手出しはできない。
どうやってリナから引き離そうか、そればかりを考えていたある日、僕の机に手紙が入っていた。昨日の帰りにはなかったから、その後か今朝、入れられたらしいと分かる。白い封筒には金色の鳥が飛んでいる。これはおめでたいパーティーの招待状に使うものだから、誰かの誕生日祝いかと思ったものの、宛名の文字に既視感を覚えた。
――あいつか。
少し右上がりで丸い、癖のある文字。お世辞にも綺麗とは言えない。ついでに、家名の綴りが間違っている。いずれ何度も書くことになるのだから、綴りはしっかり覚えさせなければと思う。
『お話したいことがあります。
今日の放課後、西の庭園の四阿で待っています』
あの場所が何だか知っているのか?周りはカップルしかいないのに?
中にはキスや過度な接触に及んでいる者もいるんだぞ?
「……一人には、しておけないか」
◆◆◆
「ねえ、イルデ。西の庭園って、人払いできるよね?」
昼休みに突然殿下が言い出した。あの場所は美しい花が多く、友達同士よりは恋人と愛を語らう場所だ。そこに呼び出したい令嬢でもいるのだろうか。
「全ての教室に連絡すれば、可能だと思いますが……」
「ん?ああ、実はね、私の机に手紙が入っていたんだよ。ほら、可愛いだろう?」
――!!……あの馬鹿!
殿下の持っている手紙は、ピンク色で花柄がついている。年頃の令嬢が好みそうだ。宛名に例の文字がミミズのようにのたくっている以外には、可愛らしいラブレターに見えないこともない。
「勇気を振り絞って私に手紙をくれたのだからね。彼女が緊張しないように、人目につかないようにしたい」
「そうですか。……では、全ての教室に使いを出し、殿下の御意志を伝えましょう。立ち入った者は親の爵位を剥奪するとでも言っておけば、間違いなく誰も来ませんよ」
「イルデ……やはり、君を敵に回したくはないね。ところで」
「はい?」
殿下の視線が僕の手元に注がれている。本の間から封筒が見えていた。
「君のところにも手紙が届いたようだね。中は見たの?」
「は、まあ……」
「宛名を見る限り、同じ筆跡に見えるね。……どういうことかな?私と君を同時に同じ場所へ呼び出すなんて」
「……分かりかねます。殿下、私は教室を回って人払いの件を伝えて参ります。失礼いたします」
――危なかった。
つい、その手紙を書いたのはリナだと言ってしまいそうになった。
殿下とリナを会わせるつもりはない。四阿に待機している殿下には、恥ずかしがって令嬢が来なかったことにし、適当に誤魔化せばいい。
問題はリナだ。何を考えているんだ、全く。
庭園に現れたところで捕まえて、企みを白状させてやる!
◆◆◆
放課後、西の庭園は完全に人払いがされ、四阿のベンチに腰かけたセレドニオ殿下は、手紙を書いた令嬢が来るのを今か今かと待っている。
「きっと、とても緊張しているだろうね。ほら、この手紙も。緊張して字が震えているじゃないか」
それはリナの字が下手だからです、殿下。
まだ見ぬ令嬢に夢を見ているところを申し訳ありません。
全ては僕のアホな幼馴染、いや、こ、婚約者が、訳の分からない思い込みで行動している結果なのです。
……と、言ってやりたい。
「少し、様子を見て参ります」
「イルデ?」
人の背丈より高い植え込みの向こうに、スカートの裾が見えた気がした。しずしずと歩かず、バサバサと裾を蹴り上げる癖は彼女のものだろう。
植え込みの反対端から回り込み、四阿を見つめて不審な動きをしている背中に呼びかけた。
「……こんなところで何をしているんです、リナ」
何をしているかは分かっているよ。
ゆっくりと振り返ったアレハンドリナの顔は真っ青だった。
呼びつけた男が後ろから来るとは思っていなかったのだろう。
「まさか、庭園に行くつもりですか?」
行くつもりだと知っていても訊いてみる。どう返してくるか。
「……ええ、と……」
視線を逸らしたリナの首筋に、うっすら赤いものが見えた。
――キスマーク?
クラウディオと、そんなことをしているのか?クラウディオだけでは飽き足らず、殿下にも?
僕の怒りが一気に沸点に達した。
「今朝、殿下の机に手紙が入っていたそうです。可愛らしいピンク色の」
「……へ、へえ。モテるんだねえ」
いい加減、正直に話してくれ。
君は誰が好きなんだ?……僕ではない、誰を?
「庭園に呼び出す内容で、差出人の名前がなかった。殿下は、『うっかりさんだね』などとのんきなことを仰られていましたが、呼び出して殿下を害する意図があるのではないかと心配でしたので、私も手紙を見せていただきました」
「ふぅん……」
しらを切るつもりらしい。ふてぶてしいにもほどがある。
「殿下に当てた手紙の字に見覚えがありまして。私はあなたの字を何度となく見ていますが……いつまで経っても下手ですね」
「なっ……!」
「手紙を書いたのはあなたでしょう、リナ。殿下を庭園に呼び出して、どうするんですか?殿下は相手の方が委縮しないように、庭園を人払いなされました」
「嘘!」
――ああ、終わった。
「……嘘?」
人払いされたのが嫌だったのか?人に紛れていた方が緊張しないと?
呼び出したかったのはセレドニオ殿下だったのだ。僕は、リナの緊張を和らげるために、二人の語らいの場に呼び出されたのか。
悔しくて、悲しくて、目の前が真っ暗だった。
僕は二人の顔を見ないようにしてその場を去り、家に帰ると自室に籠った。
僕の渾身の演技もむなしく、クラウディオは以前にも増してアレハンドリナにつきまとっている。図書館や庭園で仲良く談笑している姿を何度も見かけた。
どういうつもりだと捕まえて訊いてやりたいが、相手は三年生で公爵令息だ。おいそれと手出しはできない。
どうやってリナから引き離そうか、そればかりを考えていたある日、僕の机に手紙が入っていた。昨日の帰りにはなかったから、その後か今朝、入れられたらしいと分かる。白い封筒には金色の鳥が飛んでいる。これはおめでたいパーティーの招待状に使うものだから、誰かの誕生日祝いかと思ったものの、宛名の文字に既視感を覚えた。
――あいつか。
少し右上がりで丸い、癖のある文字。お世辞にも綺麗とは言えない。ついでに、家名の綴りが間違っている。いずれ何度も書くことになるのだから、綴りはしっかり覚えさせなければと思う。
『お話したいことがあります。
今日の放課後、西の庭園の四阿で待っています』
あの場所が何だか知っているのか?周りはカップルしかいないのに?
中にはキスや過度な接触に及んでいる者もいるんだぞ?
「……一人には、しておけないか」
◆◆◆
「ねえ、イルデ。西の庭園って、人払いできるよね?」
昼休みに突然殿下が言い出した。あの場所は美しい花が多く、友達同士よりは恋人と愛を語らう場所だ。そこに呼び出したい令嬢でもいるのだろうか。
「全ての教室に連絡すれば、可能だと思いますが……」
「ん?ああ、実はね、私の机に手紙が入っていたんだよ。ほら、可愛いだろう?」
――!!……あの馬鹿!
殿下の持っている手紙は、ピンク色で花柄がついている。年頃の令嬢が好みそうだ。宛名に例の文字がミミズのようにのたくっている以外には、可愛らしいラブレターに見えないこともない。
「勇気を振り絞って私に手紙をくれたのだからね。彼女が緊張しないように、人目につかないようにしたい」
「そうですか。……では、全ての教室に使いを出し、殿下の御意志を伝えましょう。立ち入った者は親の爵位を剥奪するとでも言っておけば、間違いなく誰も来ませんよ」
「イルデ……やはり、君を敵に回したくはないね。ところで」
「はい?」
殿下の視線が僕の手元に注がれている。本の間から封筒が見えていた。
「君のところにも手紙が届いたようだね。中は見たの?」
「は、まあ……」
「宛名を見る限り、同じ筆跡に見えるね。……どういうことかな?私と君を同時に同じ場所へ呼び出すなんて」
「……分かりかねます。殿下、私は教室を回って人払いの件を伝えて参ります。失礼いたします」
――危なかった。
つい、その手紙を書いたのはリナだと言ってしまいそうになった。
殿下とリナを会わせるつもりはない。四阿に待機している殿下には、恥ずかしがって令嬢が来なかったことにし、適当に誤魔化せばいい。
問題はリナだ。何を考えているんだ、全く。
庭園に現れたところで捕まえて、企みを白状させてやる!
◆◆◆
放課後、西の庭園は完全に人払いがされ、四阿のベンチに腰かけたセレドニオ殿下は、手紙を書いた令嬢が来るのを今か今かと待っている。
「きっと、とても緊張しているだろうね。ほら、この手紙も。緊張して字が震えているじゃないか」
それはリナの字が下手だからです、殿下。
まだ見ぬ令嬢に夢を見ているところを申し訳ありません。
全ては僕のアホな幼馴染、いや、こ、婚約者が、訳の分からない思い込みで行動している結果なのです。
……と、言ってやりたい。
「少し、様子を見て参ります」
「イルデ?」
人の背丈より高い植え込みの向こうに、スカートの裾が見えた気がした。しずしずと歩かず、バサバサと裾を蹴り上げる癖は彼女のものだろう。
植え込みの反対端から回り込み、四阿を見つめて不審な動きをしている背中に呼びかけた。
「……こんなところで何をしているんです、リナ」
何をしているかは分かっているよ。
ゆっくりと振り返ったアレハンドリナの顔は真っ青だった。
呼びつけた男が後ろから来るとは思っていなかったのだろう。
「まさか、庭園に行くつもりですか?」
行くつもりだと知っていても訊いてみる。どう返してくるか。
「……ええ、と……」
視線を逸らしたリナの首筋に、うっすら赤いものが見えた。
――キスマーク?
クラウディオと、そんなことをしているのか?クラウディオだけでは飽き足らず、殿下にも?
僕の怒りが一気に沸点に達した。
「今朝、殿下の机に手紙が入っていたそうです。可愛らしいピンク色の」
「……へ、へえ。モテるんだねえ」
いい加減、正直に話してくれ。
君は誰が好きなんだ?……僕ではない、誰を?
「庭園に呼び出す内容で、差出人の名前がなかった。殿下は、『うっかりさんだね』などとのんきなことを仰られていましたが、呼び出して殿下を害する意図があるのではないかと心配でしたので、私も手紙を見せていただきました」
「ふぅん……」
しらを切るつもりらしい。ふてぶてしいにもほどがある。
「殿下に当てた手紙の字に見覚えがありまして。私はあなたの字を何度となく見ていますが……いつまで経っても下手ですね」
「なっ……!」
「手紙を書いたのはあなたでしょう、リナ。殿下を庭園に呼び出して、どうするんですか?殿下は相手の方が委縮しないように、庭園を人払いなされました」
「嘘!」
――ああ、終わった。
「……嘘?」
人払いされたのが嫌だったのか?人に紛れていた方が緊張しないと?
呼び出したかったのはセレドニオ殿下だったのだ。僕は、リナの緊張を和らげるために、二人の語らいの場に呼び出されたのか。
悔しくて、悲しくて、目の前が真っ暗だった。
僕は二人の顔を見ないようにしてその場を去り、家に帰ると自室に籠った。
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